YAKUGAKU ZASSHI
Online ISSN : 1347-5231
Print ISSN : 0031-6903
ISSN-L : 0031-6903
Symposium Reviews
Human Resource Development in Pharmaceutical Sciences in the New Era of Life Science
Yasushi Fujio
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 143 Issue 10 Pages 807-811

Details
Summary

Almost 20 years have passed since the six-year pharmaceutical education started as the standard educational course for pharmacists. The six-year pharmaceutical education was originally proposed to nurture the pharmacists who can play important roles in advanced medical care as part of the medical team. Importantly, recent advances in life science are providing additional scientific advantages for the graduates from the six-year pharmaceutical education system. In the new era of life science, clinical training in the six-year education will be beneficial not only for the clinical pharmacists but also for the pharmaceutical scientists. For example, in drug discovery research, numerous studies have been making efforts to identify therapeutic targets based on basic sciences so far. However, as a result of the innovation in life science, such as multi-omics analyses and molecular imaging, we can now perform patient-/disease-oriented research on molecular basis using clinical materials and information. Nowadays, with the help of data science, we can understand the pathophysiological status of individual patients and optimize pharmacotherapy from viewpoint of molecular biology in clinical setting. Moreover, in drug discovery research, we can explore and identify the drug targets by analyzing clinical samples and medical records. Thus, learning from the bedside in detail will develop future leaders, including pharmacists, scientists and pharmacist-scientists, who will pave the way for pharmaceutical sciences in the next generation.

はじめに

薬剤師教育が原則6年制となり20年近い時間が経過しようとしている.自分の専門分野にテーマを限り,かつ,自説を述べ続けるという「個性的な講義」を普通と思っていた教員たちも,当初はモデル・コア・カリキュラムの「窮屈さ」を嘆いていたが,その重要性を理解するようになった.学生たちも,試験で答えがわからないときには漫画でも描いてごまかせば笑って点数をもらえるなどと思わなくなった.患者さんの命に係わる職能教育において,無制限な「おおらかさ」は許容できないが,大学の創造性は,本質的には知的探究の自由と多様性の寛容のうえに成り立っており,したがって,各大学の薬学部は,モデル・コア・カリキュラムに準拠しながらも,独自の教育システムを構築し,それぞれの個性の実現を模索してきた…そのような20年ではなかったかと考える.

一方,この20年間で,生命科学は,想像を超えた進歩を遂げ,医療や創薬研究に大きな影響を与えようとしている.例えば,その最たるものの一つは次世代シークエンサーを用いたDNAシークエンス技術であり,コストの面でも精度の面でも著しい進歩を見せてきた.このことは,ゲノム医療の時代が本格的に到来することを意味しており,10年後あるいは20年後,現在の薬学生が薬剤師として第一線で活躍しているころには,患者さんのゲノム情報を有効にかつ安全に使いこなして薬物治療の最適化に貢献することが求められるようになっているかもしれない.また,既に,患者さんの検体を用いて,変異遺伝子を検出することも可能であり,このことは,創薬研究においても,臨床検体を用いた標的遺伝子の探索というアプローチが大きな流れの一つとなると期待させる.人材育成は科学の進歩に不可欠であるが,科学の進歩は翻って人材育成システムの改革を要求してくると言える.

大学の価値は,どれくらい社会に貢献する人材を輩出したかによってはかられるということにおおよそ異論はないものと思われる.大学教育は,卒業時に一定のレベルにまで学生を到達させるだけでなく,未来を見据えて,学生が社会に貢献できる存在になるための基盤を構築する助けとなることが理想であろう.本稿は,全6年制を採用している大阪大学薬学部の一員として,その理想に近づくために,何をするべきと考えているかを論じたい.本総説は,筆者の個人的な見解であり,大阪大学薬学研究科の総意ではない.

大阪大学薬学部の6年制システムについて

まず大阪大学薬学部の6年制教育システムに関して説明する(Fig. 1).大阪大学薬学部は,先進研究コース,薬学研究コース,Pharm.D.(大阪大学)コースの3つのコースで構成され,入試については,推薦入試(定員15名),一般入試(定員65名)で選抜を行っている.1

Fig. 1. Entrance Examination System and Educational Courses in School of Pharmaceutical Sciences, Osaka University

推薦入試による入学者は,先進研究コースに配属される.このコースでは,学部4年でいったん,博士課程医療薬学専攻に飛び級し,4年間の研究生活を終えたのち再び6年制学科の5年生として復学する.このコースは,一つの研究テーマに長期間継続して従事できることを特長としている.最近,トップ・ジャーナルが要求するデータの量は著しく増えており,大学院の期間内に研究を完遂できず,現実的妥協として,要求されるデータを出すことを諦め,より通り易いJournalへと投稿先を変更せざるを得なくなることが多い.質が高い論文を作成することで,大学院生の人生は変わる.また,このコースの特長として,大学院卒業時に就職先が決まっている訳ではなく,大学院卒業後の2年間学部に戻るため,その時間を自分自身の進路を考え準備する時間に使える.アカデミアなどを含めた就職先を探す,海外留学を検討する,他のラボで新しい研究技術を学ぶなど,いろいろと有意義な時間を過ごすことができるであろう.このように,先進研究コースは,科学の進歩や新しい社会のあり方を考慮した大学院人材育成コースと言える.一般入試による入学者も希望があれば先進研究コースへの編入が可能な制度を組んでいる.

