YAKUGAKU ZASSHI
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Development of the Analysis of Lysophospholipids and Photo-sensitive Pharmaceuticals Based on LC-MS/MS for Elucidation of Their Behaviors
Kohei Kawabata
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2024 Volume 144 Issue 12 Pages 1063-1074

Details
Summary

Liquid chromatography tandem mass spectrometry (LC-MS/MS) is an essential tool for drug discovery that enables simple and rapid identification and quantification of chemical substances. A combination of a mobile phase and column makes it possible to analyze a wide range of target substances from low-molecular weight high-polar substances, such as amino acids and peptides, to low-polar substances such as lipids, and even macromolecular substances such as proteins. In this paper, we describe the results of applying LC-MS/MS to the analysis of phospholipids and related substances in biological samples and the analysis of photoproducts of pharmaceuticals. First, MS conditions were optimization using several standards, and a system that enables measurement of a vast number of molecular species with different carbon chain lengths and degrees of unsaturation. Its application to the lipid profiling of influenza A virus-infected cells suggested that viral infection triggered the increase of intracellular levels of diacylglycerols and ceramides at the later stages of infection concomitant with viral replication. In addition, the analysis of lysophospholipids in several cell lines revealed partial functions of several types of glycerophosphodiester phosphodiesterase, which metabolize lysophospholipids. Next, the chemical structures of several photoproducts of pharmaceuticals were elucidated. Novel photoproducts of photo-exposed pharmaceuticals were identified, and the photodegradation pathways were suggested. Based on the photodegradation mechanism, the photodegradability of naproxen was regulated by the addition of several additives such as polyphenols.

1. はじめに

質量分析法(liquid chromatography tandem mass spectrometry: LC-MS/MS)は,簡便かつ迅速に化学物質の同定と定量が可能な分析法で,創薬基盤研究においては必須の分析ツールとなっている.本法では,測定対象物質に適した移動相条件や質量分析条件の設定により高感度化や高選択化が達成される.また,移動相とカラムの組み合わせにより,アミノ酸やペプチドのような低分子の高極性物質から,脂質といった低極性物質,更にはタンパク質などの高分子物質まで,様々な化合物の分析を行うことができる.15環境中やヒト生体内の化学物質の定量分析では,LC-MS/MSを用いることで微量定量が可能となる.近年ではLC-MS/MSを用いた脂質やタンパク質の網羅的解析,すなわちリピドミクスやプロテオミクスの概念・技術が普及し,生命現象の解明に数多く適用されはじめている.筆者はLC-MS/MSの特性を駆使し,様々な化学物質の分析法の開発並びにその実試料への適用に関する研究を継続している.本稿では,生体試料中のリン脂質並びにその関連物質の分析による生命現象の解明と医薬品光分解物の分析による医薬品光分解機構の解明にLC-MS/MSを適用して得られた成果について紹介したい.

2. LC-MS/MSを用いたリゾリン脂質及び関連物質の分析と生命現象解明への適用

リン脂質はグリセロールやスフィンゴシンの中心骨格にアシル基とリン酸若しくはリン酸エステルが結合した物質であり,グリセロールを中心骨格とするグリセロリン脂質とスフィンゴシンを中心骨格とするスフィンゴリン脂質の2つに大きく分けられる.リン脂質の特徴としてはリン酸を含む極性頭部とグリセロールあるいはスフィンゴシンの中心骨格やアシル基などの非極性部を有することで両親媒性を示す点があり,脂質二重層を形成して細胞膜の主要な構成成分となるほか,血小板活性化因子(platelet-activating factor: PAF)に代表されるように生体内での様々なシグナル伝達にも係わる.68さらに,刺激下で細胞の膜リン脂質のアシル基の1つがホスホリパーゼにより切り出されることでリゾリン脂質へと変換される.また,リゾリン脂質はアシルトランスフェラーゼを介してアシル基を導入されることでリン脂質へと変換される(Fig. 1).動物組織や体液には極性頭部の構造(コリンやエタノールアミン等)に応じて様々なクラスのリゾリン脂質が存在する.リゾリン脂質はリン脂質と比較して水溶性が高く,脂質メディエーターとして作用する.代表的なリゾリン脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(lysophosphatidic acid: LPA)は,6つの受容体を介して様々な生理作用を示すことが知られている.914ほかのリゾリン脂質クラスも多彩な生理活性を有しており,疾患との関連も明らかになりつつある.筆者は,生体試料中のリゾリン脂質並びにその関連物質をLC-MS/MSにより分析することで,インフルエンザウイルス感染と脂質プロファイル変化との相関評価を介した感染進行メカニズム解明,更に生体中のリゾリン脂質代謝酵素の機能解明を試みた.

