YAKUGAKU ZASSHI
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誌上シンポジウム
原子間力顕微鏡法を用いたナノ脂質膜小胞の力学的特性計測法の開発とその応用
原矢(武知) 佑樹
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2024 年 144 巻 5 号 p. 511-519

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Summary

Nanoparticles, including liposomes and lipid nanoparticles, have garnered global attention due to their potential applications in pharmaceuticals, vaccines, and gene therapies. These particles enable targeted delivery of new drug modalities such as highly active small molecules and nucleic acids. However, for widespread use of nanoparticle-based formulations, it is crucial to comprehensively analyze their characteristics to ensure both efficacy and safety, as well as enable consistent production. In this context, this review focuses on our research using atomic force microscopy (AFM) to study liposomes and lipid nanoparticles. Our work significantly contributes to the capability of AFM to measure various types of liposomes in an aqueous medium, providing valuable insights into the mechanical properties of these nanoparticles. We discuss the applications of this AFM technique in assessing the quality of nanoparticle-based pharmaceuticals and developing membrane-active peptides.

1. はじめに

近年,non-biological complex drugと分類される,複雑な有効成分あるいは剤型を持つ医薬品の開発促進を目的として,大規模な技術支援と薬事規制の整備が世界的に進められている.1,2この中で,筆者は,ナノ粒子製剤の有効性と安全性の確保に向けて,物理化学的観点から適切に製剤特性を評価・制御するための品質評価研究に取り組んでいる.ナノ粒子製剤の中でも,人工脂質膜閉鎖小胞(リポソーム)や脂質ナノ粒子が,高活性の低分子や核酸など新規モダリティ有効成分を目的の細胞に送達するためのキャリアとして,医療上の重要性が急速に高まっていることに着目し,研究を進めている.特に,リポソーム製剤の品質評価研究を中心に推進しており,その主な理由は,(1)臨床実績が豊富であり,ナノ粒子応用型医薬品を代表する剤形であること,(2)アンメットニーズの充足に向けた活発な開発が今なお進む先端的医薬モダリティでもあること,(3)製剤特性を比較的制御し易いために効率的な研究が可能であること,(4)研究成果のほかのナノ粒子製剤への水平展開が期待できることの4点である(Fig. 1).3

Fig. 1. Liposome Formulations: Current Applications, Future Prospects, and Global Trends

The global market trend was estimated by Future Market Insight and DataBridge Market Research.

ナノ粒子製剤の広範な活用には,体内動態の最適化及び恒常的な生産を可能とするための特性解析が不可欠となる.日米が先行した「リポソーム製剤の開発に関するガイドライン」に続き,各国で規制文書の整備が進められており,こうした文書において,粒度分布,形状,表面電荷など,物理化学的特性の評価が求められている.4,5一方で,既存の各種評価法は,そのほとんどが製剤中の粒子集団全体の平均特性の計測であるため,粒子集団を構成する個々の粒子の特性を踏まえた製剤特性の完全な特徴化は困難であることに留意する必要がある.この技術的課題は,欧州の規制当局が,米国で承認され製造管理されているリポソーム後発医薬品の承認を拒否した近年の事例にも現れている.6本事例は,ナノ粒子製剤間の治療学的同等性を確保することの困難性を示すものといえる.このような背景から,製剤中粒子のサイズや薬物封入性などの特性について,1粒子単位で解析を行うための「単一粒子分析法」の開発が世界的に進行しており,筆者も共通の課題意識を持って品質評価研究に取り組んでいる.7

本稿では,高分子ナノ粒子の力学的特性がその体内動態を左右する重要因子と指摘されていた一方で,8,9リポソームの場合では膜の流動性や熱転移温度などの平均特性分析による間接的な情報に依存していた「硬さ」の評価に向けて,筆者が取り組んできた原子間力顕微鏡法(atomic force microscopy: AFM)の研究成果を紹介する.

