2023 年 143 巻 11 号 p. 905-909
Most drugs are metabolized and detoxified in the liver. Therefore, human hepatocytes are essential for pharmacokinetic and toxicity tests in pharmaceutical research. Although primary human hepatocytes (PHHs) are the main cell source used as a human liver model, major drawbacks include the limited supply of PHHs and their functional deterioration due to long-term culture. Many studies have been conducted to overcome these problems or develop new hepatocyte sources. In particular, stem cells with cell proliferative potential are expected to be useful in pharmaceutical research, as they can supply many homogeneous specific somatic cells through differentiation and maturation. Here, we describe recent advances in the use of hepatocyte-like cells derived from human embryonic stem (ES) cells or induced pluripotent stem (iPS) cells and human liver organoids. The hepatocyte differentiation method from human ES/iPS cells by some strategies has been improved. However, the hepatic functions in human hepatocyte-like cells derived from ES/iPS cells are still lower than those in PHHs. Similarly, although human liver organoids show long-term proliferation, their hepatic functions remain low. Human ES/iPS cells and liver organoids could overcome the limited supply of PHHs, but improving their hepatic function is essential. We believe that stem cell culture technology will be useful for generating a functional hepatocyte source for medical applications.
多くの薬物は肝臓において代謝される.したがって,肝臓での薬物動態特性を明らかにするために,ヒト肝細胞を用いた評価は医薬品開発に不可欠な試験である.加えて,薬剤誘発性肝障害は新薬の開発中止や市場撤退に至る主な要因であるため,肝毒性が生じる可能性を医薬品開発過程の早期に評価することが重要視されている.しかし,現在,薬物動態試験や毒性試験に汎用されているヒト初代培養肝細胞(primary human hepatocytes: PHHs)はロット間差や価格,培養に伴う肝機能低下などの課題を有するため,大規模な動態・毒性試験を実施することは困難である.したがって,医薬品開発過程の低コスト化・効率化を実現させるためには,均質かつヒトの生体に近い性質を有した肝細胞を安定的に供給できる基盤技術が必要と考えられてきた.
このような理由から,近年,PHHsに代わる新しい肝細胞供給源の創出が試みられてきた.特に,細胞増殖性を有した幹細胞は,分化・成熟化を経ることにより特定の体細胞を均質かつ大量に供給可能な細胞であり,医薬品の開発過程に有用であると考えられている.すなわち,新薬開発過程の早期の段階で幹細胞由来モデル細胞を使用することにより薬物動態や毒性,薬効等を確実にスクリーニングできれば,医薬品の安全性が確保され,開発コストが削減されることなどが期待される.本稿では,幹細胞培養技術としてヒトembryonic stem(ES)細胞やヒトinduced pluripotent stem(iPS)細胞の培養技術と,オルガノイド培養技術に着目し,筆者の研究を中心に紹介したい.
高い増殖能と多分化能を有するヒトES/iPS細胞から分化誘導した肝細胞は,医薬品開発過程への実装が期待されている.ヒトES/iPS細胞由来肝細胞は安定的な大量供給が可能である一方で,PHHsと比較して薬物代謝酵素活性などの一部の肝機能が劣る.したがって,医薬品開発過程への応用に向けて,PHHsと同等の機能を有した高い品質のヒトES/iPS細胞由来肝細胞の作製法の開発が試みられてきた.例えば,スフェロイド状態で分化誘導した場合,生体内に近い微小環境が再現できるためヒトiPS細胞由来肝細胞の機能向上を認めることが報告された.1,2)また,線維芽細胞との共培養も,ヒトiPS細胞由来肝細胞の機能向上に効果的であることが示された.3,4)このように,in vivoの肝臓構造や微小環境をin vitroでより高度に模倣することが,ヒトES/iPS細胞由来肝細胞の分化促進と機能向上において重要であることが示されてきた.しかし,スフェロイド培養や共培養などの技術は,従来のPHHsの培養法と比較して複雑であり,医薬品開発過程への実装には至っていない.
ヒトES/iPS細胞は,胚発生の機序に則り,内胚葉細胞,肝幹前駆細胞を経て肝細胞へと分化する(Fig. 1).創薬に資する高純度で高機能な肝細胞を作製するためには,各分化段階において,高機能な細胞を高効率に作製する必要がある.そこで筆者は,ヒトES/iPS細胞から肝細胞への分化誘導過程の各条件を見直すことにした.
(A) Based on liver development, cytokines used for hepatocyte differentiation from human ES/iPS cells are determined. Hepatic specification from definitive endoderm cells require BMP signals from the septum transversum mesenchyme and FGF signals from the cardiogenic mesoderm. HGF from the septum transversum mesenchyme and OsM from hemopoietic precursor cells promote hepatic maturation of the hepatoblast. (B) The procedure for hepatocyte differentiation which were optimized is presented schematically.
