2023 Volume 143 Issue 10 Pages 821-825
The environment surrounding pharmaceutical education in Japan has changed significantly with the establishment of many new pharmacy schools and the transition to six-year pharmacist education. Under these circumstances, various issues have been revealed in recent years. In particular, the decrease in the number of doctoral students responsible for future pharmaceutical education and research in drug discovery and life science is a concern. To address this issue, we at Kanazawa University have revised the human resource development policy of the Faculty of Pharmaceutical Sciences to “fostering leaders who are active in a variety of professions in pharmaceutical sciences” and have made various efforts toward the realization of this policy. Among the topics introduced at the symposium, this paper focuses on reforming the educational system and reorganizing the School of Pharmacy and Pharmaceutical Sciences at Kanazawa University.
昨今,薬学教育をとりまく様々な問題が顕在化してきた.なかでも,薬系大学院において博士課程の学生数が非常に少ないことは深刻な問題であり,このままでは薬学分野の教育研究を担う高度専門人材が近い将来大幅に減少し,とりわけ薬系大学教員が不足するという事態を招きかねない状況にある.これらの問題に関する指摘と考察については,本誌第142巻8号に詳しく述べているのでそちらをご参照願いたい.1)
教育を主眼とする大学において,こうした問題にスピーディーかつ独自に対応できるとしたら,人材育成方針の見直しとその実現に向けた教育システムの改革を講じることであろう.そこで金沢大学薬学系では,博士を始めとして薬学分野で活躍するリーダーを育成することを新たな方針に定め,様々な改革を行ってきた.このうち,学士から博士課程までの一貫的教育コースの導入,卒業研究や実務実習に関するカリキュラム上の独自の取り組みについては,同じく本誌に記載しているとおりである.1)本稿では,日本薬学会・日本学術会議共同主催公開シンポジウムにおいて紹介した標題の内容のうち,博士進学者を増やすためのそのほかの取り組み,更に学類改組に焦点をあてて述べる.
本学では,6年制学士課程の薬学類(入学定員35名)と4年制学士課程の創薬科学類(同40名)を併設し,2020年度入学者までは両者を区別せず薬学類・創薬科学類として一括で入学させ,各自の適性と自らが描くキャリアパスに基づいて3年次後期からどちらかの学類へ配属するという経過選択制を採用していた.筆者は2014年度から2019年度まで薬学系長を拝命しており,この間,毎年新入生に対して「薬学類・創薬科学類の使命」と題して系長担当の講義を行った.薬学を取り巻く諸問題について説明したうえで,リーダーを目指すことや博士進学の意義を説き,薬剤師資格に過度にすがったりこだわったりせず,もっと広い視野で自分のキャリアパスを考え,そのために経過選択制を有効に利用するよう指導した.毎回,講義後の感想を書かせると,自分の将来についてしっかりと考えたいというポジティブな意見が非常に多いことはよかったものの,薬剤師以外に色々な職種があることや本学薬学系が研究者育成,とりわけ博士人材育成を目指していることをほとんど知らない学生が多いことに驚かされた.ホームページに記載しているにもかかわらず,しっかりと理解して入学している人が少ないというのは信じ難いことであった.学類選択や進学希望に関する調査等によりその後の動向を追うと,実際に博士進学を希望する学生が目に見えて増えたという実感がないことから,結局一過性の感想にすぎず,すぐに気持ちが戻ってしまうようであった.
博士進学を見送る原因として考えられるものをFig. 1に挙げてみた.恐らくこれという決定的なものはなく,いくつかの項目が学生毎に異なる重みで複合的に影響し,博士進学を見送る結果になっていると考えるのが妥当であろう.
特に大きな要因は,入学した学生の多くが薬剤師を希望し,そもそも研究者を希望していないということであろう.どこの薬学部に入っても薬剤師国家試験の受験資格が得られることに変わりがないだけに,受験生が気にするのは,国家試験合格率のほか,入学試験の制度や出題科目とその範囲であり,最も大切な人材育成方針や3つのポリシーを掲げてみても,上述のとおり実際にはあまり届いていないという印象である.4年制学士課程を併設しても,あいかわらず世間では「薬学部=薬剤師養成」であり,研究者養成であるとの認識は進んでいないと実感することが多い.
こうした状況を打開するには入学前の高校生や中学生への啓蒙が重要である.そこで,高校の教諭や理工系を希望している生徒を対象に薬学分野に関する正しい理解を促すことが必要であると考え,本学に進学実績のある近隣の高校での出張講義や進路説明会,大学主催の高等学校長等との懇談会など,機会ある毎に人材育成方針等の説明を行ってみた.しかし,説明会等において対象となる高校生は,その段階で既に薬学部希望者,つまり薬剤師希望者が集められており,大学での新入生に対する講義とほとんど変わりない状況であった.また,高校の先生は進路指導に関する考え方がかなり違うことや異動も多いため,理解がうまく浸透しないと感じた.それでも,たとえ効果は低くても,一人でも希望者が増えることを期待して,出張講義等の機会があれば今でも薬学系をあげて高校での説明を続けている.
