2023 年 143 巻 4 号 p. 359-364
New drug modalities such as nucleic acid, gene, cells, and nanoparticles are expected for treating refractory diseases. However, these drugs have larger size and low cell membrane permeability; therefore, drug delivery systems (DDS) are essential for delivery to the intended site at the organ and cellular level. In case of the brain, drug migration to the brain from blood circulation is extremely limited by the blood–brain barrier (BBB). Therefore, brain-targeted DDS technologies with the ability to overcome the BBB are being intensively developed. Ultrasound-mediated BBB opening can transiently permeabilize the BBB via cavitation and oscillation and is expected to transfer drugs into the brain. Besides several fundamental studies, clinical studies on BBB opening have also been undertaken, proving its efficacy and safety. Our group has developed an ultrasound-mediated DDS to the brain for low-molecular weight drugs as well as plasmid DNA and mRNA intended for gene therapy. We also evaluated the distribution of gene expression to obtain essential information for applying gene therapy. Here, I provide general information on DDS to the brain, and describe our research progress in brain-targeted delivery of plasmid DNA and mRNA using BBB opening.
難治性脳疾患に対して,核酸医薬品や遺伝子治療などの新モダリティ医薬品の応用が注目されている.しかし,脳血管にはblood–brain barrier(BBB)が存在し,ほとんどの医薬品はBBBを透過できない.そのため,BBBを克服し,効率的に医薬品を脳に送達するための薬物送達システム(drug delivery system: DDS)が研究されている.1)特に,超音波造影剤と脳への超音波照射によるBBBオープニングは幅広い医薬品を非侵襲的に脳にデリバリーできるため,基礎研究のみならず,臨床応用も進んでいる.筆者はBBBオープニングによる脳DDSを低分子医薬品2)から遺伝子医薬品3)やmRNA医薬品4)に至るまで幅広く応用し,効果的な脳疾患治療を目指した基礎研究を行ってきた.本稿では,脳標的DDS研究の動向と,筆者が行ってきたBBBオープニングによる遺伝子・mRNAの脳デリバリーについて紹介する.
脳血管に存在するBBBは,血液と脳実質とを隔てるバリアであり,密着結合で結合した血管内皮細胞をペリサイト・アストロサイトが裏打ちする構造をとっている(Fig. 1).BBBは血液から脳への外来異物の侵入を防ぐ生体バリアであると同時に,脳への薬物動態障壁となり,分子量が小さく脂溶性が高いごく限られた医薬品しか透過しない.
そこで,BBBを超えて脳に薬物を送達するためのDDS技術が,様々なアプローチから開発されている.2021年に承認されたムコ多糖症II型に対する新規治療薬であるイズカーゴは,活性本体であるiduronate-2-sulfatase(IDS)に抗transferrin receptor(TfR)抗体を融合させた遺伝子組換えタンパク質である.5)これは,transferrin(Tf)受容体を介して脳内にトランスサイトーシスされたあとに脳内でIDSが薬効を発揮する.また,BBBに発現するlow density lipoprotein-related peptide(LRL)を介して脳に抗がん剤を送達させるAngiopep-2と薬物の複合体も開発され,臨床研究に進んでいる.6)更に汎用的に薬物分子を搭載し,脳へ薬物を送達する戦略として,ナノキャリアを用いたアプローチがある.臨床においては,抗TfR抗体修飾リポソーム/プラスミドDNA複合体を用いた脳腫瘍に対する遺伝子治療研究が行われている.7)基礎研究では,抗がん剤を始め,遺伝子・核酸医薬など多様な医薬品を搭載する脳標的化ナノキャリアが開発されている.