ヒトES/iPS細胞を用いたin vitro肝細胞分化誘導法は,発生学的知見を基に分化段階に応じてシグナル因子を切り替える手法を採用した例が多い.5–9)マウスやゼブラフィッシュを用いた研究により,肝臓は前腸内胚葉領域から分化することが明らかにされてきた.前腸内胚葉は,心臓中胚葉から分泌されるfibroblast growth factors(FGFs)や,横中隔間充織から分泌されるbone morphogenetic proteins(BMPs)を受容し,肝芽細胞への運命が決定する.続いて,前腸内胚葉領域は横中隔間充織領域へと浸潤・増殖するが,この際に横中隔間充織から分泌されたhepatocyte growth factor(HGF)を受容し肝前駆細胞への分化が促進する.やがて,肝臓は腸管から分離し,一時的に血液細胞を増やすための造血器官としての機能を持つ.この際に,混入する血液前駆細胞から分泌されるoncostatin M(OsM)は肝前駆細胞から肝細胞への分化を促すことが知られている.以上のように,様々な組織と緻密に連携し,適切なタイミングで適切なシグナルを受け取った組織が肝臓(肝細胞)へと分化することが明らかにされてきた[Fig. 1(A)].10,11)
このような知見を基盤に,ヒトES/iPS細胞から内胚葉分化過程ではactivin A,12)内胚葉細胞から肝幹前駆細胞への分化にはBMPsとFGFs,肝幹前駆細胞から肝細胞への分化過程ではHGFやOsMが汎用されている[Fig. 1(A)].
肝幹前駆細胞への分化過程に用いるFGFsは,20種類以上のアイソフォームがリガンドとして同定されており,その受容体は8種類が同定されている.13)肝発生に関与するFGFsの種類とタイミングは明らかにされている一方で,実験動物とヒトとの種差や,in vitro分化誘導系における有効性は検証されていない.そこで,筆者は,ヒトES/iPS細胞由来内胚葉細胞から肝幹前駆細胞への分化過程におけるFGFsの役割を検討し,分化誘導条件の改良を試みた.
まず,肝初期発生への関与が報告されているBMP4とFGF1,FGF2,FGF4,FGF10を用いた10通りの組み合わせから,肝幹前駆細胞へと高効率に分化誘導できる条件を探索した.その結果,従来の分化誘導条件であるBMP4とFGF併用群と比較して,BMP4単独作用群の方が肝幹前駆細胞マーカー遺伝子[alpha fetoprotein(AFP),cytokeratin(CK)7]の発現量が高値を示した.そこで,これまで筆者が採用していた分化誘導法であるBMP4とFGF4を併用する条件とBMP4のみを作用させる条件を詳細に比較した.肝幹前駆細胞への分化誘導効率を評価するために,肝幹前駆細胞マーカー(CK19)の陽性細胞率をFACSにて定量した.その結果,BMP4とFGF4併用群におけるCK19陽性率は87.4%であったが,BMP4単独作用群では94.2%であった.したがって,FGFを添加しないことにより,肝幹前駆細胞を高効率に作製できる可能性が示された.内因性のFGFシグナルが肝幹前駆細胞への分化に与える影響を検討した.内胚葉細胞におけるFGFのリガンドの発現プロファイルを取得し,FGF2が高発現していることを見出した.実際に,内胚葉細胞におけるFGF2の産生量をenzyme-linked immuno-sorbent assay(ELISA)法により測定したところ485 pg/mLであった.さらに,肝幹前駆細胞分化における内在性FGF2の関与を調べるために,FGF受容体(FG factor receptors: FGFR)阻害剤を用いた検討を行った.BMP4とFGFR阻害剤を併用し分化誘導した群では,肝幹前駆細胞マーカー遺伝子(AFP,CK7)の遺伝子発現量が有意に増加した.以上のことから,内胚葉細胞はFGF2を自己産生できるため,肝幹前駆細胞への分化過程においてFGFを作用する必要はなく,むしろ過剰量のFGFシグナルは肝幹前駆細胞への分化を阻害することを明らかにした.さらに,内因性FGF2シグナルも肝幹前駆細胞分化に抑制的に働くことが示唆された.また,本研究により,BMP4存在下でFGFシグナルを阻害することにより,高効率に内胚葉細胞から肝幹前駆細胞を作製できることが示唆された[Fig. 1(B)].14)
最後に,BMP4単独作用により作製した肝幹前駆細胞の肝分化能を評価するために,肝細胞へと分化誘導し解析を行った.BMP4とFGF4併用群と比較して,BMP4単独作用群ではアルブミン及び尿素産生能が向上していた.また,肝臓で発現する主要な薬物代謝酵素CYP3A4活性においても,BMP4とFGF4併用群と比較してBMP4単独作用群では有意に高い値を示した.したがって,肝幹前駆細胞への分化誘導過程において外因性のFGF刺激をしない方が,高純度な肝細胞を作製できることが示唆された.14)
近年,新たな幹細胞の培養体であるオルガノイドに注目が集まっている.オルガノイドは,ロイシンリッチリピート含有Gタンパク質共役型受容体5(luecine-rich orphan G-protein-coupled receptor 5: LGR5)を発現する幹細胞から作製された三次元培養体である.ヒト肝臓オルガノイドはヒト肝組織若しくはヒトES/iPS細胞から樹立され,その増殖性や肝機能について解析が進んでいる(Fig. 2).
