2024 Volume 144 Issue 11 Pages 977-982
Organobismuth compounds have been used in various areas of science, like biology and organic synthesis, because they are normally nontoxic and exhibit unique properties. Bismuth induces metallothionein production and is known to exhibit thiophilicity. However, few reports on the reactions between bismuth and sulfur compounds exist. This article reviews studies on the reactivity of bismuth (III and V) with sulfur compounds. A simple approach for the reaction of azole-2-thiones, which contains a heterocyclic ring, with triaryl bismuthines in the presence of a copper catalyst affords the S-arylated coupling product. When a palladium catalyst is used instead of a copper catalyst, desulfinative C–C bond formation occurs. These reactions indicate that trivalent bismuth compounds can be used as novel aryl sources. Triphenylbismuth dichloride, an organobismuth (V) reagent, successfully promotes the cyclodesulfurization of thioureas within short reaction times under mild conditions. The reaction affords N-substituted benzoxazol-2-amines in excellent yields. Tafamidis, a drug used to treat transthyretin amyloidosis, can be synthesized using this reaction.
ビスマス(bismuth: Bi)は,周期表15族第6周期に位置する元素であり,毒性が低いことから医療用医薬品(次硝酸ビスマスなど)として利用されている.Bi化合物の有機合成反応への利用は,1980年代に塩化ビスマスがアルドール反応に有効なルイス酸触媒であることが報告されている.しかしながらそれ以降Bi化合物は少数の利用例が報告されるに過ぎず有機合成試薬として汎用されるとは言い難い化合物群であった.最近になり,多原子価を採ることができるといったBiの持つユニークな物性が改めて着目され,5価化合物がルイス酸触媒として利用できることや,環状ビスマス化合物が酸化的カップリング反応の触媒として応用可能であることが報告され有機合成試薬としての活用に興味がもたれている.1–3)また,生命科学の分野でBiは生理活性が探索されるとともに硫黄との親和性を利用しながら生体防御機構に働くメタロチオネインを誘導する金属の一つとなっている.4,5)しかし,有機合成化学の分野では,Biと硫黄との親和性を利用した反応はこれまでに報告されていない.それらを明らかにすることができれば,将来的に生体機能解析の分野においても貢献できるのではないかと考えている.本稿では近年筆者が取り組んできた,含硫黄化合物に対する有機Bi化合物の原子価の違いに起因する化学反応性について紹介する.
遷移金属触媒下で行うアリール化反応は成熟した領域であるが,天然物など精密有機合成を行うにあたっては,基質に適合したアリール基供与体が必要とされている.そのためこれまでに,有機Bi化合物もアリール化剤としての利用が試みられ,炭素(sp2)–炭素(sp2)結合及び炭素(sp2)–ヘテロ元素結合(酸素,窒素)形成反応などが報告されている.6–10)しかし,その反応例は毒性の低い試薬でありながらほかのホウ素,ケイ素,スズ化合物に比べて極めて少なくなる.また,含硫黄化合物は,触媒毒になることが広く知られ,遷移金属触媒下でのBiを利用した炭素–硫黄結合形成反応は,わずかしか報告例がなかった.11)一方,アゾールチオン類に対するS-アリール化反応は,これまでに銅触媒存在下,ハロゲン化アリールやアリールボロン酸がアリール基供与体として利用されている.12–14)しかしながらこれらの反応は,当量以上の塩基を必要とすることなど改善の余地が残されていた.これらとの関連から,ベンゾチアゾール-2-チオンのS-アリール化反応にBi化合物をアリール基供与体として利用することを試みた.