近年,超音波とバブル製剤を用いた一時的なBBBオープニングによる脳への薬物送達が注目されている.造影ガスを封入したバブル製剤を静脈内投与後,脳に超音波を照射することで,照射部位においてキャビテーションが発生し,それによってBBBの透過性が亢進し,様々な薬物を脳へ送達することが可能である(Fig. 2).BBB透過性亢進のメカニズムとして,キャビテーションが血管内皮細胞間の空隙を誘導するほか,タイトジャンクション構成タンパク質の発現抑制,8)血管から脳へのトランスサイトーシスの亢進9)などが報告されている.近年ではmagnetic resonance imaging(MRI)と脳の特定領域のみに超音波を照射する集束超音波(focused ultrasound: FUS)を併用して,脳の標的とする部位を確認しながらピンポイントに超音波を照射することで,特定の脳部位に選択的に薬物を送達する技術が確立し,既に臨床試験も進んでいる.10,11)
プラスミドDNAは遺伝子治療のためのベクターとして期待されているものの,極性が非常に高く巨大分子であるため,BBBを全く透過せず,静脈内投与のみでの脳への送達は困難である.筆者の以前の検討において,100 µgという高用量のプラスミドDNAを静脈内投与したとしても脳での遺伝子発現は検出できなかった.そこで,BBBオープニングを用いて脳に効率的にプラスミドDNAを送達し,脳で遺伝子を発現させる技術の構築を試みた.
これまで,脳への遺伝子送達において,プラスミドDNAとバブル製剤を個別に投与し,BBBオープニングを誘導し脳にプラスミドDNAを送達する方法が主流であった.一方でプラスミドDNAは血中のヌクレアーゼによって容易に分解されるため,プラスミドDNAとバブル製剤(ナノバブル)を複合体化した製剤を作製した.Kurosakiらの方法12)を用いて,負電荷を有するプラスミドDNAとカチオン性のタンパク質であるプロタミン,及び1,2-distearoyl-sn-glycero-3-phosphorylglycerol(DSPG)を主成分とするアニオン性ナノバブルからなる3元複合体を調製した.そして,添加剤として塩化ナトリウムを加え粒子同士の電気的反発を抑制(surface charge regulation)することで,超音波造影ガスを高効率に封入(echo gas encapsulation)する,粒子径約400 nmのプラスミドDNA/ナノバブル複合体の調製に成功した[Fig. 3(a)].3)筆者は,これをSCR-EGE bubble lipopolyplexと命名し,脳への超音波照射を組み合わせて脳への遺伝子導入を行った.マウスに,SCR-EGE bubble lipopolyplexを50 µg(ZsGreen1プラスミドDNA量)静脈内投与したのちFig. 3(b)に示すように脳に超音波を照射した.脳を含む各臓器をCUBIC試薬で透明化処理し,3次元観察により網羅的にZsGreen1の発現を観察したところ,Fig. 4(a)–(g)に示す通り脳においてのみ遺伝子発現がみられた.これより,SCR-EGE bubble lipopolyplexと超音波照射を組み合わせることで,超音波照射部位選択的に遺伝子を発現できることが示唆された.
(a) Structure of bubble lipopolyplex and (b) experimental apparatus for ultrasound irradiation to brain.
Observation of the ZsGreen1 distribution in the brain using tissue clearing. Mice were transfected with conventional or SCR-EGE bubble lipopolyplexes carrying pZsGreen1-N1 under the following conditions: ultrasound duration, 10 s; intensity, 1 W/cm2; pDNA dose; 50 µg. Twenty-four hours after transfection, mice were fixed and cleared using CUBIC (a–g), ScaleSQ (h–j), or ClearT2 (k–m). Transmission color images of the brain after tissue clearing using CUBIC (a), ScaleSQ (h), or ClearT2 (k) are shown. Confocal microscopy images of brains transfected with conventional (b, i, l) or SCR-EGE bubble lipopolyplexes (c, j, m) are shown. As control organs, transmission color images and confocal microscopy image of the lung and the liver cleared with CUBIC are shown (d–g). Blood vessels and nuclei were stained with DiI and DAPI, respectively. Arrows denote ZsGreen1 expression outside of blood vessels (j, m). Reprinted from Int. J. Nanomed., 13, 2309–2320 (2018).3) Originally published by and used with permission from Dove Medical Press Ltd. (Color figure can be accessed in the online version).
