2024 Volume 144 Issue 11 Pages 1009-1018
In recent years, virtual reality (VR) technology has garnered attention as an educational tool. It is believed to be beneficial to utilize VR technology for the acquisition of pharmacist skills. Therefore, we developed a VR training tool aimed at acquiring skills in the preparation of pharmaceuticals in preparatory clinical education for pharmacy students. Additionally, we evaluated the effectiveness of the VR training tool by having beginners learn about the preparation of liquid medications through VR materials or existing texts (Tx) and assessing their learning outcomes in subsequent practical exams. The study included 12 participants in the VR group and 10 in the Tx group. For the items “smoothly and rhythmically performing a series of actions or operations,” “aligning the meniscus with eye level during scale confirmation,” “marking lines on the dispensing bottle,” and “placing lines at the appropriate scale on the dispensing bottle,” students in the VR group were significantly more capable in practical application. The time required to prepare the liquid medication was significantly shorter for students in the VR group, with over half of the Tx group students exceeding 10 min and terminating the task. According to the survey results, many students cited VR as a method for acquiring dispensing skills. Based on these results, our developed VR training tool for liquid formulation showed usefulness in teaching practical skills to beginners.
新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)の拡大下において,教育現場では教育体制の変革を余儀なくされてきた.オンラインによる講義や課題の提示などを駆使しながら試行錯誤を重ねてきたが,特に,技能の修得のための教育については難渋してきた.そのような背景もあり,近年のデジタルトランスフォーメーション新時代に求められる教育ツールとしてvirtual reality(VR)が注目されている.1) VRを用いた医療従事者の教育に関する論文のシステマティックレビュー及びメタアナリスの結果,従来の教育やオンライン,オフラインなどのほかのdigital educationに比べて,知識と技能を向上させることが示唆されている.2)
わが国において,特に臨床現場では既に手術手技や看護技術の修得にVRの活用が始まっている.3–5)また,医療人を育成する大学教育においてもVRが活用されており,先行する医学部においては,外科系臨床実習や医学教育で使用され,その有効性が検討されている.6–8)しかし,これらは知識,理解度を測定したものであり,学生がVRの視聴だけでなく実際にコントローラーを使用し手技シミュレートしたうえで実技を行った状況において,実施の報告はあるものの,9)技能修得への有効性を検証した報告はない.
薬学教育においても,360度のインタラクティブな環境を提供するヘッドマウントディスプレイを使用した最新のVR技術は,リアルな臨床現場での学生の能動的な学修を促し,調剤技能の修得のみならず,バーチャル患者に対するコミュニケーション能力の修得などに活用できるとされている.10)このようなVRを用いた教育方法は,実際の物品を使用したり,患者を対象としたりした,トレーニングの代替にはなり得ないが,時間や場所を問わず,学生が自由に,かつゲーム感覚で自己学修を積むことができ,現実の世界ではできない間違いや失敗から多くを学ぶことができる.さらに,VRの導入は,薬剤や教員などの物的・人的資源を削減できることが期待できる.そのことから,VR技術を用いた教育への活用がますます期待されており,教育現場における有用性の更なる検証の必要性が示唆されている.
われわれは,システムの研究開発を行う「イマクリエイト株式会社(東京)」,実務実習記録の支援なども行う「富士フイルムシステムサービス株式会社(東京)」と共同で,非対面・非接触で実施可能な次世代型臨床準備教育方法を構築することを目指し,3D空間の仮想病棟や模擬薬局で,自己学修における調剤の技能向上を目的としたVRトレーニングツールを開発した.本研究では,初学者を対象に,水剤の調製について,既存のテキスト(texts: Tx)で学んだ学生と,VRトレーニングツールを用いて学んだ学生が実技を行うことで,開発したVRトレーニングツールの有用性を評価した.
2023年度に薬剤の調製を初めて学ぶ薬学部4年生26名を対象とした.VRで水剤調製を学ぶ学生(VR群)とTxで同様の内容を学ぶ学生(Tx群)を,無作為に13名ずつに分けた.なお,実施日に来ることができなかった学生,同意を得られなかった学生,途中で体調不良を申し出た学生は除外した.
