2023 Volume 143 Issue 7 Pages 599-606
The nausea and vomiting that occur as a result of oral iron administration for the treatment of iron-deficiency anemia (IDA) can cause significant physical and emotional stress in patients. Because iron is absorbed from the intestine as ferrous iron, the most widely used treatment for IDA is oral ferrous agents. However, ferrous forms are more toxic than ferric forms because ferrous forms readily generate free radicals. A randomized, double-blind, active-controlled, multicenter non-inferiority study conducted in Japan showed that ferric citrate hydrate (FC) was just as effective as sodium ferrous citrate (SF) in the treatment of IDA, with a lower incidence of adverse reactions such as nausea and vomiting compared with SF. Animal studies have shown that chemotherapy-induced nausea and vomiting (CINV) involves the release of 5-hydroxytryptamine from enterochromaffin cells by free radicals, and that some chemotherapeutic agents cause hyperplasia of these cells. Enterochromaffin cells also contain substance P, which is known to be also closely related to CINV. We found that administration of SF to rats causes hyperplasia of enterochromaffin cells in the small intestine, whereas FC has no effect on enterochromaffin cells. Oral iron agents may induce nausea and vomiting via the effect of ferrous iron on reactive oxygen species production in the intestine and subsequent enterochromaffin cell hyperplasia. Further research to elucidate the detailed mechanism of enterochromaffin cell hyperplasia induced by ferrous iron preparations is needed to develop a treatment for iron deficiency anemia that causes less gastrointestinal damage.
鉄欠乏性貧血は貧血の中で最も罹患率が高く,日本においても女性の約1割が罹患している.1,2)生体内において鉄中の約60–70%がヘモグロビン鉄などに利用され,20–30%が貯蔵鉄として蓄えられている.鉄が欠乏し始めるとまず貯蔵鉄が不足分を補うためすぐに症状は現れないが,更に進行して貯蔵鉄,更に血清鉄も枯渇すると鉄欠乏がヘモグロビン合成の障害に直接影響し,貧血症状が現れる.
食事中の鉄は,十二指腸から空腸上部において吸収される.肉類に多いヘム鉄は,腸管上皮細胞膜上の担体(heme carrier protein: HCP1)により吸収される.卵や野菜に多く含まれる非ヘム鉄は3価鉄(第二鉄)の形態であり,そのままではほとんど吸収されない.第二鉄は胃酸によって可溶化されたのち食事中のアスコルビン酸などの還元物質,又は腸上皮細胞膜上にある鉄還元酵素(duodenum cytochrome b: DcytB)により2価鉄(第一鉄)に還元され,2価金属輸送担体1(divalent metal transporter: DMT1)から吸収される.消化管からの第一鉄の吸収は,腸粘膜細胞のアポフェリチンが鉄で飽和されるとそれ以上吸収されなくなる調節機構(粘膜遮断)がある.一方,ヒトには能動的に鉄を排泄する機構がない.したがって,鉄過剰症リスクの点から,鉄欠乏性貧血の治療における鉄補充の第一選択は経口投与となっており,吸収効率の点から第一鉄製剤が頻用されてきた.
経口鉄剤使用により最も多く発現する副作用として,消化器症状が挙げられ,適正な貧血治療を妨げる大きな要因となっている.3)中でも頻度が高い悪心・嘔吐は,その辛さから患者の服薬アドヒアランスに大きな影響を及ぼすことが国内でも報告されている.実際,経口鉄剤の使用した患者のうち,悪心,嘔吐の経験率は約30%にも及び,そのうち約70%が悪心・嘔吐が日常生活に対して支障をきたすと感じている.4)鉄剤による消化器症状は,鉄剤から遊離した鉄イオンが消化管粘膜を刺激することにより発現する.したがって,胃腸に対する負担を少なくする工夫のされた徐放製剤(乾燥硫酸鉄,フマル酸第一鉄)や,可溶性の非イオン型鉄剤のクエン酸第一鉄ナトリウムが一般的に用いられている.特に本邦で広く用いられているのはクエン酸第一鉄ナトリウムである.クエン酸第一鉄ナトリウムは,クエン酸第一鉄イオンとして溶解し,鉄イオンを遊離することが少ない.実際,動物実験におけるクエン酸第一鉄ナトリウムによる胃腸障害,嘔吐などへの影響は,フマル酸第一鉄,硫酸第一鉄によるものより高用量を用いないと発現しない.5)しかし,後述するように臨床においてはクエン酸第一鉄ナトリウムを用いてもなお一定の割合で消化器症状を発現する.6)一方,2021年に鉄欠乏性貧血に対する経口鉄剤としてクエン酸第二鉄水和物が保険適応となった.本剤は,悪心・嘔吐の発症頻度が低く,貧血患者のQOL向上に寄与できると期待されている.本稿では,鉄欠乏性貧血治療におけるクエン酸第一鉄ナトリウムとクエン酸第二鉄水和物の悪心・嘔吐発現頻度を比較し,また鉄剤による嘔吐発現メカニズムについて,薬物誘起性嘔吐を誘発する代表的な薬物である抗がん剤(化学療法剤)による嘔吐発現メカニズムと関連づけながら考察する.
