YAKUGAKU ZASSHI
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一般論文
粗大及び微小大気粒子状物質がマスト細胞株に及ぼす影響
片岡 裕美 田中 かおり村山(田鶴谷) 惠子山下 沢西川 淳一
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2023 年 143 巻 2 号 p. 159-170

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Summary

We investigated the cytotoxicity on a mast cell line (C57 cells) of water-soluble extracts of coarse (>3 µm, PM>3) and fine (0.05–3 µm, PM0.05–3) atmospheric particulates collected from April 2016 to March 2019 in Fukuoka, Japan. We examined the direct cytotoxicity with punched-out membrane filter fragments of PM>3 and PM0.05–3 collected from April 2019 to March 2021, without extraction of the components. Also, cell proliferation and degranulation assays were conducted under conditions which caused no cytotoxicity with water-soluble extracts of PM>3 from FY2016 and PM>3 direct samples from FY2019. The findings revealed the significant direct cytotoxicity of many PM>3 and all PM0.05–3 samples, with higher cytotoxicity for PM0.05–3 (FY2019–2020). These results were different from the cytotoxicity effects of water-soluble extracts of PM>3 and PM0.05–3 samples (FY2016) in previous studies. In addition, inhibition of cell proliferation and induction of degranulation were significantly induced in a few PM>3 samples, showing a correlation with the suspended particulate matter (SPM) concentrations. This method using punched-out membrane filters is convenient and useful for assessing the direct effects of atmospheric particles on a small scale.

緒言

大気中に浮遊する粒径が2.5 µm以下の粒子は,呼吸器の奥深く肺胞まで到達し,血中への移行を通じた重篤な健康被害をもたらす.例えば,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)1などの呼吸器系,院外心原性心停止(out-of-hospital cardiac arrest: OHCA)2,3などの循環器系及びアレルギー性鼻炎4などの免疫系,更に肺がん5のような発がん性など多くの健康影響68が報告されている.大気粒子状物質は,発生源から直接排出される一次粒子[有機炭素(有機化合物),元素状炭素,無機元素(金属)など]と排出時にはガス状物質であるが,それらの化学反応により粒子化される二次生成粒子(硫酸塩,硝酸塩,アンモニウム塩,低分子有機酸9など)が知られている.1012

浮遊粒子状物質(suspended particulate matter: SPM)は,大気中に浮遊する粒子状物質のうち,粒径が10 µm以下のもののことで,その環境基準は1973年5月に告示された.また,SPMより粒径の小さい微小粒子状物質(particulate matter 2.5: PM2.5)は,大気中に浮遊する粒子状物質であって,粒径が2.5 µmの粒子を50%の割合で分離できる分粒装置を用いて,より粒径の大きい粒子を除去した後に採取される粒子と定義され,PM2.5の環境基準は2009年9月に告示された.1315これらの大気粒子状物質濃度は,全国の市町村の測定局でモニターされている.令和元年度大気汚染状況報告書(2021年11月)16によるとSPMの環境基準の達成率は100%であり,PM2.5の場合は全国平均98%以上であることが報告されている.日本における令和元年度の大気環境は改善しているが,越境汚染,黄砂,火山噴火などの影響により,日本においてもSPM及びPM2.5濃度が増加する可能性は否定できない.

われわれは,まず最初に,PM2.5の二次生成粒子として多く含有される硫酸アンモニウムに着目し,硫酸アンモニウムがマスト細胞株(C57細胞)17に及ぼす細胞障害性及び,脱顆粒に及ぼす影響について検討した.18,19その結果,硫酸アンモニウムは,細胞障害性を誘発し,18また,細胞障害を引き起こさない条件でC57細胞の脱顆粒を誘発,又はthapsigarginの刺激による脱顆粒反応を増強することを報告した.19さらに,それらに影響するイオンは,硫酸アンモニウムの構成成分のうち,硫酸イオンではなくアンモニウムイオンであることを明らかにした.18,19

