2024 Volume 144 Issue 1 Pages 99-117
In 1985, I was accepted as postdoc by Professor Forte of UC Berkeley. He discovered H+,K+-ATPase and established the membrane recycling theory as the activation mechanism for acid secretion using whole animals. H+,K+-ATPase is an enzyme that exchanges H+ with K+. In resting state, it locates on the tubulovesicles and the pump does not work because the membrane lacks K+ permeability. Upon stimulation, the tubulovesicles fuse to the apical membrane and acquire K+ permeability, turning the pump on. The main route was known to be protein kinase A (PKA), but its specific targets remained unknown. Right after I joined Forte’s lab, I was fortunate enough to reproduce the above mechanism in vitro, and I discovered proteins of molecular weight 120 kDa and 80 kDa that were specifically phosphorylated in stimulated parietal cells. After I returned to Japan, the former was cloned and named as parchorin, which is one of the chloride intracellular channels. Although no progress was made on ezrin, I found out the importance of PIP2 and Arf6 using permeabilized gland models. After I left parietal cell research, the link between ezrin and Arf6 was revealed. PKA phosphorylates S66 of ezrin and also MST4. The former changes the N-terminal structure of ezrin to bind syntaxin3, and the latter phosphorylates ACAP4, an Arf6-GAP, to accelerate binding to ezrin. Subsequently, H+,K+-ATPase, SNAREs, ezrin, and Arf6-GAP are aligned on the apical membrane. However, there are still many unsolved questions and the intracellular mechanism of parietal cells remains an attractive research area.
長い研究生活の中で,興味の中心は常に胃酸分泌細胞(壁細胞)の細胞内機構にあった.東京大学薬学部に進学し研究室配属されたとき,当時の高木敬次郎教授(元日本薬学会会頭)から,岡部 進先生(京都薬科大学名誉教授)の下で実験潰瘍の研究をするように勧められた.当時博士課程の院生であった竹内孝治先生(京都薬科大学名誉教授)の下につき,毎日大量のラットと格闘する日々が始まった.しかし私は不肖の弟子であり,実験潰瘍の研究にもう一つ強い興味を持ち得なかった.その1975年頃はhistamine H2拮抗薬が登場したばかりであったが,ほぼすべての潰瘍モデルを強力に抑制してしまい,酸さえ抑えてしまえばそれで終わり,という状況にみえた.もちろん潰瘍の病理はそんなに単純なものではないのだが,生意気な学生としては,種々の潰瘍モデルは酸分泌抑制の検定で代替できるかに思え,その興味は「どのようにして酸分泌が生じるか」に向いて行った.当時は「histamineが最終的な酸分泌刺激物質か否か」という議論に決着がつきつつあり,壁細胞内で何が起きているかというのが最大のミステリーに思われた.まさにその頃,酸分泌を担うプロトンポンプの本体であるH+,K+-ATPaseの画期的な論文1)がUniversity of California at Berkeley(UC Berkeley)のJohn. G. Forte教授により発表されたのである.
粕谷 豊教授の下,大学院・助手時代,一人でコツコツと胃酸分泌の実験を行っていたが,思わしい結果が出ず,思い切って上記のForte教授に手紙を出したところ,ポスドクとして受け入れて下さり(1985–1988),壁細胞研究の最先端を走るグループに参入することができた.その後紆余曲折があったものの,長尾 拓先生の招きによって東京大学薬学部に助教授で戻り,大学院生たちと行った研究(1994–2002)でそれなりの成果を上げることができた.その後国立医薬品食品衛生研究所を経て医薬基盤研究所に移り,研究の中心はトキシコゲノミクス2)となり,それ以後40あまりの査読論文中,胃酸分泌機構に関するものは皆無である.しかしながら同志社女子大学在籍中(2005–2023)にも,論文にはならなかったものの,壁細胞研究は続けていた.今回退職にあたり,趣旨には多少反するかもしれないが,壁細胞の細胞内機構についてまとめてみたい.
Forte教授はこの頃までに,壁細胞の活性化機構の根幹に係わる3つの重要な発見をしていた.一つは,酸分泌の本体であるプロトンポンプ(H+,K+-ATPase)の発見,1) 2つ目は,膜リサイクル説の提唱,3) 3つ目は,stimulation-associated vesicle(SA-vesicle)4,5)の単離である.これらはひとつながりで,酸分泌の活性化過程を完璧に説明していた.H+,K+-ATPaseはK+によって活性化されATPの加水分解エネルギーを用いてK+とH+を交換する酵素であるが,K+やATPは細胞内に豊富にあるため,単純に考えると空回りしてATPを消費するだけになってしまう.この疑問に解答を与えたのが,膜リサイクル説とSA-vesicleである.休止状態ではH+,K+-ATPaseは細胞内の小管小胞(tubulovesicle)という小胞の膜上にあり,ポンプが回転したとしても,酸は小胞内に蓄積するだけで,細胞外には放出されない.実際は小管小胞膜のK+透過性が低く,酵素のK+サイトは管腔側にあるので,細胞質にK+が十分あってもポンプは回転しない.酸分泌が刺激されると,アクチン繊維などの細胞骨格の再編成を伴って,小管小胞は分泌側の頂端膜(apical membrane)へ移動して融合し,同時に膜がK+,Cl−透過性を獲得する.この状態で,いったん細胞外に放出されたK+をATPの分解エネルギーを使ってH+と交換し,HClを分泌することが可能となる(Fig. 1, lower).この過程は,休止・刺激状態の微細構造観察と,刺激状態の動物の胃から壁細胞の頂端膜(SA-vesicle)を単離・精製する生化学的手法により提唱されたのである.
Arrows between three receptors represent an apparent potentiating interaction of unknown mechanism. The final step is to translocate H+,K+-ATPase-containing tubulovesicles to the apical membrane together with the emergence of KCl permeability. F-actin might play an important role in this process.
ただこれは,酸分泌活性化の過程で生じる現象を記述してはいるのだが,具体的にどのような細胞内機構が働いているかについては触れていない.私がUC Berkeleyに留学する頃の壁細胞活性化機構の模式図は,Fig. 1の上部のようなものであった.壁細胞には酸分泌を刺激するhistamine, acetylcholine, gastrinに対するそれぞれの受容体があり,histamineはH2受容体を介してcAMPを産生しprotein kinase A(PKA)を活性化する経路がわかっていたが,acetylcholineは細胞内Ca2+の上昇が観測されていただけで,gastrinに至っては,細胞内機構が不明(恐らくCa2+の上昇?)の状態であった.以前からの「壁細胞上にはH2受容体しか存在しない」というhistamine final common mediator説は根強く残っていたが,その最大の根拠は「いかなる刺激もH2拮抗薬が抑制する」という厳然たる事実であった.これに対する説明は,「H2受容体刺激が他の受容体刺激との間で大きな相乗的相互作用を起こすから」というものであった.6)いずれにせよ活性化の主要経路がcAMP-PKA系であろうことは確実視されていた.しかしながら,PKAによるリン酸化でH+,K+-ATPaseやK+チャネルが活性化されるのであれば話は簡単であるが,そうではない.心臓におけるphospholambanのようなPKAのターゲットが壁細胞にもあるはずだ—日本での孤独な研究に限界を感じてForte教授に宛てた留学希望の手紙には,拙い英語で「壁細胞内の活性化機構を解明したい」という熱意を精一杯表明したことを記憶している.
1985年6月,ポスドクとして受け入れてもらったForte教授のラボを訪問した初日から二日間に渡って,朝から夕方までみっちりとディスカッションしたのが懐かしい思い出である.ろくに英語もできない私に,辛抱強く付き合ってくれたForte教授の姿勢には,頭が下がる.とにかく,二人の間で一致した方法論は「まず,膜リサイクルをin vitroで再現してSA-vesicleを得ること」であった.
