YAKUGAKU ZASSHI
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Symposium Reviews
High Purity Solvents for qNMR Measurement
Yasuhiro Muto Toru MiuraYoshiaki Iwamoto
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2024 Volume 144 Issue 4 Pages 367-371

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Summary

Quantitative NMR (qNMR) has been adopted by documentary standards, including the Japanese Pharmacopoeia (JP), United States Pharmacopoeia (USP), and International Organization for Standardization (ISO), owing to its reliability and efficiency. Note that qNMR can be used for quantifying target components using the signal integration ratio of an analyte to a reference. In qNMR, a modern NMR instrument with high resolution and sensitivity is used to record reliable spectra. This instrument can detect small signals from impurities in a solvent, which may result in inaccurate signal integration in the spectrum. In this study, we investigated the influence of solvent quality on qNMR accuracy focusing on organic impurities, water content, and deuteration ratio. If signals from organic impurities and signals from the analyte overlap, the duplication of signal integration will directly affect the qNMR analytical result. To examine overlapping, we performed blank solvent tests. Additionally, a high water content and low deuteration ratio affect the detection sensitivity, thus reducing the signal-to-noise (S/N) ratio of the target. Thus, these factors must be considered to obtain accurate qNMR results.

緒言

核磁気共鳴(NMR)スペクトルは分子内の原子核を測定対象とする分析法であり,その測定スペクトルから得られるシグナルの化学シフト値,カップリングや積分強度比などの情報を基に化学分子構造を推定することができることから,有機化学の分野において主に構造解析を目的に多用されてきた.特に水素原子核(1H)を測定対象とした1H-NMRは,天然存在比が高い核を測定対象とすることから検出感度に優れており,有機化学において最も利用されている測定方法である.このとき1H-NMRスペクトル上で検出される個々の1Hシグナルの積分強度比は,測定試料液中に存在する水素原子数に比例する性質がある.この性質は化学構造に依然せず共通であることから,複数の化学物質の混合下において各水素のシグナル強度比を比較することで成分間のモル濃度比を算出することが可能となる.これを利用して純度既知の標準物質を測定対象物質に添加し,シグナル強度比の比較から測定対象物質の純度を算出する定量分析を1H quantitative NMR(1H qNMR)と呼ぶ.1H qNMRは測定対象物質が持つ吸光や蛍光などの物性特性を指標とせず,水素原子核の量から物質量を求める方法であるため,標準品の存在しない測定対象物質に対しても絶対定量が可能な手法である.1,2実際に生薬,食品添加物,残量溶媒,マイコトキシン及びマリントキシンなど,これまで純度保証された標準物質の供給が困難とされていた化合物に対し,1H qNMRを用いることで,複数の国家計量機関や試薬メーカーから純度保証品の供給が実現している.さらに1H qNMR用に開発された国際単位系(international system of units: SI)トレーサブルな認証標準物質(certified reference material: CRM)を内標準物質として正確に添加して実施される1H qNMR測定はaccurate quantitative NMR with internal reference substance(AQARI)と呼ばれ,SIトレーサブルな定量値を得ることができる分析法として,日本薬局方や食品添加物公定書等の公定試験法での採用が進められている.36

このように1H qNMRの医薬品,食品,ケミカル分野への実装が進む中,その測定精度に関する検討も盛んに行われている.中でも医薬品分野において定量法の測定精度は,製品の安全性に直結する課題であり,最も関心が高いものと推測される.従来1H-NMRはクロマトグラフィーなどで利用されているUV検出器などの一般的な検出手法と比較して検出感度が低いことから,定量分析には不向きであるとされていたが,近年のNMR装置の性能向上は著しく,検出感度の向上やデータ処理能力の向上が進んだことで,安定した定量値を得られるアプリケーションデータが多数報告されている.712中でも1H qNMRの測定精度に影響を与えるファクターのひとつであるsignal-to-noise-ratio(S/N比)が装置の性能向上によって改善されたことが精度向上の要因の一つであろう.日本薬局方においても1H qNMRにおけるS/N向上のため,高分解能なNMR装置の使用が推奨されており,S/Nが1H qNMR測定精度を担保するうえで重要なファクターとして寄与している(Fig. 1).