Fig. 1. Chemical Structures of Glycerolysophospholipids and Glycerophospholipids

季節性ワクチンの普及にもかかわらず,インフルエンザウイルス感染の流行は毎年懸念される社会問題である.ウイルスが細胞に感染すると,宿主細胞はウイルス認識受容体の活性化,サイトカイン分泌,プログラム的細胞死や細胞内の代謝活動の制御等を介してウイルス感染に対抗する.8,1517感染後,ウイルスは宿主細胞の機能を利用した自己複製及び細胞外へのウイルス粒子を放出する機構を介して他細胞へと伝播し,その結果,感染が拡大する.ウイルス粒子を形成する際に,ウイルスは宿主細胞の膜脂質を利用しており,エキソサイトーシスのように自らのゲノム情報を細胞外へと放出する.ウイルス感染により細胞の脂質代謝ホメオスタシスが撹乱されている可能性があり,細胞膜の構成成分であるリン脂質やそのリゾ体であるリゾリン脂質の組成にも変化が生じていると考えられた.筆者は2種類のヒト肺がん細胞(H292細胞・A549細胞)をインフルエンザウイルスに感染させた後に脂質を抽出し,脂質抽出物中のリゾリン脂質並びに関連物質のプロファイリングを行うとともに,ウイルスの感染性と感染後の脂質組成変動との関連性に関する評価を行い,両者の相関に関して考察を行った.18

H292細胞はインフルエンザウイルス感染24時間後において細胞が死滅するが,A549細胞は感染48時間後における細胞生存率が40%程度である.両者のウイルス感受性に差異が認められ,脂質組成にも差異が生じている可能性が示唆された.脂質分析に先立ち,LC-MS/MSによるリゾリン脂質並びに関連物質の一斉分析法の開発に着手した.23種類の標準物質を分析試料としてMS条件の最適化を試み,リゾリン脂質は10分以内,リン脂質は30分以内にアシル基の炭素鎖長・不飽和度が異なる膨大な分子種を測定可能な系を構築した.リゾリン脂質からアシル基若しくは極性頭部が切り出されて生成する遊離脂肪酸やモノアシルグリセロールも同時に分析することができ,リゾリン脂質の代謝反応を詳細に評価することが可能であった.インフルエンザウイルスに感染したH292細胞及びA549細胞の脂質分析を行ったところ,両細胞においてウイルス感染によるリン脂質・リゾリン脂質レベルの上昇が認められた.ウイルス粒子の形成や細胞死の亢進に伴うオートファゴソーム形成にはリン脂質・リゾリン脂質が必要であり,ウイルス応答の1つとしてこれらの脂質レベルの上昇が引き起こされたと考えられた.最も顕著な増加を示したのはリゾリン脂質ではなく,リン脂質関連物質であるジアシルグリセロール(diacylglycerol: DAG)とセラミド(ceramide: CER)であり,非感染群と比較して有意な増加が認められた(Fig. 2).興味深いことに,感染進行に伴う細胞内のインフルエンザウイルスRNA量の上昇とこれら脂質レベルの上昇との間には良好な相関が認められた.DAGは中性脂質であり,リン脂質の極性頭部がホスホリパーゼCにより切り出されることで生成する.ウイルス感染に伴うリン脂質レベルの上昇が,その代謝物であるDAGレベルの上昇に寄与したと考えられた.DAG自体もシグナルメディエーターとしての機能を有しており,プロテインキナーゼCの活性化を介した種々のシグナル伝達に関与している.19,20ウイルス応答の1つであるオートファジー亢進への関連も示唆された.一方,CERは折れ曲がり構造を有しており,細胞膜の流動や歪曲に重要な役割を担うことが報告されている.2123ウイルス感染が進行するとウイルス粒子を放出する際に細胞膜が大きく歪曲するため,CERレベルの上昇がこれに寄与している可能性が示唆された.スフィンゴミエリナーゼやセラミドシンターゼの阻害剤によりセラミド合成を抑制した場合,ウイルスの感染進行を止めることができるのか非常に興味がもたれる.