Figure 2にSA-vesicleの概念図を示す.ウサギにH2拮抗薬のcimetidineを投与して壁細胞を休止状態(Resting)にし,胃粘膜を採集してホモジナイズする.これを低Gから高Gまで段階的に遠心分離し,密度勾配遠心で精製していくと,H+,K+-ATPaseのほとんどの活性は,いわゆるミクロゾーム分画の比重の軽い層に回収され,これはプロトンポンプが小管小胞に局在することを反映している.4)このミクロゾームを用いて,in vitroでプロトンの輸送活性を測定することができる.KCl, Mg-ATPを含むバッファーに蛍光色素acridine orange(AO)を添加しておき,ここにミクロゾームを加える.プロトンポンプが回転して小胞内が酸性化すると,弱塩基であるAOは小胞内に蓄積して濃度が高くなりquenchingを起こすので,蛍光強度の低下として観察できる.しかし前述したように,小管小胞膜はK+透過性が低いので,小胞の内側にあるサイトにK+は接近できず,ポンプは回転しない.ここにK+イオノフォアであるvalinomycin(VAL)を添加するとポンプが持続的に回転し,蛍光強度が急激に低下するのが観察できる(Fig. 2, lower reft).5)一方,絶食したウサギに一定時間摂食させ,麻酔下にhistamineを静注して酸分泌を最大限活性化した(Secreting)後に摘出した胃粘膜を同様に処理・分画すると,ミクロゾームのH+,K+-ATPase活性は激減し,低遠心分画(すなわち大きいサイズの膜小胞)に回収され,密度勾配遠心では比較的重い層に分布する.4)この膜分画で同様にAO quenchingを行うと,VALを添加せずとも急激な蛍光強度低下が観察される(Fig. 2, right).5)すなわちこの膜分画(SA-vesicle)は,活性化されてプロトンポンプとK+透過性(チャネル/輸送体)が組み込まれた壁細胞の頂端膜であるということが示されたのである.
Upper left: Resting parietal cell with many tubulovesicles containing H+,K+-ATPase in the cytoplasm. Apical membrane extends into cytoplasm to form intracellular canaliculi with numerous microvilli. Upper right: Secreting parietal cell. Most of tubulovesicles fuse with intracellular canaliculi to form elongated microvilli. Middle left: Acridine orange (AO) quenching. The resting tubulovesicle has little permeability to K+ such that H+,K+-ATPase does not work and fluorescence of AO is not changed. Middle middle: When K+ ionophore, valinomycin (VAL) is added, K+ is supplied to the inside of the vesicular lumen and H+,K+-ATPase continues to work. Subsequently, the inside of the vesicle is acidified, AO is accumulated, and its fluorescence is reduced by quenching. Middle right: Vesicles from secreting apical membrane obtain K+ permeability such that AO quenching occurs without VAL. Lower left: Fluorescence intensity of above. Lower right: Fluorescence intensity of above.
このSA-vesicleは,たしかに非常に興味深い標本ではあるが,細胞レベル・分子レベルで情報伝達を解明しようとすると,いきなり壁にぶつかる.まるごとのウサギが相手では,解析のしようがない.どうしても,in vitroの系が必要なのである.
当時,酸分泌の研究に使えるin vitroの系としては,犬やラットの急性単離壁細胞とウサギの急性単離胃底腺が一般的であった.壁細胞のような高度に分化した細胞の機能を保持したcell lineなどは現在も存在せず,単離壁細胞を通常の方法で培養しようとしてもシャーレに張り付きもしない.そもそも緩衝液中に浮遊した単離細胞が頂端膜側から酸を分泌しても,反対側の側基底膜からアルカリが放出されるので,一見,酸分泌の定量すら不可能であるように思える.しかし実際は,壁細胞の頂端膜は「細胞内分泌細管intracellular canaliculi」として細胞質内に深く陥没しており,分泌された酸はこの空間に蓄積する.特に単離ウサギ胃底腺(Fig. 3)の場合は,長い胃底腺管腔にも酸が蓄積する.7)この蓄積された酸は,小胞の実験と同様に,弱塩基物質の集積で定量できる.実際は,14C-aminopyrine(AP)を用い,細胞が含有する水と栄養液中の濃度比(AP-ratio)を酸分泌の指標とする.
Low (left) and high (right) magnifications.
SA-vesicleをin vitroで再現するには,単離ウサギ胃底腺(Fig. 3)が最も適当であると思われた.その最大のメリットは,収量である.動脈を介して胃をリン酸緩衝液で高圧還流し,胃粘膜を細切してコラゲナーゼ処理すると,1匹のウサギから12–15 mLの単離胃底腺が得られる.細胞懸濁液が15 mLなのではない.1×gで沈殿させた細胞の体積が15 mLなのである.ホモジナイズして分画するのにも十分なタンパク量が得られ,その一部を使ってAP-ratioで酸分泌を評価したり,細胞の形態変化を観察することもできる.特に,Fig. 3でわかるように,胃底腺の状態で単離されているため,単離細胞と違って,壁細胞がin vivoの形態をほぼ保っている.デメリットがあるとすれば,胃底腺標本には壁細胞以外の細胞,特に主細胞が含まれている点である.もっとも,単離壁細胞標本といえども,密度勾配や遠心場向流法などで精製しても60%程度の純度しか得られず,それ以上純度を上げようとすると収量と生存率が下がってしまう.そして,今回の標的はH2受容体-cAMP系なのであるから,誤解を恐れずに言えば,この系が重要である細胞は,胃底腺内では壁細胞だけなので,他の細胞種の関与は考えなくてよい.
SA-vesicleの実験をin vivoで成功させたDr. Wolosin(当時ポスドク,現Icahn School of Medicine at Mount Sinai)は,当然のことながら単離胃底腺でのSA-vesicle採取に挑戦したが,なぜかうまくいかず,彼がラボを去った後,数名の大学院生も失敗続きで諦めかけていたとき,私が参入してきたのである.当初は胃底腺を最大に刺激する条件の検討と,いかに胃底腺細胞を効率よく破壊するかの条件の検討を独りで行っていたが,ついに単離胃底腺から小管小胞と頂端膜を精製し,H+,K+-ATPaseが小管小胞から頂端膜に移行してK+透過性を獲得する現象を再現することができた.8)この結果をラボミーティングで発表したときのForte教授と大学院生たちの歓声は今でも蘇るよい思い出である.
次の週から,テーマに行き詰まっていた大学院生を強引に組入れ(本人は当初嫌がっていたが),この系を用いてPKAのターゲットの探索を開始した.単離胃底腺に32Pをロードした後,2つに分けて片方にcimetidineを添加して休止状態とし,他方にhistamineとphosphodiesterase阻害薬のisobutylmethylxanthineを添加してPKA系による酸分泌最大刺激状態としてから,それぞれをホモジナイズして分画し,SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動・オートラジオグラフィーで解析した.もちろん,最も注目すべきターゲットは頂端膜分画(デブリを除いた後の4000×g 10分遠心の沈渣を18% Ficoll 400で懸濁し,遠心して浮遊した層)と小管小胞分画(14500×g 10分遠心の上清を48200×g 90分遠心した沈渣)であった.9) Figure 4のタンパク染色像をみると,休止状態の小管小胞分画では,H+,K+-ATPaseのαサブユニット(見かけ上94 kDa)がメインバンドであるが,刺激するとこれが減少する.一方,休止状態の頂端膜分画には94 kDaのバンドはあるものの小管小胞分画より少なく,刺激すると小管小胞分画での減少に対応してこのバンドが増加している.また,頂端膜分画には80 kDaのバンドと,45 kDa付近のアクチンのバンドが目立っている.一方,Fig. 4(E, F)のオートラジオグラフィーでリン酸化されたバンドをみると,刺激による最も特徴的な変化は,頂端膜分画における120 kDaと80 kDaのバンドである.刺激時の頂端膜分画における120 kDaのバンドの位置にはタンパク染色される細いバンドが存在するが,休止時にはほとんどない.他の分画を探してみると,図には示していないが,細胞質分画(48200×g 90分遠心した上清)に,刺激の有無でタンパク量・リン酸化の比活性がほとんど変化しないバンドとして検出された.すなわち,この120 kDaのタンパク質は,常にリン酸化された状態で細胞質に存在し,刺激を受けると一部が頂端膜に組み込まれるものと考えられた.9,10)一方,頂端膜分画の80 kDaのバンドは,刺激によってタンパク量は変化せず,リン酸化度が増大していた.Forskolinやdibutyryl-cAMP(dbcAMP)による刺激でもこの変化は起こるが,ムスカリン受容体刺激では生じなかった.このタンパク質は等電点電気泳動では複数のバンドに分離され,刺激によって酸性度の高いバンドが増加し,酸性度の高いものほど放射活性が高かった.アミノ酸分析からは,Ser残基のみがリン酸化されていた.9,11)これは,PKAによって複数のSer残基が順次リン酸化されて形態変化をおこし,機能を発揮していることを示唆する.この後,80 kDaに対するモノクローナル抗体を作成し,組織分布をみたところ,胃底腺内では壁細胞に特異的であり,他の臓器では,小腸上皮と腎臓に存在していた.また,壁細胞内では常時頂端膜においてF-アクチンと共存しており,酸分泌刺激下ではこれにH+,K+-ATPaseが共存するという,美しい蛍光顕微鏡写真を撮影することができた.12)この像をみて,遂にPKAによりリン酸化されてプロトンポンプを頂端膜に組み入れる鍵となるタンパク質を発見した,と興奮したものである.