一般入試による入学者は,薬学研究コース若しくはPharm.D.(大阪大学)コースに進学する.薬学研究コースは従来の6年制教育に近いコースであるため,ここでは説明を割愛する.大阪大学では,2013年から,臨床に重点をおいたプログラムをスタートしており,そのプログラムを履修することを基本としたコースとして,Pharm.D.(大阪大学)コースを用意している.このコースに関しては,後述の「先導的な薬剤師の育成について」の章でもう一度議論を行いたい.

6年制教育の研究における優位性について

大阪大学薬学部が,全6年制を採用した理由の一つは,「4年制学科と6年制学科との違いは何か?」をなかなか明確にし難いことにあった.「4年制学科は研究者育成,6年制学科は薬剤師育成」ということが広く言われているが,そもそも研究者は人のあり方であり,薬剤師は職能・資格であるので,両者は相反するものではなく,両者を兼ねることは可能なはずである.事実,医学部医学科や歯学部歯学科のような6年制学科は,非常に優れた研究者をきら星のごとく輩出している.

6年制教育では,実務実習の時間が長いため,学生時代に研究に十分な時間をとれないとされている.しかしながら,臨床を学ぶことは,研究を推進するうえで大きな力となる.岸本忠三元大阪大学総長が,1980年代のご自身の思いを語られた以下の言葉は,研究者が臨床を学ぶことの意義を明確に語るものである:「僕たちのグループはみんな,臨床を経験してから研究を始めた仲間で,研究人生の最初から分子生物学に没頭してきた研究者と同じことをやって勝てるはずはないと考えました.『我々の強みはなんや.病気を知っていることであり,患者を知っていることや』と言い続けたのは,常に病気との関係で分子生物学を進め,難しいことかもしれないけれど,基礎研究を必ず治療に結びつけるのだという意気込みを忘れないためです」.2岸本元総長は,内科学の教授として診療にあたられながら,抗IL-6受容体抗体トシリズマブを開発され,関節リウマチを始めとした様々な自己免疫疾患の治療に貢献されてきた.このことを考えるとき,上記の言葉の重みはより一層増すであろう.

先述のように,この20年間の生命科学の進歩は目覚ましく,1980年代とは比較にならないほど,臨床と研究との距離は近くなっている.実際,最近の論文をみるとしばしば臨床検体を用いたデータが提示されていることに気がつく.特にその多くは,Single cell RNA seq解析を始めとした次世代シークエンサーを基盤とした技術を用いた実験データであり,科学技術の進歩が科学のあり方そのものを変えたことが実感される.もちろん,これまでも臨床検体を用いた実験データが基礎研究のデータとともに論文で提示されていたが,その多くは,基礎研究の成果を,臨床検体を用いて検証するに留まっていた.まさにこの20年で,患者/疾患指向型研究を分子/細胞レベルで行うことが可能になり,ヒトの試料/臨床情報を用いて,病態解明,薬物応答性の理解,治療標的の探索等を行う時代が到来したことを意味している.「病気や患者を知る強み」が以前よりも活かされる時代になってきたと言える.

「病気や患者を知る強み」を活かすためには,個々の研究者の研究のスタンスだけでなく,薬学教育が,学際的な広がりを見せなければならないと考えている.例えば,情報科学/データサイエンスが挙げられる.本稿ではこれまでDNA解析技術を例として,生命科学の進歩を語ってきたが,進歩した生命科学関連技術はそれだけではない.一般に科学技術は個々の技術が独立して進歩するだけではなく,複数の技術が互いに補い合い,互いに必要とし合いながら進歩することが多い.この20年でいえば,DNAシークエンス解析技術にとどまらず他のオミクス技術やイメージング技術の発展には目を見張るものがある.今後20年に関しては,量子科学関連技術が生命科学を大きく変えることになるのだろう.重要なことは,これらの科学技術は,情報科学/データサイエンスに支えられていることであり,情報科学/データサイエンスを生命科学の基盤の一つと位置づけざるを得なくなったということにある.その意味で,新しいモデル・コア・カリキュラムが,「情報」に踏み込んだことは非常に意義があることと言えるが,同時に,薬学という一部局の枠の中だけでこの分野の教育を完結することは困難である.他部局との間の垣根を越えて,他部局から学ぶ,あるいは,他部局と共同して教育体制を構築する必要があろう.情報科学/データサイエンスに留まらず,今後も生命科学の基盤を変革するような研究領域が次々と出現し,薬学の可能性を大きく広げて行くであろう.多分野の多様な科学がクロスして科学技術が発展することを考慮すれば,科学技術の発展を支える人材の育成/教育も学際的な広がりが必要とされるのはある意味当然かもしれない.