2. VRトレーニングツール及びTx教材の作成VRトレーニングツールは,学内実習で薬剤の調製の指導を担当する教員が立案並びに監修を行いながら,イマクリエイト株式会社において作成された[Fig. 1(A)].内容は,標準的な水剤調製の流れを体験できるものとし,秤取量の計算,薬剤の選択や確認,メニスカスと目の高さを一致させるといった学生がつまずき易い項目は,学生が適切な行為を行うことで先に進むことができる設定とした.Txは,水剤調製のプロセスを文章で詳細に記載し,独自に作成した[Fig. 1(B)].VRトレーニングツールの具体的な内容,それに対応するTxの内容をTable 1に示す.
(Color figure can be accessed in the online version.)
VR | Tx | ||
---|---|---|---|
秤取量の計算 | 正しい数値を入力. 誤った数値の入力でエラー音が鳴り,先に進むことができない. | 秤量すべき薬剤の量を計算します. | |
ラベル作成 | 3つのラベルから正しいものを選択. 誤りの選択でエラー音が鳴り,先に進むことができない. | 投薬瓶に貼るラベルを作成します. 定時薬(定期的に服用する薬):処方番号,患者氏名,1日あたりの服用回数,服用日数,服用のタイミング[朝・昼・夕,食前・食後・食間,( )時間毎・寝る前の適切な部分に○,適宜加筆],1回の服用量[量(mL)又は目盛の数を記入],調剤年月日,薬局名と所在地,薬剤師氏名が必要です. 頓服薬(必要に応じて服用する薬):処方番号,患者氏名,1回の服用量[量(mL)又は目盛の数を記入],服用回数,調剤年月日,薬局名と所在地,薬剤師氏名が必要です. | |
調剤の準備 | 投薬瓶の選択 | 1種類の大きさのみ配置.片手のコントローラーのボタン押下でボトルを持ち,もう一方のコントローラーのボタン押下で蓋をあける. | 適切な大きさの投薬瓶を選定します.滅菌されていない場合は洗浄します(学内では,滅菌済のものを使用しますので,洗浄は不要です).蓋をあけておくと,その後の作業がスムーズです. |
メートグラスの洗浄 | 1種類の大きさのみ配置.片手(標準は左手)のコントローラーのボタン押下でメートグラスを保持.もう一方のコントローラーのボタン押下で洗瓶を保持し,傾けることでグラスに適量の水を入れる. | なお,水剤の調製では,洗浄や賦形に水道水や精製水を用います(学内では,洗浄瓶に水を入れていますので,それを使用してください). 予め,水で洗浄した適切な大きさのメートグラスに必要量の薬剤を注ぎます. | |
秤量 | 薬剤の確認(1回目) | コントローラーと連動してVR画面上に表示される手によって処方箋および薬剤を指し示す. 画面内に待機マークが表示され,それぞれ数秒指し示さないと次に進めない. | 正しい薬品を薬品棚から探します.薬品棚から取り出す直前に薬品名の確認を行います.薬品名の確認は全部で3回ありますが,いずれのタイミングにおいても,処方箋を確認した後に,指差しとともに声出しをします.そして,薬剤を秤量する前に薬品名の確認を行います. |
薬剤の確認(2回目) | 薬剤の蓋をあけた後に,薬剤の確認(1回目)と同様,処方箋及び薬剤を指し示す.ボトルやキャップはコントローラーのボタンを押し続けることで保持したまま指し示すことが可能. それぞれ数秒指し示さないと次に進めない. | ||
正確な量の薬剤を秤量 | メニスカスと目の高さを一致させて秤量する. VR画面内の手(コントローラー)の高さを一致させないと,注意喚起のメッセージが出て,次に進むことができない. 薬品ボトルを保持した手(コントローラー)を傾けることで自動的に必要量秤量されるため,秤取量の調節の必要はない. | 予め,水で洗浄した適切な大きさのメートグラスに必要量の薬剤を注ぎます.少ない場合は,追加で入れます.多すぎた場合は,薬品が汚染しないよう,薬品瓶に戻さずに捨てます. 秤量した薬剤の量を確認する際は,メニスカス(液体の表面が作る凹状の曲面)の下の部分が秤量したい量になっているかを,目の高さを合わせて見ます. | |