A: Tubulovesicle from resting parietal cell contains much H+,K+-ATPase α subunit (arrow). B: Apical membrane from resting cell contains less amount of ATPase whereas 80 K (arrowhead) and actin (dot) bands are prominent. C: The amount of H+,K+-ATPase (arrow) in the tubulovesicle from secreting cell is markedly reduced compared with resting cell. D: The amount of H+,K+-ATPase (arrow) in the apical membrane from secreting cell is counterbalancingly increased. 80 kDa (arrowhead) and actin (dot) bands are prominent. Middle insert: Autoradiography of apical membrane from 32P-labeled, resting (E) and secreting (F) glands. Note that molecular weight 120 kDa and 80 kDa bands are heavily phosphorylated.
しかし1988年の夏,これから80 kDaと120 kDaのタンパク質を本格的に追究するぞ,というとき,私は後ろ髪引かれる思いでForte教授のラボを離れ,筑波大学基礎医学系に赴任するため帰国の途につくこととなる.この留学期間に得られた成果は総説にまとめられている.13)
筑波大学基礎医学系とはいっても,実質上は臨床医学系神経内科の金澤一郎先生(元東京大学教授,日本学術会議会長)のラボに居候する形であった.金澤先生には大変お世話になり,研究室のテーマは神経変性疾患であったのに,好きな実験をしていいよというお許しを得たため,幸か不幸か,壁細胞研究から足を洗うきっかけを失った形になった.
帰国直後,Forte研の大学院生から手紙が来て,あの80 kDaは,数年前にDr. Bretcherによりニワトリ小腸微絨毛のコアタンパクとして精製されezrinと名づけられていたタンパク質14)と同一であることを知らされた.細胞骨格系の動的制御は,胃酸分泌の研究者の狭い枠を遥かに超え,多くの細胞生物学者の興味を集め,私が指を咥えて見ている間に,みるみると解明が進んでいった.Ezrinの構造決定をきっかけに,各組織から見い出されていたband 4.1, radixin, moesinとの構造類似性から,FERMファミリーと呼ばれ,細胞骨格と細胞膜を結びつけるという共通の役割を持つことが明らかにされてきた.ここでは,FERMファミリーの多様な生理的役割は他の総説15)に譲り,ezrinの壁細胞における役割に絞りたいと思う.
当時(そして現在もほとんど変わっていないが),ezrinの構造と機能はFig. 5のように説明されていた.すなわち,N末端はFERMファミリー間で相同性の高い領域で,ファミリーはそれぞれ相手となる膜タンパク質と結合し,αヘリックスを挟んだC末端にはFアクチンと結合する部位があり,全体として膜と細胞骨格を結びつける機能を持つ.通常は自己あるいはホモダイマーの形でC末端とN末端が結合し,それらをマスクしている(以後これをNC構造と呼ぶ).C末端にPIP2が結合し,N末端側の567番目のThr(T567)がprotein kinase C(PKC)やRho kinaseでリン酸化されるとNC構造が解離して結合部位が露出し,アクチンと膜タンパクとのクロスリンカーとして働く.また発見時当初は,チロシンキナーゼによるリン酸化が注目されており,ここにPKAの入る余地はなかったのである.15)しかしここで思い出してほしい.壁細胞ではezrinはもっぱらPKAで複数のSerがリン酸化され,また,刺激の有無にかかわらず,頂端膜でFアクチンと共存していたことを.さらに,壁細胞においてezrinのαヘリックス部分はPKAのタイプII調節サブユニット(RII)と結合し,PKAのanchoring proteinとしての働きもあることがわかり(Fig. 5),16) PKAとの強い関係が予想された.
Ezrin exists in a dormant form which the N-terminal and C-terminal domains are associated (NC-form) either forming a dimer (bottom left) or intramolecular folding (bottom right) covering each other. When T567 is phosphorylated by PKC or Rho kinase, NC-form is released and free N-terminal binds to various membrane proteins and PIP2, and free C-terminal binds to F-actin, working as a membrane-cytoskeleton linker. α helix linking these two domains has a site binding to regulatory subunit of type II PKA (RII) to hold PKA. A putative phosphorylation site for PKA is present at S66.
しかしezrinは自分の手を離れてしまった感があり,もう一つの120 kDaタンパクを追究することを考えた.留学の終わり頃,ウサギ胃粘膜細胞質分画からこれを大量に精製し,モノクローナル抗体作製に十分な量を大学院生に残しておいたが,帰国してから大量の抗体(腹水)が得られたという連絡が来た.これを用いて研究を進めたものの,なかなか本質には迫れなかった.10)
筑波大学のポジションは5年の期限付きであり,独りでは目立った成果も出せず,第一製薬の研究所に入れて頂き抗潰瘍薬の研究に参画してまもなく,東京大学薬学部毒性薬理の教授であった長尾 拓先生(のち国立衛研所長,東京大学名誉教授)より,助教授の声をかけて頂いた.入社して1年も経っておらず,義理も果たせていないと躊躇したものの,会社のご理解を得て大学へ戻る道を選んだ(1994年).
当初は,教室のテーマ(循環器薬理)を手伝う傍ら筑波大学時代に論文化していなかったデータを補強して投稿する作業を独りで行っていたが,そのうち,酸分泌のプロジェクトを本格的に進める許しを得て,毎年大学院生も配属してもらえるようになり,この時期,飛躍的な成果が得られるようになった.その第一が前述の抗体を用いた120 kDaのクローニングである.当時はcDNAライブラリーから釣り上げるしかなかったが,胃粘膜から得られるmRNAはほとんどがペプシノーゲンであり,困難が予想された.そこで,抗体を用いてウサギの各組織を精査したところ,特に含量の多い細胞として,壁細胞以外に,脳脊髄液を分泌する脈絡叢が見い出された.そこで脈絡叢からcDNAライブラリーを作製して抗体でスクリーニングした結果,得られた塩基配列は新規のものであり,壁細胞parietal cellと脈絡叢choroid plexusにちなんでparchorinと命名した.17) C末端にchloride intracellular channelと共通の配列があり(そのため現在ではCLIC6という名前が一般的となってしまったのは残念だが),parchorinは酸分泌に重要なCl−チャネルではないかと色めき立った.当時プロトンポンプの活性化はK+透過性ではなく主にCl−透過性により行われているという説18)がまだ残っており,酸分泌に関与するCl−チャネル発見の先陣争いは続いていた.Parchorinは水溶性が高く,チャネル形成部分と推定される脂溶性のCLIC共通配列は短く,当初膜に組み込まれてチャネルを形成できるのか,という疑問が提起されていたが,最近になって,物理化学的にその奇妙な性質が解明されつつある.19) Parchorinの臓器分布をウエスタンブロットで調べると,量は少ないが各臓器に検出される.しかし免疫組織化学で含有細胞を精査したところ,parchorinは涙腺,唾液腺,膵臓,精巣では導管上皮,眼では毛様体上皮,耳では蝸牛,呼吸器では気管上皮とII型肺胞細胞など,例外なく水分移動に関係する細胞に特異的に存在していた.20)これはparchorinの重要性を示す決定的証拠であると自信を得て,国立医薬品食品衛生研究所時代,北島 聡博士(現毒性部長)の協力を得,水川裕美子博士がparchorinノックアウトマウスを作製した.2005年,私が水川博士とともに同志社女子大学に移って以降も,このマウスの解析を続けていたが,はっきりしたフェノタイプが検出できなかった.なによりも落胆したのは,parchorinがなくても,胃酸分泌能が正常だった事実である(未発表).その生理的意義を解明できなかったのは心残りであるが,今回の退職を機に,医薬基盤・健康・栄養研究所の動物資源部門にこのマウスを供託したので,興味のある方はぜひ活用頂きたい.
Forte研から帰国後東大に戻るまで約6年の停滞期があったものの,私自身の興味の対象に関しては,まだ対等に戦えるという希望があった.分子生物学の爆発的な進歩により,細胞生物学は飛躍的な発展を遂げていたが,それは主にがん細胞などの培養細胞を用いた研究によってであり,長期培養のできない壁細胞研究は取り残されていた感があった.
