YAKUGAKU ZASSHI
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総説
低酸素下でフェロトーシス細胞死を誘導する脂質ラジカル種産生機構におけるリポキシゲナーゼの役割
輿石 一郎
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2024 年 144 巻 4 号 p. 431-439

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Summary

The neural cell death in cerebral infarction is suggested to be ferroptosis-like cell death, involving the participation of 15-lipoxygenase (15-LOx). Ferroptosis is induced by lipid radical species generated through the one-electron reduction of lipid hydroperoxides, and it has been shown to propagate intracellularly and intercellularly. At lower oxygen concentration, it appeared that both regiospecificity and stereospecificity of conjugated diene moiety in lipoxygenase-catalysed lipid hydroperoxidation are drastically lost. As a result, in the reaction with linoleic acid, the linoleate 9-peroxyl radical-ferrous lipoxygenase complex dissolves into the linoleate 9-peroxyl radical and ferrous 15-lipoxygenase. Subsequently, the ferrous 15-lipoxygenase then undergoes one-electron reduction of 13-hydroperoxy octadecadienoic acid, generating an alkoxyl radical (pseudoperoxidase reaction). A part of the produced lipid alkoxyl radicals undergoes cleavage of C–C bonds, liberating small molecular hydrocarbon radicals. Particularly, in ω-3 polyunsaturated fatty acids, which are abundant in the vascular and nervous systems, the liberation of small molecular hydrocarbon radicals was more pronounced compared to ω-6 polyunsaturated fatty acids. The involvement of these small molecular hydrocarbon radicals in the propagation of membrane lipid damage is suggested.

はじめに

近年,培養がん細胞を用いた細胞死研究において,アポトーシスともネクローシスとも異なる細胞死として“フェロトーシス”がクローズアップされている.1フェロトーシス誘導の機序として脂質二重膜における脂質過酸化物(脂質ヒドロペルオキシド)の代謝障害が挙げられる.脂質ヒドロペルオキシドは,酸素呼吸をしている生物では恒常的に産生される脂質成分で,生体内では,グルタチオンペルオキシダーゼ4(glutathione peroxidase 4: GPx4)により,グルタチオンを電子供与体として還元され,脂質ヒドロキシドと水に代謝される.しかしながら,GPx4の機能低下あるいはグルタチオンの枯渇により脂質ヒドロペルオキシドの代謝が滞ると細胞は死に至る.この細胞死は,デフェロキサミンのような鉄キレート剤で阻害されることから,“がん細胞内には2価鉄イオンが遊離形(labile ferrous ion)で存在する”と考えられている.その機序として,遊離2価鉄イオンが脂質ヒドロペルオキシドを1電子還元して脂質アルコキシルラジカルを産生し,この脂質アルコキシルラジカルから派生する様々な活性種(lipid reactive oxygen species: Lipid ROS)により細胞が死に至らしめられると推測されている.2その一方で,正常細胞では鉄代謝は厳密に制御されており,フェロトーシス誘導剤に対する感受性は,がん細胞に比べて低いと考えられている.この前提の下,フェロトーシス誘導剤を抗がん剤として活用する試みがなされている.3

一方,脂質ヒドロペルオキシドと遊離鉄イオンの反応が細胞内のどこで起きているかについては確定されていない.しかし,細胞死に至る過程で,ミトコンドリアや小胞体などのオルガネラを構成する膜のみならず細胞膜に至るまで広範囲に膜障害を受けている可能性がある.4近年,フェロトーシス細胞死は細胞間で伝播する可能性が示された.5これは,フェロトーシスを誘導した培養細胞の培地を未処理の細胞に添加することでフェロトーシスが誘導されるとの結果に基づく.これらの事象は,Lipid ROSがオルガネラ間,更には細胞間で伝播し得ることを示唆している(Fig. 1).ここでの問題は,Lipid ROSがいかなる分子であるかを特定することなく,可能性のある分子をすべて含む“species”(分子種)と記述している点である.