ついで,われわれは中国大陸からPM2.5などの大気粒子状物質の越境汚染及び黄砂などの影響を受け易い九州北部地方(福岡市)において,2013年4月から粒子径0.2から3 µmの微小大気粒子状物質(PM0.2–3)を採取し,その水溶性成分がマウス免疫細胞に及ぼす影響を検討してきた.20,21また,近年,海洋汚染で問題となっているマイクロプラスチックやマイクロファイバーが大気環境にも浮遊し,長距輸送されることが知られるようになった.それらの約半数は,25 µmより小さいが,残りの約半数は25 µmより大きいと報告されている.22そこで,われわれは,微小大気粒子状物質だけでなく粗大大気粒子状物質にも着目し,粒子径が3 µmを超える粗大大気粒子状物質(PM>3)と粒子径0.05から3 µmの微小大気粒子状物質(PM0.05–3)の水溶性成分を用いてC57細胞に及ぼす細胞障害性を検討した.18その結果,細胞障害性は,2016年度(2016年4月–2017年3月を2016年度とする)の上半期に比較的高値を示し,2018年度(2018年4月–2019年3月を2018年度とする)の下半期にやや高値を示した.また,それらの細胞障害性は全体的にPM>3の方がPM0.05–3よりも高値であることが2016年度の試料で顕著に観察された.さらに,それらの水溶性成分のアンモニウムイオン濃度は,C57細胞に影響を与える濃度に達していなかったことから,PM>3の水溶性成分による細胞障害性は,アンモニウムイオン以外の成分に起因したことが示唆された.18

本研究では2019–2020年度(2019年4月–2020年3月を2019年度,2020年4月–2021年3月を2020年度とする)に採取したPM>3及びPM0.05–3の採取フィルターから成分抽出を行うことなく,パンチアウトした採取フィルター片(粒子付着フィルター)をアッセイ系に直接導入して,C57細胞に対する粒子状物質の直接的な細胞障害性影響を評価した.なお,フィルター片を用いての直接的な細胞への影響評価は,Garzaら23及びPavagadhiら24によっても行われているが,本研究では,より簡便に小スケールで試験できるように工夫した.また,2016年度のPM>3及びPM0.05–3の水溶性成分が細胞障害性に及ぼす影響を比較するとPM>3の方が明らかに高値であった18ことから,2016年度のPM>3水溶性試料について,C57細胞の細胞増殖性及び脱顆粒誘発性に及ぼす影響を検討した.さらに,2019年度のPM>3については,PM>3の採取フィルターを試料としてアッセイ系に導入し,細胞増殖性及び脱顆粒誘発性に及ぼすPM>3粒子の直接的な影響を検討した.

方法

1. 大気粒子状物質の試料

試料は第一薬科大学(福岡市)において,地上5 mの吹き抜けの2階部分で雨天を避けて2019年4月から2021年3月にかけて,1ヵ月につき2から4回採取した.試料の採取は,二層式のフィルターホルダー(サビレックス PFAH-47-2SX)を用いて,一層目にポアサイズ3 µmのメンブランフィルター(SSWPO4700, Merck Millipore Ltd., Ireland,直径4.7 cm)を,二層目にポアサイズ0.05 µmのメンブランフィルター(VMWPO4700, Merck Millipore Ltd., Ireland,直径4.7 cm)をセットし,0.05 µmのメンブランフィルター側をダイヤフラムポンプ(ULVAC, DA-20D,株式会社アルバック,神奈川)に接続し,24時間連続して大気を34.56 m3吸引した.3 µmのメンブランフィルター上に集積した粒子状物質をPM>3とし,0.05 µmのメンブランフィルター上に集積した粒子状物質をPM0.05–3とした.大気粒子状物質を採取したフィルター試料は,それぞれ,50 mLのポリプロピレン製の遠沈管(ワトソン株式会社,深江化成(兵庫)製)に入れ,しっかりとフタをし,更に採取日毎にチャック付きポリエチレン袋に入れ封じた.これらの試料は室温で細胞実験に使用するまで未開封状態で保管し,採取から3年以内に実験に用いた.

2. 試薬

RPMI 1640培地(RPMI+GlutaMAX™)(培養用),RPMI 1640培地(添加,L-Glutamine;無添加,Phenol Red)(細胞障害性試験用),及び抗生物質–抗真菌剤の混合試薬[Antibiotic-Antimycotic™(100 ×): penicillin, 10000 IU/mL; streptomycin, 10000 µg/mL; amphotericin B, 25 µg/mL; 0.85%食塩水溶液]はGIBCO®社製(Life Technologies; Grand Island)を用いた.ウシ胎児血清(fetal bovine serum: FBS)はBiowest社製(Nuaillé)を56°Cで30分間処理し非働化した.ウシ血清アルブミン(bovine serum albumin: BSA)(bovine, F-V, pH 5.2),トリトンX-100,硫酸アンモニウム(バイオテクノロジーグレード),ピペラジン-1, 4-ビス(2-エタンスルホン酸)[piperazine-1,4-bis(2-ethanesulfonic acid): PIPES],塩化カリウム(特級),及びグリシン(特級)は,ナカライテスク社製(京都)を用いた.乳酸脱水素酵素検出キット(Lactate dehydrogenase Cytotoxicity Detection kit: LDH Cytotoxicity Detection kit)は,タカラバイオ株式会社製(滋賀)を用いた.また,p-ニトロフェノール標準品,クエン酸一水和物(特級),水酸化ナトリウム(特級),グルコース(特級),塩化ナトリウム(特級)及び塩化カルシウム(特級)は富士フイルム和光純薬株式会社製(大阪)を,4-ニトロフェニル2-アセトアミド-2-デオキシ-β-D-グルコピラノシドは,Sigma-Aldrich社製(St. Louis)を使用した.また,本研究で試験及び試薬の調製に用いた水はすべて超純水(比抵抗値18.0 MΩ·cm以上)を使用した.