2. AFMを用いたリポソームの力学的特性の計測

筆者が実施しているAFM計測では,水中にあるサンプル表面に対して,カンチレバーと呼ばれる板バネの先端に装着されたナノオーダーの先端曲率を持つ微小探針を精密に走査することで,固体基板に固定したリポソーム粒子の形態を高さ情報に基づいて可視化すると同時に,カンチレバー探針を同粒子に押し当てて得られる負荷–変形曲線の傾きを解析し,リポソーム1粒子単位での硬さの物理量である剛性を定量することができる(Fig. 2).本計測において筆者は,「リポソームの球状構造は,その剛性に由来する膜弾性エネルギーが,固体基板への付着エネルギーに抵抗し得る場合に維持される」という仮説(Fig. 3)を立て,これに留意しながらAFM計測の必須操作である粒子固定を行っている.同仮説を支持する1つの結果として,負荷電性のガラス基板へ静電的に付着した正荷電性リポソームは崩壊するが,ウシ血清アルブミンでガラス基板を被覆した場合には相互作用が減弱し,同リポソームの球状構造が維持されることを明らかにしている.結果的に,Fig. 3の固定化に関する方法論を指針とすることで,基板に付着したリポソームが崩壊あるいは支持膜と呼ばれる構造に変形してしまう課題を解決しながら,これまで計測が困難であった脂質組成の異なる種々のリポソームにAFMの適用を可能にしてきた.10

Fig. 2. AFM Measurement of Liposome Stiffness
Fig. 3. Proposed Mechanism to Determine Liposome Morphology on Solid Substrates

筆者のAFM計測の妥当性は,間接的な情報から示されていた「熱力学的相状態に依存したリポソームの硬さ」を定量的に明らかにすることで確認した.11この成果は,脂質膜の流動性あるいは分子充填密度が膜の硬さに反映されることを示しており,リポソーム製剤の硬さの調節や生体脂質膜の物性に係わる基盤的知見としても広く利用されている.12

リポソームの力学的特性の解析において,蛍光分光法や示差走査熱量測定法を始めとする従来法を用いる場合,それら計測法が,硬さに係わるとされる間接的な物性値の評価であることや,リポソームの脂質組成によっては適用が困難となることに留意が必要である.11,13,14一方,AFMは,スループット性に課題があるものの,粒子を適切に固定化できさえすれば,様々な脂質組成のリポソームの硬さを直接定量できる点に優位性がある.その一例を示すために筆者らは,硬さが不明であった荷電性脂質含有リポソーム群に対するAFMの適用を報告した.15本研究では,荷電性脂質のジオレオイルトリメチルアンモニウムプロパン,ジステアロイルトリメチルアンモニウムプロパン,ジオレオイルホスファチジルグリセロール,又はジステアロイルホスファチジルグリセロールをリポソームの構成脂質に対して50 mol%含有させた場合の剛性変化をAFMによって計測し,いずれの荷電性脂質を含有させた場合でも,リポソーム剛性が減少することを明らかにした.

一方,AFMによるリポソーム剛性計測法の汎用性の向上に向けて,計測精度の向上と標準化を検討している.一般に,サンプル粒子の硬さを反映する負荷–変形曲線の傾き(Fig. 2)は,測定に利用するカンチレバーの探針形状に依存する.16例えば,先端曲率の大きい(先鋭な)探針と先端曲率の小さい(尖っていない)探針を用いた場合を比較すると,後者よりも前者の方が,リポソーム表面との接触面積が小さく,大きな圧力がかかりリポソームの変形も大きくなる.つまり,探針の先端曲率が大きいほど,剛性の計測値は小さくなる.17これに関連して筆者は,同一の製造ロット内のカンチレバー間において探針形状にばらつきがあること,及び使用するカンチレバーによってリポソーム剛性の計測値が大きく変動し得ることを実験的に確認した.そこで,探針のアスペクト比と形状を反映する特性関数を用いて,測定に用いるカンチレバーを選別する方法を考案した.18本法では,線標準サンプルのAFMイメージングを行った際に,線縁での広がりにカンチレバーの探針形状が反映されることを利用し[Fig. 4(A)],標準サンプルの線幅の寄与を差し引くことで求められる探針形状の情報(特性曲線)19を活用している[Fig. 4(B)].この特性曲線のアスペクト比及び二次関数への適合度を指標として,探針形状が良好なカンチレバーを選別することで,相対標準偏差ベースで最大24倍の精度向上が可能になることを報告した.18さらに,計測手順や機器の特性に留意することで,こうしたカンチレバー選別法を含めたAFMによるリポソーム剛性計測法が,一般的なAFM機器で広く実施できることを報告した.20また,この計測精度の向上により,熱力学的に同じ相状態にある不飽和リン脂質–コレステロール含有リポソームと飽和リン脂質–コレステロール含有リポソーム間の剛性の比較で,後者の方が大きいことを明らかにした(Fig. 5).この結果は,構成脂質の脂肪酸鎖に起因する微視的な膜構造が硬さに反映されることを示している.今後,本知見に立脚し,様々な脂肪酸鎖を持つ脂質を組み合わせたリポソームについてAFM計測を実施し,リポソームの硬さを制御するための方法論を発展させたいと考えている.