Fig. 2. Changes in the DAG and CER Concentrations of Infuenza A Virus-infected H292 or A549 Cells

The relative amounts of DAG and CER in infected cells compared to those in mock-infected cells were determined at 0, 4, 8, and 12 h post infection for H292 cells (A) and at 0, 4, 8, 12, 24, and 48 h post infection for A549 cells (B). Significant differences between virus-infected cells and mock-infected cells are indicated as follows: * p<0.05; ** p<0.01. Reproduced in part with permission from Kawabata K. et al., Arch. Virol., 168, 132 (2023).18)

リゾリン脂質は,リゾホスホリパーゼAによりアシル基を切り出されることでグリセロールホスホジエステル類に,リゾホスホリパーゼCにより極性頭部を切り出されることでモノアシルグリセロールに,あるいはリゾホスホリパーゼDによりリン酸基とアルコールのエステル結合を切られることでLPAに変換される.近年,グリセロホスホジエステラーゼ(glycerophosphodiesterase: GDE)という酵素ファミリーがリゾリン脂質代謝能を有することが明らかになりつつある.2426 GDEは細菌から哺乳類まで幅広い生物に存在し,グリセロホスホジエステルを加水分解して栄養資化する重要な役割を果たすとされていた.また,GDEには7種類の同位体(GDE1–7)が存在するが,そのうちの1つ,GDE1がグリセロホスホ-N-アシルエタノールアミンを加水分解し,N-アシルエタノールアミンとグリセロールリン酸が生じることが報告された.27筆者はほかのGDEファミリーがリゾリン脂質代謝能を有していると考え,リゾリン脂質並びにその代謝物をLC-MS/MSにより一斉分析し,GDEの新規機能解明を試みた.28,29

GDE3はマウス骨芽由来であるMC3T3-E1細胞の形質膜上に存在すること,7回膜貫通領域を有すること,及びその酵素活性領域は細胞外に面していることが報告されている.30さらに,GDE3はホスホリパーゼC様活性を示し,グリセロホスホイノシトールをグリセロールとイノシトール-1-リン酸へと分解することも示されている.31筆者はMC3T3-E1細胞に基質としてアラキドノイル基を有するリゾホスファチジルイノシトール(arachidonoyl-lysophosphatidylinositol: 20:4-LPI)を添加したところ,培地における20:4-LPIの速やかな消失とその代謝物であるアラキドノイルグリセロール(arachidonoyl-monoacylglycerol: 20:4-MAG)の培地中での顕著な増加が認められた(Fig. 3).細胞内の20:4-LPIレベルは増加しておらず,細胞への取り込みは培地中における20:4-LPIの消失に寄与していないと考えられた.GDE3により細胞外に存在する20:4-LPIからイノシトール-1-リン酸が切り出されて20:4-MAGが生成した事より,GDE3はエクト型の酵素であり,かつリゾホスホリパーゼC活性を有することが示された.興味深いことに,20:4-LPIはGタンパク質共役受容体(G protein-coupled receptor: GPR)55のアゴニストであり,32 GPR55は骨形成に重要な役割に担うと報告されている.33一方,20:4-MAGはカンナビノイド(cannabinoid: CB)1/2受容体のアゴニストであり,34 CB1/2は骨の維持やリモデリングに重要な役割に担うと報告されている.35今回得られた結果に基づき,GDE3はMC3T3-E1細胞の細胞膜上に存在し,20:4-LPIを添加した際に引き起こされるシグナル伝達をGPR55シグナルからCB1/2シグナルへと切り替えている可能性が示唆された.さらに,MC3T3-E1細胞を骨芽細胞分化培地で培養したところ,分化が進むにつれてGDE3の活性が上昇した.骨芽細胞の分化の段階では20:4-LPIをGPR55のアゴニストとして利用し,分化後にはGDE3により20:4-LPIを20:4-MAGへと変換し,CB1/2のアゴニストとして利用すると考えられた.本研究においてGDE3の新規機能の解明を試みた結果,GDE3はエクトタイプのリゾホスホリパーゼCであり,LPIの代謝を介して骨芽細胞のシグナルスイッチングを担うことが示唆された.