反応条件を検討した結果,10 mol%のヨウ化銅存在下,ベンゾチアゾール2-チオン(1a)と3価のトリフェニルビスマス(2a)との反応を行うとS-アリール化体3が効率よく得られることを新たに見い出した.また,本反応系では,Biの原子価の影響が大きく3価Biの方が5価Biよりも優れたアリール化剤として機能することが明らかとなった.Biと同族のアンチモン試薬やケイ素,スズ試薬をアリール基供与体として用いた場合,反応はほとんど進行せず,Biが最適なアリール基供与体となることも判明した.本反応系は,基質適用範囲も広く,各種のトリアリールビスマス(triarylbismuth: Ar3Bi)やベンゾオキサゾール及びベンゾイミダゾール-2-チオンなど種々のアゾールチオンを用いた場合にも満足のいく収率で対応するスルフェニルアゾール類3を得ることができた(Table 1A).15)
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近年,palladium(Pd)触媒と銅試薬存在下で環状チオン類などの含硫黄化合物とボロン酸との反応(Liebeskind–Srogl反応)16)を行うと,脱硫を伴いながら複素環のアリール化が進行することが報告されている.この反応では,アリール基供与体として,これまでホウ素化合物が主に利用されている.これらの反応系では,マイクロ波の照射17)や触媒量ではあるものの高価な銅試薬18)の利用が必要であることなど,より簡便な合成法の開発が求められていた.S-アリール化反応の知見から,Lebeskind–Srogl反応のアリール化剤にビスマス試薬が利用できるのではないかと考え,1aとPh3Bi(2a)をモデル基質としながら,最適反応条件の探索を行った.その結果,触媒量のPd(dba)2と2当量のCu(OAc)2を用いた場合に,2-フェニルベンゾチアゾール(4a)が良好な収率で得られた.さらに,本反応系は,置換基の電子的・立体的な影響をほとんど受けることなく,いずれの場合にも良好な収率で対応する2-アリールベンゾチアゾール4を得ることができた(Table 1B).19)上述したこれら2系統の反応は,塩基などの添加剤を必要としない簡便な反応系であること,基質適応範囲が広いことなどを特徴としている.以上,アゾール-2-チオン(1)とAr3Bi(2)との反応において,適切な遷移金属触媒を作用させることでC–S及びC–C結合形成反応のいずれかを選択できることを確立した.今後は,アゾール-2-チオン以外の基質へのアリール化反応を行うことで,Biが広範囲のアリール化剤として活用できることを見い出すとともに,不斉源を持つ基質に対する有効性の確認など,精密有機合成に利用可能な反応系を開拓していきたいと考えている.
2-アミノベンゾオキサゾールはarachidonate 5-lipoxygenase(5-LOX)阻害作用やα-グルコシダーゼ阻害作用などの生理活性を持つことからその合成法の開発が活発に行われている.その一つに2-アミノフェノールとイソチオシアネートから誘導されるチオウレアの脱硫閉環反応を利用した合成法が数多く報告されている.しかし,これらの合成法では水銀などの毒性のある試薬を用いることや,基質適応範囲が狭いこと,特殊な反応装置を必要とすることなど,より簡便な合成法の開発が求められている.20,21)そこで筆者は,Biの硫黄親和性に着目しながら各種の有機Bi試薬をチオウレアからの脱硫閉環剤に利用した2-アミノベンゾオキサゾールの合成を試みた.反応は,2-アミノフェノール(5a)とフェニルイソチオシアネート(6a)からチオウレア(7a)へと誘導し抽出・精製操作を行うことなく,同一フラスコ内でBi試薬を作用させ脱硫閉環反応を行うドミノ型反応をデザインし,最適なBi試薬の探索を行った.その結果,5価Bi試薬であるトリフェニルビスマスジクロライド(Ph3BiCl2:8a)が最適な脱硫剤であることが判明した(Table 2, entry 1).また,Biの原子価が本反応系に著しく影響し3価Bi化合物を用いた場合には,脱硫反応がほとんど進行しなかった(Table 2, entries 2–4).本反応で副生するトリフェニルビスマス(2a)は,カラムクロマトにより単離後,塩化スルフリルを作用させることで容易にPh3BiCl2に戻すことができリサイクル可能であることを確認している.なお,本反応の反応機構を明らかとするために最適反応条件下1,3-ジフェニルチオ尿素にPh3BiCl2を作用させたところ1,3-ジフェニルカルボジイミドへと変換された.このことから本反応はカルボジイミドを鍵中間体として進行していることが示唆された.さらに本脱硫反応の一般性について,各種の5及び6を用いて反応を行ったところ置換基による電子的,立体的な影響は少なく良好な収率でオキサゾール9を系統的に得ることができた.22)
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Entry | Reagent | R | X | Time | Yield of 5a (%) | Yield of 2a (%) |