なお,PIPES bufferは,25 mM PIPES/水酸化ナトリウム(pH 7.4),125 mM塩化ナトリウム,2.7 mM塩化カリウム,5.6 mMグルコース,1 mM塩化カルシウム,0.1% BSAの組成に調製した.また,citrate buffer(0.1 M)はpH 4.5に,glycine buffer(0.25 M)はpH 10.7になるように,クエン酸一水和物,又はグリシンの水溶液から水酸化ナトリウムで調製した.

3. 細胞培養

マウスマスト細胞株C1.MC/C57.1(C57)17は,抗生物質–抗真菌剤の混合試薬(penicillin, 100 IU/mL; streptomycin, 100 µg/mL; amphotericin B, 0.25 µg/mL)及び10% FBS含有RPMI 1640培地(培養用)で継代培養(37°C, 5% CO2)した.

4. 細胞障害性試験

細胞障害性試験は96 well丸底マイクロプレート(Falcon®,Corning)を用いて行った.まず,wellに超純水100 µLを加え,続いてPM>3又はPM0.05–3を採取したメンブランフィルターをパンチ(PLUS株式会社,東京)で直径6 mmにパンチアウトした.C57細胞は浮遊細胞であるため,そのフィルター片の大気粒子の採取面が上向きとなるように1 wellあたり1枚添加した(9 well / 1 sample).そのフィルター片をwellの底に沈め,4°Cで16時間保存後に室温で1時間放置した.そこに,C57細胞1×105 cells/mL(100 µL)を加えた(8 well / 1 sample).なお,細胞障害性試験の培地には,抗生物質–抗真菌剤の混合試薬及び1% BSA含有RPMI 1640培地(細胞障害性試験用培地)を用いた.また,残りの1 wellには,細胞無添加の上述の培地のみを加えた.次に,37°C, CO2インキュベーターで4時間培養した後,反応プレートを250 gで10分間遠心分離し,上清(100 µL)を96 well平底アッセイプレート(イワキ,AGCテクノグラス株式会社,静岡)に移した.その後,前報18と同様にLDH Cytotoxicity Detection kitのプロトコールに従って乳酸脱水素酵素(lactate dehydrogenase: LDH)の放出率から細胞障害性を求めた.なお,コントロール群には未使用のPM>3又はPM0.05–3の採取用フィルターを上述の採取フィルターの処理と同様にパンチアウトしたものを用いた.また,毎回,陽性コントロールとして硫酸アンモニウム(終濃度:40 mM,本論文ではそれぞれの実験条件と同じ濃度を終濃度という)を用いた.それぞれの群の値は,細胞添加wellの値から,細胞無添加wellの値を差し引いたものを用いた.細胞障害性の評価は,陽性コントロール群の平均値を100%として,それぞれの値を算出した.また,本実験条件下における超純水の使用は,細胞に影響を及ぼさないことを確認している.

