2024 Volume 144 Issue 3 Pages 275-283
Molecular oxygen plays essential roles in aerobic organisms as a terminal electron acceptor in the electron transport chain in mitochondria. The intracellular oxygen concentration of the entire body is strictly regulated by a balance between the supply of oxygen from blood vessels and the consumption of oxygen in mitochondria. The disruption of oxygen homeostasis in the body often results in serious pathologies such as cancer, cerebral infarction, and chronic kidney disease, and thus considerable effort has been devoted to the development of suitable techniques allowing the qualitative and quantitative detection of tissue oxygen levels. This review focuses on recent advances in the visualization of oxygen levels in tissue based on phosphorescence lifetime measurements using exogenously small molecular oxygen probes. Specially, I introduce the principle of oxygen sensing by means of phosphorescence quenching, recent advances in intracellular and intravascular oxygen probes based on iridium(III) complexes, a system for measuring phosphorescence lifetime combined with confocal scanning microscopy, and the applications of these technologies to in vivo oxygen measurements, emphasizing the usefulness of iridium(III) complexes as biological oxygen probes.
好気性生物は,酸素を利用して効率的にエネルギーを生産し,生命活動を維持している.体外から取り込まれた酸素の大部分は,赤血球内のヘモグロビンに吸着した状態で運ばれ,組織細胞の近傍で解離したあと拡散によって細胞内に移動し,ミトコンドリアの電子伝達系における最終電子受容体として消費される.1)よって,生体内の酸素レベルは一定に保たれている.2)生命活動において酸素は必要不可欠な物質である一方,物質を酸化させる性質があることから,体内に酸素を貯蔵することはできず,また,必要量以上に取り込まない.そのため,生命活動を維持するためには,全身に張り巡らされた血管網を通して,各組織細胞に酸素を常に供給する必要がある.なんらかの原因で酸素供給が滞ったり,酸素を過度に消費したりすることは,生命活動に深刻な影響を与えるため,生体は急激な酸素レベルの変化に対して迅速に対応する備えがある.多くの場合,酸素レベルの恒常性の破綻は,細胞内酸素分圧の低下として現れる.低酸素に陥った細胞内では,低酸素誘導因子(hypoxia inducible factors: HIFs)が発現する.3) HIFsのうちHIF-αは,通常酸素分圧下では速やかに分解されるのに対して,低酸素環境下では分解されずに核内に移行し,血管内皮細胞増殖因子(vascular endothelial growth factor: VEGF)やエリスロポエチンなど,低酸素状態を解消するためのタンパク質やホルモンの発現を活性化させる.特に,がんのように細胞が異常に増殖している疾患では,細胞増殖に血管新生が追従できないため,細胞内が低酸素状態であることが指摘されている.4)そのため,腫瘍細胞内ではHIFsによってVEGFが過剰発現し,無秩序に血管が新生している.その結果,腫瘍内の酸素分圧は場所によって大きく異なり,放射線治療や抗がん剤治療の効果に大きな影響を及ぼす.5)また,組織内の低酸素環境は,虚血性疾患,慢性腎臓病,脂肪肝など様々な疾患にみられる.6–8)このため,これらの疾患の診断,治療法の開発に向けて,組織内の酸素分圧を定量的に計測・イメージングする技術の開発が必要とされている.