薬剤の確認(3回目) | 薬剤を棚に戻した後に,薬剤の確認(1回目)と同様,処方箋および薬剤を指し示す. それぞれ数秒指し示さないと次に進めない. | 正しく秤量できたら,元の場所に薬品瓶を戻した直後に薬品名の確認を行います. | |
メートグラスの取り扱い | ボタンを押しながら手を伸ばせば自動で持つことができる. ボタンを離すと手から離れる. | メートグラスの持ち方は,左手の中指の上にのせて,人差し指と親指で押さえて持ちます.目盛が見えるように持つと,そのまま注ぐことができます.従って,右利きの人も左利きの人も,メートグラスは左手に持ちます. | |
薬品瓶の取り扱い | ボタンを押しながら手を伸ばすと,自動で正しい持ち方で持つことができる. ボタンを離すと手から離れる. | 薬品瓶は,ラベルが見えるように右手に持ち,メートグラスを持った手の小指を使って,清潔に配慮して薬品瓶の蓋をあけます.秤量中,原則,メートグラスや薬品瓶,その蓋は,手に持ったままで,机や棚には置きません.秤量時は,薬品が汚染しないように,薬品瓶の口をメートグラスに接触させてはいけません. | |
蓋(薬剤,投薬瓶)の取り扱い | ボタンを押しながら手をひねると,自動で正しい持ち方で持つことができる. ボタンを離すと手から離れる. | ||
メスアップ | 投薬瓶へ移す | 秤量した薬剤を投薬瓶へ入れる. | 秤量した薬品は,こぼさないように,投薬瓶に入れます.この時は,メートグラスの注ぎ口に投薬瓶の口をつけても構いません. |
ともゆすぎ | メートグラスに適量の水を入れる.その後,投薬瓶に入れる. | メートグラス中に残った薬液は,少量の水で洗い,その洗液を投薬瓶に流し込みます(ともゆすぎ). | |
メスアップ | メニスカスと目の高さを一致させて入れる. VR画面内の手(コントローラー)の高さを一致させないと,注意喚起のメッセージが出て,先に進むことができない.洗瓶を保持した手(コントローラー)を傾けることで自動的に必要量秤量されるため,秤取量の調節の必要はない. | その後,洗浄瓶を使用して,投薬瓶の適切な位置まで水を入れます.その際,秤量は不要です. | |
1回服用量の指示 | 投薬瓶の目盛に線を入れる | 8つの目盛から適切なものを選択. 誤りの選択でエラー音が鳴り,先に進むことができない. | 最後に,患者さんがどの目盛りを基準に服用したら良いかわかるように,投薬瓶の適切な場所に油性ペンで線をつけます. |
全量・異物混入の確認 | 確認したら「確認」ボタンを押す. | 調製終了後,全量を確認し,異物がないか,投薬瓶の口がしまっているかを確認します. | |
片付け | 使用した物品(メートグラス)はその都度洗浄し,こぼした場合は拭きとります. |
最初に全員に実施概要の説明を行い,その後あらかじめ決めておいた群に従い,VR若しくはTxのいずれかを用いて学ばせた.開始30分後,すぐに別室に移動し,技能試験形式で修得状況の評価を行った.終了後,VR又はTxの有用性についてのアンケート調査を参加者に行った.なお,対象学生には,予習を行うなど評価に影響を与える要因を減らすために,当日まで実施内容を知らせなかった.なお,VR群の学生は3日前にTxにて,Tx群の学生は同様にVRトレーニングツールにて散剤の調製を学ばせたうえで,水剤の調製をそれぞれVRトレーニングツール又はTxを用いて学んだ.水剤の調製の技能試験の後にアンケートに回答した.