6制薬学教育は,もともとは社会の高齢化と医療の高度化に伴い,薬剤師が臨床現場で担う役割が高まることを考慮してスタートしたものではある.しかしながら,6年制薬学教育は,臨床現場で活躍する薬剤師を育成するのみならず,科学技術の進歩を的確に捉えることで,患者/疾患指向型研究(patient-/disease-oriented research)の基盤となり,臨床科学・創薬科学の発展に向けて新たな道を拓く原動力になり得ることを強調したい.

先導的な薬剤師の育成について

国公立大学の薬科大学・薬学部が,わが国の創薬や医薬品開発に貢献してきたことは確かである.しかし,医学部医学科が医師を育成する教育機関であり,歯学部歯学科が歯科医師を育成する教育機関であるのと同様に,薬学部は薬剤師の育成という点で社会に対して責任を負っている.特に国公立大学の薬学部においては,すべての卒業生を薬剤師として臨床現場に送りだす必要はないが,将来のリーダーとなるような薬剤師を輩出することが期待されていると言える.そのような観点から,大阪大学薬学部では,将来的に薬剤師として指導的な立場に立つために必要な能力の基盤を学ぶプログラムとして,2013年よりPharm.D.(大阪大学)プログラムをスタートさせている.3Pharm.D.(大阪大学)プログラムは,以下の3点をその柱としている:

  1. 1.   臨床力を身に付けること.
  2. 2.   臨床研究/試験を企画実施する能力を身に付ける.
  3. 3.   薬事行政/規制科学に関する知識を身に付ける.

これらの中で,特に臨床力を身に付けるということが最も重要であり,その能力を身に付けたうえで,臨床現場で学んだことをモチベーションに,臨床研究/試験の企画実施や薬事行政/規制科学に貢献することが理想であると考えている.

医療の根幹は患者さんのベッドサイドにある.医療は,患者さんの表情を見て話に耳を傾け,あるいは,診療録や検査データを丁寧に検討することを基本とし,不明な点があれば資料や文献を調査し,納得がいかなければ他の人と意見を交わして考えを深めるということの繰り返しである.同じ病名の患者さんであってもそれぞれに違いがあり,一人一人の患者さんから学ぶことは極めて多い.患者さんの病態を理解し,また,患者さんの考え方や価値観に寄り添い,個々の患者さんに最適の治療法を考えることを地道に積み重ねることで,チーム医療の一員として認められ信頼されるのである.医学教育の祖,William Oslerの言葉に,「Fifteen minutes at the bedside is better than three hours at the desk.」という言葉がある.高度で先導的な薬剤師を育成するうえで最も重要なことは,学生を海外に見学に行かせたり,6年制薬学教育の意義を学生の間で議論させたりといった目新しいことをすることではなく,医療現場で,温かい心で患者さんの思いに配慮しつつ,同時に患者さんの病態を科学的に考察するということが自然にできるように,日々を積み重ねる機会を与えることであると確信している.

おわりに

薬学部において6年制教育が始まって20年近くが経過するが,臨床を学ぶということの意義は,薬学教育の中でどのように捉えられているのであろうか?6年制薬学教育は,もともとは,高度化する医療現場において,チーム医療の一員としてその責務を果たし得る薬剤師を輩出することを目的にスタートしたものである.しかしながら,近年の科学技術の目覚ましい進歩により,臨床を学ぶことの意義は当初予想していた以上に大きくなりつつある.本総説では,薬学は,臨床教育を通して患者/疾患指向型研究の担い手を輩出することで,生命科学の推進に寄与し得るのではないかということを指摘した.従来,患者/疾患指向型研究は,physician–scientistsが重要な役割を果たしてきたという歴史がある.しかしながら,わが国のみならず海外においても,physician–scientistが減少しているということが問題提起されて久しい.4患者/疾患指向型研究は,医薬品の適正使用を実現するうえでも,新規治療法を開発するうえでも欠くことができない.次世代の薬学卒業生たちの奮起と活躍に期待したい.

謝辞

貴重な発表の場を賜りました永次 史先生,日本学術会議薬学委員会化学・物理系薬学分科会及び薬学委員会薬学教育分科会の先生方,公益社団法人日本薬学会の先生方に御礼申し上げます.大阪大学薬学部の6年制教育システムの構築に特に尽力くださいました,故宇野公之教授に感謝の意を表します.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,日本薬学会・日本学術会議共同主催シンポジウム「21世紀の新しい人材育成に向け薬学教育はどこへ向かうのか?」で発表した内容を中心に記述したものである.

REFERENCES
 
© 2023 The Pharmaceutical Society of Japan
feedback
Top