国公立大学薬学部の入学者は,全国から集まることを考えれば,地方の一大学が近隣の高校を対象に説明会を開催しても効果が不十分なのは当然であり,できれば国公立大学が協力して全国的にこうした説明会をすることも今後は必要だと考える.とりわけ,高校生だけでなく中学生や保護者を対象に広く実施することが望ましい.いわゆるコロナ禍でWebによるオンライン講義が浸透したことから,こうしたシステムの利用を検討する時期だと感じている.
1-3. 保護者説明会博士号取得となると学修期間が9–10年にも及ぶため,本人のモチベーションの維持と経済的支援が重要であり,この点については,保護者の影響も大きいと考えられる(Figs. 1, 3–5).せっかく学生が博士号を意識しても保護者の反対で諦める可能性がある一方で,学生にその気がなくても保護者が支援して励ませば前向きになることもあり得る.ちょうど新入生対象の保護者説明会が2017年度より新たに全学的に導入されたので,これを機に薬学系では,新入生から薬学類5年次生及び創薬科学専攻博士前期課程1年次生の保護者にまで対象を拡大して説明会を開催した.その結果,参加者には比較的好評であり,十分に認識されていなかった薬学分野の諸問題についての理解も深まったようで,実際にお子さんに博士進学を勧めたいという声を聞くこともできた.学生を介さず直接保護者に語りかけることは重要だと感じたので継続することにしたが,残念ながら新型コロナウイルス感染症騒ぎのため中断を余儀なくされたため,説明会の効果については十分な検証ができる状況にはなく,これについては今後に委ねたい.
1-4. 入試制度の効果上述のとおり,受験生が強く意識するのが入試制度や出題科目とその範囲だとするならば,入試制度に直接絡めれば人材育成方針がもっと効果的に伝わると考えられる.そこで学士課程入学時に博士号取得を紐付けることにした.すなわち,学士課程卒業後に引き続き大学院博士課程又は博士前・後期課程まで進学し,博士号取得を目指す人を対象とする新しい入試制度である.博士人材育成方針を明確に反映した制度なので,博士号取得を希望する学生が必然的に集まることになる.志望校を選ぶにあたって学資を負担する保護者も同意しているとすれば,この入試によって入学した場合,学生もその保護者も博士号取得までの9–10年の学修を了解しているはずなので,上述したFig. 1の1–5の問題がほぼ解決されていることになる.そこで,教育改革として学士課程から博士課程・博士後期課程までの一貫的教育を行う履修コースを設置し,1)同コースの募集のために,制度上やや形骸化していたAO入試を改革し,2018年度入試から導入した.将来ビジョンが明確でそこへ向かう強い意思と資質を有している者を対象としたことから,経過選択制は適用せず,薬学類と創薬科学類を分けて別々に募集することにした.
旧4年制課程の時代は,国公立大学薬学部を卒業しても薬剤師免許を取得しない者(国家試験に合格しない者も含む)や,免許を取ったとしても薬剤師職に就かない者が多くいた.当時の動向に照らして,研究者志向の人や薬剤師職に興味のない人が前向きに創薬科学類を希望することを期待して導入したのが経過選択制であったが,ここに大きな誤算があり,実際には多くの学生が薬学類を希望することとなった.ここで重要な点は,旧4年制課程の時代では誰もが薬剤師国家試験の受験資格を与えられることが前提にあって,そのうえで,各自が自身の主体的な判断の下に選択できたことである.それに対して,薬学類か創薬科学類かを選ぶ経過選択制では,前者は国家試験の受験資格が与えられるが後者では与えられないことが大きな違いである.将来が不透明で不安の大きい現代においては,受験資格が得られるか得られないかの選択を迫られたとき,たとえ創薬研究者を目指すとしても,保険として「取れるなら取りたい」という考えを持つことは当然とも考えられ,免許をとるための機会を自ら積極的に放棄することは簡単ではなかったということであろう.つまり創薬科学類は,「博士や研究者を目指す」ポジティブな学類というよりは,残念ながら薬剤師免許のとれない学類,つまり「薬学類−(マイナス)薬剤師免許」というというネガティブな印象で捉える人が多かったようである(Fig. 2).
一方,本学薬学類卒業生の動向を調べたところ,約7割が薬剤師職に就き,更にその7割(全体の半数)ほどが東海・北陸・信越地区で勤務していることが明らかとなり,従来型の医療職としての薬剤師育成とこうした地域への供給もまた本学の役割として重要であることを再認識することとなった.すなわち「薬剤師資格にすがらない・こだわらない」という考えは,入学者の希望や卒業生の実態とはかならずしも一致しないことがわかり,種々検討した結果,2021年度入学生から次のような制度変更を行うこととなった.