5. 細胞増殖性試験及び脱顆粒試験

前報19の培養条件を一部改良して行った.すなわち,(1)2016年度に採取したPM>3の水溶性試料(前報18で使用した水溶性試料の残部を−20°Cで保管していたものを用時解凍後,室温に戻して使用した)の場合は,C57細胞(2×105 cells/mL)をディッシュ(60×15 mm; FALCON®,Corning)に5 mLずつ播種した後,試料(50 µL)を添加した.(2)2019年度に採取したPM>3の採取フィルターは,パンチ(Kucaa®,Shenzhen)で直径8 mmにパンチアウトしたフィルター片を大気粒子の採取面が上向きとなるように,上述のディッシュに1ディッシュあたり2枚を添加した後,C57細胞(2×105 cells/mL)を5 mLずつ播種した.(1),(2)の両者とも37°C, CO2インキュベーターで24時間培養した.なお,2016年度のコントロール群には,未使用のPM>3採取用フィルターから大気粒子採取試料と同様の方法により超純水で抽出したものを用いた.また,2019年度のコントロール群は,未使用のPM>3採取用フィルターを大気粒子付着フィルター試料と同様にパンチアウトしたものを2枚用いた.次に,それぞれのディッシュの細胞を15 mLの遠心チューブ(Falcon®,Corning)に回収後,2000 rpm, 3分,4°Cで遠心分離,上清を除去し,冷PIPES bufferで全量を1 mLに調製した.その一部(50 µL)を用いて,コールターカウンター(BECKMAN COULTER® Z2,ベックマン・コールター株式会社,東京)にて9–18 µmの範囲の細胞数を計測し,コントロール群の細胞数を100%として細胞増殖率を求めた.また,残りの回収細胞は,冷PIPES bufferで2 × 106 cells/mLに調製後,脱顆粒誘発性試験のために37°Cで30分間反応後,前報19と同様にβ-hexosaminidase活性を求めた.なお,細胞増殖性を調べた回収細胞(前述の冷PIPES bufferで全量を1 mLに調製したもの)は,脱顆粒誘発性試験の前にそれぞれトリパンブルー色素排除試験を行い,生細胞数が,97%以上であることを確認している.さらに,本実験条件下における超純水の使用は,細胞に影響を及ぼさないことを確認している.

6. 2019–2020年度の試料(粒子付着フィルター試料)のアンモニウムイオン濃度

細胞障害性試験の1wellあたりの容量(200 µL)と同条件になるように,サンプルチューブに超純水200 µLを入れ,その中に大気粒子状物質の採取フィルターをパンチで直径6 mmにパンチアウトしたフィルター片を1枚加えた.その後,5分間ボルテックスで振盪した後,10000 gで5分間,遠心分離後,上清を分取し前報18と同様の方法で測定した(定量限界:1 mg/L).また,細胞増殖性及び脱顆粒試験におけるアンモニウムイオンの終濃度の考察のためには,細胞障害性実験(フィルターの直径6 mm, 1枚/200 µL)で求めた結果から細胞増殖性及び脱顆粒試験の条件(フィルターの直径8 mm, 2枚/5 mL)の濃度にフィルターの面積から換算した推定値を用いた.

7. SPM及びPM2.5濃度

SPM及びPM2.5濃度は,試料採取地近隣の大橋自排局のデータ(福岡市のウェブサイト)25を用い,PM>3及びPM0.05–3の採取時間に相当するSPM濃度,又はPM2.5濃度の平均値を求めた.

8. 統計解析

有意差検定はBellCurve for Excel(Social Survey Research Information Co., Ltd., Ver4.01)softwareを用いて,細胞障害性試験の場合はDunnett検定(両側検定)を,細胞増殖性試験及び脱顆粒試験についてはStudentのt検定(両側検定)を行った.危険率が5%未満(p<0.05)の場合を有意差ありと判定した.

9. 略語

本論文中におけるサンプル採取日は,サンプル採取開始日の西暦年号の下2桁,月,日の順に示した(例えば,2019年4月9日は,190409).また,PM>3試料は,上述の略語の前にcを付けて示した(例えば,c190409),また,PM0.05–3試料は,fを付けて示した(例えば,f190409).

結果及び考察

1. 細胞障害性について

2019–2020年度の採取フィルターを用いたPM>3の直接的な細胞障害性試験の結果をFig. 1に示す.その結果,多くの試料でコントロールと比較して有意な細胞障害性が認められた.特に2019年11月に採取した試料(⑨:c191118, c191128)の細胞障害性が高値であった.また,2019年度(Fig. 1 ①–⑮)と2020年度(Fig. 1 ⑯–㉞)を比較すると,2019年度のPM>3粒子付着フィルター試料の方が2020年度の試料より細胞障害性に与える影響は大きい傾向を示した.また,2019年度,2020年度の両者とも,9月の試料(Fig. 1 ⑥,㉓,㉔)には,細胞障害性が認められなかった.一方,2019–2020年度のPM0.05–3の粒子付着フィルターを用いた場合(Fig. 2),すべての試料で有意な細胞障害性が認められた.さらに,PM0.05–3の粒子付着フィルターを用いた大多数の試料は,陽性コントロール(硫酸アンモニウム,終濃度:40 mM,アンモニウムイオン濃度に換算すると80 mM)よりも高値を示し,細胞障害性に及ぼす影響が非常に強いことが示された.すなわち,2016–2018年度の水溶性成分を用いた以前の研究18では,PM>3の方がPM0.05–3より細胞障害性が強い傾向を示し,特に2016年度の試料で顕著にPM>3試料の細胞障害性が強かったが,2019及び2020年度のPM>3とPM0.05–3の粒子付着フィルターを用いた本研究では,PM0.05–3の方が極めて高値であった.また,PM0.05–3試料(Fig. 2)についてもPM>3試料(Fig. 1)と同様に2019年度の方が2020年度よりも細胞障害性に与える影響が大きい傾向を示した.本研究では大気粒子状物質の細胞障害性に対する直接的な影響を評価した.その結果,PM0.05–3の方がPM>3より細胞障害性が非常に強いことが示された.前報18の水溶性成分ではPM>3の方がPM0.05–3より細胞障害性が強かったので,今回の粒子付着フィルター試料の結果と大きく異なっていた.これらのことは,Monnら26による「単核球における実験で,大気粒子状物質の水溶性試料の細胞障害性は,粗大大気粒子状物質の方が微小大気粒子状物質より大きかった」という報告,さらに,Qiら27による「心筋細胞を用いた実験で,PM2.5の不溶性成分の方が水溶性成分よりも強くLDH遊離を引き起こした」という報告,また,Zhuら28による「マクロファージの生存率における実験で,PM2.5の不溶性成分の方が水溶性成分より生存率が低下した」という報告と矛盾しない.

