2023 年 143 巻 9 号 p. 707-712
Complement (C) activation occurs via three pathways, namely the classical, lectin, and alternative pathways. Intercommunication occurs between the complement and coagulation systems, which can trigger tissue injury and inflammation. Disseminated intravascular coagulation (DIC) is a life-threatening disease characterized by disordered coagulation and systemic inflammation; here, the intercommunication between the complement and coagulation systems contributes to the development of DIC. Extracellular histones, which are contributors to the damage-associated molecular pattern, induce severe thrombosis. C5 is a key molecule in the intercommunication between the complement and coagulation systems and is associated with the development of lethal histone-induced thrombosis. Heparin and chondroitin sulfate (CS) are negatively charged, allowing them to bind to extracellular histones. As the coagulation system is less affected by CS than heparin, CS shows potential as an effective drug for the treatment of patients with DIC who have a high risk of bleeding. Complement receptor type-1-related gene Y (Crry) inhibits the complement pathway via binding to C3b and C4b. Hence, Crry is a potent inhibitor of the classical and alternative C pathways. The expression of Crry is decreased by the endothelial damage induced by extracellular histones. Crry dysfunction promotes the activation of C on the surface of endothelial cells. The prevention of C3 cleavage on endothelial cells might be a useful therapy targeting acute lung injury.
補体経路は,古典,第二,レクチン経路から構成され,各経路は補体第3成分(C3)の開裂を促すことで,補体第5成分(C5)の開裂及び膜侵襲複合体(C5b-9)が形成される.C5b-9は細胞膜を穿孔させ,結果として組織障害を惹起する.加えて,C3及びC5の開裂によって生じたC3a, C5a(アナフィラトキシン)は細胞性免疫を活性化させ,強力な炎症反応を惹起する(Fig. 1).これらの反応は,宿主から細菌等の異物排除に寄与するが,自己組織への障害を回避するため,細胞表面には多様な糖鎖が発現する.膜補体制御因子(CReg)と呼ばれる糖鎖タンパクは,補体による自己組織への攻撃から保護する作用を持つ.CD46, CD55, CD59が代表的なCRegであり,自己免疫疾患の発症・進展のみならず,腫瘍に対する免疫反応にも関与するなど,多彩な役割を示す.1) CD46は膜貫通型構造を持ち,C3bやC4bへの開裂を阻害する作用を持つが,2)げっ歯類では発現しておらず,代わりにより強力にC3活性を制御するcomplement receptor type-1-related gene Y(Crry)が存在する.水野らは,Crry及びC9活性を制御するCD59を2種類の中和抗体を用い,同時に阻害することで,腹膜障害が認められたことを報告しており,補体活性が腹膜透析関連合併症である腹膜炎の発症・進展に関与することが示されている.3) CrryとCD59を同時に抑制することで発生する上記腹膜障害に対し,C5aの機能を抑制する相補性ペプチドを投与したところ,腹膜障害が軽減したことから,腹膜透析関連合併症に対して,C5aが創薬ターゲットとなることが示唆された.4)上記内容はC3, C5が関与する疾患の一例であり,実際に創薬につながったケースは一部の難治性疾患のみであるが,腎炎,5–8)関節リウマチ9–12)等の自己免疫疾患に対する補体の関与が多数報告されてきた.ただし,その報告の大半は補体経路単独での関与を示していた.
LP: Lectin pathway; CP: classical pathway; AP: alternative pathway; MBL: mannose-binding lectin; MASP: MBL-associated serine protease.
2010年にAmaraらにより,補体–凝固活性化経路クロストークが報告された.13) C3開裂酵素として,従来の補体関連タンパクではなく,凝固因子(トロンビン等)や線溶系因子(プラスミン)が作用すること,14)逆にC5b-9等の補体関連タンパクがプロトロンビンからトロンビンへの変換を促進することが示された(Fig. 1).補体–凝固(線溶)経路クロストークの存在が報告された時点では,疾患との係わりについて不明な点が多く,その証明には病態モデルを用いた検討を行う必要があった.
播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation: DIC)は,生体内の血液凝固及び血小板凝集が急激に進行することにより,全身に血栓が生じる致死性の高い疾患である.15)凝固系の急激な亢進により凝固因子が枯渇し,相対的に線溶系優位となった場合,予後不良となるケースも多い.16)基礎疾患として,敗血症や悪性腫瘍等の難治性疾患に罹患する患者で発症し易く,優先的に基礎疾患の治療が行われる.治療が奏功すれば,予後は良好であるものの,治療抵抗性を示す場合,凝固系のコントロールが必要なケースが大半である.線溶系を亢進することなく,凝固系を抑制する目的で低分子ヘパリン,アンチトロンビン製剤,トロンボモジュリン等が使用されるが,上記治療の奏効率は高くなく,致死率は依然として高い.