Fig. 1. S/N Ratio as a Function of the Magnetic Field

装置の高感度化に伴い測定データの精度が向上することは,多くの分析手法においても共通であり,また装置の高感度化によって重要視されるようになるのが,分析に使用する試薬溶媒の品質である.すなわち従来の検出感度では検出されなかった溶媒中の不純物が装置の高感度化によって検出されるようになった結果,夾雑物が目的成分の正確な定量分析を妨害することは珍しくない.これは1H qNMRにおいても例外ではなく,シグナルの積分強度を含量算出に用いる1H qNMRでは,不純物シグナルとターゲットシグナルが重なることはそのまま含量値の誤差につながる可能性があると考えられる.そのため1H qNMR測定溶媒中の不純物が測定精度に与える影響を理解し,適切な溶媒を使用することは,正確な1H qNMR測定を行うための基本になると考えられる.そこで本研究では1H qNMR測定に用いる重溶媒の品質として,1. 不純物シグナル,2. 水分含量,3. 重水素化率の3点について評価し,その影響について検証したので報告する.

結果及び考察

1. 不純物シグナル

Figure 2に一般的な低分子有機化合物の1H-NMRスペクトルを示した.定性分析を想定した通常の縮尺でスペクトルを表示した場合,主成分以外の不純物シグナルは確認できず,化合物の同定や構造解析を行う目的であれば問題ないデータであると判断される.一方ベースライン付近を拡大した場合,6.4 ppm付近及び7.0 ppm付近には,溶媒由来の微小な不純物シグナルが検出されており,近接したターゲットシグナルと重なっていることが確認できる.シグナルの積分強度から含量を算出する1H qNMRにおいて,不純物の重複による積分強度の増加はそのまま含量値を高く見積ることにつながるため,これら不純物に対して何かしらの対策を行わなければならない.最も簡便な方法は重複が認められたシグナルを1H qNMRのターゲットシグナルとして採用しないことである.食品分析に利用する標準品の1H qNMRでの純度測定の一般要求事項を規定したISO2458313においては,目的成分の分析前に重溶媒のブランク測定を行い,溶媒不純物とターゲットシグナルが重なることが予想される場合には,そのピークを含量算出に使用しない,又は別溶媒への変更を推奨している.

Fig. 2. Confirmation of Overlapping Trace Impurities

A) Full scale 1H-NMR spectrum. B) Zoom of A y-axis.

ここでブランク測定による溶媒変更についても言及しておきたい.Figure 3は異なる3社のクロロホルム-dについてブランク試験を行い,チャートの比較を行ったものであるが,メーカーによって不純物パターンに差があることがわかる.A社品は不純物シグナルがほぼ検出されず,1H qNMRに最も適していると考えられる.一方でB社の溶媒ではいくつかの不純物シグナルが高磁場領域に検出されており,高磁場領域にターゲットシグナルを持つ化合物の1H qNMR測定には適していない.また1.5 ppm付近に大きな水のシグナルが検出されており,A社品よりも含水量が多いことが推定される.次項で報告するが溶媒中の過剰な水分は検出感度等に影響を及ぼし,測定精度を低下させる恐れがあることから,使用には注意が必要であると考えられる.C社品については不純物シグナル数については少ないが1.25 ppm付近にブロードな不純物シグナルが検出されている.日本薬局方生薬等定量用試薬qNMR純度規定にも採用され1H qNMRの内標準物質として多用される1,4-BTMSB-d4では0.2 ppm付近に基準となるシグナルが検出されるため,C社品にて検出された1.25 ppm付近のシグナルのブロードの程度によってはターゲットシグナルだけでなく内標準物質シグナルにも影響を与える可能性がある.

Fig. 3. Blank Spectra of CDCl3 from Each Company

このように各メーカーによって溶媒中の不純物パターンが異なることから,溶媒の購入先を検討する段階でブランク試験を行い,目的成分に重なる不純物が検出されないものを選定することが重要である.また不純物パターンは同一メーカー品であってもロットによって変化する可能性があるため,ロット変更毎にブランク試験を行うことが推奨される.

2. 水分含量

通常のNMR装置では検出されたNMR信号を増幅させた後,デジタル信号として取り込んでいる.このときの増幅係数はレシーバーゲインと呼ばれ,レシーバーゲイン値が大きいほどシグナル強度が大きくなり,結果としてS/Nの向上が期待される.一方でレシーバーゲイン値をあまりに大きく設定してしまうと,A/Dコンバーターの入力限界を超えてしまい,NMRスペクトル上にノイズやベースラインの歪みを引き起こすことがあるため,一般的にレシーバーゲインの数値は,装置に搭載されている自動調整機能(オートゲイン)にて最適値に設定される.その結果ある程度大きく検出されるシグナルが検出される場合でも自動的にレシーバーゲイン値が低く設定されることで緩衝されることになるが,極端に大きな信号が検出された場合にはノイズやベースラインの歪みが発生してしまう場合がある.ここで極端に大きく検出される可能性が高いシグナルとして候補に挙がるのが重溶媒中の軽水である.