Fig. 1. Cytotoxicity after Treatment with PM>3 Punched-out Membrane Filter Collected in FY2019–2020

Collection dates are indicated by the last two digits of the year, month, and day of the sample collection start date (e.g., April 9, 2019 is 190409). PM>3 samples are indicated by the prefix c (e.g., c190409). The concentration of ammonium sulfate used as the positive control was 40 mM in all LDH cytotoxicity assays. The cytotoxic effects are shown as the % of the positive control. Data are expressed as mean±S.E.; ** p<0.01 and * p<0.05 indicate statistical significance compared with the control (unused membrane filter 3 µm) (two-tailed Dunnett’s test). n=8.

Fig. 2. Cytotoxicity after Treatment with PM0.05–3 Punched-out Membrane Filter Collected in FY2019–2020

Collection dates are indicated by the last two digits of the year, month, and day of the sample collection start date (e.g., April 9, 2019 is 190409). PM0.05–3 samples are indicated by the prefix f (e.g., f190409). The concentration of ammonium sulfate used as the positive control was 40 mM in all LDH cytotoxicity assays. The cytotoxic effects are shown as the % of the positive control. Data are expressed as mean±S.E.; ** p<0.01 and * p<0.05 indicate statistical significance compared with the control (unused membrane filter 0.05 µm) (two-tailed Dunnett’s test). n=8.

さらに,Fig. 3に本研究におけるPM>3及びPM0.05–3の採取時間に相当するSPMとPM2.5濃度の平均値,福岡県に黄砂が飛来した日29及び,西之島が噴火した日30を示した.2021年3月29–30日に観察されたSPMとPM2.5の高値は,黄砂の影響によると考えられた.また,2020年8月上旬に高値となったPM2.5は,2020年7月20日の西之島の火山噴火が影響していると報告されている31ので,SPM濃度の高値も西之島の噴火に影響されたと考えられる.8月上旬に採取した試料(Fig. 1 ㉒c200803及びFig. 2 ㉒f200803)の細胞障害性の強度はそれほど大きくないものの,両者とも有意な細胞障害性が認められた.特にc200803の細胞障害性の誘発に火山噴火の影響を受けた可能性が否定できない.

Fig. 3. Concentrations of SPM and PM2.5 (µg/m3) from April 2019 to March 2021

Collection dates are indicated by the last two digits of the year, month, and day of the sample collection start date (e.g., April 9, 2019 is 190409). The averages of SPM and PM2.5 corresponding to the collection time of the atmospheric particulates were calculated using data from the Ohashi Motor Vehicle Exhaust Monitoring Station on the website of Fukuoka city.13)

一方,PM>3及びPM0.05–3が細胞障害性に及ぼす影響は,SPM及びPM2.5濃度,黄砂の飛来状況と明確な相関性を示さなかった.また,2019–2020年度のPM>3試料の中で,アンモニウムイオン濃度が最高値を示した試料は,c200409(Fig. 1 ⑯)の終濃度,4.0 mg/L(0.22 mM)であり,PM0.05–3試料の中では,f200129(Fig. 2 ⑫)の終濃度,2.9 mg/L(0.16 mM)であった.細胞障害性に影響を与えないことが知られている最大のアンモニウムイオン濃度の終濃度は,20 mM18であることから,本実験における細胞障害性の誘発にアンモニウムイオンは寄与していないことがわかった.