Human liver organoids are established from adult liver tissue and human ES/iPS cells and are differentiated for pharmaceutical research.
ヒト組織由来の肝臓オルガノイドは,肝生検から採取でき,遺伝的に安定なまま何年も拡大培養できるため,医薬品開発過程へ応用できる肝細胞供給源として新しい可能性を秘めている細胞である.15–17)しかし,ヒト組織由来肝臓オルガノイドは高い増殖能を有している一方で,肝細胞特有の性質は培養に伴い低下する.ヒト組織由来肝臓オルガノイドを肝細胞様細胞へと分化させる技術も開発されたが,その機能はPHHsに劣ることが課題である.Manonらは,分化させたヒト組織由来肝臓オルガノイドを用いて薬物代謝酵素活性の測定や肝毒性評価試験を実施した.18) PHHsと比較して,分化させたヒト肝臓オルガノイドではCYP3A4活性(約1/5倍)や,CYP1A2活性(約1/30倍),UDP-glucuronosyltransferases(UGT)活性(約1/4倍)が低かった.また,その他の重要な薬物代謝酵素であるCYP2B6やCYP2C9,CYP2D6,CYP2E1の活性は,分化後のヒト肝臓オルガノイドにおいて検出されなかった.肝毒性を発現する主要な薬剤であるアセトアミノフェンを用いた毒性評価試験においても,PHHsと比較して,分化後のヒト肝臓オルガノイドの感度は低かった.以上の結果から,現状のヒト組織由来肝臓オルガノイドは医薬品開発過程への応用が困難であることが示唆された.なお,Huらは肝機能が維持された新たなヒト組織由来肝臓オルガノイドの培養方法を報告したものの,その増殖性は低く,樹立の効率も高くないことが示されている.16)これらの結果から,組織由来のヒト肝臓オルガノイドを医薬品開発過程へ実装するためには,更なる培養技術の改良が求められる.
ヒトES/iPS細胞から肝臓オルガノイドの作製を試みた報告もある.19–21)いずれの報告においても,ヒトES/iPS細胞から高い増殖性を有したヒト肝臓オルガノイドの樹立に成功している.これらのヒトES/iPS細胞由来肝臓オルガノイドは肝機能が低いため,肝細胞への分化・成熟化を促す手法も開発されている.しかし,分化・成熟化後のヒトES/iPS細胞由来肝臓オルガノイドにおけるCYP3A4の発現量や活性は,従来の分化誘導を行ったヒトES/iPS細胞由来肝細胞よりも高い一方で,PHHsには及ばない.これらの結果から,ヒト組織由来肝臓オルガノイドと同様に,ヒトES/iPS細胞由来肝臓オルガノイドに関しても,より高い機能を有した肝細胞が作製できるような培養技術の開発が必要である.
このようなヒト組織由来あるいはヒトES/iPS細胞由来の肝臓オルガノイドの課題を解決するために,筆者はヒト肝臓オルガノイドの分化技術の開発に取り組んでいる.ヒト肝臓オルガノイドは細胞をマトリゲルの液滴の中で培養するため,従来のPHHsの二次元培養に用いていた実験手法により各種試験を実施することが困難であると考えられた.そこで,ヒト肝臓オルガノイドをマトリゲルから取り出して単細胞化し,プレートへと播種した状態での分化条件の開発を試みている.筆者が開発する分化手法は,ヒト組織由来の肝臓オルガノイドだけでなく,ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドを用いた場合においても同様の効果が得られることが期待される.この戦略が確立されれば,ヒト肝臓オルガノイドの社会実装を可能にする重要な技術となり,新たな肝細胞供給源として有力な候補になり得ると考えられる.
本稿では,PHHsの代替となるヒト肝細胞の創出へ向けて,幹細胞由来の肝細胞作製技術について紹介した.ヒトES/iPS細胞由来肝細胞やヒト肝臓オルガノイドの培養技術は,現状ではPHHsに肝機能が及ばないものの,PHHsの抱える課題の多くを解決できると期待される.幹細胞から作製された肝細胞の実用化を通して,医薬品開発過程の加速化や高度化が実現し,安全かつ効果的な医薬品がより早く開発できるようになると考えられる.また,幹細胞由来の肝細胞は医薬品開発過程だけでなく,肝炎ウイルスや再生医療などの研究分野においても有用な研究資源である.今後,幹細胞の培養技術とその分化技術がより一層発展し,幅広い研究分野への応用と社会への貢献を期待する.
本総説で紹介した研究内容は,大阪大学大学院薬学研究科分子生物学分野 水口裕之教授,櫻井文教准教授にご指導頂き遂行したものであり,両先生に厚く御礼申し上げます.また大阪大学大学院薬学研究科分子生物学分野の学生諸氏に心より御礼申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2022年度日本薬学会関西支部奨励賞(医療系薬学)の受賞を記念して記述したものである.