Fig. 1. Intracellular and Intercellular Propagation of Membrane Damage Through the Diffusion of Lipid Reactive Oxygen Species

培養がん細胞から始まったフェロトーシス研究は,虚血再灌流障害疾患である脳梗塞における神経細胞死,69低酸素下にあるがん組織中心部のがん細胞死,10更には非アルコール性肝炎の肝細胞死11がフェロトーシス細胞死と考えられるに至り,創薬研究者の関心を集めている.これらに共通の事象は“低酸素”である.特に,炎症局所では炎症細胞による呼吸バースト(respiratory burst)により低酸素状況にある.このことから,低酸素下での,正常細胞におけるフェロトーシス様細胞死を誘導し得る遊離鉄イオン非依存性Lipid ROS産生機構を解明することの重要性がクローズアップされている.ここで特筆すべきこととして,脂質二重膜に作用して脂質ヒドロペルオキシドを産生し得る15-リポキシゲナーゼ(15-lipoxygenase: 15-LOx)は脳梗塞における神経細胞死の原因酵素の1つと考えられている.1214本総説では,低酸素条件下,15-LOxによる遊離2価鉄イオン非依存的な細胞死誘導の反応機序(Fig. 2)について,われわれの結果を中心に報告する.

Fig. 2. Common Characteristics Between Labile Iron-Dependent Cell Death (Ferroptosis) Pathway and Labile Iron-Independent Cell Death Pathway

1. リポキシゲナーゼ反応から脂質ラジカル連鎖反応誘導へ

多価不飽和脂肪酸を構成脂肪酸とするリン脂質は脂質二重膜を形成し,細胞やオルガネラ等のマトリックスを分画する隔壁として機能している.細胞質には脂肪滴なども数多く存在し,細胞内は脂質構造体が密に充填された状態である.細胞死に至る脂質ラジカル連鎖反応は“大規模火災”に例えられる.これは,“些細な火の不始末”によって発生した“火の粉”が拡散して全体に燃え移ることに由来する.この大規模火災に相当する脂質ラジカル連鎖反応は化学的な反応であり,脂質ペルオキシラジカルが中心的な役割を果たす(Fig. 3).この反応の特徴として,活性カルボニルである4-ヒドロキシ-2-ノネナール[4-hydroxy-2(E)-nonenal: 4-HNE]の産生がある.リノール酸から化学的に生成するペルオキシラジカルは,13-peroxyl radical-octadecadienoic acidと9-peroxyl radical-octadecadienoic acidであり,共役ジエン構造はtrans/transE/E)構造である.4-HNEは9-peroxyl radical-octadecadienoic acidから産生されると考えられている.4-HNEはタンパク質のヒスチジン残基を修飾することから,4-HNEを産生する細胞は抗4-HNE抗体により免疫染色される.実際,フェロトーシス誘導がん細胞は,4-HNE抗体免疫染色に陽性である.一方,15-LOxの発現遺伝子をノックアウトしたがん細胞では,フェロトーシス誘導剤で処理しても細胞は死に至らず,4-HNE抗体免疫染色に陰性である.15われわれは,“些細な火の不始末”を低酸素による15-LOxの活性化と考えており,“火の粉”を拡散型の脂質ラジカルと考えている.

Fig. 3. Radical Chain Reactions Generating Lipid Hydroperoxides and Reactive Carbonyl Compounds