2014年より慢性腎臓病患者における高リン血症の改善薬として用いられているクエン酸第二鉄水和物が,2021年3月に鉄欠乏性貧血に対する治療薬として効能が追加承認された.本薬物の高リン血症改善に関与する機序としては,第二鉄が食事由来のリン酸と消化管内で結合して難溶性の沈殿物を形成することによりリンの体内への吸収を抑えることであり,これにより高リン血症に関連した異所性石灰化,二次性副甲状腺機能亢進症,骨代謝異常の進展を抑制する.7)慢性腎臓病患者への本薬物の適用は血清鉄,フェリチン,トランスフェリン飽和度を上昇させ,総鉄結合能を低下させる.7)このため,従来から鉄欠乏に陥り易い透析患者においては鉄補充の役割も期待されていた薬物である.7,8)
鉄欠乏性貧血患者を対象に行ったクエン酸第一鉄ナトリウムとクエン酸第二鉄水和物の効果を評価する無作為化二重盲検試験において,クエン酸第二鉄水和物500 mgを1日1回(鉄として120 mg/d程度)の群(FC-low群),及び1日2回(鉄として240 mg/d程度)の群(FC-high群)では,クエン酸第一鉄ナトリウム100 mgを1日1回(鉄として100 mg/d程度)の群(SF群)と比較して,非劣性であることが明らかにされた.6)投与開始から7週目でヘモグロビン(Hb)目標値に達した患者は,FC-low群で51.5%,FC-high群で79.1%,SF群で72.1%と,FC-low群では若干低値を示したもののロジスティック回帰分析で得られたオッズ比(対SF群)は,FC-low群で0.46(95%CI 0.35–0.61),FC-high群で1.80(95%CI 1.33–2.43)であった.6)また,投与開始から7週目でHb値が2.0 g/dL以上改善した患者の割合は,FC-low群で79.9%, FC-high群で89.5%,SF群で87.7%とFC-low群でも約8割に達し,このことはHb濃度が10.0 g/dL前後の軽度貧血患者においては,クエン酸第二鉄水和物錠を1日1回の服用で貧血状態を改善させる可能性があり,服薬アドヒアランスの観点からもメリットは大きい.6)
この試験において発現した有害事象については消化器症状が最も強く,その発現率はFC-low群で35.1%,FC-high群で34.9%,SF群で48.5%である.さらに消化器症状の詳細をみるとFC群とSF群では異なった特徴がみられる.FC群で最も頻度が高い消化器症状は下痢であり,FC-low群,FC-high群でそれぞれ24.1%,27.9%であり,SF群では28.4%であった.一方,悪心についてはFC-low群で15.5%,FC-high群で10.5%,SF群で32.7%の発現率,嘔吐についてはFC-low群で5.2%,FC-high群で1.2%,SF群で15.2%の発現率であり,悪心,嘔吐ともにその発現率は,SF群と比較してFC群では有意に低い(Fig. 1).6)このことからFC群ではSF群と比較して,下痢発現頻度に差がないものの,悪心・嘔吐発現頻度は有意に低いことが明らかにされた.
FC-low group: FC at 500 mg/d, FC-high group: FC at 1000 mg/d, SF group: SF at 100 mg/d. CI: confidence interval. Adopted from Ref. 6).
