2024 Volume 144 Issue 1 Pages 21-26
Sulfur- or nitrogen-containing compounds from medicinal plants exhibit various biological activities such as anticancer potential. Developing efficient strategies to isolate or synthesize these compounds or their derivatives is a remarkable achievement. We have isolated several sulfur-containing compounds such as tetrahydro-2H-difuro[3,2-b:2′,3′-c]furan-5(5aH)-one derivatives from Allium plants. We have devised a unique approach for the rapid preparation of thiopyranones using the regioselective sequential double Diels–Alder reaction; we used a naturally-occurring chemically-unstable intermediate such as thioacrolein, which is produced from allicin, a major component in garlic. The cytotoxicity of the synthetic thiopyranones against cancer stem cells (CSCs) was equal to or higher than that of (Z)-ajoene, the reference compound.
筆者らは,薬用植物,特に,食用にも供されている“薬用食品”に着目し,それらの機能性関与成分を利用した難治性疾患予防・治療薬の開発研究に取り組んできた.最近では,スイレン科ネムロコウホネ(Nuphar pumilum)根茎に含有する含硫黄セスキテルペンアルカロイド6,6′-dihydroxythiobinupharidine1–3)及びキク科アーティチョーク(Cynara scolymus)葉部に含有するセスキテルペンラクトンcynaropicrin4)の抗がん作用の作用機序に関する知見を得るとともに,cynaropicrinに親和性を示す候補タンパク質としてATP/ADP translocase 2(adenine nucleotide translocase 2: ANT2)を同定した.1–4)これら以外にも,ハス科ハス(Nelumbo nucifera)花部あるいは葉部からアポルフィン型アルカロイドを,ミカン科オオバゲッキツ(Murraya koenigii)葉部(カレーリーフ)からカルバゾール型アルカロイドを単離するとともに,5,6)それらの成分が神経様突起伸展促進作用を有することを見い出した.7,8)また,カルバゾール誘導体9-benzyl-9H-carbazol-4-olが神経様突起伸展促進作用やin vivoでの空間認知記憶力改善傾向を示すことを明らかにした.8)さらに,マイクロ波加熱連続反応によってワンポットで一挙にカルバゾールを構築するとともに,がん幹細胞に対する駆逐作用を有するミカン科Murraya属植物由来ゲラニルカルバゾール類を合成した.9)これらの成分・誘導体は,抗がん及び中枢神経系医薬品の開発研究の一助になると考えられる.しかし,得られた薬効成分の含有量が一般的に少ないこと,複雑な成分の分子骨格の構築や誘導化が困難であることが要因となり,薬効成分の生物活性を大幅に増強することができない点が課題点として挙げられた.本研究では,上述の課題を打破するための一つの手段として,ニンニクやネギなどのネギ属植物を素材として用い,がんなどの難治性疾患において有用な創薬シード成分の単離のみならず,機能性関与成分あるいは化学的に不安定な成分を鍵化合物(スキャフォールド化合物)として捉え,化学変換・化学修飾を施すことによって新たな骨格構築あるいは誘導体合成を計画した.
ヒガンバナ科ネギ属(Allium属)植物は,ネギ(A. fistulosum),ニンニク(A. sativum)やタマネギ(A. cepa)など現在までに約800種が知られており,食品としてだけでなく疾病の治療目的にも用いられてきた.10)これまでに,ネギ属植物抽出エキスは,抗がん作用11,12)を含む多様な生物活性を示すことが報告されている.ネギ属植物の特徴的な含有成分として含硫黄化合物が挙げられる.例えば,ニンニク及びタマネギなどからallicin(1)13,14)や(Z)-ajoene(2)15,16)などの直鎖状の含硫黄化合物が単離されている(Fig. 1).一方,ネギ属植物から得られる含硫黄化合物は,多様な生物活性を示すことが知られている.特に,1や2は,化学的に不安定なこともあり臨床では利用されていないが,抗がん作用を含めて生物活性を有することが報告されている.17)また,タマネギから得られたonionin類等の環状含硫黄化合物が,抗腫瘍作用を示すことも報告されている.18)このように,ネギ属植物から得られる含硫黄化合物は,医薬品シーズとして有用である.
