2023 年 143 巻 2 号 p. 105-110
Chalcones are easily accessible synthetic building blocks that are used in various heterocyclic syntheses. The rearrangement reaction using an oxidant is a characteristic conversion of chalcones, but applications to organic synthesis have been limited. Here, the development of a new method for synthesizing 3-acylindoles and azaisoflavones using a chalcone rearrangement strategy with hypervalent iodine reagents was described. Furthermore, the obtained new insight was applied to the selective synthesis of two benzofuran isomers from 2-hydroxychalcone derivatives and have demonstrated this method to the synthesis of the natural product, puerariafuran.
カルコンは自然界に偏在する化合物群であり,フラボノイド類や色素など植物二次代謝物の生合成中間体として知られている.また,カルコンはベンズアルデヒドとアセトフェノンからClaisen–Schmidt反応により種々の類縁体を容易に合成できるため,生物活性化合物の探索が盛んに行われてきた.1–3)カルコン骨格を利用した特徴的な反応として酸化剤を用いた転位反応が古くから知られており,近年では超原子価ヨウ素試薬を使用することで簡便に転位体を得ることができる.このカルコンの転位反応を利用することでイソフラボン類の合成は既に多くの報告がなされているものの,その他の活用例は少数に限られていた.本総説では,窒素官能基又は酸素官能基を持つカルコンを原料として,転位反応を利用した複素環の新規合成法及び天然物合成への応用について紹介する.
カルコンの酸化的転位反応はOllisらにより発見され,メタノール溶媒中で硝酸第二タリウムを用いると芳香環の転位反応が進行し,β-ケトアセタールが得られると報告された.4,5)その後,Moriartyらにより,重金属に替わる試薬として低毒性で取り扱い容易な超原子価ヨウ素試薬[hydroxy(tosyloxy)iodo]benzene(PhI(OH)OTs)を用い同様の転位反応が報告された.6,7)提唱されている反応機構は,以下の通りである(Scheme 1).まず超原子価ヨウ素試薬がカルコンのオレフィン部位に配位し,続けてメタノールがカルボニルのβ位に付加する.次にヨードベンゼンの脱離に伴いアリール基が転位し,生じたオキソニウムイオンともう1分子のメタノールが反応しβ-ケトアセタールが形成される.
このカルコンの酸化的転位反応は,これまでに多くのイソフラボン類合成に貢献してきた.8–19)その中で筆者の所属研究室では,過去にプテロカルピンの合成を報告している(Scheme 2).20)この合成ではまず複数の官能基を持つカルコンに[bis(trifluoroacetoxy)iodo]benzene(PhI(OCOCF3)2)を用い転位反応を行い,得られたβ-ケトアセタールに三フッ化ホウ素とジメチルスルフィドを用いベンジル基の除去とイソフラボン骨格の構築を一挙に行った.その後,数段階を経て(±)-プテロカルピンを合成した.このようにイソフラボン骨格の構築は確立されていたが,それ以外の複素環の合成はわずかに限られていた.21,22)上述の背景を基に,筆者はカルコンの酸化的転位反応を利用した複素環の新たな合成を行い,生物活性化合物や天然物の合成へと展開したので,以下に述べる.
先述のようにカルコンの酸化的転位反応は,ヒドロキシカルコンからイソフラボン骨格を持つ天然物合成に広く応用されてきた.一方,2位に窒素官能基を有するカルコンを用いることで,転位後に環化を行えば3-アシルインドール類が合成できると考えた.電子供与基を有するインドール環の3位をFriedel–Crafts反応で直接アシル化すると二量化の副反応により収率が低下することが知られていたため,24)カルコンを出発物質とすることで効率的に合成できるか検討した.まず,転位反応におけるアミノ基の保護基を検討したところ,トリフルオロアセチル保護が転位の反応条件に適していたため,カルコン1aを用い条件の最適化を試みた.超原子価ヨウ素試薬(diacetoxyiodo)benzene(PhI(OAc)2)に酸を添加することで転位反応は良好に進行したが,β-ケトアセタール2aは不安定であったためone-potの変換を検討した(Table 1).転位反応を加熱条件で速やかに行い,その後塩基性条件にすることで3-アシルインドール3が得られたため,更に試薬や溶媒を検討し,定量的に3が得られる最適条件に至った(Table 1, Entry 4).