Fig. 4. Evaluation of AFM Cantilever Tip Shape Using Reference Line Structures

(A) Theoretical depiction of the tip shape to scan a line structure. (B) Procedure for obtaining the tip shape function.

Fig. 5. Stiffness of POPC- and DPPC-based Liposomes Containing 50 mol% Cholesterol

(A) Comparison of statistical liposome stiffness. The values are expressed as means±standard deviation. ** p<0.01, compared with POPC-based liposomes. (B) Schematic representation of lipid packing in the liquid-ordered phase for POPC- and DPPC-cholesterol membranes. POPC: Palmitoyloleoylphosphatidylcholine; DPPC: dipalmitoylphosphatidylcholine.

3. AFMによるリポソーム製剤の硬さ評価の意義

筆者は,AFM計測法を製品の開発やレギュレーションへ活用することを目指して研究を推進している.まず,高分子ナノ粒子の硬さがその細胞取り込み効率に影響を与えるという報告9に着目し,HeLa細胞によるリポソームの取り込みに与える硬さの影響を調査した.その結果,類似のサイズを持つリポソーム処方群において,硬いリポソームほど細胞に取り込まれ易いことを明らかにした.11,21本現象のメカニズムの詳細は未解明であるものの,ある理論的研究は,「エンドサイトーシスによる粒子の細胞取り込みにおいて,細胞膜が変形して粒子を包み込むのに要するエネルギーが,細胞膜との接触に伴う粒子の変形が小さいほど低くなるため,硬い粒子ほど細胞に取り込まれ易い」と予測しており,その実験的検証が近年進められている.22,23

さらに筆者らは,腫瘍組織モデルである多細胞スフェロイド内へのリポソームの浸透に与える硬さの影響を調査し,硬いリポソームの方が浸透に有利であることを報告した.21一方,マウスの腫瘍組織へのリポソームの浸透性を検証した別グループの研究では,同グループが用いたリポソーム処方群のうち,中程度の硬さを持つリポソーム製剤で高い浸透性が確認されている.24また,皮膚組織へ正荷電性脂質を浸透させる場合には,より柔らかいリポソーム処方が有利であることが報告されている.25こうした知見に基づくと,リポソームの組織浸透性は,その脂質組成に加えて,標的組織の細胞外マトリクス構造や細胞の種類によって複雑に影響を受けると推測される.筆者の多細胞スフェロイドを用いた実験条件では,粒子の細胞間隙での拡散効率及び細胞取り込みが関与するトランスサイトーシスの効率が,変形の小さい硬いリポソームで有利であったと考えている.21,26,27詳細な法則は不明であるものの,ナノ粒子の硬さがその体内動態に係わる重要な特性であるという報告が蓄積しており,硬さを評価・制御することは,より洗練された製品の開発に有効であろう.28

また筆者らは,AFMで計測したリポソーム粒子の硬さが,同粒子内水相に封入した薬物モデルの蛍光色素カルセインの放出速度と逆相関にあることを報告した.29リポソームの薬物放出性は,膜流動性の観点からも予測できるが,その評価に用いられる従来法は既に述べたように制限がある.11,13,14したがって,粒子の硬さを直接定量できるAFM計測は,リポソームの薬物放出性を制御する場合にも有用であると考えている.

以上のことは,リポソームの硬さがその製剤としての機能に係わることを示すものであると同時に,AFM計測の意義を示す科学的根拠となっている.

4. リポソーム製剤の同等性/同質性評価での応用をめざして

リポソーム医薬品のような複雑な製剤の場合では,製造上の各種要因が変動する中,「製品間の品質特性の完全な同一性を示すことが不可能であっても,それらの類似性が高いために有効性と安全性に影響がないこと」を科学的に示すことが重要である.すなわち,日米欧の規制当局で導入されているこの「同等性/同質性(comparability)」の考え方に基づき,製品の有効性と安全性が恒常的に確保されるよう,製品間の品質特性の類似性について多角的かつ相補的な評価を実施するための分析手法の拡充が必要である.4,30,31こうした要請に対して開発される分析法は高度で煩雑になる傾向があるが,製法の変更や出荷時における医薬品の品質管理などの実用的場面では,より簡便な機器分析が望ましい.Figure 2に示したAFMによるリポソームの硬さ計測については,現在のところソフトウェアによるデータ処理に時間を要することが課題である.