粒子付着フィルターを用いた場合,イオン成分,低分子の有機酸,エンドトキシンなどのような水溶性成分に加え,多環芳香族炭化水素(polycyclic aromatic hydrocarbon: PAH)やそのニトロ体(nitropolycyclic aromatic hydrocarbon: NPAH)及び塩素化体(chlorinated polycyclic aromatic hydrocarbon: ClPAH)などの有機炭素(有機化合物),元素状炭素,無機元素(金属),などもアッセイ系に混入すると考えられる.912,3234PAH及びNPAHは,粒径が1.1 µmを超える分画よりも1.1 µm以下の粒子分画に多く分布していたことが報告されている.32さらに,ClPAHの実験において,芳香族炭化水素受容体(aryl hydrocarbon receptor: AhR)のリガンド活性は,粒径が2.5 µm以下の粒子分画の方が,粗大粒子分画より強力であったと報告されている.33一方,佐世保でのエンドトキシン含有量の研究では,粗大粒子(≧2.5 µm)のエンドトキシン濃度の方が,微小粒子(≦2.5 µm)よりも高いことが示されている.34また,メキシコ市におけるPM2.5とPM10(≦平均粒径10 µm)の細胞障害性及び炎症誘発性の実験において,PM2.5は遷移金属の影響,PM10はエンドトキシンの影響を強く受けたことが報告されている.35さらに,細胞内PM2.5の蓄積は,リソソームの不安定化と細胞死を促進したとの報告がある.36本研究において,PM0.05–3粒子の方がPM>3粒子よりも強い細胞障害性を示した原因物質の候補として,種々のPAH類,遷移金属などの可能性が推測された.また,パンチアウト法による本結果は,粒径の大きい粒子は小さい粒子と比べて,体積に対する表面積の割合(比表面積)が小さいため毒性が低い37と言われていることに矛盾しなかった.

2. 細胞増殖性試験及び脱顆粒試験について

前報の研究18において,2016年度のPM>3の水溶性成分がPM0.05–3の水溶性成分よりも強い細胞障害性を示したことから,本実験における細胞増殖性試験及び脱顆粒試験も,2016年度のPM>3の水溶性成分を用いて実験した.さらに,PM>3の粒子付着フィルターを用いる細胞障害性への影響は2019年度の方が2020年度より高値であったことから,2019年度の粒子付着フィルターを用いてPM>3粒子の直接影響を調べた.PM>3の水溶性成分による細胞増殖性試験の結果はFig. 4に,PM>3粒子の直接影響による細胞増殖性試験の結果はFig. 5に示す.その結果,どちらも数種の試料に有意な細胞増殖抑制が認められた.また,これらの実験において細胞サイズの分布変化は観察されなかった.

Fig. 4. Cell Proliferation after Treatment with Water-soluble Components of PM>3 from FY2016

Collection dates are indicated by the last two digits of the year, month, and day of the sample collection start date (e.g., April 14, 2016 is 160414). PM>3 samples are indicated the prefix c (e.g., c160414). Data are expressed as mean±S.E.; ** p<0.01 and * p<0.05 indicate statistical significance compared with the control (ultra pure water) (two-tailed Student’s test). n=4.

Fig. 5. Cell Proliferation after Treatment with PM>3 Punched-out Membrane Filters Collected in FY2019

Collection dates are indicated by the last two digits of the year, month, and day of the sample collection start date (e.g., April 9, 2019 is 190409). PM>3 samples are indicated by the prefix c (e.g., c190409). Data are expressed as mean±S.E.; ** p<0.01 and * p<0.05 indicate statistical significance compared with the control (unused membrane filter 3 µm) (two-tailed Student’s test). n=4.

2016年度のPM>3の水溶性成分による脱顆粒試験結果はFig. 6に,PM>3の粒子付着フィルターを用いた粒子による直接影響試験の結果はFig. 7に示す.その結果,2016年度の水溶性成分の場合,春,冬(Fig. 6,②c160425,③c160519及び,⑲c170125)に脱顆粒が有意に誘発され,2019年度に採取したPM>3の脱顆粒に対する有意な直接影響は,春,秋,冬(Fig. 7,②c190419,⑤c190613,⑪c190913,⑯c191107,⑰c191118,⑲c191204,⑳c191210,㉑c191223及び,㉕c200210)に観察された.また,Tangら38は,ラット好塩基球白血病細胞(rat basophil leukemia-2H3 cell: RBL-2H3細胞)を用いたβ-hexosaminidaseの遊離を指標とした脱顆粒誘発試験において,2018–2019年に中国の都市部で採取したPM2.5の水溶性成分の場合,すべての季節に有意な脱顆粒が誘発され,特に春と冬が高レベルであったと報告している.大気粒子状物質により誘発されるC57細胞,あるいはRBL-2H3細胞の脱顆粒試験において,影響が起こり易い季節に類似性が示された.