4. 学生の修得状況の検討(技能試験)VR若しくはTxで学んだ学生は,別室に移動して,Supplementary materials Fig. 1に示す処方箋に基づき,水剤調製を実践した.水剤のラベルは既に作成されたもの3つから正しいものを選択することとした.学生の修得状況を検討するための評価表は,水剤調製の流れを重視しつつ,オリジナルで作成した(Supplementary materials Fig. 2).1人の学生につき臨床系教員1人が,評価表に基づき,学生が実践する手技を見ながら評価した.各項目について,「はい」又は「いいえ」で評価を行った.総合評価として,「一連の動作や操作の流れをスムーズにリズムよく行う」については,5段階で評価を行った.水剤調製に要した時間は,開始からの時間を測定したが,10分経っても終了していない学生は,10分で打ち切りとした.薬剤秤取量の計算は,取り組み始めて1分経過してもできていない場合は,評価者が正解を教えるとともに「正確に計算する」の項目は「いいえ」とすることとした.なお,評価を行った教員は,各学生がVR若しくはTxのいずれを用いて学修したかはわからない状態で評価した.
5. 学修プログラム(VR及びTx)の有用性についてのアンケート調査VR群,Tx群,各々でアンケートを作成した(Supplementary materials Fig. 3).参加者は,技能試験を行った直後に,匿名でアンケートに回答した.
6. 統計学的解析各評価項目の実施の有無は,Fisherの正確確率検定,水剤調製の総合評価はMann–WhitneyのU検定を用いてVR群とTx群で比較を行った.水剤調製に要した時間は,Kaplan–Meier法(Log rank検定)を用いて比較した.アンケート調査の各項目については,VR群とTx群それぞれで,選択肢の1又は2を選んだ人数と3又は4又は5を選んだ人数を,Fisherの正確確率検定により比較した.これらの解析には,IBM SPSS Statistics(ver. 29.0.0.0)を用いた.有意水準を5%とした.
7. 倫理的配慮本研究は,神戸学院大学 人を対象とする非医学系研究倫理審査委員会にて承認を得て実施した(承認番号 SEB23-01).実施概要に関する説明文書を作成し,対象者には,それを基に説明を行った.同意した対象者は,同意書に自筆でサインした.
対象者26名中,VR群13名,Tx群13名を無作為に割り当てた.当日,欠席者がいたため,人数の調整を行った結果,VR群12名,Tx群10名で検討を行った.参加者22名全員から同意を得ることができ,また,VR使用中に体調不良を申し出た者はいなかった.
2. 学修プログラム(VR及びTx)による学生の修得状況の検討2-1. 水剤調製における各評価項目の実施人数VR若しくはTxで学んだ後に,技能試験形式で修得状況の評価(実施できたか,実施できなかったか)を行った.各評価項目において実施できた人数(%)をTable 2に示す.VR群の方が実施できた人数の割合が有意に多かった項目として,「秤量確認時にメニスカスと目の高さを一致させる」[VR群12名(100%),Tx群6名(60.0%),p=0.029],「投薬瓶に線を入れる」[VR群12名(100%),Tx群4名(40.0%),p=0.003],「投薬瓶の適切な目盛に線を入れる」[VR群9名(75.0%),Tx群2名(20.0%),p=0.030]が挙げられた.Tx群にて時間内に終了した学生5名のうち,「投薬瓶に線を入れる」は4名,「投薬瓶の適切な目盛に線を入れる」は2名,「片づける」は4名が実施できた.一方,「メートグラスを持つ位置が正しい」は,Tx群の方が達成できた人数の割合が有意に多かった[VR群5名(41.7%),Tx群9名(90.0%),p=0.031].全体を通しての流れを評価する「一連の動作や操作の流れをスムーズにリズムよく行う」は,VR群8名(66.7%),Tx群1名(10.0%)が達成できており,VR群で有意に多かった(p=0.011).