そこで筆者は,簡便性の向上に留意し,リポソーム製剤の同等性/同質性評価でのAFM計測の応用を探っている.その1例が,「製造上の要因によって変動するリポソーム剛性が,固体基板への付着エネルギーに抵抗できなくなった場合に,リポソーム粒子由来の支持膜構造が観察される」という仮定に基づく形態評価法である.本法の検証のために,卵黄ホスファチジルコリン(EPC)を主成分とするリポソームについて,脂質の不飽和度,酸化状態,及び不純物のプロファイルが異なると推測される製造元の異なる5種類のEPC(E-1, E-2, E-3, E-4, E-5と便宜上分類)を用いながら,AFM計測を行った.本実験系では,脂質原料に変更が生じた場合を想定した.結果として,アミノプロピル基で修飾したマイカ基板上において,E-5含有リポソーム粒子が支持膜構造に形態変化する一方で,ほかのEPCリポソーム群は,マイカ基板上で球状構造が維持された(Fig. 6).また,ウシ血清アルブミンで被覆したガラス基板上で球状構造を維持させて計測したE-5含有リポソームの硬さは,ほかのEPCを含有するリポソーム群より有意に小さいことが明らかになった.32これらの結果は,リポソーム粒子と固体基板の相互作用を制御し,AFMイメージングによる形態解析を行うことで,リポソーム製剤間の非類似性を簡便に検出できることを示唆している.今後は,様々なリポソーム脂質組成に応じて固体基板を最適化しながら,実際のリポソーム医薬品も用いて,同等性/同質性の評価における本法の有用性を更に検証していく予定である.

Fig. 6. AFM Imaging of Egg Yolk Phosphatidylcholine-based Liposomes Using Aminopropyl-modified Mica

Each panel displays a representative AFM image for liposomes prepared using a different source of egg yolk phosphatidylcholine (E-1, -2, -3, -4, or -5). The arrows indicate lipid membrane patches derived from E-5-based liposomal disruption.

5. 膜活性ペプチドの開発促進に向けた特性解析手法としての応用

筆者は,リポソームが細胞膜モデルとして利用されることに着目し,リポソーム製剤の品質評価研究で培ったAFM計測手法(Fig. 2)を,生物物理学的な基礎研究へ応用することも検討している.その一例として,細胞通過ペプチドの機能である脂質膜通過性の制御を目的に,同機能の発現に必要と考えられている膜摂動を,リポソームの剛性変化から評価する研究を進めている(Fig. 7).33すなわち,ペプチドの結合あるいは挿入により脂質二分子膜構造に加わる副次的な力学的作用(摂動)に起因したリポソーム剛性の減少率を「ペプチドの膜摂動力(membrane perturbation)」と定義し,定量評価を実施している[Fig. 7(A)].

Fig. 7. Application of AFM in Membrane-active Peptides

(A) Assessing membrane perturbation through AFM measurements. (B) Helical wheel diagram for the A2-17 amino acid sequence arranged in an ideal α-helix (100° rotation per residue) shape as seen down the long axis from the amino-terminal end. (C) Correlation between membrane perturbation against the hydrophobic moment of A2-17 structural isomers. The cell penetration efficiency curve is based on confocal fluorescence microscopy analysis of fluorescently-labeled peptides that penetrated in cells. The membrane defect curve is based on the lactate dehydrogenase leakage assay. (D) Proposed methodology for regulating the function of membrane-active peptides.

この評価手法を,両親媒性細胞通過ペプチドのA2-17[Fig. 7(B)],及びアミノ酸の配置を交換した複数のA2-17構造異性体に適用した結果,ペプチドの疎水性モーメント(両親媒性度)とともに膜摂動力が増加した[Fig. 7(C)].また,膜摂動力の増加とともにペプチドの細胞膜通過性が向上する傾向にあるが,大きな膜摂動力は細胞膜障害性や膜孔の形成確率及び膜孔寿命の増加につながることが示された.33これらの知見に基づき筆者は,有用な細胞通過ペプチドを開発する方法論が,「その細胞内への移行に対する疎水障壁となる脂質膜上に,膜孔のような非二分子膜構造の親水領域を生成するための膜摂動作用をペプチドに持たせる一方で,細胞膜への障害は抑える」というトレードオフの最適化であることを提唱している[Fig. 7(D)].AFMは,こうしたトレードオフの定量的制御のために有用な特性解析手法になると考えている.