上述の通り消化管から吸収される鉄は第一鉄であるので,鉄の補充には第一鉄製剤の使用が効果的である一方,鉄剤による消化器症状発現にも主に第一鉄による細胞傷害が関与する.第一鉄はフェントン反応を介して,活性酸素種(reactive oxygen species: ROS)の中でも最も反応性の高いヒドロキシラジカルを生成させる.ROSは,脂質,タンパク質,核酸などに高い細胞傷害性を示す.サル腎臓細胞であるVero細胞の増殖能を指標とした毒性試験においては,塩化第一鉄の方が,塩化第二鉄よりも4倍細胞毒性が強いことが示されている.9)また,硫酸第一鉄及び塩化第二鉄によるヒト消化管モデル細胞であるCaco-2細胞への細胞傷害性を検討した研究においても,硫酸第一鉄の方が,塩化第二鉄よりも高い細胞傷害性と細胞内鉄蓄積量の増加を認めることが明らかにされている.10)さらに,このCaco-2細胞を用いた研究では,塩化第二鉄処理よりも硫酸第一鉄処理で,酸化ストレスマーカーであるスーパーオキシドジスムターゼ(superoxide dismutase: SOD),グルタチオンペルオキシダーゼ活性が有意に増加しており,このとき両者間で細胞内鉄濃度に違いはなかったことから,10)細胞外での第一鉄存在量とROS産生が関連していることが示唆される.
薬物による悪心・嘔吐発現機序について,最も研究が進んでいるものは抗がん剤によるものであろう.抗がん剤誘起性嘔吐の発現パターンは大まかに4つに分けられる.すなわち催吐性リスクの高い抗がん剤を投与すると,①直後から非常に強い嘔吐が続き,概ね24時間以内で収まる急性嘔吐,②いったん収まったあと2–3日目にじわじわと嘔吐が起きる遅発性嘔吐,③嘔吐を経験した患者は,それが恐怖の記憶となって次の抗がん剤投与の前から吐いてしまう予測性嘔吐,④標準的な制吐療法をしても時々出てくる突出性嘔吐,である.臨床においては複合的に発現するこれらの嘔吐を抑制するために,一般的にはセロトニン5-HT3受容体遮断薬,タキキニンNK1受容体遮断薬,副腎皮質ステロイド,オランザピンのうちいくつかを組み合わせて用いられている.急性嘔吐におけるセロトニン(5-HT)の役割については詳細に明らかにされている.簡潔に記載すると,抗がん剤の刺激により小腸粘膜上に存在するエンテロクロマフィン(enterochromaffin: EC)細胞から5-HTが遊離され,その大部分が腹部求心性迷走神経末端の5-HT3受容体を刺激する.その刺激が延髄第4脳室最後野にある化学受容器引き金帯(chemoreceptor trigger zone: CTZ)又は延髄孤束核を介して嘔吐中枢を興奮させる.11)また,EC細胞から遊離した5-HTの一部が血流を介して,CTZにある5-HT3受容体を刺激する,あるいは抗がん剤が直接CTZを刺激する経路もある.11)さらに半減期が約40時間という長時間作用型の5-HT3受容体拮抗薬パロノセトロンが,遅発性嘔吐にも有効であることから,遅発期においても5-HTが嘔吐に対しての役割を維持していることが推察できる.12)
また,タキキニンNK1受容体に対する内因性アゴニストであるサブスタンスPも抗がん剤誘起性嘔吐に深く関与する.NK1受容体も,5-HT3受容体同様に消化管のほか,延髄及びCTZに豊富に存在する.ラットを用いた実験において高度催吐性リスクのあるシスプラチンは,投与24時間後以降120時間後まで延髄のサブスタンスPの前駆物質であるプレプロタキキニン-A発現を持続的に亢進する.13)さらにシスプラチンは,孤束核からのサブスタンスP遊離を持続的に亢進する.13)またトガリネズミを用いた実験においては,シスプラチンが脳幹のNK1受容体発現を亢進することが報告されている.14)これらのことからも抗がん剤誘起性嘔吐に対するタキキニンNK1受容体拮抗薬の主な作用点は中枢にあると考えられている.抗がん剤はまた,末梢においてもサブスタンスP動態を変化させる.化学療法施行前後の患者の血清サブスタンスP濃度を測定した研究では,化学療法後に血清サブスタンスP濃度が有意に増加すること,また化学療法後に悪心・嘔吐を認めた群と認めなかった群で化学療法施行前と施行後1日目の血清サブスタンスP濃度の差について比較すると,悪心・嘔吐を認めた群の方が有意に高値を示すことが明らかにされている.15)また,興味深いことに5-HT3受容体とNK1受容体の間でクロストークが存在しており,実際,前述の5-HT3受容体遮断薬パロノセトロンで5-HT3受容体を遮断すると,サブスタンスPによるNK1受容体を介した細胞興奮が抑制される.16)したがって,特に遅発性嘔吐においては,末梢サブスタンスPの役割も無視できないと考えられる.