急性単離の壁細胞や胃底腺を用いた実験は,長期培養できないという問題のほかに,酸分泌測定が必須であるという点に関連した薬理学的に大きな問題があった.この頃,シグナル伝達物質に対する拮抗薬・活性化薬が続々と登場し,「この試薬を使ったら酸分泌が変化したのでこれが関与している」という類の論文が乱発されていた.この状態を懐疑的にみていたところ,「Ca2+/calmodulin-dependent protein kinase II(CAMKII)の特異的阻害薬とされるKN-93は酸分泌を抑制するようにみえるが,これはKN-93がプロトノフォアとして働き,形成されたプロトン濃度勾配をキャンセルするためである」という論文が発表された.21)これに触発され,多くのシグナル伝達物質に対する拮抗薬を試したところ,そのほとんどに,期待される薬理作用とは無関係に,しかし同等の濃度範囲で,見かけ上酸分泌を抑制又は増強してしまう非特異的作用が見い出された.22,23)これでは,酸分泌細胞のシグナル伝達を薬理学的に解析するのはほとんど不可能である.当時国際学会に出席すると,壁細胞研究者達から「お前のせいで薬が使えなくなったぞ」と冗談交じりに文句を言われたものである.その後10年ぐらいはわれわれの論文が引用されていたが,ほとぼりが冷めたのか,堂々とこれらの薬物を用いて,その酸分泌に対する効果のみからシグナル伝達経路を推定する論文が散見されるようになってきている.しかし当時は,自分で自分の首を締める形になってしまっていたので,何か別の特異的手段を開発する必要が出てきた.これには,特異的なペプチド,タンパク質,あるいは遺伝子を細胞内に導入するのが望ましいと考えられた.
この時期,壁細胞研究にブレイクスルーをもたらした二つの新技術があった.一つは細胞膜透過性を与える技術で,種々の大きさのペプチドやタンパク質を壁細胞に導入することを可能とした.もう一つは酸分泌機能を保持した壁細胞の培養法24)であり,既に確立されていたアデノウイルスベクター(adenovirus vector: AdV)を用いた遺伝子導入を可能とした.
これより以前,digitoninで透過性を与えた胃底腺は,刺激応答性を失うが,前もって酸分泌刺激しておいてから透過性を与えれば,管腔内に蓄積した酸は保持され,高いAP-ratioを示すことが報告されていた.25)しかしこれは細胞内情報伝達研究には使いづらいモデルである.その後,菌毒素のαtoxinにより細胞膜に孔を開ける方法26)が開発され,刺激応答性を保持したまま,水溶性かつ比較的大型の分子(<1 kDa)を導入することはできたものの,ペプチドなどは透過できなかった.そこでわれわれは,平滑筋で成功例のあるβ-escinによる透過性胃底腺モデルを開発した.27)
このモデルは,透過性付与後でもhistamineやforskolinによる酸分泌が60%以上残存している一方,無処置胃底腺では作用のないcAMPが,透過性付与後にはhistamineの最大反応に匹敵する作用を示した.透過性胃底腺にPKA(40 kDa)を添加しても無効だが,PKA抑制ペプチド(5-24)(PKI)は,cAMP, histamine, forskolinの刺激作用をほぼ完全に抑制した.このことは,シグナル伝達に必須なタンパク質の漏出は少ないが,ペプチドが透過するに十分な大きさの孔(恐らく15 kDa程度)があいていることを示唆した.興味深いことに,ムスカリン受容体刺激による酸分泌反応は,αtoxinで孔をあけた場合には保持されるが,28) β-escinの場合には全く消失してしまう.
このモデルができたとき,真っ先に考えたのがFig. 1で示した,ムスカリン受容体刺激とH2受容体刺激間の相乗的相互作用の解明である.実際,いくつかの系で相乗作用は示されてはいたが,6)細胞内機序は全く不明であった.常識的にはPKAとCa2+が細胞内で相乗的に作用すると考えられるので,透過性胃底腺(β-escin処理中とその後はEGTAを添加してありCa2+濃度は100 nM以下)をcAMPで刺激するとき,Ca2+を添加してみたが,全く増強作用はみられず,EGTAを更に増量してCa2+を極度に低下させても抑制作用はみられなかった.ムスカリン受容体刺激が保存されているαtoxin透過性胃底腺においてもCa2+の効果がみられない28)ことから,ムスカリン受容体刺激経路に特異的な必須成分が失われたという説明は通用しない.同じ頃行っていた通常の胃底腺を用いた実験で,ムスカリン受容体刺激とdbcAMP刺激間の相乗的相互作用は,ムスカリン受容体刺激が持続している必要はなく,いったんムスカリン受容体が刺激され,type I IP3受容体を介した一過性の細胞内Ca2+上昇のエピソードがあれば,アゴニストを洗い去ってもdbcAMPの酸分泌反応は増強されること,そしてこの一過性のCa2+上昇と増強作用はcytochalasin Dで消失することから,ムスカリン受容体と壁細胞Ca2+ストアはFアクチンにより機能的に連結していること,相乗効果を司る因子は一過性のCa2+上昇によりスイッチが入るなんらかの機構であることを示していた.29)これに基づいて無理やり解釈すれば,透過性を与える操作中に添加しているEGTAではCa2+キレート能が十分でなく,一過性のCa2+上昇により,既に相乗作用のスイッチが入った状態になっているのかもしれない.いずれにしろ,透過性胃底腺モデルではこれ以上の追究は不可能であった.
β-escinモデルで最も威力を発揮したのはペプチドフラグメントである.PKIの効果は前述したが,Ca2+に関連した因子,すなわちPKC, CAM, CAMKIIの阻害ペプチドは全く抑制作用を示さなかった.しかし例外的に,myosin light chain kinase(MLCK)の阻害ペプチドSM-1は,強い抑制作用を示した.この実験より前,MLCK阻害作用のあるME3407,及びMLCK阻害濃度のwortmanninがウサギ胃底腺の酸分泌を抑制し,このとき,H+,K+-ATPaseの小管小胞から頂端膜への移行の抑制と,ezrinの頂端膜からの脱離が起こることを観察していた.30)当時組織化学的観察から,膜リサイクルにアクチン繊維のダイナミズムが伴うことは予想されていたが,3)小管小胞が頂端膜へ融合のために移動する駆動力については未知であった.小胞に結合したミオシンがMLCKにより活性化され,アクチン繊維をレールとして移動するというのは魅力的な仮説であった.しかし,MLCKはCAM依存性酵素なので,そこには大きな矛盾がある.そこで胃底腺ライゼート中,SM-1で抑制されるリン酸化タンパク質を探索したところ,100 kDaのタンパク質が見い出され,その部分配列からelongation factor 2(EF-2)と同定された.半信半疑でリコンビナントEF-2 kinase(EF-2K)を試したところ,EF-2Kは胃底腺の100 kDaタンパク質やリコンビナントのEF-2ばかりでなく,リコンビナントのMLCをリン酸化し,これらはすべてSM-1で抑制された.EF-2KはPKAでリン酸化されるとCa2+依存性がなくなるので,EF-2KこそがSM-1で抑制される酸分泌活性化キナーゼの本体であろうと色めき立ったのである.ところが,EF-2は胃底腺の中ではほとんど主細胞に存在していた.勿論,壁細胞においてはEF-2KがMLCKとして働いている可能性は考えられたが,EF-2のリン酸化を完全に抑制する濃度のEF-2K阻害薬が酸分泌をほとんど抑制しなかったことから,酸分泌に関係する可能性はないと判断してしまった.以上のデータを薬理学会関東部会で口頭発表しただけで論文にしなかったのは,情報共有という点では判断ミスであったかもしれない.
β-escinモデルの話に戻そう.この頃,細胞内小胞輸送の研究が飛躍的に進展し,各種低分子量GTP結合タンパク質(small GTPase: Smg)の関与が次々と明らかになりつつあった.よく知られているように,SmgはGDP結合型が不活性型,GTP結合型が活性型であり,活性化には結合しているGDPをGTPに交換するguanine nucleotide exchange factor(GEF)が働き,不活性型に戻るにはそれ自体のGTPase活性は弱いので,GTPase activation protein(GAP)の存在を必要とする.壁細胞での膜リサイクルにおいては小管小胞に局在するRab11aが主役であるとの論文が出ていた.31)しかし,壁細胞におけるSmgには一つ大きな謎があった.透過性を与えた一般の分泌細胞において,非水解型GTPアナログであるGTPγSはSmgを活性型に固定するため,小胞輸送の促進(分泌刺激)効果を示すのが通常である.しかしながら,われわれのβ-escinモデル27)やαtoxinモデル28)において,GTPγSは強力な酸分泌抑制作用を示す.胃底腺には主細胞も存在しているが,ここからのペプシノーゲン分泌はGTPγSで促進されるので,28)壁細胞が例外的なのは明らかである.実際,β-escin透過性胃底腺において,cAMPで刺激するとH+,K+-ATPaseが小管小胞分画から頂端膜分画に移行するのが検出できるが,GTPγS処理すると,この移行が阻止される.さらに,Rab3, Rab11, Rab25の抑制ペプチドはcAMPによる酸分泌に全く影響しなかった.これで膜リサイクルにSmgが関与する余地はないと思われたのであるが,Arf1抑制ペプチドを試したところ,GTPγSほどではないが,有意な抑制作用を示した.そこで,GTPγSオーバーレイアッセイと抗Arf抗体で調べたところ,GTPγS処理した胃底腺の小管小胞と頂端膜にArf(サブクラスについては抗体の認識が曖昧)が蓄積していた.27)このことは,Arfが膜リサイクルに関与しており,GTP結合型に固定されたArfが小胞の移動か融合を阻害していることを想像させる.詳細は以後明らかになるが,ひとつ,Rab11の関与について補足しておきたい.われわれのペプチドフラグメントは無効であったが,後になってドミナントネガティブであるRab11a-N124IをAdVにより壁細胞に発現させると,H+,K+-ATPaseの頂端膜への移行が抑制されると報告されたので,32)これはβ-escinモデルの限界を示すものかもしれない.