VR(n=12) | Tx(n=10) | p Value | |
---|---|---|---|
n (%) | n (%) | ||
清潔な身だしなみである | 12 (100.0%) | 10 (100.0%) | — |
一連の動作や操作の流れをスムーズにリズムよく行う | 8 (66.7%) | 1 (10.0%) | 0.011* |
正しいラベルを選択する | 10 (83.3%) | 10 (100.0%) | 0.481 |
正確に計算する | 12 (100.0%) | 9 (90.0%) | 0.455 |
適切な投薬瓶を選ぶ | 12 (100.0%) | 10 (100.0%) | — |
メートグラスを洗浄する | 11 (91.7%) | 5 (50.0%) | 0.056 |
正しい薬剤を選択する | 12 (100.0%) | 10 (100.0%) | — |
処方箋の確認を行う | 11 (91.7%) | 10 (100.0%) | 1.000 |
薬剤の確認をする(取る) | 11 (91.7%) | 9 (90.0%) | 1.000 |
薬剤の確認をする(量る) | 7 (58.3%) | 6 (60.0%) | 1.000 |
薬剤の確認をする(戻す) | 9 (75.0%) | 6 (60.0%) | 0.652 |
正確な量の薬剤を秤量する | 10 (83.3%) | 9 (90.0%) | 1.000 |
秤取量確認時にメニスカスと目の高さを一致させる | 12 (100.0%) | 6 (60.0%) | 0.029* |
メートグラスに入れすぎた薬剤を薬瓶に戻さない | 12 (100.0%) | 10 (100.0%) | — |
薬剤を正しい位置に戻す | 12 (100.0%) | 9 (90.0%) | 0.455 |
メートグラスを左手で持つ | 10 (83.3%) | 10 (100.0%) | 0.481 |
メートグラスを持つ位置が正しい | 5 (41.7%) | 9 (90.0%) | 0.031* |
メートグラスを正しく持つ | 3 (25.0%) | 4 (40.0%) | 0.652 |
メートグラスを作業途中に机などに置かない | 8 (66.7%) | 4 (40.0%) | 0.391 |
メートグラスを作業途中で持ち変えない | 8 (66.7%) | 6 (60.0%) | 1.000 |
薬瓶を正しく持つ | 8 (66.7%) | 7 (70.0%) | 1.000 |
薬瓶を右手で持つ | 9 (75.0%) | 10 (100.0%) | 0.221 |
薬瓶のキャップを正しい位置に持つ | 4 (33.3%) | 7 (70.0%) | 0.198 |
薬瓶のキャップの内側に触れない | 10 (83.3%) | 10 (100.0%) | 0.481 |
薬瓶を作業途中に机などに置かない | 8 (66.7%) | 4 (40.0%) | 0.391 |
薬瓶の口をメートグラスに接触させない | 7 (58.3%) | 8 (80.0%) | 0.381 |
ともゆすぎをする | 9 (75.0%) | 10 (100.0%) | 0.221 |
ともゆすぎで水を入れ過ぎない | 8 (66.7%) | 10 (100.0%) | 0.096 |
精製水で投薬瓶の最大量の目盛までメスアップする | 12 (100.0%) | 8 (80.0%) | 0.195 |
精製水を秤量せずに投薬瓶の最大量までメスアップする | 9 (75.0%) | 8 (80.0%) | 1.000 |
異物の混入を確認する | 5 (41.7%) | 4 (40.0%) | 1.000 |
投薬瓶に線を入れる | 12 (100.0%) | 4 (40.0%) | 0.003* |
投薬瓶の適切な目盛に線を入れる | 9 (75.0%) | 2 (20.0%) | 0.030* |
片づける | 11 (91.7%) | 5 (50.0%) | 0.056 |
* p<0.05.
VR群,Tx群それぞれの学生の水剤調製における総合評価(一連の動作や操作の流れをスムーズにリズムよく行う)を5段階で評価した結果をFig. 2に示す.Tx群では,最もよい5と評価された学生はおらず,4が2名(20.0%),3が6名(60.0%),2が2名(20.0%)であった.VR群では,5が5名(41.7%),4が2名(16.7%),3が1名(8.3%),2が4名(33.3%)であった.5段階評価の中央値は,VR群が4, Tx群が3であったが,有意な差はみられなかった(p=0.283).