DICの発症には,pathogen associated molecular patterns(PAMPs)とdamage associated molecular patterns(DAMPs)が関与するとされている.PAMPsはリポポリサッカライド(lipopolysaccharide: LPS),double-standard(ds)RNA等が該当し,17)免疫細胞がこれらを認識することで,サイトカインやhigh mobility group box-1(HMGB1)を放出する.これらの物質は,生体内の異物を排除するために放出されるが,過剰放出により,炎症・凝固反応が著しく亢進する.好中球エラスターゼ,壊死細胞由来のHMGB1,18) neutrophil extracellular traps(NETs)等がDAMPsとして分類されており,炎症や凝固反応,血小板凝集を促進する.PAMPsとは異なり,その名の通り,細胞障害に伴い放出される.19) NETsは,好中球内の核膜及び細胞内小器官の消失,細胞の膨化,形質膜の破綻を介して,細胞外へ放出される(これら一連の反応をNETosisと呼ぶ).NETsの1種であるヒストンは,凝固系の活性化,血小板凝集促進を介し,致死性血栓症の発症・進展に関与している.従来のDICモデル動物は,LPS投与により作製されており,炎症反応の結果,主に凝固系が亢進する疾患モデルであった.同モデル動物では,病態の発症・進展に補体系の関与が報告されていたが,敗血症由来DICの病態が反映されているものの,線溶系が優位になり易い悪性腫瘍由来,薬剤性DICの病態を踏襲していなかった.
ヒストン誘発性DICモデルは,Xuらによって報告され,20)ヒストンをマウスへ投与することにより,好中球遊走,内皮細胞障害,肺胞内出血,大小の血栓が生じる.その病理学的所見より,従来のLPSに比して,線溶系の機能亢進が大きく,血栓形成作用も強く認められた.そこで水野らは,DBA/1JLmsSlc雄性マウス(正常マウス)及びDBA/2CrSlc雄性マウス(C5欠損マウス)を用い,同DICモデルを作製することで,凝固–線溶系が関与する病態におけるC5の役割について検討した.各個体の生存期間を比較したところ,C5欠損マウスでは,正常マウスに比して,ヒストン投与後の生存期間が延長した.加えて,血液凝固時間の延長及び肝機能障害も,正常マウスより軽度であることが示された.21)凝固–線溶系が関与する上記疾患において,C5が治療標的となる可能性が示されたが,抗C5抗体は,発作性夜間血色素尿症等で臨床応用されているが,免疫抑制作用も大きい.そのため,C5が開裂することで生じるC5aが治療ターゲットとなるかどうか,検討した.ヒストン投与前に,正常マウスへC5a受容体拮抗薬を前投与したところ,肝機能障害の改善が認められた.すなわち,C5が凝固–線溶系が関与するDICの発症・進展に関与すること,C5aが同疾患に随伴する組織障害抑制を目的とした創薬ターゲットとなることが示された.
DIC治療薬として用いられるヘパリンは,ヒストンによる細胞毒性を抑制するが,22)出血リスクが高いDIC患者に対してヘパリンの投与は推奨されていない.23)そのため,DIC患者の治療成績を向上させるため,出血リスクの高いDIC患者に対して,ヘパリンの代替薬となる新規治療薬の開発が必要となる.コンドロイチン硫酸(chondroitin sulfate: CS)はヘパリンと同様に多糖類の一種であり,細胞表面に発現する糖鎖タンパクの主要構成物質となっている.CSはヘパリンと異なり,凝固系に与える影響が軽微とされている.24)凝固系に与える影響が軽微であれば,DICのような凝固–線溶系が共に異常値を示す病態には有用な創薬候補物質となり得る.長野らは,これらの基礎的知見を踏まえ,CSがDIC治療へ応用可能かどうか,線溶系優位な凝固異常を併発するヒストン誘発性DICモデル動物を用い,検討を行った.25)
DBA/1JLmsSlc雄性マウスに,生理食塩水,ヒストン,ヒストンとCSの混合物,ヒストンとヘパリンの混合物をそれぞれ尾静脈投与したところ,ヒストンを単独投与したマウスでは,血管透過性の亢進,肝障害,腎機能障害,血小板減少,白血球–血小板複合体形成が認められた.一方,ヒストンとCS混合物又はヒストンとヘパリン混合物を投与したマウスでは,上記反応がすべて軽減された.混合物ではなく,単独でCSを投与した場合も,ヒストンによる肝障害,腎機能障害,血小板減少が改善した.血液凝固能について,ヘパリン投与によりヒストンによる血液凝固異常は改善しなかったが,CSを投与した群では,ヘパリン投与群に比し,プロトロンビン時間は,有意に短縮した.加えて,本研究にて用いたヒストンは,ヘパリン及びCSに,それぞれ静電気的に結合することも確認した.すなわち,CSは凝固系に影響を与えることなく,ヒストンの毒性を軽減することが明らかになり,線溶系優位なDICの治療薬として,CSの有用性が示された(Fig. 2).