この透過性胃底腺モデルをどのように発展させていこうかと考えていたとき,当時大学院生でありβ-escinモデルを開発した赤木恵子博士(現University of Texas, MD Anderson Cancer Center)が面白いことを提案してきた.透過性細胞の分泌モデルでは,PC12細胞の系が最も進んでいたが,digitonin透過性PC12細胞に種々のタンパク質を入れて分泌を再構成するという実験33)が行われていたので,これを胃底腺でやりたいというのである.前述のように,digitonin透過性胃底腺は刺激応答性を失ってはいるが,前もって刺激した胃底腺はdigitonin処理によっても酸性領域を保持しているので,頂端膜にはプロトン透過性が生じていない.したがって,digitonin処理により失われたタンパク質を補ってやれば,刺激応答性が回復し,酸分泌が検出できるはずである.気の遠くなるような話ではあったが,本人の熱意に押されて二人三脚で始めた.34)まずウサギ胃底腺をdigitoninで処理し,β-escinの場合と同様な細胞質模倣液中(20 mM NaCl, 100 mM KCl, 1.0 mM MgSO4, 0.5 mM EGTA, 2 mM ATP, 10 mM sodium pyruvate, 20 mM HEPES, pH=7.4)においてcAMPで刺激したが,既報通り全く応答しない.ここで,PKAを添加してみたが,やはり応答せず,PKAが漏れて失われたという単純な話ではないことがわかった.次に,ウサギ胃粘膜をホモジナイズし,細胞質分画(100000×g上清)を細胞質模倣液に対して透析し,この液中で透過性胃底腺の酸分泌を測定したが,胃粘膜成分無添加のものよりも却って分泌は低下していた.漏れたものを戻したのだから,100%とは言わなくても,少しは分泌が回復すると期待していたのだが,全く裏切られてしまった.そこで,種々の臓器を試してみたところ,ウサギ脳細胞質分画に強い酸分泌促進作用が見い出された.単純には比較できないが,1 mg/mL以上のタンパク量で,β-escin透過性胃底腺をcAMPで最大刺激したときと同程度のAP-ratioが得られた.胃粘膜が脳に負けたのが腑に落ちないので,脳細胞質に胃粘膜細胞質を加えたところ,酸分泌刺激作用が消失し,胃粘膜細胞質には酸分泌抑制成分が含まれているのが明らかであった.抑制成分が壁細胞以外の細胞由来である可能性が考えられたので,単離細胞を壁細胞と非壁細胞に分けて細胞質分画を採取したが,抑制成分は壁細胞に存在していた.
脳細胞質の酸分泌刺激作用はcAMPで影響されず,PKIで抑制されなかった.また,Ca2+を添加すると却って抑制された.分子量の小さいCAMが失われた可能性を考え,CAMを添加してみたが,Ca2+の有無にかかわらず作用がみられなかった.一方,GTPγSの抑制作用は,β-escin透過性胃底腺と同様に認められた.したがって脳細胞質の刺激作用は,PKA以降の,膜移行から膜融合の辺りにあることが予想された.
次にdigitonin透過性胃底腺刺激作用を指標に,この活性成分の精製に挑戦した.まず,脳細胞質をゲル濾過(Sepharose CL4B)で分画したところ,活性は30 kDa付近に回収されたが,胃粘膜細胞質を同様に分画すると,30 kDa付近に刺激活性が現れ,200 kDa付近に強い抑制活性が現れた.すなわち,胃粘膜には脳と同様の活性物質が含まれているが(後に抗体で同一性は証明),それを上回る抑制物質が含まれているため,刺激活性がマスクされていたことがわかった.そこでまず,刺激成分の精製に取り掛かった.精製は胃粘膜ではなく,脳を用いた.上記の30 kDaの分画を低分子量に適したゲル濾過カラム(Superdex 200)で分離したところ,全体の活性が低下し,20 kDaと1.8 kDaの2つのピークに分離した.そこで,20 kDaと1.8 kDaの分画を混合したところ,脳細胞質と同程度の刺激活性が得られた.低分子分画はタンパク質とは考えられなかったので,まず20 kDaの成分を精製することにした.20 kDa分画単独では活性が低いため,透過性胃底腺のAP-ratioを測定するとき常に1.8 kDaの分画を共存させるという手間のかかるスクリーニングが必要であった.大量の材料が必要なので,ウシの脳にも類似のものが含まれていると仮定し,DEAE-Sepharose, Red-Agarose, Superdex 200, HPLC Diol-150でSDS-PAGE上ほぼ単一バンドとなるまで精製しV8 protease処理断片のアミノ酸配列から,このタンパク質はイノシトールリン脂質の輸送体であるphosphatidylinositol transfer protein(PITP)であると推定された.リコンビナントのPITPが同様の効果を示すこと,抗PITP抗体による定量結果が脳や胃粘膜の分画の活性分布と一致することから確認できた.34)長期にわたる苦労が報われた喜びはあったが,一方で落胆も感じた.それは,参考にした論文33)が,「PC12細胞において分泌のpriming(分泌小胞の細胞膜へのドッキング後,Ca2+による開口放出を可能とする修飾反応)にはPITPが必要だ」ということを示したものであり,「壁細胞でもPC12と同様にPITPが重要である」という,オリジナリティーに欠ける結果であったためである.また(これは壁細胞でのオリジナリティーでもあるのだが)PITPによる刺激効果が1.8 kDaの低分子分画を必要とする点は,胃酸分泌にPITPが必須であると主張するには障害となった.低分子分画の活性はプロテアーゼ処理や熱処理に耐性であり,分子量が1000程度のイノシトールリン脂質である可能性が高いと思われたが,各種イノシトールリン脂質は低分子分画の代替にはならず,今に至るまで未同定のままである.
もう一つ,この論文には大きな謎が残されている.それは,胃粘膜に存在する200 kDaの抑制成分である.単離胃底腺を2つに分け,一方を休止状態,他方を最大刺激状態としてからホモジナイズし,細胞質分画を得,これをゲル濾過で30 kDa分画(PITP+低分子分画)と200 kDa分画(抑制成分)に分け,digitonin透過性胃底腺を用いて,前者の酸分泌刺激効果,後者のウサギ脳細胞質分画の刺激作用に対する抑制効果を調べた.当然,刺激による30 kDa分画の活性増大,あるいは200 kDa分画の活性減少を予想していたところ,30 kDa分画の活性には変化なく,抑制成分は刺激した胃底腺にのみ認められたのである.すなわち,酸分泌のスイッチは,活性成分の増大ではなく,膜に結合していた仮想的な抑制成分が,刺激により解離して細胞質に遊離されるという機序を示唆した.34)この仮説は自分でも気に入っているのだが,論文発表後もいまいち受けが悪く,誰も引用してくれない.各国の壁細胞研究者が集まる会で訊いてみたところ,一様に「低分子促進成分と高分子抑制成分の実体がわからないのではどうしようもないね」という答えが返ってきた.