Fig. 6. Degranulation Induced by Water-soluble Components of PM>3 from FY 2016

Collection dates are indicated by the last two digits of the year, month, and day of the sample collection start date (e.g., April 14, 2016 is 160414). PM>3 samples are indicated by the prefix c (e.g., c160414). Data are expressed as mean±S.E.; ** p<0.01 and * p<0.05 indicate statistical significance compared with the control (ultra pure water) (two-tailed Student’s test). n=4.

Fig. 7. Degranulation Induced by PM>3 Punched-out Membrane Filters Collected in FY2019

Collection dates are indicated by the last two digits of the year, month, and day of the sample collection start date (e.g., April 9, 2019 is 190409). PM>3 samples are indicated by the prefix c (e.g., c190409). Data are expressed as mean±S.E.; ** p<0.01 and * p<0.05 indicate statistical significance compared with the control (unused membrane filter 3 µm) (two-tailed Student’s test). n=4.

次に,細胞増殖性試験及び脱顆粒試験において,コントロール群と有意な差が示された試料とSPM濃度との相関性を検討した.細胞増殖性試験の結果をFig. 8(a)に,脱顆粒試験の結果をFig. 8(b)に示す.2016年度のSPM濃度は前報18のものを,2019年度のSPM濃度は,Fig. 3に示した値を再度使用した.その結果,水溶性試料(□)及びフィルター試料(●)の両者において,有意差を示した試料の細胞増殖抑制及び脱顆粒誘発性の強度とSPM濃度に相関性が認められた.

Fig. 8. Correlation with SPM Concentrations for Samples Showing Significant Differences in Cell Count (a) and β-hexosaminidase Release (b) after the Treatment with PM>3 Samples

□: Water-soluble components of PM>3 from FY2016, ●: PM>3 punched-out membrane filter collected in FY2019.

また,本研究で用いた2016年度の水溶性成分の中では,c160527試料(Fig. 4及びFig. 6,④)のアンモニウムイオン濃度が最高値(17.7 mg/L)であった.18これは,本実験終濃度に換算して0.01 mMとなる.また,2019年度のPM>3のフィルター試料中で,アンモニウムイオン濃度が最高値を示した試料はc200210(Fig. 5及びFig. 7,㉕)で終濃度,0.5 mg/L(0.03 mM)であった.脱顆粒に影響を与えないことが知られている最大のアンモニウムイオンの終濃度は,0.2 mM19であることから,本実験における脱顆粒の誘発にアンモニウムイオンは寄与していないことがわかった.

大気粒子状物質に影響されるマスト細胞の脱顆粒については,上述のほかに次のような報告がある.PM2.5とPM10汚染の多いそれぞれの地域において,突然事故で死亡した健康な若年層の人の心臓検体を調べたところ,両地域の検体の心室マスト細胞に脱顆粒が観察された.39また,オボアルブミン(ovalbumin: OVA)で感作したマウスにPM(認定標準物質,都市大気粉塵No. 28,国立環境研究所)をエアゾールとして暴露させたところ,OVAのみの惹起に対してOVA+PMの方が133.6%のマスト細胞の脱顆粒を示した.40アレルゲンとディーゼル排気粒子(diesel exhaust particulate: DEP)の同時暴露はマスト細胞の脱顆粒を増強し,DEPのジクロロメタン抽出物が活性化マスト細胞株の脱顆粒を増強した.41また,前述したように,微小粒子にはPAH成分が粗大粒子より多く含有され,粗大粒子には微小粒子に比べてエンドトキシンの濃度が高い.32,34そこで本研究におけるPM>3水溶性試料には,アンモニウムイオンなどのイオン成分のほかにエンドトキシンや低分子有機酸9などの存在が推測される.これらの物質のうち,エンドトキシンについては,エンドトキシンの成分であるリポポリサッカライド(lipopolysaccharide: LPS)を用いた実験でLPSは高親和性IgEリセプター(high-affinity immunoglobulin E receptor: FcεRI)を介したマスト細胞の脱顆粒を増強した42という報告がある.しかし,FcεRIを介さない場合,LPSはマスト細胞のToll様受容体4(Toll-like receptor 4: TLR4)に結合し腫瘍壊死因子α(tumor necrosis factor α: TNFα)などのサイトカインを放出するが脱顆粒を起こさない.43,44したがって,本研究条件におけるPM>3水溶性試料の脱顆粒誘発の原因物質としてエンドトキシンは寄与していないと考えられた.また,低分子有機酸によるマスト細胞の脱顆粒に関しては,報告がなく不明である.一方,Wangら45は,PAHを含むAhRのリガンドは,スフィンゴシン-1-リン酸受容体2(sphingosine-1-phosphate receptor 2: S1PR2)のシグナル伝達を介してのマスト細胞の脱顆粒を誘発することを報告している.これらのことから本研究においてPM>3フィルター試料が脱顆粒に影響を及ぼした候補物質の一つとして,含有量は少ないと推定されるがPAHの可能性が挙げられる.一方,PM>3の水溶性試料の脱顆粒及び両者の細胞増殖性に影響した可能性のある候補物質については現在のところ不明である.両者ともSPMに含まれる成分とそれぞれ相関性が見られたことから,SPM濃度もPM2.5濃度と同様に注視する必要があると考えられる.

