YAKUGAKU ZASSHI
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誌上シンポジウム
“ボロノレクチン”による生体対話を通じて切り拓くバイオエンジニアリング
松元 亮
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2023 年 143 巻 5 号 p. 435-441

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Boronic acids are able to reversibly interact with the diol groups, a commonly found motif in biomolecules including sugars, ribose and catechols. For their carbohydrate-binding properties, they can be regarded as a synthetic mimic of lectins and often termed as “borono-lectins.” Importantly, the borono-lectins platform can be chemically tailored to manifest a broad profile of binding strength and specificity. Besides the structural versatility, some derivatives can undergo a sharp inversion in the state of hydration in synchronization with the molecular recognitions. This feature, when combined with amphiphilic polymeric backbones, translates into many creative principles for fine-tuning or switching the hydration and more complex molecular assemblies in a way interactive with biology. Here we provide a brief overview of our recent efforts on the related applications with special focuses on smart insulin delivery systems and sialic acid detections relevant to cancer diagnosis and treatment among others.

1. はじめに

ボロン酸(boronic acids)は,糖との結合性から,レクチンに準えて「ボロノレクチン」と形容される.低分子でありながら多様な生体分子と相互作用し,合成化学的にその選択性をデザインできる類希な分子群である.ある局面ではリボースの環境安定性を高めることから,これを生命起源説の一つである「RNAワールド仮説」の支持根拠とする学説がある.ボロン酸の係わる分子認識では,それ自体の解離挙動と同期した親疎水性の変化も付随するため,これらを適切に分子デザインすることで,複合的・階層的な環境応答性の付与・機能化が可能となる.ボロン酸による分子認識は一般に可逆・環境依存的であり,同様に,生体分子はその発現量を常に変動させながら恒常性維持に寄与している.したがって,上記ボロン酸ケミストリーを駆使して種々生体分子を捉えることで,生体とのフィードバック機構,いわばクロストーク機能を備えたユニークなバイオエンジニアリングが実現できる.本稿では,筆者らが展開する「ボロノレクチン」の機能をふんだんに活かした疾病診断やドラッグデリバリーシステム関連の研究の中から,特に,糖尿病治療を目的としたグルコース応答型インスリン供給システム(人工膵臓)の開発,並びにシアル酸認識によるがん標的治療の手法等について概説する.

2. ボロン酸ゲルを応用した人工膵臓デバイスの開発

ボロン酸を,ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)のような高分子ゲルネットワーク中に適当な割合で導入すると,グルコース濃度変化に応答したボロン酸解離平衡シフトに伴う対イオン浸透圧変化を主な駆動力とするゲルの含水率変化が引き起こされる.1,2このゲルにインスリンを内包しておけば,血糖値変化を追随したインスリンの供給制御が可能となる(Fig. 1).すなわち,高グルコース下で膨潤したゲルを低グルコース環境へ移すと,ゲル表面に「スキン層」と呼ばれる薄い脱水収縮層が生成する.スキン層が形成されるとゲル外部へのインスリン分子の拡散が妨げられ,その放出量が著しく減少する.この仕組みを生理条件下(pH 7.4, 37°C)で,かつ正常血糖値(100 mg/dL)を応答閾値として動作させることが長らく課題であったが,筆者らはこれを合成化学的手法により解決してきた.37さらに最近,ゲル中の水酸基量の調節により,グルコース応答時の温度依存性を顕著に抑制しつつ,応答閾値を自在に設定可能とすることで安全性を格段に高めた材料技術へと発展させている.8,9当該ボロン酸ゲルシステムの重要な利点として,非天然分子であるがゆえの免疫毒性の回避,安定性(環境耐性,長期保存,滅菌処理耐性など)に加え,スキン層による拡散制御方式の特徴として,早い応答性(低血糖を避け正確な血糖値コントロールに有利),表面局在性(ゲルの形状や大きさに依存しない投与量設定が可能),静注針や埋め込みデバイスなどの既存技術との親和性が挙げられる.

Fig. 1. Schematic Illustration of Boronate Gel-based Closed-loop System

Reproduced with permission from Ref. 9.