PITPが最終的な決定因子ではないにしても,酸分泌に重要な因子であることは間違いない.この結果は,同時に進行していた別のプロジェクトに大きなヒントを与えた.それは,酸分泌に必須なK+透過性の問題である.第2章で「PKAによるリン酸化でH+,K+-ATPaseやK+チャネルが活性化されるのであれば話は簡単であるが,そうではない」と書いたが,かつてこれに抗する一本の論文が存在した.ラットの実験で,SA-vesicleに相当する膜分画をMg2+で処理するとK+透過性を失うが,Mg2+の効果はピロリン酸で阻害されるので,K+透過性はリン酸化で獲得され,Mg2+依存性のフォスファターゼで脱リン酸化されるとK+透過性を失う,という主張であった.35)これが本当であれば,PKAでリン酸化されるK+チャネル/トランスポーターを探せば一件落着ということになる.そこで,ウサギSA-vesicleのAO quenching法を用いて追試してみることにした.36)まず,SA-vesicleによる小胞内酸性化は5 mM Mg2+で37°C, 10分間処理すると抑制され,ここにK+イオノフォアのVALを添加すると回復するので,Mg2+処理により小胞のK+透過性のみが低下することが明らかである.このMg2+効果はピロリン酸で抑制され,Mg2+を直前に添加しても無効なことから,リン酸化に関係した代謝過程が関与していることも確からしい.しかしながら,Mg2+効果は,タンパクフォスファターゼI, IIの阻害薬では阻止されず,また失われたK+透過性は,PKA+ATPで処置しても回復しなかったため,タンパク質リン酸化は無関係であると思われた.そこで,phosholipase A2, C, Dの阻害薬とされる一連の薬物を試したところ,PLC阻害薬と言われるneomycinにMg2+と同様の効果を見い出した.より特異的で強力なPLC阻害薬U-73122にはそのような作用がないこと,neomycinのPLC阻害作用がPIP2を結合することによるとの知見に基づき,Mg2+処置はPIP2を低下させるのではないか,と予想した.そこでMg2+処置によりK+透過性を失った小胞にPIP2を添加してみたところ,みごとにK+透過性が回復した.さらに,前項でのdigitonin透過性胃底腺の結果に触発され,phosphatidylinositol(PI)を結合させたPITPを添加しても,K+透過性の回復が認められた.また,小胞内のPIP2量がMg2+処理で低下し,ピロリン酸やneomycinで低下が阻止されることも見い出した.以上のことから,胃酸分泌に必須な成分はイノシトールリン脂質とそれを供給するPITPであり,そのターゲットはPIP2依存性のK+チャネル/トランスポーターであることが明らかとなった.小管小胞にPIP2を添加してもK+透過性は現れないことから,K+チャネル/トランスポーターは小管小胞ではH+,K+-ATPaseと共存していないか,あるいはPIP2非感受性の状態で存在していると考えられた.36)そして前者の可能性が後に裏付けられることとなる.
3–4年に一度開かれる国際生理学会を機に,壁細胞研究者が一堂に会するサテライトシンポジウムが行われてきた.2001年に第9回のシンポジウムが行われるにあたり,私に会長をやれとのお達しがあった.オーストラリアのLauraで開催したシンポジウム“Mechanisms and Consequences of Proton Transport”では,Forte教授に多くを背負わせてしまった私は不肖の弟子ではあったが,充実した会を運営することができた.代々この会で発表された内容は単行本として発刊される習わしであるが,Forte研に留学を希望した頃,あこがれをもって読んだ1980年の会の本には,エディターとして,壁細胞研究の2大巨頭であるJ. G. ForteとG. Sachsの名があるが,2001年の会の本には,この2人と並んで私の名前が載っているのがよい思い出である.
この会において,PIP2関連の鮮明な記憶がある.前述のように,酸分泌に関係するK+チャネルの発見競争が盛んだった頃である.ドイツのDr. Warthが,KCNQ1をその最有力候補とする報告をしたのだが,最後の決め手となるパッチクランプの実験でうまく電流が記録できないと告白して発表を終えた.そこで私は,上述のPIP2関連の発表後に,PIP2を試すべきだと提案し,大変感謝された.後にフルペーパーとなった論文にはKCNQ1がPIP2で活性化されるデータが載っており,37)われわれの論文も引用されている.ただし,現在では多くのチャネルにPIP2依存性がみつかっており,この点をもってKCNQ1が酸分泌K+チャネルであるとは即断できない.
これまでの一連の実験で,いくつか引っかかる点が残されている.それは,たかだか数mMのMg2+処置でなぜPIP2が減るのか,という点と,β-escinモデルでのGTPγSの抑制作用とArfの関与である.これらは一見無関係に思えるが,次の実験で思いがけないつながりがみえてきた.
Smgに属するArfには,1–6のアイソフォームが存在し,1–3が属するクラスI, 4–5が属するクラスII, 6が属するクラスIIIの3つに分類され,すべて細胞骨格や小胞輸送のスイッチとして働いているとされる.前述のβ-escinモデルにおいてArf1阻害ペプチドが一定の酸分泌抑制効果を示し,GTPγSにより小管小胞の頂端膜への移行が阻止されたときに膜分画にArf様物質が蓄積した事実は,壁細胞の小胞輸送にArfが関係していることを強く示唆したが,Arf-GEFの阻害薬であるbrefeldin Aは酸分泌に無効であった.27) Arfのアイソフォームのうち,Arf6は唯一brefeldin Aが無効であり,他のクラスと細胞内分布が異なり,もっぱら細胞膜とエンドソームや細胞骨格の再構成に関与しているとされ,その機序も,リン脂質代謝酵素を直接活性化してPIP2を産生することとされており,まさにわれわれの求めているものに合致していた.38) Smgを活性型に固定するGTPγSの作用も,酸分泌にはArf6が交互に非活性型と活性型を繰り返して膜と細胞質あるいは細胞骨格を往復する必要があり,GTPγSはArf6を膜に固定してしまうと考えれば説明がつく.しかし当時はArf6は恒常的に膜に結合しており,分布変化は起こさない39)というのが定説であったため,それ以上の追究は行わずにいた.ところが,Arf6が膜に常駐するという観察結果は,artefactであるとする研究結果が発表されていた40)のを当時大学院生の松川 純博士(現Takeda Development Center Americas, Inc.)がみつけ,Arf6を追究したいと言ってきた.その論文によれば,通常,細胞をホモジナイズするときに用いる緩衝液にはMg2+を加えないが(むしろEDTAを加える方が多い),この条件下ではArf6はすべてGTP結合型として膜分画に回収され,そこにMg2+を添加すると可溶化する.このようなことはArf1では起こらない.これは,膜に存在するArf6-GAPが特に高いMgを要求するので,Mg非存在下では膜に結合した活性型のArf6がGTPを加水分解できず,膜から解離できないためと解釈された.40)早速Arf6の抗体でウサギ胃底腺を染めてみると,胃底腺内では壁細胞に特異的に存在し,休止状態では主に細胞質が染まり,分泌刺激状態では頂端膜様構造が染まり,H+,K+-ATPaseとの共存が認められた.胃底腺ホモジネートを分画したところ,Mg2+存在下ではArf6は細胞質分画に回収されたが,EDTA存在下では,膜分画,それも小管小胞ではなく頂端膜分画に回収された.一方,β-escin透過性胃底腺をGTPγS処理した場合は,Arf6は細胞質分画から小管小胞分画に移行した.さらに,Arf6抑制ペプチドはβ-escin透過性胃底腺の酸分泌を抑制し,GTPase活性を欠いたArf6-Q67Lを培養壁細胞にAdVで導入しても酸分泌を抑制した.41)以上の結果をまとめると,酸分泌に関与するArf6は,休止状態では可溶性で細胞質に存在するが,刺激を受けると頂端膜に結合してH+,K+-ATPaseと共存する.頂端膜からの遊離にはMg2+(=GAP?)を必要とする.GTPγSで活性型に固定されたArf6は,小管小胞に結合したままとなり,酸分泌を抑制する.これで想起される酸分泌活性化機序は次のようになろう:酸分泌刺激により細胞質で活性型となったArf6が小管小胞を頂端膜に連れていき,そこで頂端膜に融合させると同時にGAPによって膜から解離するというサイクルを繰り返している.ここでGTPγSにより活性型に固定されたArf6は小管小胞に留まって融合を阻害する.また前述の,SA-vesicleをMg2+処理するとK+透過性が低下するという現象も,リン脂質代謝酵素を直接活性化してPIP2を供給していた膜結合性の活性型Arf6がGAPによって非活性型となり膜から解離したという説明が可能となろう.