実際に軽水による影響を確認すべく,水分含量の異なるジメチルスルホキシド-d6について比較を行った.Figure 4は異なる2社のジメチルスルホキシド-d6のブランク試験の比較結果であり,どちらもオートゲインにて測定を行った.D社品の1H-NMRスペクトルを確認するとE社品と比較して水由来のシグナルが大きく検出されており,その結果,水シグナル付近に強いノイズとベースラインの歪みが認められた.また水由来のシグナル付近だけでなくジメチルスルホキシドのシグナル付近についてもベースラインの歪みが発生している.このようなノイズやベースラインの歪みは,データ解析時の適切なベースライン補正や位相補正を妨害する恐れがあり,1H qNMRの測定精度を低下させる可能性がある.このような現象を回避すべく,吸湿性が高い溶媒については水分に対するケアが必要であり,水分保証がされたアンプル包装品や開封直後のものを使用することが望ましい.

Fig. 4. Digital Noise and Baseline Drift Due to H2O

3. 重水素化率

先の項目にて,過剰に検出される可能性があるシグナルの例として重溶媒中の軽水を挙げたが,別の可能性として軽溶媒のシグナルが候補として考えられる.NMR用途として販売されている重溶媒の多くは重水素化率が保証されており,近年では重水素化率99%以上のものが広く普及しているほか,より高品質品として重水素化率99.8%を保証した重溶媒も販売されている.実際に重水素化率がどの程度NMRスペクトルのノイズやベースラインの歪み,S/Nに影響を与えるのかを検証すべく,重水素化率99%と99.8%のクロロホルム-dを用意し,それぞれに1H qNMR用内標準物質を溶解して1H-NMRスペクトルを測定した.Figure 5に結果を示す.

Fig. 5. Effect of Deuteration Rate on Digital Noise and S/N Ratio

重水素化率99%品の1H-NMRスペクトルではクロロホルムのシグナルが大きく検出されたが,スペクトルを拡大した場合においても,目立ったベースラインの歪み及びノイズの発生は確認されなかった.この結果から重水素化率99%以上であれば,1H qNMR解析を妨害するほどの影響はないと考えられた.一方,溶解させた内標準物質のS/Nに着目すると,重水素化率99%品ではS/N: 2232,重水素化率99.8%品ではS/N: 2526と,重水素化率が低い溶媒ではターゲットシグナルのS/N低下が認められた.こうしたS/Nの低下を避けるべく,軽溶媒シグナルはターゲットシグナルと同等以下の強度であることが好ましく,できる限り重水素化率が高い重溶媒の使用が好ましいと考えられた.

結論

定量試験法の一つである1H qNMRにおいて,その測定精度を維持することは重要な課題であることから,本稿では1H qNMRに使用する重溶媒の品質,とりわけ不純物シグナル,水分含量,重水素化率の3点が測定精度に与える影響について検証した.不純物シグナルは積分強度を含量算出に用いる1H qNMRにおいて,最も直接的に影響を与える可能性があるが,NMRが持つ分離能が低いという特性上,空試験を行うことで事前に不純物シグナルが少ない重溶媒を選定することが効果的な対策であると考えられる.水分含量及び重水素化率については,これらに由来する過剰な溶媒由来のシグナルが,ノイズ,ベースラインの歪みやターゲットシグナルの感度低下を引き起こし,結果として1H qNMRの適切なデータ解析やS/N比の低下につながるものと考えられた.以上の理由から1H qNMRでは従来の定性的なNMRと比較して高純度な重溶媒を使用することが推奨され,今後も高純度溶媒のニーズは高まるものと結論付けた.

1H qNMRはその特徴的な原理から近年急速に成長した定量手法であり,多くの公定試験法にも採用される一般的な試験法として浸透しつつあるが,その背景にはNMR装置の高度化,また多くの学者による適用範囲の拡大,応用,精度向上に向けた議論があったことは言うまでもない.今回は重溶媒の品質から1H qNMRの測定精度への影響を考察したが,更なる精度向上のため議論すべき点は数多く残されており,引き続きqNMRの技術発展に貢献する所存である.

利益相反

武藤康弘,三浦 亨,岩本芳明は富士フイルム和光純薬株式会社に所属している社員である.

Notes

本総説は,日本薬学会第143年会シンポジウムS34で発表した内容を中心に記述したものである.

REFERENCES
 
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