2023 年 143 巻 3 号 p. 237-238
現在,日本においては薬学だけではなく,医学においても基礎と臨床の融合的教育及び研究が重要視されてきている.1)その背景として,世界的にみても日本は基礎研究の論文に比べ,臨床研究の論文が少なく,基礎研究が優位に推移している状況が指摘されている.このような状況を生み出している根源は,基礎研究の方が学位取得し易い,公的な研究費を獲得し易い,といった従来からの常識が継承されていることが影響しているものと考えられる.また,臨床研究の場合,様々な組織の協働により成立するため,組織間の壁が存在するとその施行が阻まれる可能性がある.
薬学領域において,臨床現場で解決すべき問題点は数多く提示されるが,日常業務が漫然であると臨床研究にまで至る事例は少ない.また,研究に進展した場合も,薬剤師だけで問題を解決しようとするケースが多く見受けられる.これは研究を企てる薬剤師が,多職種に対して臨床研究実施の理解を得ることが容易ではないことがあるためと考えられる.臨床研究は様々な組織の協働により成立するため,このように多職種と連携できないことが,基礎と臨床が融合できない一つの大きな原因と考えられる.多職種と連携することで角度の違う視点を研究に取り入れる状況を作り出し,様々な観点からデータを集積し,学会発表や論文作成に至るプロセスを形成していくことが必要と考えられる.
一方,臨床現場での問題点の中には,薬学を駆使した研究を行うことでのみ解決し得るものがあることも事実である.したがって,臨床現場での薬剤師は,生じている問題が薬学で解決すべきものであるか否かを判断し,更に臨床現場あるいは大学などの研究機関のどちらで解決すべきかを見極め,実施していく能力が求められる.また,基礎と臨床の融合研究の進展は,本能力を持った人材育成が必須と考えられる.
本誌上シンポジウムは,2022年3月に開催された日本薬学会第142年会で企画されたシンポジウム「薬学を基盤にした基礎と臨床の融合研究」での講演内容を誌上シンポジウムとしてまとめたものである.以下に示すすべての講演は,薬学を基盤としており,基礎あるいは臨床のみで完結することのない融合研究についての内容となっている.
1報目として,神戸学院大学薬学部の入江 慶氏から神戸学院大学薬学部と神戸市立医療センター中央市民病院の医療連携活動における共同臨床研究を,新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)患者における抗ウイルス薬の薬物動態研究を例に紹介頂いている.抗ウイルス薬の効果について,薬物動態学的な観点からの考察となっており,臨床現場での事例を基礎で評価することで,今後臨床でどのように薬剤を用いていくかを示した実例となっている.2報目には,名古屋市立大学薬学部の岩尾岳洋氏から,臨床の現場において医薬品を安全かつ効果的に使用するために開発が進められている,ヒト人工多能性幹細胞[human induced pluripotent stem(iPS)細胞]から作製した腸管上皮細胞の医薬品の消化管吸収予測や毒性評価のモデルについて紹介頂いている.岩尾氏は,臨床薬剤師時代に薬剤適正使用のためには,吸収予測が必要であることを痛感し,現在iPS細胞という新しいツールを用いて消化管吸収予測モデルの作成に取り組み始めた.今後は,臨床での医薬品吸収予測だけでなく,消化管障害の評価などに応用するためにも取り組んでおり,基礎から臨床に還元するための融合研究である.3報目には,静岡県立大学薬学部の平井啓太氏から,喘息及び慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)患者を対象とした臨床研究において,臨床的検討のみならず患者の免疫細胞を用いた基礎的検討を行い,喘息の特徴を有するCOPD患者の病態的特徴の解明及び臨床現場で判別するためのバイオマーカーに関する研究について紹介頂いている.本研究も基礎から臨床に還元されるものとなっている.4報目には,城西大学薬学部の井上 裕氏から,地域の市中病院,薬局との連携を通じて地域医療の課題に取り組まれている事例の中で,薬剤師や多職種の方々と一緒に取り組んだ卒業研究の事例を基に,学生と卒後教育のつながりについて紹介頂いている.本事例は,基礎と臨床の融合研究を行いながら,多職種との連携に取り組んでいるものであり,基礎と臨床の融合研究に必要な人材育成を示す実例でもある.
これら事例からわかるように,現場でのニーズに迅速に対応することやiPS細胞など新しい技術を導入して問題解決を図ることはもちろん,薬剤師だけでなく多職種と連携することが融合研究成功の秘訣の一つと考えられる.また,多職種連携においては,連携できる人材の育成,すなわち教育も必須となる.これらのことが,バランスよく組み合わさることが重要と考えられるが,通常は何かが欠けている場合が多く,それ故融合研究がうまく施行できていない場合があるため,注意が必要となる.
さらに,今回紹介した事例については,基礎あるいは臨床のどちらで行うべきか十分に検討されたうえで施行された研究であるが,その吟味も大切である.そして,本誌上シンポジウムで発表するという,形の残る方法で情報発信を行うことは,基礎と臨床で情報を共有するうえで大きなポイントであり,融合研究の良好なサイクルを生み出すうえで重要と考えられる.今回の誌上シンポジウムでは,基礎と臨床の融合研究で成功するヒントが多く含まれており,今後の参考にしていただけると確信している.
本誌上シンポジウムをきっかけに基礎と臨床の融合研究が益々発展することを期待したい.
日本薬学会第142年会シンポジウムS03序文