ネギ属植物から得られる含硫黄化合物は,含硫黄アミノ酸を出発原料として酵素反応及び多様な化学反応によって二次的に生成する化合物である.すなわち,ネギ属植物は,alliinやisoalliinなどに代表される含硫黄アミノ酸を含有しており,それらの含硫黄アミノ酸は外的要因などによって植物組織が破壊されると別の細胞に貯蔵されているalliinaseなどの分解酵素により1などへと変換され,続く多段階の化学反応あるいは酵素反応を経て,2などの含硫黄化合物へと誘導される(Fig. 1).19)それゆえ,ネギ属植物から含硫黄化合物の単離を行う場合,その抽出条件の検討が重要である.筆者らは,生薬“葱白”[ネギ(A. fistulosum)葉鞘部]を素材とした稀有な骨格を有する含硫黄化合物の探索を目的として,植物成分の抽出温度,抽出時間,抽出前の前処理の有無,抽出溶媒等を検討し,植物から得られた抽出エキスをそれぞれ酢酸エチル及び水を用いて液液分配を行い,酢酸エチル分画を試料としてHPLCによる含有成分の比較分析を行った.上述の検討から,新鮮なネギ葉鞘部を裁断し,抽出溶媒としてアセトンを用い,室温(25–30°C)下,72時間抽出を行う条件が含硫黄成分探索において適していることがわかった.得られたエキスを各種カラムクロマトグラフィー及びHPLCに付したところ,構造中に多環構造を有する含硫黄化合物[kujounin A1–3(3–5)及びB1–3(6–8)]あるいは単環状のテトラヒドロチオフェン骨格を有する含硫黄化合物[allium sulfoxide A1–3(9–11)]を得ることができた(Fig. 2).20–23)特に,kujounin類はテトラヒドロジフロフラノン骨格を母核に有し,Allium属植物特有の硫黄原子を含む構造であることが明らかになった.得られたkujounin類は,含硫黄アミノ酸isoalliinが酵素及び化学反応によりS-1-propenyl-1-propenethiosulfinateへと変換され,植物中に含有するアスコルビン酸誘導体と反応後,多段階の環化反応,ジスルファン結合の形成反応が進行し生成すると考察される.次に,Allium属植物の種による成分比較を行うため,ニンニク葉部及びアサツキ(A. schoenoprasum var. foliosum)葉部を素材とし含硫黄化合物の単離を行った.その結果,ニンニク葉部からは,ネギ葉鞘部と同様にテトラヒドロジフロフラノン骨格を有する数種の含硫黄化合物12–16が得られた.20,21,24)一方,アサツキ葉部からは17及び18などのがテトラヒドロチオフェン骨格を有する化合物が主に得られた.20,21,25)これらの結果から,種によって得られる主要な含硫黄化合物の基本骨格に違いがあることが明らかになった.