Fig. 3. Degradation Activities of MC3T3-E1 Cells Cultured in Osteogenic Medium with Exogenously 20:4-LPI. 20:4-LPI (1 µM) Was Added to the Cell Culture of MC3T3-E1 Cells in Osteogenic Medium at 14 d and Incubated for 0, 3, or 6 h to Measure LPI Degradation

Lipids were extracted from the culture medium and the suspension of recovered cells by the modified method of Bligh and Dyer, and subjected to LC-MS/MS. White and gray columns show levels of 20:4-LPI (A) and 20:4-MAG (B) in cells and medium, respectively. Results are the means±standard error of four samples.

同じくGDEファミリーの1種であるGDE4と7は2回膜貫通領域を有し,リゾホスホリパーゼD活性を示すことでリゾホスファチジルコリン(lysophosphatidylcholine: LPC)をLPAへと変換することが報告されている.2426,36,37同様にリゾホスホリパーゼD活性を有する酵素としてオートタキシンが知られているが,3841 GDE4と7が膜結合型タンパク質であるのに対し,オートタキシンは分泌型の酵素である.LPAは多様な生理活性を有しており,914その産生経路に関する知見は疾患発症のメカニズム解明や治療・予防への展開が期待できる.筆者は腎臓におけるLPAの産生経路に着目し,ラット腎近位尿細管上皮細胞NRK52E細胞を用いて検討を行った.29炭素数17のアシル基を有するLPCを基質として培地に添加した後にLPCとLPAの定量をLC-MS/MSにより行ったところ,LPCレベルの減少と細胞内におけるLPAレベルの上昇が認められた(Fig. 4).リゾホスホリパーゼD活性によりLPCからLPAが生成されたと考えられたが,GDE4若しくは7とオートタキシンの双方が寄与している可能性がある.そこで,NRK52E細胞にオートタキシン阻害剤を処置した後にリゾホスホリパーゼD活性を示すか検討を行ったが,阻害剤による抑制は認められず,NRK52E細胞におけるリゾホスホリパーゼD活性にはオートタキシンの寄与がないことが明らかとなった.また,これまでの報告により,GDE4と7はそれぞれマグネシウムイオンとカルシウムイオン要求性を有しているが,25 GDE4の至適pHは7.4でありpH 9.0では活性が消失すること,42及びGDE7はpH 7.4–8.0において高い酵素活性を示すことが明らかとなっている.37リゾホスホリパーゼ活性の評価におけるpH依存性を検討したところ,pH 8.5でも活性が認められたため,GDE7の寄与が大きいことが示された.GDE7は小胞体(endoplasmic reticulum: ER)膜上に存在し,酵素活性領域が内腔側を向いていると報告されており,26基質として添加したLPCが細胞内へと取り込まれてER膜を通過した後にLPAへと変換されたと考えられた.興味深いことに,GDE7を過剰発現させたNRK52E細胞にLPCを添加した場合,細胞内よりも細胞外において顕著なLPAレベルの上昇が認められた(Fig. 4).脂肪酸がエーテル結合しているアルキルサブクラスLPCを添加して検討を行った場合でも同様の傾向を示し,細胞外においてLPCが代謝されている可能性が示唆された.このことより,GDE7はER膜上のみならず形質膜上にも存在しており,かつ酵素活性領域が細胞外を向いているエクトタイプのリゾホスホリパーゼDであると推測される.GDE7過剰発現細胞ではER膜と形質膜の双方でGDE7の発現が上昇しており,基質のLPCを細胞外において代謝してしまうため,細胞内よりも細胞外でのLPAレベルの上昇が顕著であったと考えられた.ER膜及び形質膜上に存在するGDE7は,LPCの代謝を介して腎臓におけるLPAの供給源として機能するという可能性が示された.GDE7が形質膜上に存在するということは新しい知見であり,GDE研究のさらなる発展につながることが期待される.