We evaluated students’ learning achievement in liquid drug preparation on a 5-point scale from 1 (poor) to 5 (good). p=0.283 (Mann–Whitney U test).
VR群,Tx群それぞれの学生の水剤調製に要した時間をFig. 3に示す.VR群の学生は,半数の学生は6分以内に終了しており,かかった時間の中央値は6分14秒であった.一方,Tx群の学生は,半数の学生が10分以上要し,打ち切りとなった.VR群の学生の方が有意に短い時間で水剤調製を終えていた(p<0.001).
We expressed this as a Kaplan–Meier curve, with the horizontal axis representing the passage of time and the vertical axis representing the cumulative incidence of students who completed the task. Solid line: VR group, dotted line: Tx group. p<0.001 (Log-rank test).
学生が終了時に回答したアンケートの結果をFig. 4に示す.「問1. これまでにVRの体験をしたことがありますか?」は,Tx群は3日前に全員にVRを経験させていた一方,VR群にもなんらかのVRツールを使用したことがある者が3名(25.0%)いた.VR群の学生において,「問2. VR調剤トレーニングツールの操作性」について聞いたところ,とてもよかった3名(25.0%),どちらかといえばよかった7名(58.3%),どちらとも言えない2名(16.7%)であった.また,どちらかといえば悪かった,とても悪かったと回答した学生はいなかった.VR若しくはTxで「問3. 実際の調剤をイメージできましたか?」について,とてもよくできた,若しくは,どちらかといえばできたとの回答は,VR群で11名(91.7%),Tx群で3名(30.0%)であり,VR群で有意に多かった(p=0.006).VR若しくはTxが「問4. 調剤技術の修得に役立つと思いますか?」について,VR群は12名全員がとてもそう思う,若しくは,どちらかといえばそう思うと回答した一方,Tx群ではそれらを選択した学生はいなかった(p<0.001).VR若しくはTxを使った「問6. 自主練習で,調剤技術の向上ができると思いますか?」についても同様の結果であった(p<0.001).「問5. 調剤の自主練習を行いたいと思いますか?」について,VR群は12名全員がとてもそう思う,若しくは,どちらかといえばそう思うと回答した一方,Tx群では2名のみがそれらを回答した(p<0.001).「問7. 調剤技術を修得する方法について」は,VRを使いたい,若しくは,どちらかといえばVRを使いたいとの回答は,VR群で10名(83.3%),Tx群で9名(90.0%)であり,VR・Tx両方を経験したうえで,TxよりVRを使いたい学生が多かった.また,VR群のみに「問8. VRは従来法(Tx)より学習意欲が高まると思いますか?」への回答は,とてもそう思う6名(50.0%),どちらかといえばそう思う5名(41.7%),どちらとも言えない1名(8.3%)であり,概ねVRにより学習意欲が高まると考えていることがわかった.また,どちらかといえばそう思わない,そう思わないと回答した学生はいなかった.
We administered questionnaires to the VR and Tx groups after they completed the liquid drug preparation task. The questionnaire was conducted using a five-point scale (from strongly agree to strongly disagree), except for Question 7. The questionnaire for Question 7 was conducted using a five-item scale (from strongly want to use VR to strongly want to use Tx).
VR群の自由記載においては,VRのメリットとして「流れをつかみながらできたのでわかり易かった」,「実際に手を動かして練習できるので,本番もスムーズにできた」,「調剤の様子をイメージし易かった」,「間違ったところを指摘してくれる」,「ゲームのように楽しみながら学習できる」といった意見が挙げられた.一方,VRの改善点としては,「なぜ間違っているかわからなかった」,「操作が難しかった」,「物品を自動で持つため,慣れなかった」,「文字が見にくかった」,「機械が重かった」,「選択肢をランダムにしてほしい」,「問題数を増やしてほしい」といった意見が挙げられた.