(Z)-Ajoene(2)よりも化学的に安定な抗がん薬の開発を目的として,2と同様にビニルスルファン構造を持つだけでなく,環状構造を有するチオピランの合成を計画した.また,得られた化合物の溶液中での安定性とがん幹細胞(cancer stem cell: CSC)に対する増殖抑制作用を評価した.目的のチオピラン合成のアイデアとして,ニンニク由来の化学的に不安定な化合物thioacrolein(19)をビルディングブロックとして用い,19とジエンとのDiels–Alder反応による合成法を立案した(Fig. 3).すなわち,ニンニクをミキシングし酵素反応を誘導させ,主にallicin(1)を含有する分画を得た.次に,1を精製することなく,1から19を生成させ,シリルエノールエーテルとの反応を系中で行った.その結果,Danishefsky’s dieneを用いた反応において,2分子のシリルエノールエーテルとのsequential double Diels–Alder反応により位置選択的にチオピラン誘導体2-(4-oxocyclohex-2-en-1-yl)-2,3-dihydro-4H-thiopyran-4-one[20, syn-20(2RS, 1′RS)及びanti-20(2RS, 1′SR)の混合物]を合成することができた(Fig. 4).26)この位置選択性は,密度汎関数理論(density functional theory: DFT)計算による反応経路のエネルギープロファイル解析においても支持された.続いて,20を高収率で得ることを目的に反応条件(試薬の当量,反応時間・溶媒・温度)の最適化を行った.その結果,ニンニクに含有する1の理論上の含有量から換算すると,20が9.8%の収率で得られ,比較的良好にその合成を達成することができた.なお,1の粗抽出物とDanishefsky’s dieneを用いた反応では単環系の含硫黄化合物21–23も得られた.さらに,Rawal’s dieneとの反応からは,含硫黄化合物24–32が得られた.得られた20の化学的安定性をNMRを用いた定量にて検討した結果,syn-20は2よりも化学的に安定であることが明らかとなった.また,得られた化合物を用い,ヒト神経膠芽腫細胞株U-251 MG由来がん幹細胞(CSC)に対する駆逐作用を評価した結果,syn-20に活性が認められた.一方で,syn-20のジアステレオマーであるanti-20には活性が認められなかった.次に,syn-20を光学分割し,それぞれの鏡像異性体[(2R, 1′R)-20(syn-20a)及び(2S, 1′S)-20(syn-20b)]のCSCに対する増殖抑制作用を評価したところ,両化合物ともCSCに対して駆逐作用を示すことが明らかとなり[syn-20a(IC50: 39 µM),syn-7b(IC50: 30 µM)],その作用は2(IC50: 39 µM)と同等であることがわかった.26)
筆者らはネギ属植物成分の化学的に不安定な生合成中間体thioacrolein(19)を利用する合成法を提案し,チオピラン20などの環状含硫黄化合物の合成を達成した.上述以外に,タマネギの酵素反応によって得られるチオスルフィネートを利用しN-置換3,4-ジメチルピロール誘導体を合成した.27)また,染料植物トウダイグサ科ヤマアイ(Mercurialis leiocarpa)地上部から得られる化学的に不安定なcyanohermidinを利用して,ヤマアイから単離されたleiocarpanine Aを簡便に合成した.28)さらに,アブラナ科植物カブ(Brassica rapa var. rapa)のファイトアレキシン生成酵素群を利用し,多段階酵素反応に基づくエナンチオ選択的天然型及び非天然型スピロオキシインドールのワンポット合成を行うとともに,29)アブラナ科植物から得られる成分の化学的に不安定な中間体indole isothiocyanateを介して,含窒素複素環化合物を得た.30)以上,本研究で得られた結果は,創薬のおいて重要である含硫黄及び含窒素化合物のライブラリー構築において貢献できると考えている.
本研究は,京都薬科大学生薬学分野において遂行されました.本研究を行うにあたり,ご懇篤なるご指導を賜りました京都薬科大学名誉教授 吉川雅之先生,京都薬科大学名誉教授 松田久司先生に厚く御礼を申し上げます.また,本研究において,ご協力・ご助言を頂きました共同研究者の京都薬科大学生薬学分野助教 中嶋聡一先生(現所属:NPR医薬資源研究所所長),病態生理学分野教授 芦原英司先生,シナジーラボ教授 高田和幸先生,薬品製造学分野准教授 小島直人先生(現所属:長崎国際大学薬学部教授),公衆衛生学分野助教 松本崇宏先生,薬用植物園助教 月岡淳子先生及び長崎国際大学薬学部講師 太田智絵先生,立命館大学薬学部助教 小川慶子先生,岐阜医療科学大学薬学部助教 深谷 匡先生,岐阜医療科学大学薬学部非常勤講師 笠 香織先生に心より感謝致します.さらに,本研究の遂行にあたりご協力頂きました京都薬科大学生薬学分野 大学院生及び学部学生諸氏に心より感謝致します.本研究の一部は,科学研究費補助金基盤研究(C)の助成により行われたものでありここに深謝致します.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会第143年会シンポジウムS33で発表した内容を中心に記述したものである.