Fig. 4. Time–courses of Extracellular Degradation of 17:1-acyl-LPC, and Extracellular and Intracellular Generations of Their Metabolites on Intact Normal and GDE7 Plasmid-transfected NRK52E Cells

Intact normal (precultured for 7 d) and GDE7 plasmid-transfected NRK52 cells were incubated with 10 µM 17:1-acyl-LPC for 1 and 3 h (A) or 20 and 40 min (B). Then, lipids were extracted from the medium and the suspension of recovered cell pellets and analyzed by LC-MS/MS. Time-dependent alterations in the levels of 17:1-acyl-LPC and 17:1-acyl-LPA are shown. Values are the mean±standard error of four samples. Significant differences between the value obtained for the medium and recovered cells and those of immediately after the incubation with 17:1-acyl-LPC (0 h) are indicated as * p<0.05. Reproduced in part with permission from Tsutsumi T. et al., Biochim. Biophys. Acta Mol. Cell Biol. Lipids, 1868, 159349 (2023).29)

LC-MS/MSを用いたリゾリン脂質分析により,インフルエンザウイルス感染細胞における脂質組成変動から感染進行メカニズムの一端を明らかにすることができ,更に新規リゾリン脂質代謝酵素として注目を集めているGDEの機能や局在に関する知見を得ることができた.簡便かつ迅速に多クラスのリゾリン脂質並びに代謝物をプロファイリングできるため,生体試料の分析へと適用することでより多くの生命現象解明へとつながると確信している.

3. LC-MS/MSを用いた医薬品光分解物の構造同定と光分解機構の解明

新薬の承認申請を行うときには,医薬品の有効性,安全性及び安定性に関する資料を規制当局に提出する必要がある.これらのデータの取得に対してはグローバルなガイドラインが定められており,安定性に関しては安定性試験ガイドライン(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use-Q1A: ICH-Q1A)が規定されている.43求められる試験には,長期保存試験,加速試験及び苛酷試験がある.このうち長期保存試験は一般的に室温(25°C,湿度60%)保管での品質を評価する試験で,医薬品の使用期限設定の根拠となる試験である.また,加速試験とは短期間(40°C,湿度75%,6ヵ月保管)での医薬品の安全性の予測に用いられる.一方,苛酷試験は温度,湿度,光の三条件を考慮し,極端な温度変化,湿度変動及び光照射によって引き起こされる品質の変化の検出を目的としている.特に光による影響に関しては,光安定性試験ガイドライン(International Council for Harmonisation of Technical Requirements for Pharmaceuticals for Human Use-Q1B: ICH-Q1B)が定められており,それに基づき新薬の光に対する特性を明らかにして医薬品の最終包装形態が決定される.得られた情報は添付文書やインタビューフォームに記載され公開されているので,それで確認することが可能である.

一方で,実際の臨床現場では,医薬品の承認申請時には想定されていない形態や用途で医薬品製剤が使用されることが多くなっている.具体的なものとして医薬品製剤の剤形変更や一包化包装などがあり,患者への投薬の簡便化,患者の服薬コンプライアンスの向上,薬剤師の服薬管理の簡易化などがメリットとして挙げられる.ほかにも嚥下困難な患者に対して有効な簡易懸濁法など,臨床現場における医薬品製剤の応用的な使用はこれからますます増加することが予想される.しかしながら,このような形態での医薬品の安定性はメーカーによって検討されていないことが多く,情報は少ない.臨床現場における医薬品の応用的な使用に関しては肯定的な意見が多いことを考えると,上述した使用法により起こり得る医薬品の安定性の変化に関する知見を得ることは急務となっている.特に,錠剤の粉砕や一包化包装などは病院や調剤薬局等で広く用いられる手法であることから,これらに関する情報は薬剤師が適切な医薬品の管理や投薬を行うための重要な知見となる.筆者は,LC-MS/MSを用いて医薬品の光分解物の構造を同定し,それに基づいた光分解機構の解明に取り組むことで,応用的な医薬品の使用が光安定性に及ぼす影響を明らかにすることを目的として研究を実施した.44その成果について述べたい.