Entry | I(III) | Solvent | Temp. | Time | Yieldb |
---|---|---|---|---|---|
1 | PhI(OAc)2 (2 eq.) | H2O | rt | 24 h | — |
2 | PhI(OAc)2 (2 eq.) | H2O | 60°C | 6 h | 68% |
3 | PhI(OAc)2 (2 eq.) | THF/H2Oc | 60°C | 6 h | 84% |
4 | PhI(OAc)2 (1.5 eq.) | THF/H2Oc | 60°C | 6 h | 99% |
5 | PhI(OH)OTs (1.5 eq.) | THF/H2Oc | 60°C | 6 h | 41% |
6 | PhI(OCOCF3)2 (1.5 eq.) | THF/H2Oc | 60°C | 6 h | 78% |
aReaction conditions: chalcone 1a (0.2 mmol), BF3·OEt2 (0.5 mmol), CH(OMe)3 (2 mL), rt, 1 h, then added K2CO3 (1 mmol) and solvent (2 mL). bIsolated yield. c1 : 1 ratio mixture of solvent was used.
本インドール合成法の基質適用範囲を確認した(Table 2).最適条件を用いることで種々のアミノカルコンから3-アシルインドール類(3b–g)を高収率で合成できた.転位する芳香環に電子求引基を持つ基質1hの変換では,3hの単離収率は中程度に低下した.一方,抗がん活性候補化合物SCB01Aは高収率で合成できることを示した.
aReaction conditions: chalcone 1 (0.2 mmol), BF3·OEt2 (0.5 mmol), PhI(OAc)2 (0.3 mmol), CH(OMe)3 (2 mL), rt, 1 h, then added K2CO3 (1 mmol), THF (1 mL) and H2O (1 mL).
次にイソフラボン類の合成を参考にアザイソフラボン類の合成を検討した(Table 3).2′位にニトロ基を持つカルコン4の転位は,超原子価ヨウ素試薬としてPhI(OH)OTsを用いると良好に進行したが,生成したβ-ケトアセタールは不安定で低収率に留まった.そこで転位後にone-potでニトロ基を還元した結果,安定な5を高収率で単離できることがわかった.β-ケトアセタール5は,酸性条件で加熱することでアザイソフラボンに良好な収率で変換できたため,本2段階の変換を利用してアザイソフラボン類6a–fを合成した.
aReaction conditions for rearrangement and reduction: chalcone 4 (0.2 mmol), PhI(OH)OTs (0.3 mmol), MeOH (2 mL), then added Fe (0.7 mmol), and saturated aq. NH4Cl (1 mL).
カルコンの転位反応で得られるβ-ケトアセタールを他の複素環の合成に利用できたため,続いて2位に酸素官能基を持つカルコンから3-アシルベンゾフランの構築を検討した.まずヒドロキシ基の保護基を検討した結果,methoxymethyl(MOM)基が転位反応の条件に適していたので,カルコン7(Ar=p-methoxyphenyl)を基質として条件を最適化したところ,PhI(OH)OTsを用いたとき最もよい収率でβ-ケトアセタール8が得られた(Scheme 3).8から一挙に3-アシルベンゾフラン10の合成は,低収率に留まったため段階的な変換として,まず5をp-toluenesulfonic acid(TsOH)で処理すると,MOM基の除去と環化が進行し前駆体9が収率83%で得られた.この際,更に加熱しても目的のベンゾフラン10は全く得られなかったが,炭酸カリウムで処理すると10が定量的に得られた.