2. 15-LOx反応による酸素分子の付加位置特異性

リポキシゲナーゼは非ヘム鉄を含有し,その活性型の鉄イオンは3価である.リポキシゲナーゼには,多価不飽和脂肪酸に酸素を付加する位置特異性(regio-specificity)を異にするアイソザイムが存在し,アラキドン酸のC5位,C12位,C15位に酸素を付加するアイソザイムを,各々5-LOx, 12-LOx, 15-LOxと称する.また,生成物の炭化水素鎖の構造特異性(stereo-specificity)は厳密に維持されており,15-LOxによりアラキドン酸に酸素が付加されて生成する15-hydroperoxy-5Z,8Z,11Z,13E-eicosatetraenoic acidでは,C(5)=C(6), C(8)=C(9)及びC(11)=C(12)の二重結合の立体構造はいずれもcis型であり,C(13)=C(14)の二重結合の立体構造はtrans型である.十分な溶存酸素存在下でリノール酸を基質として活性型15-LOx[15-LOx(Fe3+)]を反応させると13-hydroperoxy-9Z,11E-octadecadienoic acid[13-Hp-(E/Z)-ODE]が生成する.しかしながら,溶存酸素濃度を上回るリノール酸存在下で15-LOx(Fe3+)を反応させると13-Hp-(E/Z)-ODE以外に9-hydroperoxy-10E,12Z-octadecadienoic acid[9-Hp-(E/Z)-ODE]が産生される.16この現象は,リポキシゲナーゼ反応により酸素が消費され低酸素状態となることで,リポキシゲナーゼによる酸素付加の位置特異性が失われることに起因する.17これまで,リポキシゲナーゼによる酸素付加の位置特異性についてはいくつかの仮説が提唱されてきたが,今なお真の機序は不明である.これらの仮説については,筆者の総説を参照頂きたい.18これまで提唱されてきた仮説に共通した基本事項として,15-LOxがリノール酸のC11位(ω8位)のアリルプロトンを引き抜くことで平面構造のペンタジエニルラジカル(C9–C13)が生成した後,ビラジカルである三重項酸素分子がC13位にラジカル–ラジカル付加するというのがある.この基本事項の下,ポケット状の酵素反応部位に存在するペンタジエニルラジカルのC13位にのみ酸素分子が攻撃できるとする酵素反応部位における構造上の特徴があるものと考えられてきた.19そこで,われわれは炭素中心ラジカルと特異的に付加体を形成するニトロキシルラジカル(スピントラップ剤)を共存させた条件下で,溶存酸素濃度を上回るリノール酸,α-リノレン酸及びアラキドン酸と15-LOx(Fe3+)を反応させたところ,溶存酸素が枯渇した段階で,脂肪酸アリルラジカルとニトロキシルラジカルの付加体が生成し(Fig. 4),その付加位置はペンタジエニルラジカルの両端であることを明らかにした(Fig. 5).20当初,われわれは,酵素–リノール酸アリルラジカル複合体が解離し,遊離したリノール酸アリルラジカルの共役ペンタジエニルラジカルにニトロキシルラジカルが付加するものと考え,付加体の共役ジエン構造はtrans/trans構造であると予想した.しかしながら,この付加体の共役ジエン構造はcis/trans構造であることから,酵素の反応部位に結合した状態(脂肪酸鎖のコンホメーションが保持された状態)の脂肪酸アリルラジカルにニトロキシルラジカルが付加したことが考えられた.20ニトロキシルラジカルは,酸素分子に比べて嵩だかな分子である(Fig. 4).したがって,15-LOx–リノール酸アリルラジカル複合体の平面構造のペンタジエニルラジカルのC13位にのみ酸素が攻撃し得るとの仮定ではこれらの結果は説明できない.すなわち,酵素反応部位の構造上の特徴では付加体の位置特異性は説明できない.そこで,酵素側ではなく,酵素に付加した多価不飽和脂肪酸の構造的特徴が酸素付加の位置特異性に重要なのではないかと考えることはできないであろうか.

Fig. 4. Radical-Radical Addition Between Conjugated Pentadiene Radical and Nitroxyl Radical or Oxygen Molecule

(Color figure can be accessed in the online version.)

Fig. 5. Chromatographic Analysis of Nitroxyl Radical Spin Trapping of Lipid Allyl Radicals from Linoleic Acid (C18:2), α-Linolenic Acid (C18:3), and Arachidonic Acid (C20:4) via Soybean Lipoxygenase-1

The mixture solution of 0.3 mM linoleic acid, 0.3 mM α-linolenic acid, and 0.3 mM arachidonic acid was treated with 1.0 µM soybean lipoxygenase-1 in the presence of 1.0 mM 3-carbamoyl-2,2,5,5-tetramethyl-3-pyrroline-N-oxyl (CmΔP). The chromatographic conditions for the quantification of lipid-derived radical-nitroxyl radical adduct are as follows: Column, TSKgel ODS-80Ts QA (4.6 mm i.d.×150 mm) with guard column, TSKguardgel ODS-80Ts (3.2 mm i.d.×15 mm); eluent, 0.05% formic acid containing 75% acetonitrile; flow rate, 1.0 mL/min; column temperature, 25–28°C; detection, at 234 nm. Each adduct was identified by LC-MS/MS with precursor ion scanning.