非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs: NSAIDs)の1種であるナプロキセン(naproxen: NPX)の錠剤を粉砕,若しくは懸濁した後に紫外線(ultraviolet light: UV)を照射したところ,剤形変更に伴う光安定性の低下が認められた.HPLC分析において2つの光分解物の生成が確認され,LC-MS/MSによる構造同定により,それぞれケトン体(P1)とアルコール体(P2)であることがわかった(Fig. 5).NPXの原薬を用いたUV照射実験でも上記の光分解物の生成が報告されており,4548 NPX製剤も同様に光感受性が高いことが示された.光分解機構については,UV照射により励起したNPXよりカルボキシ基がラジカル的に脱離し,それに伴う酸化反応を経て2つの光分解物が生成したものと考えられた.NPXの光分解物はNPXと比較して強い生態毒性を示すことが報告されており,46,49 NPX製剤の使用に関して十分に留意する必要があることがわかった.

Fig. 5. HPLC Analysis of NPX Suspension Before and After the UV Irradiation for 24 h

(A) Before UV irradiation and (B) after UV irradiation. P1 and P2 are NPX photoproduct 1 and 2, respectively. Detection wavelength: 254 nm.

NPXは酸化的脱炭酸反応を経て光分解物へと変換されることが明らかになったが,次にNPX錠剤の粉砕物及び懸濁液の光安定化を目的とし,ポリフェノールなどの添加,また,NPXの共結晶化に着目した検討を行った.50,51筆者はこれまでに,NPXの懸濁液に抗酸化剤及びアミノ酸を添加することで光分解が抑制されることを報告している.52,53この検討より添加物の抗酸化能及びUVフィルター能が光安定化作用にとって重要であることが明らかとなっている.NPXの粉末にポリフェノール及び抗酸化剤を混合した後にUV照射を行ったところ,ケルセチン,クルクミン及びレスベラトロールを混合した場合は光分解がほぼ完全に抑制されることがわかった(Fig. 6).これら3つのポリフェノールは300–400 nm付近に強いUV吸収能を示すため,NPXへのUV照射を阻害することが光分解を防いだ要因と考えられた.一方,ポリフェノールは強い抗酸化能を有するが,カテキンなどの抗酸化能は高いもののUV吸収能が低いポリフェノールでは光安定化作用を示さなかった.これらより固体の医薬品に対する光安定化において,抗酸化能の大小は寄与しないことが示された.

Fig. 6. Photoprotective Effects of Selected Additives on NPX Photodegradation in a Powder

Values represent the mean±standard deviation for four samples. *Difference compared with control (p<0.05), **difference compared with control (p<0.01), ***difference compared with control (p<0.001), #difference compared with no additives (p<0.05), and ##difference compared with no additives (p<0.01).

NPXの光安定化に関する検討の1つとして,co-formerとの共結晶に着目した.2分子のNPXは1分子のニコチンアミド(nicotinamide: NA)と水素結合を介して共結晶を形成する.54医薬品の共結晶化は水溶性の上昇や物理的安定性の増加に加え,光分解性の改善にも寄与することが報告されている.5558 NPXの光分解には脱炭酸反応が重要な役割を担うが,NPXとNAとの共結晶ではカルボキシル基の水素が水素結合の形成に係わっているため,54脱炭酸反応が起こり難くなると推定された.結果は予想に反して,NPXとNAの共結晶にUVを照射すると,NPX単独と比較して光分解性が増加した.51 NPXとNAを混合した粉末にUVを照射した場合にも同様の結果が得られ,固体状態のNPXの光分解がNAにより促進されることが示された.ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドのNA骨格は励起エネルギーの受け渡しを介して別の化合物の光分解を促進することが報告されており,59,60 NPXの光分解促進に関しても同様のメカニズムが働いたと考えられた.興味深いことに,NPXとNAの共結晶,若しくは混合物に水を加えた場合では,NAによる光分解促進作用は認められなかった.この実験の場合では,NAの周囲にはNPXよりも水分子が大量に存在している.NPXよりも水分子への励起エネルギーの受け渡しが優先的に行われ,NPXは励起エネルギーを受け取ることができなかったと考えられる.水分子はNAとの励起エネルギーの授受を経て活性酸素種へと変換されるが,59 NPXの光分解性に対する活性酸素種の影響は小さいため,47結果としてNPXの光分解が促進されなかったと推察された.固体状態のNPXの光分解制御に関する検討結果をまとめると,ポリフェノールなどのUVフィルター能を有する添加物はNPXの光分解を抑制し,対照的に励起エネルギー供給物質はNPXの光分解を促進することが明らかとなった(Fig. 7).添加物法は臨床現場における調剤の段階で適用可能である簡便な方法であり,優れた光安定化物質を探索することができれば,光感受性医薬品の安全な投薬につながる.粉砕・懸濁などの応用的な医薬品製剤の使用をリスクなく行うことができるよう,今後も添加物法に関する研究を継続予定である.