2-2. 薬学類の定員増上述のとおり全員が薬剤師免許を取得することが,多くの学生・保護者の望みであることから,金沢大学としては薬剤師免許取得を標準としたうえでリーダー人材育成を目指す方が,現実に即しているという考えに至った.重要なことは全員が薬剤師職を目指すことではなく,薬剤師免許を「薬学分野の基礎となる専門性を修得した証」として位置づける点で,そのうえで,大学教員や薬学研究者として活躍する博士人材,更に薬学領域において多面的に社会貢献できる薬学プロ人材,そして従来どおり薬剤師職に就くものは主導的薬剤師や病院薬剤部長などを目指すという方針である(Fig. 3).多様な職種について学ぶキャリア形成科目群や,研究マインドを醸成するための科目群を研究室配属前の3年次前期までに配置し,2)配属後は専門分野の卒業研究の他,希望するキャリアパスに応じた多様な選択科目を開講している.
この方針に沿って新たに育成する人材枠として,薬学類35名の入学定員では不十分と考え,創薬科学類の定員30名を振り替えて65名にした.このうち,10名を博士一貫プログラムに割り振り,3)その入り口となる入試は,高校から学部を経て大学院までを一貫的に繋ぐ意味から,薬学類・高大院接続入試と改め2021年度入試より導入した.4)
2-3. 医学系と連携した新学類:医薬科学類の設置4年制の学士課程を廃止し6年制課程一本に舵を切る他大学の話を聞く中で,本学では当初より創薬科学類を残す前提で議論を進めた.その理由は,他大学の薬学部や他学部の4年制学士課程卒業生並びに社会人学士や修士,更に留学生など多様な人材に門戸を開くという使命にある.つまり,こうした人材の受け入れには区分制の博士課程(前期,後期)が必要であることは言うまでもなく,その定員を恒常的に維持するためにもその下の4年制学士課程は残すべきという考えである.また,経過選択制において「薬学類への配属が可能であっても敢えて創薬科学類を選ぶ学生」が一定数存在しているという事実も,この方針の支えとなった.ただし,上述のとおり「薬学類−(マイナス)薬剤師免許」というネガティブな印象の学類のままでは,問題解決にはならないことから,プラス思考の学類が望ましかった.
折しも医学系の医学修士課程・医科学専攻ではここに接続する学士課程がなかったことから,その設置を考えているという情報が入った.そこで,医学系の協力を得て,薬学と医学の両方の基礎分野に精通した創薬科学者,生命科学者を育成するための日本初の学士課程として,新たに医薬科学類を設置することとした(Fig. 3).「基礎薬学+基礎医学」が特長のプラス思考の学類であり,薬学類では学ばない基礎医学,医学類では学ばない基礎薬学を学ぶ点で,薬学類とも他大学も含めた従来型の薬学4年制学士課程とも差別化される.医学類と薬学類のどちらからも完全に独立した学類にすることで医師や薬剤師免許の取得を想定しないこともより明確に高校生に伝わることになり,真に研究者を目指す学生が入学してくれると期待した.
医薬科学類では一括で入学させ,1年次に薬学及び医学の専門基礎科目を履修し,2年次から薬学系の創薬科学コース又は医学系の生命医科学コースへと半々に分かれていく経過選択制をとる.5)ただし,配属しなかったコースの専門科目を2年次以降も選択履修できるので,各自の興味に基づいて目指す専門分野の幅を多様に広げることが可能となる.画期的な新学類の設置に対して学内定員の再配分による入学定員増を期待したが,残念ながら学内的事情により叶わず,最終的に18名と少人数になった.そのため,医薬科学類では博士一貫プログラム設置の検討は見送ることとした.
新生薬学類と医薬科学類の第一期生は,3年次生になる2023年度から研究室配属をする予定で,これらの改革の効果については更に10年ほど先まで待たねばならない.現在は,両学類とも卒業生の進学を想定して大学院の定員について検討を進めているところである.
博士までの長期学修においては,給付型奨学金による経済支援が特に重要と考え,2017年度から薬学系独自の奨学金制度を設立したが,1)残念ながら給付金額が十分ではなかった.幸いにも,本学では2019年度に日本学術振興会の卓越大学院プログラムに,2021年度には国立研究開発法人科学振興機構の次世代研究者挑戦的研究プログラムにそれぞれ採択され,多くの博士課程進学者に対してかなり大型の経済支援が可能となった.薬学専攻や創薬科学専攻においても博士課程進学者に対する給付が拡大し,これに応じてか,進学希望者が増えつつある.博士問題はやはり大きな経済支援が効果的であると実感しており,こうした支援を国が長期に亘って継続し,更に拡大してくれることを強く願うところである.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会・日本学術会議共同主催シンポジウム「21世紀の新しい人材育成に向け薬学教育はどこへ向かうのか?」で発表した内容を中心に記述したものである.