1 | 8a | Ph | Cl | 10 min | 90 | 95 |
2 | 8b | Ph | OAc | 10 min | 41 | 98 |
3 | 2a | Ph | — | 24 hr | 8 | 93 |
4 | 8c | Cl | — | 10 min | 33 | — |
2-アリールベンゾオキサゾール誘導体はフルノキサプロフェンやタファミジスなどの医療用医薬品として上市され,その誘導体合成は,創薬において活発に研究されている.これらとの関連から2-アリールベンゾオキサゾール骨格の構築法も数多く検討されており,そのなかでチオアミドからの脱硫を伴う手法も利用されている.しかしながら,その合成法は,吸湿性の高い試薬を利用するものや不安定な1-ヨードアルキンを利用するものに限られていた.23,24)そこで,5価Bi試薬を利用しながら反応をデザインできればより簡便に2-アリールベンゾオキサゾールに誘導できるのではないかと考えた.まず,N-フェニルチオベンズアミド(10a)に対してPh3BiCl2(8a)を作用させ,ついでアミノフェノール(5a: Z=O)と反応させたところ,2-アリールベンゾオキサゾール(12a: Z=O)が良好な収率で得られた(Table 3).本反応は,5a, 10並びに8aを同時に反応させた場合も収率を損なうことなく12aを与えた.また,本反応の一般性について調べてみたところ,種々のアミノフェノールを用いた場合には,置換基の電子的な影響を受けることなく高収率で目的化合物を与えた.さらに,3環性,4環性の多環式オキサゾール(12j, k)もそれぞれ84%,48%の収率で得られた.各種のチオアミドを用いた場合も同様にベンゼン環上の置換基の電子的・立体的な影響をほとんど受けることなく,対応するオキサゾールが良好な収率で得られることを明らかとすることができた.フェニレンジアミンをモノトシル化した基質(5: Z=N-Ts)と10との反応も効率よく進行し,対応するベンゾイミダゾール誘導体(13: Z=N-Ts)を得ることができている.タファミジスは,TTR型アミロイドーシス治療薬として2022年に上市された医薬品であり,これまでにアミドやアミドキシムを出発原料とした合成例が報告されている.25,26)しかしながらいずれも低収率から中程度の収率でしか目的化合物は得られず,新たなアプローチが望まれていた.そこで本反応系をタファミジスの合成に応用したところ,メチルエステル14とチオアミド15からも円滑に反応が進行し91%でオキサゾール誘導体16に導くことができた.続いてメチルエステルをカルボン酸に変換することで,トータル収率84%でタファミジスが得られた(Scheme 1).本脱硫反応についてNMRを用いて反応中間体の解析を行ったところ,本反応ではPh3BiCl2が脱硫だけではなくクロル化剤としても働きイミドイルクロライド11が生成していることが明らかとなった.現在,11に関しての反応機構解析を行っている段階であるが,10とPh3BiCl2が6員環遷移状態であるAを経由しながら中間体Bとなり,続く塩素イオンの求核攻撃により11へと誘導されるのではないかと予想している(Fig. 1).本反応系では,チオウレアからの脱硫閉環反応に加えて,Ph3BiCl2が脱硫及びクロル化剤としての役割を担う新たな反応形式を提案できたものと考えている.27)イミドイルクロライド11は非常に不安定な化合物であり,これまでその利用例はほとんどない.安定なチオアミドからBi試薬を利用することで用時調整が可能であり,合成中間体としての利用も期待される.
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筆者は,これまでに含硫黄化合物と有機Bi化合物との反応を試み以下のことを新たに見い出した.まず,3価のAr3Biとチオカルボニル化合物との反応では適切な遷移金属触媒を利用することでC–S及びC–C結合形成反応を制御できることを明らかとした.次に5価Bi化合物であるPh3BiCl2は,脱硫を伴う閉環反応に対して有効に働き,2種類の芳香族複素環合成に利用できることを報告してきた.これらの反応はいずれも異なる原子価のBi化合物ではほとんど進行せず,化学反応性にBiの原子価が大きく依存していることを示している.これらの知見は一部ではあるが有機Bi化学の発展に寄与できたものと考えている.今後は,5価Bi化合物を利用した触媒的脱硫反応への展開を考えておりBi化合物の新たな活用法を提案できると考えている.
本研究は愛知学院大学薬学部で行われたものであり,終始温かい御指導,御鞭撻を賜りました安池修之教授に深く御礼申し上げます.また,本研究において御協力頂きました,松村実生講師,大学院生並びに研究室の方々に感謝申し上げます.本研究の一部は愛知学院大学の学内研究助成の支援を受けて行われているものであり,改めて御礼申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度日本薬学会東海支部学術奨励賞の受賞を記念して記述したものである.