一方で,遺伝子発現が脳血管上にあるのかそれとも脳血管を超えて脳実質に及んでいるのかを明らかにするため,遺伝子発現と脳血管との位置関係を評価した.bubble lipopolyplexと超音波照射により,ZsGreen1遺伝子を脳に導入したのち脂溶性蛍光色素DiIを灌流し脳血管を蛍光染色し,脳をScaleSQ[Fig. 4(h)–(j)]又はClearT2試薬[Fig. 4(k)–(m)]で透明化処置した.その結果,脳血管上におけるZsGreen1の発現が多くみられたが,一部,脳血管外の脳実質と思われる部位にも発現が及んでいた[Fig. 4(j), (m)].また,SCR-EGE bubble lipopolyplexでは,添加剤の塩化ナトリウムを加えない,Conventional bubble lipopolyplexと比較して,多くの遺伝子発現が確認された.以上より,bubble lipopolyplexと超音波照射による脳への遺伝子送達では,BBBオープニングによってプラスミドDNAを脳に送達し,脳血管だけでなく脳実質にも遺伝子発現を誘導できる可能性が示された.
mRNAは新たな創薬モダリティとして注目されており,ワクチンへの応用に限らず各種疾患に対するタンパク質の補充療法として期待されている.mRNAは,プラスミドDNAやウイルスベターを用いた遺伝子治療で懸念されるホストゲノムへの挿入が原理上起こらないため,より安全なベクターである.しかし,mRNAは細胞膜を透過しないうえ,生体内のribonuclease(RNase)によって急速に分解されるため,脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)内に封入することで,RNaseからmRNAを保護しつつ細胞質に送達する技術が開発されている.13,14)しかし,mRNA-LNPを静脈内投与しても肝臓に高度に集積するものの,脳への移行効率は極めて低い.脳へのmRNAデリバリーにおいて,脳への局所投与を用いる報告はいくつかあるものの,全身投与による脳デリバリーは報告されていない.そこで,FUSによる脳領域選択的なBBBオープニングを併用することで全身投与型の脳へのmRNA送達システムを構築し,その際の脳内タンパク質発現分布を評価した.
まず,FUSを標的の脳領域に照射するため,Fig. 5(a)に示すような装置を作製した.マウスにエバンスブルー色素を投与後,右線条体にFUSを照射したところ,右線条体においてエバンスブルーの着色がみられ,FUS照射部位選択的なBBBオープニングが示された.一方mRNA-LNPはマイクロ流体デバイスを用いて脂質溶液とmRNA溶液を急速混合することによって作製した.その結果,粒子径が約100 nmで中性,mRNAをほぼ100%封入するmRNA-LNPが得られた.ルシフェラーゼmRNAを封入したmRNA-LNPをマウスに静脈内投与(mRNA量として2.5 µg)し,脳の右半球の線条体にFUSを照射したところ,超音波照射群において,右半球選択的なタンパク質発現がみられた[Fig. 5(b)].4)これはFUSの照射部位を制御することで脳内タンパク質発現部位をコントロールできることを示している.
(a) FUS irradiation apparatus. Cylindrical FUS transducer was filled with 1% agarose gel and ultrasound gel. Mice body were placed on the custom-built fixed base, and the head was horizontally placed on ultrasonic gel. Head position was adjusted using a laser marking device to irradiate the targeted region of the brain. Then, FUS was irradiated to the right striatum. (b) Luciferase expression level obtained by mRNA-LNP FUS and microbubbles-mediated BBB opening. Mice were administered with luciferase mRNA-LNP (2.5 µg) followed by microbubbles injection and FUS irradiation to right hemisphere of the brain. Six hours after the delivery of mRNA-LNP, the brain was divided into left and right hemispheres as shown in (b) and luciferase expression level was evaluated. Data represent mean±S.D. (n=3). Statistical significance was calculated with two-way ANOVA with Bonferroni’s test. ** p<0.01. Reprinted from J. Control. Release, 348 34–41 (2022).4) Originally published by and used with permission from Elsevier.