リノール酸の安定構造を考えた場合,リノール酸中C9=C10–C11–C12=C13ペンタジエンの安定構造では,C8–C9(H)=C10(H)–C11の平面とC11–C12(H)=C13(H)–C14の平面はほぼ直交しており,C11に結合した2つのアリルプロトンは各々2つの平面の上下方向に存在する(Fig. 6).21ここで,15-LOxの酵素反応部位にリノール酸が安定構造で存在すると仮定する.仮にHRのアリルプロトンが引き抜かれると電子を1個失ったp軌道が生成する.この段階で不対電子の存在するp軌道に飛ぶ電子は,平面に対しプロトンと同じ側に存在するC(12)=C(13)のπ電子と考えられる.すなわち,C(11)–C(12)–C(13)の間で共役系が成立すると考えられる.また,HSのアリルプロトンが引き抜かれた場合は,C(9)–C(10)–C(11)の間で共役系が成立すると考えられる.十分な酸素存在下でC11のHS又はHRの引き抜きと酸素分子の攻撃がほぼ同時に起こるとした場合,酸素分子が付加する位置は各々C9及びC13である(Fig. 6).一方,低酸素下で酸素分子の攻撃頻度が低下しプロトン引き抜きと酸素分子の攻撃の間にタイムラグが生じた場合にコンホメーションが変化し2つの二重結合が共役した平面構造のペンタジエニルラジカルが形成されると考えるべきかもしれない(コンホメーション仮説).この仮説は,あくまで,酵素反応部位のリノール酸が安定コンホメーションを取ると仮定した場合であり,今後の検討が必要である.

Fig. 6. Proposal of Conformation Change of Pentadiene Structure in Polyunsaturated Fatty Acids Through the Abstraction of Allyl Proton at the Lipoxygenase Reaction Site

(Color figure can be accessed in the online version.)

3. 低酸素下15-LOx(Fe3+)の15-LOx(Fe2+)への変換

15-LOxの活性型は3価の鉄イオンを含む[15-LOx(Fe3+)].15-LOxのもう一つの特徴は,2価の鉄イオンを含む不活性型[15-LOx(Fe2+)]が脂質ヒドロペルオキシドを1電子還元して脂質アルコキシルラジカルを反応中間体として産生し得ることであり,この反応をPseudoperoxidase reactionと呼んでいる.22すなわち,フェロトーシス誘導機構として知られる脂質ヒドロペルオキシドの遊離2価鉄イオンによる1電子還元反応と同様な反応が,15-LOx(Fe2+)による酵素反応により触媒される.この反応により15-LOx(Fe2+)は15-LOx(Fe3+)に変換される.この反応が連続して起こるためには,15-LOx(Fe3+)を15-LOx(Fe2+)に変換する反応系が必須である.われわれは,溶存酸素濃度を超える濃度のリノール酸と15-LOxを反応させたところ,リノール酸アルコキシルラジカル産生指標と9-HpODEの生成量との間に正の相関があり,一方,13-HpODE生成量との間に相関がないことを見い出した.23このことから,15-LOx(Fe3+)の15-LOx(Fe2+)への変換が9-HpODEの生成と関連があることが示唆された.有酸素下では,リノール酸と15-LOx(Fe3+)との反応により15-LOx(Fe2+)–13-perxoyl radical-ODE複合体が生成し,速やかに酵素上Fe2+から1電子がペルオキシラジカルに転移することで13-HpODEが生成する(Fig. 7).このことから,Fe2+とペルオキシラジカルとの間には転移が容易に起こり得る距離があるものと考えられる.これに対し,15-LOx(Fe2+)–9-perxoyl radical-ODE複合体では,Fe2+とペルオキシラジカルとの距離は転移が容易に起こり難い距離にあるものと思われる(Fig. 7).このことから,15-LOx(Fe2+)–9-perxoyl radical-ODE複合体は15-LOx(Fe2+)と9-perxoyl radical-ODEに解離すると考えられる.

Fig. 7. Scheme of Conversion of Ferric 15-Lipoxygenase to Ferrous One at Lower Oxygen Content

It should be noted that the distance between ferrous ion and peroxyl radical of 9-peroxyl radical-ODE in the reaction site of ferrous lipoxygenase is too long to transfer a electron.