こうして一連の研究は,Arf6-PIP2という点に収束していく感があったが,もう一つ未解決の点があった.それは前章の冒頭で述べたezrinのリン酸化の問題である.Forte研は,当時大学院生であったDr. Xuebiao Yao(現・中国科学技術大学教授)を中心にezrinのPKAリン酸化サイトの決定が試みられていたが,こちらでも当時大学院生の水川博士を中心にリン酸化サイトを探究していた.常法に従い,ezrinの部分配列を大腸菌に発現させ,in vitroでPKA+32P-ATPによりリン酸化し,電気泳動後オートラジオグラフィーで解析し,リン酸化コンセンサス配列中のSerをAlaに変えて確認する,という戦略をとっていたが,実験を進めていくうちに,複雑な様相がみえてきた.結局論文にならなかった未発表データをFig. 6に示す.レーン2はSDSとNP-40で洗浄するという,厳しい条件で免疫沈降したezrin,レーン8は,胃粘膜ホモジネートから緩和な条件で可溶化し3種のクロマトグラフィーでほぼ単一バンドまで精製したezrin,レーン5は,この2つを混合したもので,タンパク染色は示していないが,レーン2と8におけるezrinのタンパク量はほぼ等しくしている.ここで,PKAでリン酸化された80 kDaのezrinをみてみよう.レーン2では,ほとんどバンドがみえず,40 kDaのPKAの自己リン酸化ばかりが目立つ結果となっている.リコンビナントのezrinも同様の結果を与え,ezrinは本当にPKAの基質なのだろうか,という不安さえ抱かせる.一方,精製して得たnative ezrinの場合(レーン8)は,しっかりとリン酸化されているのがわかる.そしてこの両者を混合すると(レーン5),リン酸化バンドが更に濃くなり,共存する免疫沈降ezrinもよくリン酸化されている.このリン酸化は,PKIで完全に抑制され(レーン3と6),PKAを添加しないと起こらない(レーン1, 4, 7)ことから,仮想的な,PKAによって活性化される“ezrin kinase”の存在が示唆された.もし最終的なリン酸化がPKAによらないとすると,目的のSerはコンセンサス配列には合致しない可能性がある.今から考えると勝ち目は薄いものであったが,この「PKAによるezrinリン酸化を増強する活性」を手がかりに,“ezrin kinase”を胃粘膜から精製する努力を重ね,当然うまくいくはずもなく,2002年,東大を離れることとなった.以降の本稿では,関連する他の研究者の知見を中心に紹介していくことになる.わかり易さを優先し,Forte研とDr. Yaoの共同研究成果を中心に据え,異論は意識的に排除したことをご了承頂きたい.
Ezrin rich fraction was purified from rabbit gastric mucosal extract (Purified Ezrin). Ezrin was also purified by immunoprecipitation using anti-ezrin monoclonal antibody and washed with a buffer containing SDS (Imppt Ezrin). Each fraction alone or combined was phosphorylated by PKA with 32P-ATP. In order to check PKA dependency, PKA was omitted in the lane 1, 4, and 7, and protein kinase inhibitory peptide (PKI) was included in the lane 3 and 6. The positions of ezrin are indicated by arrowheads. Unpublished data around 2003.
私自身はあまり興味がなかったのだが,Forte教授は,膜リサイクル説の肝である小管小胞の頂端膜への融合機構解明に熱意を示していた.当時もまだ,小管小胞は常に頂端膜とつながっており,酸分泌が起こると浸透圧で拡大して細胞内分泌細管を形成する7)と主張する意見が残っていたので,これを完全に論破したいと思っていたのであろう.この頃,神経分泌の研究が飛躍的に進み,シナプス小胞が終末膜に融合するのに必須な一連のタンパク質が同定されていたが,現在ではこれらは一般の細胞でも細胞内小胞トラフィックに広く関与していることがわかってきている.壁細胞の小管小胞・頂端膜の融合も同様で,融合を媒介する複合体のSNAREを構成するSNAP-25が頂端膜に,VAMP-2が小管小胞に存在しており,刺激によってこれらがH+,K+-ATPaseとともに頂端膜で共存し,SNAP25のsyntaxin結合部位であるC末端欠損体を導入すると,酸分泌が抑制される.42)さらに,SNAREタンパク質のsyntaxin3は小管小胞に存在するが,菌体毒素streptolysin Oによる透過性胃底腺(200–500 kDaの大きさの孔があくが,digitoninと異なりcAMP刺激に対する応答性を保持している)にsyntaxin3を導入すると分泌を抑制することが示された.43)そしてこれらSNAREタンパク質の制御が,cyclin dependent kinase 5(CDK5)によって行われていることが明らかとされた.44)すなわち,小管小胞においてsyntaxin3にはmunc18bのC末端が結合してこれをブロックしているが,PKAが活性化すると,CDK5が活性化し,C末端のT572がリン酸化されてmunc18bが解離するので,syntaxin3は頂端膜のSNAP25と結合できるようになる.T572がリン酸化されたmunc18bはこの会合体への親和性が高くなるので,結果的に機能的なmunc18b/syntaxin3/SNAP25/VAMP-2複合体が形成されるという.面白いことに,他の分泌細胞で類似の機構が見つかっており,神経ではsyntaxin1, munc18a,唾液腺ではsyntaxin4, SNAP-23, munc18cとサブタイプは異なっているものの,スイッチはCDK5と共通である.私は学会でDr. Yaoによる発表を聞き,早速会場で捕まえて議論した.もう既に精製は諦めていたが,例の“ezrin kinase”の問題をぶつけてみた.彼は非常に興味を示し,CDK5こそが求めるものではないか,という点で一致した.帰国してからマウス胃底腺を免疫染色したところ,CDK5が壁細胞に特異的に存在することを見い出したが,CDK5の特異的阻害剤olomoucineがマウスの胃酸分泌に全く影響しなかったことから諦めてしまった.あとからこの論文をよく読みなおすと,すべての部分はきっちりと押さえられていたものの,唯一PKAとCDK5活性化の間がつながっていなかった.実際,PKAがCDK5を直接活性化する現象は現在まで知られていない.
膜融合機構に興味を持っている方なら,ここで一つ疑問が湧くであろう.神経細胞においてSNAREはシナプス小胞をprimingの段階までもっていくだけで,最終段階の融合を達成するためには,Ca2+依存性を与えるsynaptotagminのようなCa2+センサーを必要とするが,45)壁細胞の場合はいかがであろうかと.しかし私見では,ミリ秒での融合が必要な神経細胞と違い,速さを必要としない壁細胞では,Ca2+センサーは不要なのではないかと思っている.これは,透過性胃底腺において融合にCa2+を必要としない事実により裏付けられる.今回,Dr. Yaoに問い合わせたところ,当時Forte研においてsynaptotagmin様タンパク質の探索は続けられていたが,思わしい結果が出ず,他の研究者も含めて論文は出ていないという.なお,膜リサイクルには刺激終了後,H+,K+-ATPaseをendocytosisにより小管小胞に回収する過程が含まれるが,これに関与するclathrinとdynaminが壁細胞に存在することを示したのはForte研の大学院生であったDr. C. Okamoto(現University of Southern California)である.46)また,clathrin-AP2 endocytosisのシグナル配列はH+,K+-ATPaseのβサブユニットに存在し,その中の20番目のTyrをAlaに置き換えたトランスジェニックマウスの壁細胞では,endocytosisを起こせないため小管小胞が消失し,頂端膜にH+,K+-ATPaseが常駐するが,それだけでは酸分泌は起こらず,ヒスタミン刺激して初めて酸分泌が起こる.47)これは,K+透過性獲得と小管小胞の融合は独立の事象であることを明瞭に示している.
この頃壁細胞のezrin研究は,中国科学技術大学とEmory大学を併任していたDr. Yaoを中心にForte研の協力の下,培養壁細胞にAdVを用いて機能タンパク質を発現させる戦略で行われるようになっていた.これまで述べてきたように,私の手ではezrinのリン酸化サイトどころか,PKAの基質であることすら示せていないという迷走状態にあったが,彼らは刺激状態の胃底腺ライゼートを二次元電気泳動で分離し,リン酸化ezrinのスポットをmatrix assisted laser desorption-ionization-time of flight(MALDI-TOF)MSで分析することにより,66番目のSer(S66)がリン酸化されていることを見い出した.48) S66をAlaに変えたezrinの非リン酸化型変異体S66Aを導入すると酸分泌は抑制される一方,S66をAspに変えた恒常的リン酸化模倣体S66Dを導入すると,H+,K+-ATPaseが頂端膜に移行し,部分的に酸分泌を刺激した像が観察された.また,等電点電気泳動上リン酸化度の異なる異性体が3種あること11)も再現されているが,そのうち2種が抗リン酸化Ser抗体に反応し,これはS66のみでは説明がつかないので,S366とS412も候補として挙げられている.
S66がリン酸化されてもアクチン結合性は変化しなかった.これはこの位置がアクチン結合部位から遠いことから予想通りであり,リン酸化に生理的役割があるとすれば膜タンパク質との結合に影響するはずと考えられたが,肝心の結合の相手が不明であった.EBP50(NHERF-1)やPALS149)が候補とされたが,いずれもリン酸化で影響されないことが示された.