組織内の酸素レベルを定量的に計測する主な方法として電気化学的方法,磁気共鳴法,光学的方法がある.これらの方法は,測定対象,感度,空間分解能,簡便性において,それぞれに長所と短所があるため,目的にあった方法を適宜選択することが重要である.電気化学的方法は酸素電極と呼ばれる微小な針電極を組織に挿入し,電極近傍の酸素を還元して得られる電流を計測する.9)簡便性に優れている一方,組織に対して侵襲が高く,また,電極近傍の酸素分圧しか測定できないため細胞や血管を区別することが困難である.さらに,酸素を消費するため低酸素分圧域では酸素分圧を低く見積もる可能性がある.磁気共鳴法としては,還元型ヘモグロビンが局所磁場の乱れを引き起こすことを利用するblood oxygen level independent magnetic resonance imaging(BOLD-MRI)法10)や,常磁性分子を投与してそのelectron paramagnetic resonance(EPR)信号を画像化するEPR imaging(EPRI)法11)がある.BOLD-MRI法は,臨床医学において利用されている実用的な方法である.しかしながら,装置が大掛かりであることや,血中の酸素飽和度の情報に留まり組織細胞内の酸素分圧計測は困難である.EPRI法は,低侵襲的な測定が可能である一方,感度や空間分解能が低いことが課題である.光学的方法には吸収法と発光法がある.前者はパルスオキシメトリー法12)として知られ,酸化型及び還元型ヘモグロビンの光吸収係数の違いを利用して,簡便に血中の酸素飽和度を計測できる.後者は,りん光と呼ばれる酸素分子によって発光強度や発光寿命が変化する発光を用いる方法13–15)である.光の低透過性のため組織表層付近に限定はされるが,顕微鏡と組み合わせることで,単一細胞レベルの分解能で比較的簡便に酸素分圧をリアルタイムに定量できる.また,酸素プローブとして血中滞留性や組織細胞蓄積性のりん光性分子を化学的に設計・合成することで,血中酸素分圧と組織細胞の酸素分圧を計測・イメージングすることが可能である.
本総説では,りん光を用いた酸素分圧定量の原理,組織内酸素分圧計測法,りん光性分子を酸素プローブとして用いた組織内酸素分圧計測・イメージングについて紹介する.
分子の発光には,蛍光とりん光がある.光を用いたバイオセンシングやイメージングでは,蛍光を用いることが多い.一方,酸素センシングやイメージングではりん光を用いることが有効である.Figure 1に分子のエネルギー状態図いわゆるヤブロンスキー図を示す.16)光を吸収することで分子は基底状態(ground state: S0状態)から励起一重項状態に遷移する.溶液中においては,周囲の溶媒分子を介した熱放出により最低励起一重項状態(lowest excited singlet state: S1状態)に緩和する.S1状態は不安定であるためS0状態に緩和する.この際に放出する光が蛍光である.ここでS1状態からはエネルギーの低い最低励起三重項状態(lowest excited triplet state: T1状態)に遷移することも可能である.この遷移は項間交差(intersystem crossing: ISC)と呼ばれ,蛍光過程と競合する.一般にISC過程は禁制遷移であり蛍光過程よりも起こり難い過程であるが,分子内に重原子がある場合その効果によって蛍光よりも優先的に起こる.T1状態も不安定であるためS0状態に緩和する.この際に放出する光がりん光である.りん光は蛍光と同様に光励起された分子からの発光であるため,一般的な蛍光分光光度計や蛍光顕微鏡で測定が可能である.
蛍光とりん光の大きな違いは,励起状態に止まる平均的な時間,すなわち発光寿命である.蛍光は,S1状態からS0状態への放射過程であるためスピン許容遷移であるのに対して,りん光は,T1状態からS0状態への放射過程であるためスピン禁制遷移である.そのため,一般的な有機化合物の蛍光寿命は,ナノ秒オーダーであるのに対して,りん光寿命はマイクロ秒から秒オーダーと著しく長い.よって,T1状態にある分子は,励起寿命内に拡散によって周囲の酸素分子と衝突することが可能となる.酸素分子は,エネルギー的に低い位置に2つの電子的励起状態(1Σg+状態,1Δg状態)を有する(Fig. 1).1Δg状態の酸素分子は,活性酸素種として知られている一重項酸素であり,光を用いたがん治療として実用化されている光線力学療法に利用されている.一重項酸素は1270 nmに弱いりん光を示すことから,T1状態のエネルギーは0.98 eVであることが知られている.これは多くの有機化合物のT1状態のエネルギーに比べてかなり低いため,酸素分子は励起分子と衝突すると,そのエネルギーを受け取って励起分子を失活させる.この過程はりん光消光と呼ばれ,励起分子のりん光強度が減少するとともにりん光寿命が短くなる.りん光を用いた生体内酸素分圧計測では,細胞や組織内に取り込まれた酸素プローブ分子のりん光が,酸素分圧に依存して消光されることを利用している.