さらに,15-LOx(Fe2+)によるPseudoperoxidase reactionでは,Fe2+から1電子が脂質ヒドロペルオキシドに転移することでO–O結合が開裂し,アルコキシルラジカルと水酸化物イオンが生成する(Fig. 7).われわれは,15-LOx(Fe2+)と13-HpODE及び9-HpODEとの反応速度論的解析を行い,13-HpODEとの見かけ上の反応速度定数は0.051 min−1であるのに対し,9-HpODEとの見かけ上の反応速度定数は0.007 min−1であることを報告している.22この結果からも,Fe2+と13-ヒドロペルオキシ基との距離は容易に電子が転移し得る距離にあるものの,Fe2+と9-ヒドロペルオキシ基との距離は電子が転移し難い距離にあるものと推測された.

4. 低酸素下15-LOxによる拡散型脂質ラジカル産生機序

5-リポキシゲナーゼ及び12-リポキシゲナーゼは膜リン脂質からホスホリパーゼにより切り出された遊離の多価不飽和脂肪酸を基質とするのに対し,15-LOxの特徴的な性質は脂質二重膜を構成するリン脂質の多価不飽和脂肪酸に酸素を付加し得ることである.脂質二重膜には表と裏があり,表と裏の間のリン脂質の移動をフリップ–フロップと呼んでいる.細胞質に存在する15-LOxは膜の細胞質側のリン脂質の2位に結合した多価不飽和脂肪酸に酸素を付加し脂質ヒドロペルオキシドを産生する.したがって,Pseudoperoxidase reactionにより脂質アルコキシルラジカルが生成するのは,細胞質側のリン脂質に偏った反応によるものと考えられる.脂質ラジカル連鎖反応が膜の裏側から表側へ,更に,他の膜へ広がって進行するには,膜リン脂質に固定された脂質ラジカル種ではなく,拡散型の低分子脂質ラジカル種が生成される必要がある.Figure 8に,低酸素下でのリポキシゲナーゼ反応及びPseudoperoxidase reactionにより生成し得る脂質ラジカル種を示す.Dikalov and Masonは,酸素中心ラジカルに対するスピントラップ剤である5,5-dimethyl-1-pyrroline-N-oxide(DMPO)を用いたスピントラップ法により,溶存酸素濃度を上回る濃度のリノール酸(0.5 mM)と15-LOx(Fe3+)との反応により12,13-epoxy-9-peroxyl radical-octadecenoic acidが生成されることを報告している.24ただし,このペルオキシラジカルはアルコキシルラジカルに変化すると報告している.一方,われわれは,炭素中心ラジカルに対するスピントラップ剤であるニトロキシルラジカル存在下において15-LOx(Fe2+)と13-HpODEとのPseudoperoxidase reactionにより,エポキシアリルラジカルとニトロキシルラジカルの付加体が生成することを明らかにした.19この結果は,酵素反応部位において13-alkoxyl radical-ODEがエポキシ化することでアリルラジカルに変化し,この炭素中心ラジカルにビラジカルである酸素分子あるいはニトロキシルラジカルがラジカル–ラジカル付加することで安定化することを示唆している(Fig. 8②).さらにわれわれは,極度な低酸素下での15-LOx(Fe2+)と13-HpODEとのPseudoperoxidase reactionにより,エポキシラジカルの脂肪酸鎖の開裂が起き,Pentyl radicalと13-Oxo-9Z,11E-tridecadienoic acid(13-OTA)が生成することを明らかにした(Fig. 8③).22以上の結果より,15-LOx(Fe2+)と13-HpODEとのPseudoperoxidase reactionによるエポキシヒドロペルオキシド産生と脂肪酸鎖の開裂のバランスは酸素濃度に依存することが明らかとなった.しかしながら,大変興味深いことに,このバランスの酸素濃度依存性はω6系多価不飽和脂肪酸であるアラキドン酸並びにリノール酸に観られる現象であり,ω3系脂肪酸であるα-リノレン酸には認められない.α-リノレン酸由来の13-hydroperoxy-9Z,11E,15Z-octadecatrienoic acid(13-HpOTE)と15-LOx(Fe2+)を低酸素下で反応させた場合,生成する13-OTAの量は13-HpODEから生成する13-OTAの量のおよそ6倍であった(Fig. 9).22さらに,13-HpOTEからの13-OTAの生成に対するニトロキシルラジカルによる阻害効果は,13-HpODEからの13-OTAの生成に対する阻害効果に比べて顕著に小さいことが明らかとなった(Fig. 9).22血管内皮細胞や脳神経系のようにω3脂肪酸含量の高い組織では,虚血再灌流のような低酸素下で15-LOxにより多価不飽和脂肪酸鎖の開裂が起こり,ペンテンラジカルのような拡散性低分子ラジカルが産生され易い状況にあることが明らかとなった.脳梗塞では,脳血管系と脳神経系のラジカル障害を特徴とするが,本現象との関連について今後の検討が期待される.