臨床準備教育においては,物品を用いた手技修得や,患者や医療従事者との対話によるコミュニケーション技術の修得が欠かせない.これらの修得はオンライン授業や課題による代替が困難であり,COVID-19による影響で対面での実習が限られた中では指導が不十分であった.そこで,われわれは,VR技術を用いた学修に注目して,教育ツールの開発に着手した.本研究では,開発したVRトレーニングツールの有用性を科学的に検証することを目的とし,初学者を対象とした水剤の調製の修得について,VRトレーニングツールと従来のTxの教育効果について比較検討を行うこととした.
VR若しくはTxで学修した後の修得状況の比較検討において,複数の項目においてVR群とTx群で統計学的な有意差が認められた(Table 2).「秤取量確認時にメニスカスと目の高さを一致させる」は,VR群で有意に多くの学生が実施できた.これは,Txからの読み取りが難しかった可能性があり,VRでは,高さを一致させないと次のステップに進めないようにプログラムを作製していたため,学生の印象に残り易かった可能性がある.一方,「メートグラスを持つ位置が正しい」では,Tx群の方が有意に多くの学生が実施できていた.これは,アンケート記載にもあった通り,VRでは物品を自動で持ってしまうため,持ち方を意識していないと修得を逃してしまう可能性があるが,Txでは,学生自身が主体的に持ち方の学修ができたと考えられる.そのほか,メートグラスや薬瓶などが正しく持てる学生数に有意差は認められなかったが,Tx群の方が実施できている学生の割合が多い傾向にあった.
また,全体的な流れについては,5段階の総合評価では,有意な差はみられなかったが(Fig. 2),評価項目の一つである「一連の動作や操作の流れをスムーズにリズムよく行う」を「はい」又は「いいえ」で評価したところ,Tx群では1名(10.0%)のみが達成できていた一方,VR群では8名(66.7%)が達成できており,VR群で有意に多い結果となった(Table 2).5段階の総合評価では,修得度の個人差によるばらつきが大きかったために有意差が認められなかったと考えられるが,VRを用いることで,流れや全体像を把握するのに貢献できていると考えられる.アンケートの自由記載からも,「流れをつかみながらできた」,「実際に手を動かして練習できるので,本番もスムーズにできた」,「調剤の様子をイメージし易かった」という意見が多かったことからも裏付けられる.
水剤調製に要した時間については,VR群で有意に早く調製を終えており,Tx群では10分では終了できず打ち切りとなった学生も半数いた(Fig. 3).これは,VR群で「一連の動作や操作の流れをスムーズにリズムよく行う」を達成できていた学生が多かったからこそ,VRでの学修により,速やかに実施できた可能性がある.評価項目の「投薬瓶に線を入れる」,「投薬瓶の適切な目盛に線を入れる」はVR群及びTx群いずれの教材でも終盤に行う項目であり,VRトレーニングツールでは,選択肢から適切な目盛を選択することで学んでいた(Table 1).VR群では,時間内にできた学生が多かったこともあるが,VRトレーニングツールにて,正解を選ぶ必要があり,これら項目が印象に残り易かった可能性がある.また,これら項目はTx群で時間内に終了した学生のみが実施できており,最終の「片づける」についても5名中4名が時間内に終了した学生であったことからも,Tx群では時間切れのために実施できなかった学生が多かったためと考えられる.
アンケート結果から,VR群で,「実際の調剤をイメージできた」,「調剤技術の修得に役立つ」,「調剤の自主練習をしたい」,「調剤技術の向上ができる」,と考えている学生が多いことが明らかとなった(Fig. 4).また,調剤技術修得方法として,どちらかといえばVRを使いたいとする学生が大部分であった.ビデオ教材の導入も,Txより調剤をイメージし易くなると考えられるが,われわれの経験上,ビデオ教材では閲覧のみで修得した気になっている学生もおり,VRを用いて手を動かすことにより,また,VRでは誤った操作をした際には注意喚起されることにより,修得率を高められると考えられる.これらのことから,VRは調剤技術を修得するうえで,学修意欲向上に貢献し,有用な学修ツールになり得る可能性が考えられる.石橋らは,医学部1, 2年生に対するバーチャル病院見学・医師業務見学実習を行った際,従来の実習と比べて現場の臨場感を肌で感じる部分が少ないものの,学修内容の増加,学修機会の公平性の担保,主体的な学修の促進が期待できることを報告している.8)これは,われわれの検討でも同様であり,VRを用いた医療教育の有益性を裏付けるものである.