NET: Neutrophil extracellular trap.
C3活性を制御するCrryは,細胞膜表面に発現し,細胞障害による膜構造変化に伴い,その発現が低下する.4)上記研究は,酸性腹膜透析液による腹膜組織障害が膜補体制御因子の発現低下を引き起こす可能性を示していたが,ヒストンによる細胞障害誘発時にも,同様の所見が認められる可能性があった.特に肺血管内皮細胞は,ヒストンによる細胞毒性頻発部位であることから,長野らは,DICに伴う急性肺障害(acute lung injury: ARI)の病態進展に,ヒストンによる細胞障害及びCrry発現低下が影響するかどうか検討した.26)ヒストン誘発性ARIモデルマウスの肺組織由来の肺血管内皮細胞表面にて,Crryの発現低下が経時的に認められた.血中の細胞障害マーカー(low density lipoprotein: LDL)等,C3a濃度との相関も認められたことから,細胞障害に伴うCrry発現低下,それに伴う補体活性亢進が引き起こされたことを報告している26)(Fig. 3).今後,Crry以外の膜補体制御因子であるCD55(C3活性を制御)やCD59(C9活性を制御)についても,同様の検討を行うことで,よりヒト膜補体制御因子に近い構造を持つタンパクの病態への関与を明らかにすることができるため,今後の検討課題である.
Crry: Complement receptor type-1-related gene Y.
水野らは,Crryをimmunoglobulin G(IgG)ドメインと結合させたCrry-Ig27)が補体活性化を伴う腹膜障害に対する治療薬候補物質であることを報告している.28)ヒストンによるARIは血管内皮細胞障害のみならず,細胞表面でのCrry発現低下も伴うため,Crry-Igのようなfusion proteinが奏功する可能性がある.また,本稿執筆時点では,ARI患者組織における膜補体制御因子の発現低下の有無について検討した報告は存在しないが,臨床検体を評価していくことにより,同領域における抗補体薬の臨床応用のみならず,バイオマーカー創出も期待できる.
Coronavirus disease 2019(COVID-19)重症例に対する,NETs及び補体–凝固系の関与が報告されている.重症例では,肺組織におけるNETsの上昇が顕著であり,NETs濃度と病態の重症度に相関が認められた.29)加えて,補体–血液凝固系クロストークがCOVID-19による血栓症発症に関与することも報告されている.30)前述の通り,ARI発症時には膜補体制御因子の発現が低下している可能性があるため,26) COVID-19罹患患者組織を用いた評価は実施されていないものの,同様の所見が認められた場合,C3レベルでの補体活性制御が有用である.加えて,補体活性化経路をターゲットとした創薬が,近年次々に実現している.遺伝的なグリコシルホスファチジルイノシトールの構造障害により,膜補体制御因子の機能低下が生じ,補体活性が惹起される.その結果,発作性夜間ヘモグロビン尿症が発症する.エクリズマブ及びラブリズマブは,C5の中和により補体活性を制御することで,発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療に用いられている.発作性夜間ヘモグロビン尿症以外に,全身型重症筋無力症に対する有効性も認められている.31)さらに,C1sモノクローナル抗体であるスチムリマブは,寒冷凝集症による溶血を抑制する目的で使用されている.32)抗好中球細胞質抗体関連血管炎治療薬として,C5a受容体拮抗薬であるアバコパンも臨床応用されている.33)これらの抗補体薬の適用拡大も今後大いに期待される.
本研究は,名城大学薬学部薬効解析学教室にて実施されたものであり,永松 正教授,長野文彦先生を始めとする教室員の皆様にご支援を頂きました.共同研究を実施するにあたり,ご支援頂きました名城大学薬学部病態生化学教室 山田修平教授,水本秀二先生,藤田医科大学医学部腎臓内科学教室 坪井直毅教授,藤田医科大学医学部解剖学II教室 高橋和男教授,藤田医科大学医学部薬物治療情報学教室 山田成樹教授,名古屋大学医学部腎臓内科学教室 丸山彰一教授,同腎不全システム治療学寄附講座 水野正司教授,京都橘大学健康科学部 今井優樹教授を始めとする多くの先生方に厚く御礼申し上げます.本研究は科研費(16K18962, 19K07232),名城大学難治性疾患発症メカニズム研究センターの支援に基づく成果であり,この場を借りて御礼申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2022年度日本薬学会東海支部学術奨励賞の受賞を記念して記述したものである.