酸素によるりん光消光が2分子反応にしたがって起こると仮定すると,りん光強度(Ip),りん光寿命(τp)と酸素分圧(pO2)は,Eq.(1)で示されるStern–Volmerの関係式を用いて表すことができる.
![]() | (1) |
ここで,Ip0, τp0は,それぞれpO2=0のときのりん光強度,りん光寿命であり,KSV, kqは,Stern–Volmer定数,りん光消光速度定数である.溶液中では,酸素プローブ分子の濃度は均一であるため,同じ光学系を用いることでりん光強度計測から酸素分圧を求めることができる.一方,細胞や組織ではプローブ分子の濃度は不均一であり,また,励起光強度も照射される場所によって異なるため,りん光強度計測から酸素分圧を定量化することは困難である.これに対して,りん光寿命はプローブ濃度,励起光強度,測定光学系に依存しないため定量に適している.Eq.(1)を変形するとEq.(2)が得られる.
![]() | (2) |
Equation(2)から,あらかじめτp0とkq値を求めておけば,τpを測定することで酸素プローブ分子周辺のpO2を決定すること可能となる.
りん光を利用して酸素分圧を計測・イメージングするためには,酸素を検知するりん光性分子の開発が重要である.前節で述べたようにりん光はスピン禁制遷移であるため,室温においては競合する熱的緩和が優先的に起こりほとんど観測されない.一般に,室温において強いりん光を示す分子は,重原子イオンに有機化合物が共有あるいは配位結合した金属錯体に限られる.そのような有機金属錯体として,レニウム[rhenium: Re(I)],ルテニウム[ruthenium: Ru(II)],オスミウム[osmium: Os(II)],ロジウム[rhodium: Rh(III)],イリジウム[iridium: Ir(III)],白金[platinum: Pt(II)]を中心金属に有する化合物がある.17–19)また,パラジウム[palladium: Pd(II)],白金Pt(II)を中心金属とするポルフィリン錯体も比較的強いりん光を示すことが知られている.20,21)この中で,Ru(II)錯体及びPd(II)–,Pt(II)–ポルフィリン錯体は,培養細胞や組織内の酸素レベル計測において,研究初期から用いられている代表的なりん光性分子である.Ru(II)錯体の多くは,450–500 nmに金属–配位子間電荷移動(metal to ligand charge transfer: MLCT)遷移に由来する吸収帯が観測され,600–800 nmの波長域に赤色りん光を示す.比較的高い細胞親和性を示す一方,りん光寿命が1 µs程度であるため酸素感受性が低い点が課題である.Pd(II)–,Pt(II)–ポルフィリン錯体は,400 nm付近にソーレー帯,500–600 nmにQ帯と呼ばれる吸収帯を示し,650–800 nmに深赤色りん光が観測される.りん光寿命は,Pd(II)–ポルフィリン錯体では,100–1000 µs, Pt(II)–ポルフィリン錯体では,30–100 µsと非常に長いため,酸素感受性に優れた分子である.また,分子の芳香環を拡張したベンゾポルフィリン錯体は,近赤外光領域にりん光を示すため,生体深部計測に適した分子である.しかしながら,疎水性が高く細胞親和性が低いため,親水性ユニットを結合させることで細胞移行性を高める工夫や,デンドリマー型分子にすることで血中酸素プローブとして使用されている.22–25)