これまでに,VRの技術修得における有用性は,けん玉の技の習得について報告されている.11)われわれの検討結果から,けん玉のような反復行為のみならず,調剤技術の修得にもVRツールは有用であることが示された.これは,実際の器具を用いた実習には劣るものの,調剤の風景や物品をイメージし易い,調剤の流れや押さえるべきポイントを把握し易い,手を動かしながら実践することで身につき易い,間違いを指摘されることで正しく修得できるなどの理由が考えられる.また,物品を使用しなくても,指導や監督をする教員がいなくても,自身のタイミングで自主的に楽しく反復して学ぶことができ,学生のメリットも指導にあたる者のメリットも大きいと考えられる.
VRを用いることのデメリットとして,操作に慣れるのに時間がかかる,重量や画面の影響による疲労などのVR特有の問題に加え,物品の持ち方はボタン操作のみのために意識しないと学びそびれてしまう,直前のことを振り返るのが難しい,などの調剤の工程特有の問題がある.また,今回の検討では,VR装着による体調不良を訴えた学生はいなかったが,VR酔いが生じる場合があることが報告されている.12)さらには,調剤は,単なる作業ではなく,それぞれの工程の意味・流れを理解する必要がある.これが,これまで報告されているけん玉のような同じ運動を繰り返すものとは大きく異なる点である.VRにより手順を修得するだけでなく,Tx等を併用し,手順や操作の意味についての理解を補完しながら実施することができれば,より学修効果が高まると考えられる.
本研究の限界として,一つの大学の限られた学生のみで検討した結果であり,かならずしもすべての大学で同様の結果が得られるとは限らない.また,試験に使用したTxは,VRで得られる情報と同等の内容を含めたが,それが普遍的なものであるとは言い切れない.通常,臨床準備教育で使用される資材にでは,動画や写真が多用され,教育者により臨場感を持たせる様々な工夫をしていることは十分に想定される.今回は,第一報として,最も一般的に用いられているテキストとの比較を試みた.それを踏まえても,VRトレーニングツールが優位であると考えられる有用性は「手を実際に動かして作業し,臨場感を持って体得ができる」ことに集約される.教員や物品がなくても,場所や時間を問わず,何度でも繰り返し,技術を向上させることができることは,教育ツールとして優れていると考えられる.これにより,テキストや動画教材などと異なり,実際に手を動かすことによる能動学修を行うことができ,学修意欲を高めることができる.最終的には,実際の薬剤や器具を用いたトレーニングは必要であると考えられるが,自己学修ツールとして,初学者が流れを理解したり,物品の取り扱いを学んだり,一定期間,実技トレーニングを行うことができないときに流れや手技を思い出したりするなど,臨床準備教育の様々な場面で,活用されることが期待される.
以上の結果より,われわれが開発した水剤調製のVRトレーニングツールは,初学者を対象とした検討から,その手技の修得に有用であることが示唆された.一方,今回は,一部の調剤項目に限定された評価であったため,ほかの調剤技術やそのほかの薬剤師業務の修得におけるVRの有用性については,今後検討していく必要があると考えられる.
VRトレーニングツール開発に多大なる御協力を頂きました,イマクリエイト株式会社 山本彰洋氏,葉山勝大氏に,謹んで感謝の意を表します.本研究は,2021年度・2022年度神戸学院大学全学教育推進機構教育改革助成金の助成を受けて実施されたものです.
池村 舞,江角 悟,中川左理,辰見明俊,橋本保彦,上町亜希子,武田真莉子は,富士フイルムシステムサービス株式会社より研究助成金を受領した.
この論文のオンラインにSupplementary materials(電子付録)を含んでいる.