EC細胞には5-HTのほか,クロモグラニンA,メラトニン,γ-アミノ酪酸,コルチコトロピン放出ホルモンなどのオータコイドあるいはホルモンが含有されている.17)またわれわれは,EC細胞内にサブスタンスPも含有されていることも確認している.18)近年,感染後過敏性腸症候群や炎症性腸疾患などの多くの消化器疾患においてEC細胞増加に伴う5-HTの作用増強が各疾患の消化器症状発現と関連していることが明らかにされており,19–24) EC細胞過形成を抑制することも各疾患に対する治療戦略の一つとして提唱されている.17)われわれは,これまでラットを用いて抗がん剤投与による小腸EC細胞数及び5-HT合成,サブスタンスP発現に与える影響について検討してきた.これまでに,高度催吐性リスクのあるシスプラチン,シクロホスファミドや中等度–軽度催吐性リスクに分類されるメトトレキサート投与が,投与後急性期(24時間後)及び遅発期(72又は96時間後)においてラット小腸EC細胞数,5-HT含量を増加させ,小腸サブスタンスP発現も増加させることを見い出した.18,25–29)これらのことから,抗がん剤誘起性遅発性嘔吐発現のメカニズムの一つとして,EC細胞数増加に伴う小腸5-HT及びサブスタンスPの作用増強が関与していることが強く示唆される.
抗がん剤誘起性嘔吐の発現機序にはまた,フリーラジカルも関与していることが示唆されている.Toriiらは,スンクスにおいてシスプラチン投与により小腸を含む各臓器において脂質過酸化の指標であるチオバルビツール酸値が上昇すること,更に抗酸化物質であるN-(2-メルカプトプロピオニル)グリシンがシスプラチン投与による嘔吐を抑制することを報告している.30)このことと上述した第二鉄よりも第一鉄の方が容易にヒドロキシラジカルを産生し消化管障害を起こし易いことから,クエン酸第一鉄ナトリウムとクエン酸第二鉄水和物の嘔吐発現頻度の差異に,小腸EC細胞数への鉄剤の影響が考えられる.われわれは,ラットに鉄として30 mg/kg/dのクエン酸第一鉄ナトリウム又はクエン酸第二鉄水和物を4日間経口投与すると,クエン酸第一鉄ナトリウムを投与した群において十二指腸及び空腸のEC細胞数及びそれに伴うサブスタンスP発現が有意に増加する一方,(Fig. 2)クエン酸第二鉄水和物を投与した群ではこれらに大きな影響は認められないことを明らかにした.(Fig. 3)31)この際,クエン酸第一鉄ナトリウム投与群では,投与開始48時間以降持続的に摂餌量の有意な低下が認められるのに対し,クエン酸第二鉄水和物投与では影響が認められない.31)ラットは嘔吐反射を起こさない動物であるが,クエン酸第一鉄ナトリウムによる摂餌量低下は悪心・嘔吐を反映すると考えられる.したがって,クエン酸第二鉄水和物よりクエン酸第一鉄ナトリウムの方が,悪心・嘔吐を起こし易い可能性があることが動物実験でも確認され,その機序としてEC細胞過形成が関連していることが示唆された.
Duodenal (A and E) and jejunal (B and F) tissues were dissected and fixed with 4% paraformaldehyde for immunohistochemical examination with either anti-TPH antibody (A and B) or anti-substance P antibody (E and F). Scale bar=100 µm. Magnified view of the region indicated by the dotted square in each photograph. C, D, G, and H show the numbers of either anti-TPH or anti-substance P antibody-positive cells expressing either TPH or substance P in the mucosa (arrows in A, B, E, and F, respectively). Each column represents the mean±S.E. (n=12). *** p<0.001, * p<0.05 vs. control. Adopted from Ref. 31) with permission to reuse from S. Karger AG, Basel (Color figure can be accessed in the online version).
Duodenal (A and E) and jejunal (B and F) tissues were dissected and fixed with 4% paraformaldehyde for immunohistochemical examination with either anti-TPH antibody (A and B) or anti-substance P antibody (E and F). Scale bar=100 µm. Magnified view of the region indicated by the dotted square in each photograph. C, D, G, and H show the numbers of either anti-TPH or anti-substance P antibody-positive cells expressing either TPH or substance P in the mucosa (arrows in A, B, E, and F, respectively). Each column represents the mean±S.E. (n=9). Adopted from Ref. 31) with permission to reuse from S. Karger AG, Basel (Color figure can be accessed in the online version).