3. パンチアウト法について

従来多くの研究では大気粒子状物質の生物影響を評価する場合,水や有機溶媒で成分を抽出して評価していた.これらの方法では粒子状物質の直接的な生物影響を評価することは困難である.本研究で開発したパンチアウトした採取フィルター片(粒子付着フィルター)を用いた場合,アッセイ系に大気粒子状物質を直接導入することができる.また,粒子付着フィルター片を用いた場合は,簡便に小スケールで粒子状物質の直接的な細胞影響を評価できる.さらに,溶媒で抽出する際の抽出効率などの問題点も解決できる.欠点としては,パンチアウトしたフィルター片はin vivoの実験に用いるのが難しいことなどが考えられる.

結論

細胞障害性試験においては,2019–2020年度のPM>3及びPM0.05–3採取フィルターから成分抽出をすることなく,それぞれの粒子が付着したフィルターをアッセイ系に導入し,大気粒子の直接影響を検討した.その結果,多数のPM>3試料,及びすべてのPM0.05–3試料に有意な細胞障害性が観察された.また,その強度はPM0.05–3試料に強く認められた.本結果は,以前の研究18における2016年度のPM>3及びPM0.05–3の水溶性成分による細胞障害性は,PM>3の方がPM0.05–3よりも高値であったことと異なっていた.パンチアウト法による本結果は,粒子径の大きい粒子は小さい粒子と比べて比表面積が小さいため毒性が低い37と言われていることに矛盾しなかった.PM0.05–3粒子が強い細胞障害性を示した原因物質の候補として,種々のPAH類,遷移金属などの可能性が推測された.今後,PM0.05–3の粒子付着フィルター試料を用いての細胞への粒子の取り込み,また,炎症性サイトカインの発現などについて詳細に検討したい.また,これらの試料による細胞障害性に及ぼす影響は,SPM及びPM2.5濃度,黄砂の飛来状況に相関しなかったが,PM>3粒子付着試料は,西之島の火山噴火の影響を受けた可能性が否定できない.

細胞障害が起こらない条件での細胞増殖性及び脱顆粒誘発性試験は,2016年度のPM>3の水溶性試料18及び2019年度のPM>3粒子付着フィルターによる直接影響を検討した.その結果,それぞれ,複数個の試料に有意な細胞増殖抑制,又は脱顆粒誘発性が認められた.また,春及び冬に採取された試料は,脱顆粒誘発性を示す傾向にあった.また,これらの細胞増殖抑制及び脱顆粒誘発性に及ぼす影響は,水溶性試料とPM>3粒子付着フィルター試料間で明確な差異は認められなかった.有意差を示した水溶性試料及びPM>3粒子付着フィルター試料の両者とも,細胞増殖抑制及び脱顆粒誘発性の強度はSPM濃度と相関性を示した.これらのことから,アレルギーなどの発症予防のためには,PM2.5だけではなくSPM濃度にも十分な注意が必要であることが示唆された.今後,本手法によるPM0.05–3の粒子付着フィルター試料による細胞増殖性試験及び脱顆粒誘発性試験も検討したい.

日本におけるPM2.5及びSPM濃度は改善されているが,これらは,越境汚染,黄砂,火山噴火などの影響を受けることから,今後もそれらの大気粒子状物質の影響に注視する必要がある.採取フィルターをパンチアウトすることによる粒子付着フィルターを用いた本手法は,大気粒子状物質の細胞への直接影響を簡便に小スケールで評価するために有用であると考えられる.

謝辞

細胞増殖性試験及び脱顆粒試験の一部の実験に協力して下さった樽谷風香学士に感謝いたします.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

REFERENCES
 
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