ボロン酸ゲルシステムの医学的機能実証のため,まず,Fig. 2に示すような「カテーテル融合型デバイス」を作製した.10正常マウス及び(1型又は2型)糖尿病モデルマウスの皮下や腹腔にデバイスを外科手術で埋め込んだ後,1週間程度の血糖値変化,飲水量,インスリン量などをモニタリングして安全性を確認したうえで,糖負荷時の急性応答性を評価した.正常マウスに大量のグルコースを静脈内投与すると,対照群では一過性に血糖値が上昇するが,治療群では血糖値の著明な改善が認められた(Fig. 3).このとき,デバイスに由来するヒトインスリンの血中濃度が血糖値依存的に速やかに増減すること(Fig. 3),また,その効果が3週間以上持続することを併せて確認した.インスリン量が絶対的に欠乏している1型糖尿病モデルに対する評価では,対照と比べて治療群では持続的に良好な血糖コントロールが得られ,グルコース負荷時の血糖上昇も抑えられた.このとき,肝臓における糖脂質代謝異常を正常化することも確かめた.さらに,相対的にインスリンが欠乏するやせ型の2型糖尿病モデル,インスリン抵抗性を示す肥満型・2型糖尿病モデルに対しても同様に検討し,いずれのモデルに対しても随時血糖の低下,グルコース負荷試験における耐糖能の改善,平均血糖値を反映する糖化ヘモグロビン値(hemoglobin A1c: HbA1c)を有意に低下させることを確認した.10本成果は,非機械型でかつ完全合成型の人工膵臓アプローチにより,糖代謝機能の改善効果をin vitroで実証した初めての成果である.

Fig. 2. Working Principle of Catheter-combined Device

Reproduced with permission from Ref. 10.

Fig. 3. Evaluation of Glucose-responsive Insulin Release In Vivo

Reproduced with permission from Ref. 10.

糖尿病合併症を効果的に予防するためには,平均血糖値の正常化のみでは不十分であり,日内変動など急性の血糖値変動を抑制することで合併症の発症が予防できることを示すエビデンスが近年蓄積されている.また,糖尿病診断基準の範囲外ながら,「血糖値スパイク」と呼ばれる食後(隠れ)高血糖の病態も,心筋梗塞や脳卒中を含む心血管系疾患,がん,高齢者の認知症と強く相関することが明らかになっている.こうした急性の血糖値変動の抑制には,最新の機械型人工膵臓(メドトロニック社ミニメド600シリーズなど)の有効性が報告されている.モデルラットを用いた実験の結果,筆者らのデバイスも同様に,HbA1cを正常化するのみならず,低血糖を引き起こすことなく,日内変動指標を大幅に改善することを見い出した(Fig. 4)グルコースオキシダーゼやレクチン等のタンパク質を基材とするシステムでは高々数時間程度の持続性しか得られないため,上記の日内変動に対する適応性を調べることがそもそも不可能な状況であったが,これを非機械型として初めて実証した.9

Fig. 4. Amelioration of Glucose Fluctuations in Mild Diabetic Rats

Reproduced with permission from Ref. 9 (color figure can be accessed in the online version).

以上の皮下留置型デバイスによる医学的機能実証を経て,現在では,究極の低侵襲化を指向した無痛型のマイクロニードル融合型デバイス,すなわち「貼るだけ人工膵臓」の実用化研究を進めている.8,1113臨床医,患者団体,医療機器・インスリンメーカーらの意見を基に,「硬貨サイズで最大1週間連続装用可能」を目標スペックに掲げて推進中である(Fig. 5).

Fig. 5. Design of “On-skin Pancreas” Via Formulation in Micro-needle

3. シアル酸認識によるがん診断・治療のアプローチ

N-アセチルノイラミン酸(N-acetylneuraminic acid: Neu5Ac)を代表とするシアル酸は,細胞糖鎖中に最も高頻度かつ糖鎖末端に多く存在し,その動態は,発生,分化,疾病等の細胞現象と関連している.1416特に,がん細胞表面においては一般にシアル酸発現が顕著に亢進するため,1719がんの診断マーカーとして利用することができる.ボロン酸は,多くの糖に共通する1,2-又は1,3-ジオール構造と可逆的にボロネートエステル形成を介した結合性を呈する.2023通常は(pKa以上のpHで)解離した4価形態のみが安定な結合能を呈し,3価(非解離型)のものは水中で容易に加水分解を受けるため不安定である.ところが,シアル酸に対しては例外的に,非解離型との間でも比較的安定に結合する現象を筆者らのグループが見い出していた.24この挙動から,ボロン酸の酸性度を制御することでシアル酸に選択的な結合をもたらすことが予測された.これを実証するため,フェニルボロン酸(phenylboronic acid: PBA)を修飾した金電極を作製し,シアル酸が持つカルボキシル基の負電荷を電位測定的に捉える計測系を開発した(Fig. 6).ウサギ赤血球を用いた評価において,あらかじめ正常赤血球に対する濃度–しきい値電圧プロファイルを得ておけば,以後,既知の濃度の赤血球をゲート上に播種するだけで,そのシアル酸発現量をリアルタイムに求められることを報告した.25同様の方法で,マウス黒色腫を肺に転移させた組織においてもその転移度を簡便に評価できることを示した.26さらに,ポリエチレングリコール(polyethylene glycol: PEG)のω末端にPBAを導入した分子を修飾した金電極を用いることで,がん,糖尿病,非アルコール性脂肪肝疾患を含む種々病態の血中マーカーであるフェツインを,血中での存在濃度に迫る数10 µMオーダーの感度で検出可能なことを報告した.27続いて,より強力にシアル酸を認識する5-BPA(後述)を修飾した金電極を用いることで,血中存在濃度を十分にカバーする100 nMオーダーの検出感度を達成した.28同様の分子を原子間力顕微鏡(atomic force microscope: AFM)のカンチレバー表面に修飾することで,細胞表面のシアリル化の動態を可視化することも可能であった(Fig. 7).糖タンパク質のマイクロドメイン(脂質ラフト)形成の可視化に必要なサブミクロンレベルの分解能を達成した.29プローブのシアル酸特異性と結合可逆性を,pH依存性や阻害試験より確認した.脂質ラフト形成規模の分解能で追跡することは,細胞生物学の重要テーマの一つであり,本手法がその一助となる可能性がある.