近年,筆者は新しい酸素プローブ分子としてIr(III)錯体に注目している.26) Ir(III)錯体は,光吸収・りん光波長やりん光量子収率・りん光寿命が,Ir3+イオンに結合している配位子の構造を変えることで比較的容易に制御できる.特に,りん光波長が配位子によって青,緑,赤,近赤外と様々に変えられることは,複数個所(例えば組織細胞と血管)の酸素計測に有効である.また,他の発光プローブ分子と併用することで,酸素以外のパラメータも同時に計測・イメージングすることができる.さらに,配位子を化学的に修飾することで,疎水性や親水性の制御に加えて,細胞内局在も変えることができる.Figure 2に筆者のグループで開発した組織内の酸素分圧計測を可能とするIr(III)錯体を示す.(2,4-Pentanedionato-κO2,κO4)bis[2-(2-pyridinyl-κN)benzo[b]thien-3-yl-κC]iridium(BTP)及び[N-[2-(Dimethylamino)ethyl]-4,6-di(oxo-κO)heptanamidato]bis[2-(2-pyridinyl-κN)benzo[b]thien-3-yl-κC]iridium(BTPDM1)は485 nmに吸収極大波長,615 nmにりん光極大波長を示す.27,28)これらの錯体は芳香族配位子が同じであるため,同様なスペクトル特性や光物理特性を示す一方,細胞内移行性や局在が異なる.BTPDM1は脂肪族配位子にN,N-ジメチルアミノ基を有しており,細胞内移行性がBTPよりも約20倍増加する.これは生理的条件下において,N,N-ジメチルアミノ基にプロトンが付加しカチオン性となることで,負に帯電している細胞膜と相互作用しやすくなるためと考えられている.また,BTPの細胞内局在は主に小胞体や脂質滴であるのに対して,BTPDM1は主にリソソームに局在する.[2-[5-[2-[[2-(Dimethylamino)ethyl]amino]-2-oxoethyl]-2-pyridinyl-κN]phenyl-κC]bis[2-(2-pyridinyl-κN)phenyl-κC]iridium(PPYDM)は2-フェニルピリジン誘導体を芳香族配位子に有しているため,緑色りん光を示し,また,N,N-ジメチルアミノ基があることから細胞親和性が高く,主にリソソームに局在する.29)
可視光を用いた光イメージングでは,生体内の水やヘモグロビンによる吸収や屈折率の違いによる光散乱のため,表面から数十µmまでの領域に限定される.より深部を観測するためには,“生体の窓”と呼ばれる近赤外光領域の光を用いることが有効とされている.30)近年,近赤外光領域に蛍光を示す分子は数多く合成されているが,りん光性分子は非常に少ない.また,単に近赤外光領域にりん光を示すだけでは,酸素の検出は困難である.筆者のグループでは,773 nmにりん光極大波長を示し,酸素検出のために十分な長さのりん光寿命(18.5 µs)を有するIr(III)錯体[2-[(2H-[1]Benzothieno[2,3-b]pyrrol-2-ylidene-κN1)(2,4,6-trimethylphenyl)methyl]-1H-[1]benzothieno[2,3-b]pyrrolato-κN1]bis[2-[5-[2-[[2-(dimethylamino)ethyl]amino]-2-oxoethyl]-2-pyridinyl-κN]phenyl-κC]iridium(PPYDM-BBMD)を開発した.PPYDM-BBMDは,2つのベンゾチエノ環が縮環したジピロメテンを配位子に有している.この錯体を酸素プローブとして,肝臓組織の酸素分圧を深さ180 µmまで計測できることを示した.31)
これまでに紹介したIr(III)錯体は,脂溶性であるため,血中に投与されると血清アルブミンに取り込まれ組織細胞に移行する.組織は実質細胞に加え血管や間質から成り立っている.特に酸素は血管から供給されることから血中酸素分圧を計測することも必要である.BTP-PEG48は血中滞留性を有するIr(III)錯体である.32)各芳香族配位子に重合度48(分子量:約2000)のポリエチレングリコールが導入されているため,投与に十分な水溶性を有し,数十分間にわたり血中に滞留する.また,BTP-PEG48は,600–800 nmにりん光を示すため,緑色りん光を示すPPYDMとの併用が可能である.