その後,Fig. 4で示したダイマー/モノマー変換が,壁細胞の刺激過程でも生じていることがわかり,50) T567のリン酸化の壁細胞における役割が本格的に追究された.51)この実験では,AdVを用いてワイルドタイプ(wild type: WT),T567D(リン酸化模倣体),T567A(非リン酸化体)のezrinを壁細胞に発現させると,WTとT567Aは頂端膜に局在し,H+,K+-ATPaseと共存した.これは刺激像に似ているが,酸分泌は伴っていない.奇妙なことに,発現させたT567Dは側基底膜に局在し,長い微絨毛を形成した.この状態で刺激すると,H+,K+-ATPaseは反対方向の側基底膜に移行してしまった.これはRhoによるT567のリン酸化が,Rhoの活性化による酸分泌抑制の説明の一つとなる,とわれわれの論文52)を引用しているが,われわれの結果では,Rhoの活性化による酸分泌抑制はアクチン繊維の乱れが主であると結論している.いずれにしても,この段階ではezrinリン酸化の生理的役割はまだはっきりしていない.その後,T567リン酸化ezrinを認識する抗体が得られ,一気に研究が進んだ.53)まず,タンパクフォスファターゼ阻害薬存在下ではT567の強いリン酸化が観察されるのに対し,酸分泌刺激時のT567リン酸化はわずかなので,リン酸化のターンオーバーが非常に速いことがわかる.T567リン酸化はF-アクチンと膜の連結性を高めるので,他の細胞種と同様に,ezrinの活性化はT567のリン酸化によるNC構造の解放で行われていると考えられた.T567Dが側基底膜という異常な分布を示した理由は,多量に存在する内因性のezrinが頂端膜を占有しているために,膜結合性が高まって行き場のないT567Dが側基底膜に集積したと推定された.この研究によって,酸分泌活性化におけるezrinは次のような挙動をとると考えられた:壁細胞においてezrinは膜タンパク質と結合し,NC構造をとった状態で頂端膜に局在している.刺激を受けると(T567はPKAサイトではないので)未知のキナーゼによりezrinのT567がリン酸化され,NC構造が解放される.これによりezrinの膜結合性・F-アクチン結合性の両方が高まるが,強いフォスファターゼ活性のためにすぐ脱リン酸化されて元に戻る.この繰り返しは,F-アクチンをレールとしたモーターのような働きをすると想像される53)——「エズリンモーター仮説」はともかく,ここで従来の説が覆されたのである.すなわち,PKAは酸分泌のスイッチでないばかりか,ezrin活性化のスイッチでもないということになってしまった.
この謎に対して地道な検討で答えを出し続けていたのが,やはりDr. Yaoであった.私が東京大学を離れた後,前述のArf6の役割を研究していた松川博士が,博士論文のテーマとしてArf6の標的タンパク質をyeast two-hybrid systemを用いて探索していた.釣れたタンパク質は酸分泌と関係がなく,別の細胞生物学的現象を追うことになってしまったのだが,Dr. Yaoは活性型Arf6に結合するタンパク質をプロテオミクスで同定し,Arf6特異的GAPであるArf GAP containing coiled coil ANK repeats and PH domain(ACAP4)を同定した.54)このとき用いた細胞はHeLaであったが,のちに壁細胞で検討し,小管小胞にH+,K+-ATPaseと共存しているACAP4のN末端400アミノ酸部分が,PKAによりS66がリン酸化されたezrinに結合して頂端膜に移行することを示した.55)これ以降,Dr. Yaoの精力的な仕事により,PKA/ezrinとArf/GAPが雪崩をうって合流することになる.ただ,その結論が出る前,2012年の11月,Forte教授が逝去された.77歳であった.10年以上白血病と闘い続け,一時は寛解が得られて訪日,訪中を果たし,私の訪米時には元気な姿をみることができたが,もうそれもかなわない.せめてezrin storyの完結を見せて差し上げたかったが.
Ezrin storyは役者が多く複雑なので,発表された順番にはこだわらず3つの論文56–58)の内容をまとめて説明したいと思う.当然Forte教授の名はこの3報にはないが,すべて本文中にacknowledgeされている.
PKAが活性化すると,ezrinのS66と,mammalian STE20-like protein kinase 4(MST4)のT178とをリン酸化する.リン酸化されたMST4はezrinに対する結合性が上がり,そのT567をリン酸化し,NC構造を解放して活性型とする.一方,ezrinのS66リン酸化はN末端の構造を変化させ,syntaxin 3のHabc domainと結合できるようにするとともに,T567のリン酸化も促進する.また,リン酸化されたMST4はACAP4のT545をリン酸化して,アンキリンリピートを露出し,ezrinのN末端との結合を促進する.結果的に頂端膜にH+,K+-ATPase, SNAREs, ezrin, ACAP4(Arf6-GAP)が集積する.薬理学的裏付けとして,aurora kinaseの阻害薬でMST4も阻害するhesperadinが酸分泌を抑制することも示された.さらに同年,Dr. Yaoとは別の中国のグループが,Arf6-GAP(彼らはASAP3と称しているがACAP4の誤り)のノックアウトマウスの報告をしている.59)このマウスはArf6の異常活性化のフェノタイプを示し,活性型Arf6が小管小胞へ蓄積することにより頂端膜への融合ができなくなった結果,酸分泌が阻害されていた.これは,透過性胃底腺におけるGTPγSの効果27,41)と酷似しており,Arf6の活性/不活性のサイクルが酸分泌に必須であることを明らかに示している.
以上の結果は,他のSmgの関与を排除するものではない.H+,K+-ATPaseの膜への融合とその活性化(K+透過性の獲得)が独立であることは前述したが,その後,H+,K+-ATPaseが存在する小管小胞と,K+チャネル(KCNQ1)が存在する小胞は異なり,Rab11は後者にのみ結合しているという観察結果が報告された.60)すなわち別々の小胞にH+,K+-ATPaseとK+チャネルが存在し,それぞれ異なるSmgを介した融合機構に従って頂端膜で合流することになる.そしてRab11とArf6はFIP3/arfophilin-1を介して結合することが判明しており,61)この2つのSmgは協調して働いていることを示唆している.
以上,私自身が係わった実験結果と,その後の展開を(強引に)合わせて図示すると,Fig. 7A(休止状態),7B(分泌状態)のようになろう.まとめてみる前は,すべての因子がつながってezrin関連の機構は解明されたと思っていたが,明らかに未解決の問題が残されている.最大の問題は,この総説のテーマである「真のスイッチは何か」という問いに答えていないことである.すなわち,Arf6を活性化するArf-GEFの実体が不明で,PKA,CDK5の間がつながっていない.さらにCa2+のターゲットが全く不明であるのも大きい.最近になっても,小管小胞自体がCa2+ストアの役割も持ち,膜上のTRPML1チャネルがPKAでリン酸化されるとCa2+が放出される機構の存在が報告され,62) PKAとCa2+系が協調して働いていることは確からしいが,肝心なターゲットは不明なままである.また個人的には,PITPの作用を増強する低分子量の因子,及び分泌活性化に伴って膜から解離する高分子量の因子34)が未同定なのが心残りである.
A: Resting parietal cell. B: Secreting parietal cell. : Phosphorylated amino acid.
最近,旧知のGoldenring教授が胃酸分泌に関する総説を著している.63)胃液分泌に係わる解剖生理から分子生物学に至るまでを網羅した力作であるが,壁細胞内情報伝達の図を見て愕然とした.壁細胞周囲に存在する生理活性物質やそれに対する受容体は多数記載されているものの,壁細胞内情報伝達に関しては,本質的にFig. 1と変わっていないのである.それは,強力なプロトンポンプ阻害剤が多種利用可能となった現在,医学・薬学の世界では,更なる治療ターゲットを考える場合,壁細胞内の活性化機構がどうであれ,大した問題ではないということなのであろう.しかしながら,これほど魅力的な謎が残されているというのに,それではあまりに哀しいではないか.かつて“Parietal Cell Club”という私的な研究会が,毎年のFASEBの期間内に開かれ,世界中の壁細胞に魅せられた研究者が集まり(酒も入ったりしながら)自由な討論をして盛り上がっていたが,当時のメンバーのほとんどは現在,壁細胞研究から離れてしまっている.この総説の執筆中ずっと,幾度もDr. Yaoに連絡をとり,最近の壁細胞研究の進展についてディスカッションを続けていた.すると現在は90%を細胞周期の研究に捧げているという彼が,往年の壁細胞研究の情熱を再び掻き立てられたのか,客員教授として招聘するから,ぜひ一緒に壁細胞研究を続けないかと提案してくれた.本稿執筆時にはまだ具体的な研究計画の詳細は詰めていないが,この総説が「終わりの纏め」ではなく「新たな始まり」になるのかもしれない.
本文中に記載した先生方以外にも,引用文献に記載した共著者の皆様に支えられて研究を続けることができました.個別に氏名を上げる余裕がありませんが,お詫びして感謝申し上げます.また,論文にはならなかった壁細胞研究に参画してくれた多くの同志社女子大学薬学部病態生理学研究室配属学生の皆様に感謝いたします.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2022年度退職にあたり在職中の業績を中心に記述されたものである.