Fig. 8. Oxidative Cleavage of Polyunsaturated Fatty Acid Chains via Dioxygenation/Psudoperoxidation by 15-Lipoxygenase at the Lower Oxygen Content
Fig. 9. Effect of CmΔP on the Cleavage of C–C Bond of Fatty Acid Hydroperoxides via Ferrous 15-Lipoxygenase

Phosphate buffer (0.1 M, pH 7.4) containing 1 µM soybean lipoxygenase-1 and 1 mM linoleic acid (A), 1 mM α-linolenic acid (B), or 1 mM arachidonic acid (C) was placed in a glass capillary tube for 30 min at room temperature. Each column and bar represent the mean±S.D. obtained from triplicate experiments. The asterisks indicate significant differences as compared to the control experiment (* p<0.01).

おわりに

脳梗塞における神経細胞死がフェロトーシス様細胞死であり,15-LOxの関与が示唆されている.虚血再灌流における低酸素下で,15-LOxにより多価不飽和脂肪酸からLipid reactive oxygen speciesが産生される機構についてのわれわれの仮説を述べさせて頂いた(Fig. 10).この,遊離鉄に非依存的な細胞死では,(1)低酸素下でのリポキシゲナーゼ反応の酸素付加位置特異性が失われ,(2)15-LOx(Fe2+)と複合体を形成する9-peroxyl radical-ODEへの電子転移が起こり難く,この複合体が解離することで15-LOx(Fe2+)が遊離する.(3)15-LOx(Fe2+)はリポキシゲナーゼ反応により生成する13-HpODEをPseudoperoxidase reactionによりアルコキシルラジカルに1電子還元し,さらに,(4)このアルコキシルラジカルはエポキシ体を生成する一方,脂肪酸鎖の開裂により拡散性の低分子ラジカルを産生する.とりわけ,脳神経系・血管系に多く分布するω3系の多価不飽和脂肪酸はω6系に比べ,脂肪酸鎖の開裂が顕著であった.フェロトーシス様細胞死の問題点として,フェロトーシス誘導細胞から正常細胞への伝播が挙げられる.この伝播に拡散性のラジカル種の寄与が関与するのかもしれない.エダラボン(商品名ラジカット)が脳保護剤として上市されて四半世紀が経つ.脳虚血再灌流による予後不良は再灌流後のペナンブラ領域における神経細胞死の連鎖である.エダラボンが標的とするラジカル種はこの拡散性のラジカル種なのかもしれない.今後の更なる検討が期待される.

Fig. 10. Possible Reaction Paths Generating Diffusible Hydrocarbon Radicals in the Intracellular Matrix Through the Reaction of Polyunsaturated Fatty Acids with Lipoxygenase at the Lower Oxygen Content
謝辞

以上記した研究は,九州大学大学院薬学研究院(内海英雄研究室),日本薬科大学薬学部薬品物理化学研究室,群馬大学大学院保健学研究科におけるラジカル研究の成果をまとめたものである.所属機関で御指導を頂いた諸先生方,ともに研究を実施して頂いた学生諸氏に謹んで御礼申し上げます.また,多価不飽和脂肪酸の安定型コンホメーションについてご教授頂いた千葉大学名誉教授相見則郎先生に謹んで御礼申し上げます.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

REFERENCES
 
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