さらにZsGreen1 mRNAを送達することで超音波照射部位での遺伝子発現分布を免疫染色によって評価した.ZsGreen1の発現は,主にCD31陽性の血管内皮細胞でみられたものの[Fig. 6(A)-(a)],それ以外の細胞でも強い発現が確認され[Fig. 6(A)-(b)],脳実質でのタンパク質発現が強く示唆された.そこで脳血管外でのタンパク質発現細胞を特定するために,アストロサイトをglial fibrillary acidic protein(GFAP),神経細胞をmicrotubule associated proteins(MAP)2,ミクログリアをionized calcium-binding adapter molecular 1(Iba1)で共染色した.その結果,Iba1においてのみマージがみられたことから,血管外におけるタンパク質発現はミクログリアで優先的に起こっていることが示された[Fig. 6(B)].4)筆者はミクログリアで多くタンパク質が発現するメカニズムについてまだ明らかにしていないが,LNPに吸着したapolipoprotein E(ApoE)を,ミクログリアに高発現するApoE受容体が認識して効率的に取り込んだのではないかと推測している.
(A) Twelve hours after the delivery of ZsGreen1 mRNA-LNP by FUS-mediated BBB opening, brain sections were immunologically stained with CD31. FUS irradiated region was observed. (a) ZsGreen1 expression on CD31-expressing endothelial cells. (b) ZsGreen1 expression outside endothelial cells. Left and meddle images show the signal of CD31 and ZsGreen1, respectively. Right column shows merged image. (B) Twelve hours after the delivery of ZsGreen1 mRNA-LNP by FUS-mediated BBB opening, brain samples were immunologically stained with CD31 combined with GFAP (a, d), MAP2 (b, e), or Iba1 (c, f) as specific markers of astrocyte, neuron and microglia. FUS irradiated region was observed. (a), (b), and (c) show Z-stack images of ZsGreen1 and specific markers as noted above each image. (d, e, f,) 2D image of interested region. Reprinted from J. Control. Release, 348, 34–41 (2022). Originally published by and used with permission from Elsevier (Color figure can be accessed in the online version).
BBBオープニングによる脳標的DDSは,多様なモダリティの医薬品を非侵襲的に脳に送達することができるため,がんや神経変性疾患に対する根本治療を行うための新たなプラットフォームとして期待されている.筆者はBBBオープニングを用いて,次世代医薬品であるプラスミドDNA及びmRNAの脳送達に成功し,脳実質内でタンパク質を発現させられることを実証した.一方,実際の臨床応用に向けては,安全性の担保が最も重要になってくると考えられる.BBBの一時的な開口によって,本来脳に侵入しない血液中の成分が一時的に脳に流入するため,BBBの開口時間を短く厳密に制御することが必要不可欠である.多くの基礎研究及び臨床研究において,少なくとも24時間後にはBBB機能が完全に回復したと結論づけられており,筆者の動物を用いた検討でも,24時間後にはBBBの透過性は正常レベルに戻っていた.しかし,今後はより詳細な安全性評価が必要となると考えられ,BBBオープニング後のBBB透過性の変化や生物学的な反応の情報が蓄積される必要があると考える.
学生時代にご指導賜りました長崎大学 医薬品情報学分野 川上 茂教授,向井英史准教授,渕上由貴博士に深く感謝いたします.また現在の上司である尾関哲也教授,田上辰秋准教授に感謝申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会第142年会シンポジウムS10で発表した内容を中心に記述したものである.