組織内の酸素分圧を単一細胞レベルで計測・イメージングするためには,顕微鏡を用いて組織を拡大する必要がある.ここでは,組織内に分布する酸素プローブ分子のりん光を検出し,イメージング画像を構築するりん光寿命イメージング顕微鏡(phosphorescence lifetime imaging microscope: PLIM)について紹介する.PLIMは,パルス光源,共焦点スキャナーを取り付けた光学顕微鏡,発光寿命計測機器から成る.33,34)これは細胞内の温度,粘度,タンパク質間相互作用などを検知する蛍光プローブ分子の蛍光寿命を測定して,疑似カラーで画像化する蛍光寿命イメージング顕微鏡(fluorescence lifetime imaging microscope: FLIM)とほぼ同じシステムである.PLIMとFLIMの異なる点は,発光寿命の計測方法である.FLIMでは溶液中の蛍光寿命測定と同じ時間相関単一光子計数法によって,各ピクセルの蛍光減衰曲線を得ている.数十秒の測定時間でイメージング画像を構築するために,励起光源として繰り返し周波数が50–20 MHz(パルス光の間隔:20–50 ns)のピコ秒パルスレーザーダイオードを用いている.このような高繰り返しでパルス光が照射できるのは,数nsの蛍光寿命の場合,パルス光を照射してから20 ns後にはS1状態にある分子がほぼ存在しないためである.一方,酸素検出のためのりん光性分子のりん光寿命は数µsである.つまり,パルス光の照射間隔を20 µsよりも長くする必要がある.例えばFLIMを用いて10秒で画像が取得できる測定条件でPLIM測定を行った場合,10000秒(約2.8時間)の測定時間が必要となり現実的ではない.筆者のグループにあるPLIMは,FLIMとは異なる計測法で各ピクセルのりん光減衰曲線を得る.この計測法では,ピコ秒パルスレーザーを照射している時間(Ton)と照射していない時間(Toff)がある(Fig. 3A).Tonでは20 ns間隔でパルス光が到達するため,T1状態にある分子はわずかに失活しながら蓄積していく.ある程度T1状態にある分子が蓄積したところでレーザーをオフにする.そうすると蓄積したT1状態にある分子が,りん光放射過程あるいは熱失活過程を経てS0状態に緩和する.この際に放出される光子をマルチチャンネルスケーラーによって計測することでりん光減衰曲線を得る.得られた各ピクセルのりん光減衰曲線を解析し,算出されたりん光寿命を疑似カラーで表示することでPLIM画像を構築する(Fig. 3B).ここで,1回の計測時間(Ton+Toff)を60 µsとし,各ピクセルにおいて1回計測すると1フレーム(128×128ピクセル)の測定時間は約1秒となる.解析に十分な減衰曲線を得るために,50フレームを測定すると約50秒でPLIM画像を取得できる.Ir(III)錯体を用いた酸素プローブ分子のりん光寿命は5–10 µs程度であり,レーザーをオフにしてから50 µs後には,ほぼりん光信号は観測されなくなる.これに対して,Pd(II)–,Pt(II)–ポルフィリン錯体のようにりん光寿命が50 µs以上ある場合,1回の計測時間は500 µs程度必要となり,PLIM画像の取得には約400秒必要となる.培養細胞のように動きがほぼない系では測定することができるが,麻酔下にある小動物組織においては,この間少しでも小動物が動くと鮮明な画像にならない.一方,りん光寿命が1 µs以下では,測定時間は短縮できるが十分な酸素応答性が得られない.つまり,Ir(III)錯体はPLIM測定による組織内酸素分圧計測に適したりん光寿命を有している.