Fig. 7. Scheme of the Regulation of NPX Photodegrdation in the Solid-state

NPX is photodegraded by UV irradiation (A). In the presence of polyphenols such as quercetin, NPX photodegradation is suppressed by UV-filtering activity (B). Delivery of excitation energy from NA to NPX enhances NPX photodegradation in the solid-state (C).

アムロジピンやニフェジピン(nifedipine: NIF)に代表されるジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬は,高血圧治療薬や狭心症治療薬として世界中で使用されている医薬品である.血管平滑筋の収縮に必要なカルシウムイオンの細胞内流入を抑制することで末梢血管を拡張させる作用を有する.しかしながら,インタビューフォームに記載があるように,ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬は一般的に光感受性が高い.これは曝光によりジヒドロピリジン環が酸化されてピリジン環へと変換されることに起因しており,酸化体は血管拡張作用を有さない.61 NIFはUV照射によりニトロソ基を有する酸化体へと変換されるが,この酸化体はカルシウム拮抗薬としての機能は持たず,代わりに抗酸化能を有すると報告されている.62,63このように,光分解は医薬品の有する薬理作用を大きく変化させることもあり,光暴露には十分に留意する必要があることが示された.以下に同じくジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬であるアゼルニジピン(azelnidipine: AZE),フェロジピン(felodipine: FL)及びニトレンジピン(nitrendipine: NTR)について光安定性評価を行い,新規光分解物を同定した結果について紹介したい.6466

AZEの錠剤,その粉砕末及び懸濁液にUVを照射したものを試料としHPLC分析を行った結果,有効成分の減少と2種類の光分解物の生成が確認された.LC-MS/MSにより構造同定を行ったところ,光分解物の1つはベンゾフェノンであることが示唆された(Fig. 8A).ベンゾフェノンの標準物質を用いて確認を行った結果,同一であることがわかった.また,AZEのエステル結合が開裂した加水分解物も同定されたが,今回の検討ではジヒドロピリジン環がピリジン環へと酸化されたピリジン体の生成は確認できず,AZEの主光分解物はベンゾフェノンであることが明らかとなった.ベンゾフェノンはUV吸収能を有し,その誘導体は日焼け止めとして用いられている.一方,ベンゾフェノンは内分泌かく乱作用や発がん作用を有しており,67,68その挙動には十分に留意する必要があると物質である.このことは,AZE及びその剤形変更物が光にさらされることで,予期せぬ生理活性を有するベンゾフェノンが生成したことを意味する.ベンゾフェノンの生成経路は,AZEからのジフェニルメチレン骨格の脱離反応とそれに伴う酸化反応が考えられる.抗てんかん薬であるフェニトインにUVを照射するとベンゾフェノンが生成すること,それに伴い水生生物に対する毒性が増強することをこれまでに報告している.69以上より,ジフェニルメチレン骨格が光誘発性のベンゾフェノン生成に必要な部位である可能性が高いと考えられた.