抗がん剤,クエン酸第一鉄ナトリウムを含む各種薬物や各種疾患によるEC細胞過形成の詳細なメカニズムについては,現時点では不明である.寄生虫や細菌感染による消化管の炎症や炎症性腸疾患などではEC細胞過形成がみられることから,炎症に伴う腸管免疫系(Th1/Th2バランス)の変化が過形成に寄与することが示唆されているが,17) EC細胞過形成を示す用量のクエン酸第一鉄ナトリウムを用いても,小腸での著明な組織傷害は認められないので,31)腸管免疫系の異常に伴うものではない可能性がある.一方,第一鉄の方が第二鉄よりも嘔吐発現頻度が高いことを考えると,消化管局所におけるROSがこの過形成に関与することが考えられる.幹細胞研究によく用いられるショウジョウバエを用いた研究において,ROSが腸管幹細胞の増殖に関与していること,32)その増殖に幹細胞でのtransient receptor potential A1とリアノジン受容体の2つのCa2+チャネルによる細胞内Ca2+濃度の制御が関与していること33)が報告されている.われわれは過去に抗がん剤であるシクロホスファミドをラットに投与すると,EC細胞過形成が認められ,また腸管幹細胞のマーカーであるLgr5や,分泌系細胞分化因子Atoh1などのmRNA発現が増加することを見い出している.29)また,シクロホスファミド投与は,マウス腸管においてSODやヘムオキシゲナーゼ1など抗酸化酵素の発現誘導に重要な役割を果たす核転写因子Nrf2発現抑制を伴うROS産生を増加させることが報告されている.34)これらのことからも第一鉄によるEC細胞過形成には,小腸局所におけるROSが幹細胞に影響することが関与する可能性が考えられ,今後の更なる解明が必要である.前述の通り第二鉄を投与しても,最終的には,消化管内で食事中還元物質やDcytBにより第一鉄に還元されないと吸収されないため,クエン酸第二鉄水和物を投与しても小腸内にはある程度の第一鉄は存在する.しかし,その存在量が第一鉄製剤投与の際と比べて少ないことが,悪心・嘔吐などの副作用発現頻度が低いというクエン酸第二鉄水和物の特徴に関連していると考えられる.現時点で考えられる第一鉄製剤及び第二鉄製剤による悪心・嘔吐発現メカニズムをFig. 4に示した.
SF: sodium ferrous citrate; FC: ferric citrate hydrate; SP: substance P; 5-HT: 5-hydroxytryptamine; DMT1: divalent metal transporter 1; DcytB: duodenal cytochrome B. Adopted from Ref. 31) with permission to reuse from S. Karger AG, Basel (Color figure can be accessed in the online version).
鉄欠乏性貧血患者にとっては,悪心・嘔吐の副作用が肉体的な負担だけでなく,悪心・嘔吐がいつ起こるかという精神的な負担にもなり,患者のQOLを著しく低下させる.4)一方,現状より早いタイミングで薬物治療介入を実施したいと考える医師も一定数存在し,そのうち約80%の医師が「経口鉄剤による悪心・嘔吐の副作用の懸念で早期の治療開始を躊躇する」と感じている.35)現状,医療現場における経口鉄剤による悪心・嘔吐を軽減する際には,静注鉄剤に切り替えることや,服用量・方法(減量,服用タイミング)の変更などで対応している.一部,適応外であるものの制吐剤を用いられることもあるようだが,35) 貧血治療を行うために制吐剤が使用されるケースがあること自体が医療現場のニーズが満たされていない課題(unmet medical needs)である.鉄欠乏性貧血の放置は貧血症状の悪化だけでなく時に,心臓への負担から心不全などの重篤なリスクになる.36)そのような現状において,クエン酸第二鉄水和物による治療は,患者アドヒアランス低下抑制の観点で適しているものと考えられる.経口鉄剤による悪心・嘔吐発現メカニズムの更なる解明により,より患者の負担の少ない鉄欠乏性貧血の治療法の開発につながることが期待される.
本研究の遂行に際し,北海道医療大学薬学部薬理学講座(病態生理学)の研究室員諸氏の協力に対し,ここに深く感謝します.
本論文の投稿に際し日本たばこ産業株式会社から投稿手数料及び掲載料を受領した.