A: Acquisition of phosphorescence decay profile following repeated laser pulse excitation. B: Mapping of phosphorescence lifetimes by color scale.
筆者のグループでは,Ir(III)錯体を酸素プローブとしてPLIM測定から,マウス組織の酸素分圧計測・イメージングに取り組んでいる.これまでに,共同研究を含めて腎臓,32,35)肝臓,8,31,36)膵臓,29)眼底,37)骨髄38,39)の酸素分圧について明らかにしてきた.ここでは,肝臓と膵臓の結果について紹介する.
肝臓は,人体の中で最も大きな臓器であり,炭水化物,脂質,タンパク質の代謝や貯蔵,老廃物の分解や有害物質の解毒,消化のための胆汁の合成など多くの機能を担っている.肝臓は,六角柱構造をした肝小葉と呼ばれる基本単位からなる(Fig. 4A).六角柱の頂点部には肝動脈,門脈,胆管からなるportal vein(PV)領域があり,中心部には中心静脈(central vein: CV)がある.血液はPV領域から類洞血管を経てCVに向かって流れる.血液中の酸素は,類洞血管に隣接する肝細胞に供給されるため,PV領域からCV領域に向かって徐々に減少する.これにより酸素分圧勾配が現れ,肝細胞の機能も変化することが指摘されている.40)よって,酸素分圧勾配をイメージングすることは,肝細胞内の代謝過程の解明において重要である.Figure 4Bに麻酔下にあるマウスにBTPDM1を尾静脈投与して,約20分後に測定した肝臓表面付近のPLIM画像を示す.りん光寿命が約2.5 µsの領域(PV領域)が,りん光寿命が約3.1 µsの領域(CV領域)を取り囲むようにあり,肝小葉がイメージングされている.また,PV領域からCV領域に向かってりん光寿命が徐々に増加していることから,酸素分圧勾配があることがわかる(Fig. 4C).
A: Schematic views of hepatic lobules. B: Phosphorescence lifetime images of the hepatic surface of a mouse administered BTPDM1. Scale bars: 200 µs. C, D: Phosphorescence lifetime of BTPDM1 and pO2 in hepatic lobules. Average phosphorescence lifetime and pO2 are shown. N=23 ROIs for CV, 23 for IR (intermediate region between CV and PV), and 24 for PV in 5 mice administered BTPDM1. *p Value <0.01 by 2-tailed unpaired t test. Error bar: S. D. Reprinted with permission from ref. 36).
得られたりん光寿命τpを,Eq.(2)を用いて酸素分圧pO2に換算するためには,酸素分圧が0 mmHgのときのりん光寿命τp0とりん光消光速度定数kqが必要となる.筆者のグループでは,対象組織を構成している実質細胞に近い細胞を単層培養し,培養器の酸素分圧を変えてりん光寿命を測定する.得られたτp0/τpを培養器の酸素分圧に対してプロットし,Eq.(1)を用いて解析することでkq値を算出している.ここでは,培養細胞としてマウス肝細胞株alpha mouse liver 12(AML12)を用いて,AML12細胞内に取り込まれたBTPDM1のτp0とkq値をそれぞれ,5.2 µs, 4.22×103 mmHg−1と決定した.これらの値と複数のマウスを用いた実験から,PV領域とCV領域の酸素分圧には有意な差があり,それぞれの酸素分圧を39±4.2 mmHg, 24±6.1 mmHgと算出した(Fig. 4D).
BTPDM1を酸素プローブとしてPLIM測定から,肝臓の酸素分圧分布に関する知見が得られた.次に肝臓に生理的な刺激を与えた際の酸素応答や酸素分圧変化の追跡を試みた.BTPDM1を投与したマウスに塩化アンモニウムを静脈投与し,PLIM測定を行った.投与10分後において,肝小葉の一部の領域の酸素分圧が低下し,約1時間後に安静時の酸素分圧に戻ることがわかった.アンモニアの解毒には,門脈周辺領域での尿素合成と中心静脈周辺でのグルタミン合成による消費があり,これらの過程の促進には酸素が必要である.よって,一時的に肝細胞の酸素消費速度が増加し,酸素分圧が低下したと考えられる.