Fig. 8. Summary of the Photodegradation of AZE (A), FL (B) and NTR (C)

FL及びNTRの錠剤とその剤形変更物を用いてUV照射実験を行ったところ,それぞれの主薬の光分解並びに数種類の光分解物が生成することがHPLC分析により明らかとなった.LC-MS/MSにより光分解物の構造同定を行ったところ,それぞれのピリジン体に加え,FLでは2量体,NTRではニトロソピリジン体が生成することを見い出した(Figs. 8B, C).今回の検討では光分解物の生理活性は評価していないが,利尿薬の1つであるフロセミドの光分解物が2量体でありかつ変異原性を示すこと,70更にNIFの主光分解物であるニトロソピリジン体がカルシウム拮抗作用ではなく抗酸化作用を示すことが報告されており,62,63今回同定した光分解物が予期せぬ薬理作用を有する可能性も考えられる.ほかのいくつかの医薬品に対しても,剤形変更に伴う光安定性の低下や光分解に起因した光分解物の生成をこれまでに明らかにしてきたが,71今後とも継続的な評価が必要と考えられる.なお,今回使用したUVの波長域は太陽光に含まれるものであり,光感受性を示した医薬品は現実的に臨床現場で光分解されることが懸念され,その取り扱いには留意しなければならないことが示された.

以上,LC-MS/MSを用いた医薬品光安定性の研究により,NPXの光分解機構の解明及びその光分解性の制御に関する知見を得ることができた.また,数種類のジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬の光分解機構を解明することができた.筆者はそのほかのNSAIDs,フィブラート系医薬品,また抗ヒスタミン薬などの医薬品の光分解機構の解明についても検討し,報告した.7275安全な医療の提供の一助となるために,今後更なる評価対象の拡大に取り組む予定である.

4. おわりに

LC-MS/MSにより,高感度かつ高選択的なターゲット化合物の定性及び定量を行うことが可能である.本稿ではリゾリン脂質及びその関連物質の定量と医薬品光分解物の構造決定に適用した結果を紹介したが,その分析条件の最適化に関する基礎検討も進めている.リゾリン脂質より生成する遊離脂肪酸とモノアシルグリセロールでは,炭素鎖長及び不飽和度がイオン化効率に影響すること,更にMS条件や移動相条件により分子種間のイオン化効率に大きな違いが生じることを見い出している.この知見を利用することで,脂質分析を行うときに汎用される内部標準法(生体内に存在しない分子種を内部標準物質として利用する手法)の精度を高めることができ,リゾホスホリパーゼA若しくはD活性の評価をより正確に行うことも可能となる.リゾリン脂質やリン脂質に関しても脂質クラスや分子種に応じてイオン化効率に差異が生じることも考えられるため,それぞれの分子種に着目した分析条件の最適化の検討を更に進めていきたい.

謝辞

本研究の遂行にあたり,御指導御鞭撻を承りました西 博行先生(安田女子大学薬学部教授),徳村 彰先生(安田女子大学薬学部教授),森本金次郎先生(安田女子大学薬学部教授)に心より感謝申し上げます.また,共同研究者として研究の進展に御助力頂いた稲垣昌宣先生(安田女子大学薬学部教授),古武弥一郎先生(広島大学大学院医系科学研究科教授),宮良政嗣先生(広島大学大学院医系科学研究科助教)に厚く御礼申し上げます.GDE活性評価の研究で御協力頂いた堤 敏彦先生(九州保健福祉大学薬学部薬学科准教授),インフルエンザウイルス感染細胞の脂質分析実験で御協力頂いた佐藤雄一郎先生(安田女子大学薬学部准教授),久保貴紀先生(安田女子大学薬学部准教授),医薬品の光分解機構に関して御助言を頂きました生中雅也先生(前安田女子大学薬学部教授)に深く感謝申し上げます.また,実験結果の取得に尽力してくださった同学卒業生並びに学生の皆様に心より御礼申し上げます.本研究の一部は,日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究,20K15980)により行われたものであり,ここに謝意を表します.最後に,支部奨励賞を御選考頂きました諸先生方に深く御礼申し上げます.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,2023年度日本薬学会中国四国支部奨励賞の受賞を記念して記述したものである.

REFERENCES
 
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