現在,AFMを応用した上記方法論の適用範囲を含めた検証と改良を進めるために,広範な細胞通過ペプチド群及び抗菌/抗がん性を有する細胞膜障害ペプチド群を対象とした研究に取り組んでいる.これら膜活性ペプチドの構造特性–膜摂動力–機能の関係を調査することで,細胞膜通過と細胞膜障害のそれぞれの機能に具備すべきペプチドの構造特性を明らかにし,ペプチドを応用した薬物キャリア並びに抗菌/抗がん剤の開発に資する科学基盤を確立したいと考えている.

6. 脂質ナノ粒子製剤への応用

筆者は,リポソームの固定化の方法論を活用し,新型コロナワクチンやがんワクチン等の開発に応用されている脂質ナノ粒子(lipid nanoparticle: LNP)を対象としたAFM研究も進めている.その成果として,水環境にあるLNPにAFMを適用するための固定化法の開発に世界に先駆けて成功した.本法では,LNPの構成要素であるポリエチレングリコールを捕捉するための抗ポリエチレングリコール抗体で被覆したガラス基板を用いた(Fig. 8).これにより,サイズ評価で頻用されている動的光散乱法や粒子追跡法で捉えられない30–60 nmサイズの製剤中LNP粒子の検出に成功している.34また,本研究の過程で,類似量のコレステロールを含有するリポソームと比較して,LNPは柔らかく脆い粒子であることを示す結果を得ている.脂質二分子膜を有するリポソームとは異なり,LNPは不完全な二分子膜の外殻を有することが示唆されており,35 LNPの力学的強度はリポソームより低い傾向にあると推測される.Figure 8のLNP固定化法では,固体基板上に形成される厚み10–20 nm程度の抗体タンパク質層のクッションがFig. 2に示した負荷–変形曲線に影響してしまうため,LNPの硬さの適切な評価に向けて計測法の改良を現在行っている.クライオ電子顕微鏡法やフローサイトメトリー等の単一粒子分析法によってLNPの詳細な構造評価が海外を中心に進んでいるが,7,36,37こうした分析評価に対して相補的・付加的な情報を提供できるAFM計測の研究を更に進め,LNP製剤の開発促進及び品質確保に貢献していきたい.

Fig. 8. AFM Measurement of mRNA-LNPs

The glass substrate was coated with anti-PEG antibody via Si-tagged protein G to immobilize mRNA-LNPs without corruption. LNP: Lipid nanoparticle; PEG: polyethylene glycol.

7. おわりに

AFM計測の肝となる「粒子の固定化」は,イオン間力,Van der Waals力,水素結合,疎水性効果などの総和力といえる粒子–固体基板間の表面間力によっている.リポソームの場合,表面間力に由来する付着エネルギーに駆動されて,粒子構造の崩壊や支持膜への形態変化が起こり得る.表面間の複雑な相互作用を理論的に予測して精密に制御することは困難であるため,リポソームのような柔らかい粒子では,その粒子形態が固体基板上で維持されるよう,実験科学的手法によって試行錯誤を重ねながら固定化を最適化する必要性が生じる.この文脈において,筆者の主要な科学的貢献は,様々な脂質組成のリポソームに対する固定化の方法を示してきた点にあると考えている.今後,種々の物理化学的特性を有する広範なナノ粒子群へと研究対象を拡大していき,粒子特性に応じた固定化法の開発を行いながら,「ナノ粒子の可視化とともに硬さの直接定量が行えるユニークな単一粒子分析法」としてのAFMを活用した更なる薬学研究を通じて,複雑な医薬品製剤の開発促進と品質確保に貢献していきたい.

謝辞

本総説で紹介した筆者らの研究論文の成果は,国立医薬品食品衛生研究所名誉所長 合田幸広先生,北里大学薬学部教授 加藤くみ子先生,国際医療福祉大学薬学部教授 伊豆津健一先生,京都薬科大学教授 斎藤博幸先生を始めとする共同研究者の皆様との研究によって得られたものであり,多大なる御指導と御協力に深く感謝申し上げます.本研究は,Japan Agency for Medical Research and Development(AMED)創薬基盤推進研究事業,AMED医薬品等規制調和・評価研究事業,日本学術振興会科学研究費助成事業の支援により行われました.また,日本薬学会第143年会での物理系薬学部会シンポジウムにおいて,本総説に係わる研究発表の機会を与えてくださった日本薬学会物理系薬学部会の皆様に心より感謝申し上げます.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,日本薬学会第143年会シンポジウムS42で発表した内容を中心に記述したものである.

REFERENCES
 
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