3-アシルインドール類の合成と同じくone-potで変換ができないか再度酸性条件で検討したところ,興味深い結果が得られた(Table 4).酢酸を溶媒として用いた場合や,pyridinium p-toluenesulfonate(PPTS)又はtrifluoroacetic acid(TFA)では塩基性条件で得られた3-アシルベンゾフラン10のみが生成したが(Table 4, Entries 1–3),TsOHを用いトルエン溶媒中80°Cで加熱したところ,構造異性体の2,3-二置換ベンゾフラン11が優先的に得られた(Table 4, Entry 4).最終的に,TsOHを用い1,1,1,3,3,3-hexafluoro-2-propanol(HFIP)溶媒中で反応を行うと,11のみを選択的に得ることができた.11が得られた反応機構として,最近Zanattaらにより3-アシルフランの変換反応が報告されているが,26) 3-アシルベンゾフラン10から酸性条件で11への変換は全く起こらなかったため,9からTHF環の開環がまず起こり,11への変換が進行していると予想しているが,反応機構の詳細は今後明らかにする予定である.
Entry | Acid | Solvent | Temp. | Time | Yield | |
---|---|---|---|---|---|---|
10 | 11 | |||||
1 | — | AcOH | 110°C | 3 h | 98% | — |
2 | PPTA | toluene | 110°C | 7 h | 95% | Trace |
3 | TFA | toluene | 110°C | 4 h | 95% | Trace |
4 | TsOH | toluene | 80°C | 4 h | 25% | 52% |
5 | TsOH | HFIP | rt | 1 h | — | 98% |
aReaction conditions: 9 (0.2 mmol) and acid (0.4 mmol) in 2 mL of solvent.
カルコンの転位体から2,3-二置換ベンゾフランを選択的に合成できたため,次にこの骨格を含む天然物puerariafuranの合成を検討した(Scheme 4).Puerariafuranは2006年にKimらにより和漢植物マメ科クズ属のプエラリアの根から単離同定された化合物であり,終末糖化産物(advanced glycation end products: AGEs)の産生阻害活性などの生物活性を示すことが報告されている.27,28)これまでpuerariafuranの合成は,2017年Linらにより報告されているが,ベンゾフラン骨格の合成に多段階を要している.29)筆者の合成はまず市販のベンズアルデヒドとアセトフェノンの水酸基を各々MOM保護した12と13を用い,Claisen–Schmidt反応により収率93%でカルコン14を得た.次にPhI(OCOCF3)2による転位反応により,β-ケトアセタール15を収率69%で得た.続いて,酸性条件でMOM基の除去と環化反応を一挙に行う計画をしたが,分解を伴い収率が大きく低下したため,酸の当量や添加剤など種々の条件を精査した.その結果,まず触媒量の酸で環化を行い,その後続けて酸とエタノールを過剰量追加し10°Cに保ち残りのMOM基を除去することで,再現性よく環化体16が得られた.最後に得られた16をHFIP溶媒中で酸処理すると,puerariafuranに収率80%で変換することに成功した.
筆者は,超原子価ヨウ素試薬を用いたカルコン類の酸化的転位反応を利用した複素環の合成法を開発した.本法は入手容易なカルコン類を利用し,転位の操作も簡便に行うことができる.また選択的なベンゾフラン骨格の構築法は,重金属試薬を用いない天然物の合成に応用することできた.現在,ベンゾフラン骨格を持つ更に複雑な天然物の合成に応用できるか検討中であり,今後多様な生物活性化合物の合成に貢献できるものと期待している.
本研究を行うにあたり,終始ご指導を賜りました近畿大学薬学部,医薬品化学研究室,三木康義教授(前主宰)並びに,前川智弘教授に衷心より感謝の意を表します.また,研究の遂行にご協力を頂いた医薬品化学研究室のメンバーにこの場を借りて感謝申し上げます.本研究の一部は科学研究費補助金・若手研究Bの助成により行われたものであり,ここに深謝いたします.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2021年度日本薬学会関西支部奨励賞(化学系薬学)の受賞を記念して記述したものである.