膵臓は,インシュリン,グルカゴン,ソマトスタチンなどの多くのホルモンを分泌し血糖値を制御している.培養細胞の実験からインシュリン分泌には,多くのエネルギーが必要であり,それに伴い酸素を消費することが指摘されている.41)膵臓機能の理解や膵臓癌,糖尿病など膵臓関連の病気の診断,治療法の開発において,膵臓の酸素分圧計測が重要であると考え研究を進めた.ここでは,異なる発光色を有する2つの酸素プローブ分子(PPYDM, BTP-PEG48)を用いて測定した,膵臓の実質細胞の酸素分圧と血中酸素分圧について紹介する.Figure 5Aに麻酔下にあるマウスにPPYDMを尾静脈投与し,約20分後にBTP-PEG48を投与して測定した膵臓表面付近のPLIM画像を示す.PPYDMは緑色りん光を示すIr(III)錯体であり,510–560 nmの波長範囲で観測すると,膵腺房細胞からPPYDMに由来するりん光信号が得られた.一方,BTP-PEG48は赤色りん光を示すIr(III)錯体であり,620 nmよりも長波長範囲で同じ視野を観測すると,血中からBTP-PEG48に由来するりん光信号が得られた.それぞれのPLIM画像から,同じ視野における膵臓組織について単一細胞レベルでイメージングできていることがわかる.測定されたりん光寿命から酸素分圧を算出するために,rat pancreatic acinar cell(AR42J)細胞とマウス血漿を用いて,それぞれの酸素プローブ分子のτp0とkq値を決定した.これらの値を用いて,膵腺房細胞と血中の酸素分圧が約30 mmHgであることを明らかにした(Fig. 5B).
A: Phosphorescence lifetime images of the surface of the pancreas of a mouse administered PPYDM and BTP-PEG48. Scale bars: 50 µs. B: Distribution histograms of pO2 of acinar cells (solid line) and blood (dashed line). Reprinted with permission from ref. 29).
本稿では,小動物組織の酸素分圧計測・イメージングについて,りん光を用いた測定原理,測定のための酸素プローブ分子と計測機器,筆者のグループで測定した組織内酸素分圧の例について概説した.りん光を用いた組織内酸素分圧計測は,1980年代にペンシルベニア大学のD. F. Wilsonらの研究グループによって始められた.彼らは,りん光寿命が数百マイクロ秒のPd(II)–ポルフィリン錯体を酸素プローブとし,数マイクロ秒のパルス幅を持つキセノンフラッシュランプを照射して,ゲート付きCCDカメラを用いてPLIM画像を構築した.2010年代になると,酸素プローブ分子にIr(III)錯体を用いた研究が報告される.これは数ナノ秒のパルス幅を持つレーザーダイオードが実用化され,数マイクロ秒のりん光寿命を簡便に測定できるようになったためである.さらに,りん光寿命イメージング顕微鏡により,組織内酸素分圧を単一細胞レベルの分解能でイメージングできるようになった.また,小分子,デンドリマー,ナノ粒子など新しい酸素プローブも報告されている.酸素に限らずバイオ計測・イメージングでは,計測機器とプローブが車の両輪のような関係にあり,それらが互いに進歩することで,新しい知見の発見や高精度な定量につながる.今後,酸素と他の物理量や生体関連物質の同時計測・イメージングが可能となれば,組織機能のさらなる解明,がんなどの低酸素病態の診断法や治療薬の開発が,大きく進むことが期待される.
本稿で紹介した研究内容の一部は,JSPS科研費JP19K22947の助成で得られた成果であり,支援に心より感謝する.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会第143年会シンポジウムS23で発表した内容を中心に記述したものである.