Fig. 6. Fabrication of a Sialic Acid-sensitive Electrode and Its Application to Cell Analysis

Reproduced with permission from Ref. 26.

Fig. 7. Observation of Cell Surface Sialylation by Atomic Force Microscopy

Reproduced with permission from Ref. 29 (color figure can be accessed in the online version).

筆者らはさらに,PBAを表面呈示させた高分子ミセル型抗がん剤デリバリーシステムを開発している.30すなわち,ダハプラチン系抗がん剤とポリ-L-グルタミン酸-b-ポリエチレングリコールの自己会合により得られる高分子ミセル31,32の表層にPBAをシアル酸リガンドとして導入することで,マウス黒色腫に対する細胞取り込みの促進,同所及び(肺)転移モデルにおける抗がん活性の強化等を確認した.このアプローチに関連し,筆者らはごく最近,ピリジル系ヘテロ環含有ボロン酸誘導体の一部が,従来知られる水準と比べて100倍程度強力かつ選択的にシアル酸と結合することを見い出した.33さらに興味深いことに,この挙動は,腫瘍内低酸素環境に特徴的な弱酸性条件下においてのみ顕在化し,生理的条件下(pH 7.4)では完全に失効するものであった.シアル酸は正常組織にも存在するため,シアル酸ターゲティングを実現するためには,腫瘍内で特異的に活性化されるような戦略的設計が必要となる.上記のピリジル系ヘテロ環含有ボロン酸によるシアル酸認識挙動は,この要件に応えるものである.この発見を基に,がん幹細胞に対する標的性を調べた.34すなわち,上記白金系製剤搭載型ポリマーミセルにおいて,標準的なPBAと,筆者らが見い出した誘導体の一つである5-boronopicolinic acid(5-BPA)を,それぞれリガンドとして表面提示させた系を比較した(Fig. 8).白金製剤に耐性があり,かつシアル酸を高発現するがん幹細胞様細胞(cancer stem-like cells: CSC)が存在する頭頸部の同所性腫瘍に対する評価を行った.5-BPAリガンドは,腫瘍内のpH(およそ6.5)でポリマーミセルの腫瘍内への蓄積と細胞内への移行を促進し,悪性CSCを効果的に除去することを確認した.その結果,腫瘍の成長を抑制し,マウスの生存期間を顕著に延長することが確認された.ボロン酸リガンドの重要な利点の一つに,シアリル化に依存する複数タイプのエピトープ(CSCの亜集団)を並列的に標的可能なことが挙げられる.実際,このような複数のエピトープが発現する事象は,膵臓CSC等において知られている.抗体リガンドではこれらを独立に標的する必要があるが,最近筆者らは,5-BPAリガンドにより複数の膵臓CSC亜集団を同時にターゲティング可能なことを見い出している.35

Fig. 8. Boronic Acid Ligand-mediated Strategy for Targeting Nanomedicines to Sialylated Glycans Overexpressed on Cancer Cells

Reproduced with permission from Ref. 34.

4. おわりに

本稿では,筆者らが展開する「ボロノレクチン」の機能を活用したバイオエンジニアリングの取り組みについて述べた.ボロン酸化合物は,主にカップリング試薬としてのニーズ拡大に呼応し,今日では極めて多種多様な誘導体が安価に入手できる環境にある.また,ごく最近のトレンドとして,イミノボロネートやサリチルヒドロキサム酸等の間で生起するクリックケミストリーを応用したメディシナルケミストリーの研究も盛んになっている.本稿でフォーカスした可逆的な分子認識から,クリッカブルでかつ環境依存的な開裂反応化学制御まで,「ボロノレクチン」の可能性は依然拡大しており,今後も医療やドラッグデリバリー分野への重要な貢献が期待される.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,日本薬学会第142年会シンポジウムS29で発表した内容を中心に記述したものである.

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