YAKUGAKU ZASSHI
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誌上シンポジウム
結晶構造と分子動力学計算によるイオンチャネルにおける二価カチオンの阻害機構の解析
入江 克雅
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2024 年 144 巻 5 号 p. 521-526

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Summary

Neural activity generates essential responses, such as thinking, memory formation, and muscle contraction. It is controlled by the well-coordinated activity of various cation-selective channels of the cell membrane. The divalent cation block plays an essential role in various tetrameric ion channels. For example, N-methyl-D-aspartic acid receptors, which are tetrameric ion channels involved in memory formation, are inhibited by magnesium ions. Divalent cations are thought to bind in the ion pathway of the ion channel and as a consequence block the channel current, however, direct observation of such a block has not been reported yet. As a consequence, the behavior of these blocking divalent cations remains poorly understood. NavAb, a similar tetrameric sodium channel cloned from Arcobacter butzleri, is one of the most structurally analyzed tetrameric channels that is not inhibited by divalent cations. In this study, we elucidated the molecular mechanism of the divalent cation block by reproducing the divalent cation block in NavAb. The X-ray crystal structure of divalent-cation-block mutants show electron density in the ion transmission pathway of the divalent cation blocked mutants, indicating that the mutations increasing the hydrophilicity of the inner vestibule of the pore domain enable a divalent cation to stack into the ion pathway. In molecular dynamics simulations, the stacked calcium ion repels the sodium ions near the channel lumen’s entrance at the selective filter’s bottom. These results suggest the primary process of the divalent cation block mechanism in tetrameric cation channels and suggest a process of functional acquisition in ion channel evolution.

1. はじめに

二価カチオンによる活性阻害は高等生物の四量体型イオンチャネルでよく観察される現象である.特に,イオンチャネル型受容体であるN-メチル-D-アスパラギン酸(N-methyl-D-aspartic acid: NMDA)受容体のマグネシウムイオンによる活性阻害は有名である.1 NMDA受容体はヘテロ四量体のイオンチャネルである.この阻害機構はシナプス可塑性などの記憶の形成に関与しており,この過程を標的とする薬剤には,メマリーとして商品化されているメマンチンや,ケタミン・フェンサイクリジンなどがあるが,これらの薬剤には幻覚作用のような強い副作用を示すものがある.そのため,これらの薬剤は有用性が高いものの改良が望まれる薬剤である.これらの理由から,二価カチオンによる阻害機構の詳細な理解が必要である.しかしながら,NMDA受容体の原子構造は単粒子構造解析によって様々な状態や化合物との複合体などの多数の立体構造が明らかになった現在でも,二価カチオンによる阻害機構の詳細はいまだ明らかになっていない.そこで,この二価カチオンによる阻害機構を生物物理学的な手法の適用が容易な原核生物由来のナトリウムチャネル(BacNav)2,3に機能創出し,その機能解析を進めることで詳細な分子機構の解明に成功したので,4その結果について報告する.

2. NavAbへの二価カチオンによる阻害効果の創出

NMDA受容体はBacNavと同じ四量体型のイオンチャネルであるが,イオン選択性はなくイオン選択性チャネルとは膜貫通領域の挿入方向が逆方向である.そのため,NMDA受容体はより早い段階でイオン選択性チャネルと分岐したイオンチャネルであると考えられる(Figs. 1A, B).そこで,分岐点に近いと考えられる原始的なチャネルであるBacNav5,6の中で最も構造解析が進むNavAb2,3に二価カチオンによる阻害機構の創出を検討した.NavAbとNMDA受容体の選択性フィルター領域を基準としてポアドメインを重ね合わせたところ,よく重なった(Fig. 1C).

Fig. 1. The Similarity of the Pore Domain between the Ionospheric Receptor and NavAb

A: Schematic diagram of ion channel evolution. B: Schematic diagram of the ionotropic receptor. The insertion direction into the membrane is opposite to the ion-selective channel. C: Superposition of the NR1 (black) and NR2b (gray) subunits of NMDA receptor onto the NavAb (white). White text indicates NavAb residues and the black and grey text indicates NR1 and NR2b subunit residues, respectively.

NMDA受容体のマグネシウムイオンによる機能阻害に関与するといわれるNMDA受容体のNR1サブユニットのAsn6167とNavAbのLeu176が同じ場所に位置した(Fig. 1C).このNavAbのLeu176はNR2bサブユニットと重ねたときにはNR2bのAsn615とAsn616の間に位置する(Fig. 1C).これらの残基もマグネシウムイオンによる阻害に関与している.そこで,NavAbのLeu176をアスパラギンに変異したL176N変異体を作成し活性を測定したところ,細胞外のカルシウムイオンによる内向き電流の減少が観測された(Fig. 2A).すなわち,NavAbへの二価カチオンによる阻害機能の創出に成功した.

Fig. 2. The Blocking Ratio of Leu176 Mutants and the Electron Density around the Selectivity Filter of NavAb WT, L176Q, and L176G Mutants

A: Gmax of NavAb Leu176 mutants in various outside calcium ion conditions normalized by the tail current generated by −10 mV stimulation pulse under 2.5 mM extracellular Ca2+ condition. Symbols and error bars indicate the value and the standard deviation of Gmax. The data were obtained from biologically independent cells (n=4; WT, 5; L176N, 5; L176Q, 6; L176F, 4; L176A, 4; L176G, and 4; L176T). This figure is reproduced with permission under a Creative Commons Attribution 4.0 International License from figure 2f of Nat. Commun., 14, 4236 (2023).4) B–D: Horizontal view of the electron densities of the ion pathway of NavAb WT, L176Q, and L176G mutants in the calcium conditions. The upside is the extracellular side. Mesh indicates the 2FOFC electron density map contoured at 1σ.

L176N変異体と同様の親水性残基への変異体であるL176TやL176Qでは同様に,カルシウムイオンによる阻害がみられた.L176F変異体では阻害効果はみられず,L176A変異体やL176G変異体では阻害がみられた(Fig. 2A).そのため,親水性側鎖や側鎖の小さな変異によって,二価カチオンによる阻害が起きることが明らかとなった.したがって,変異導入位置は選択フィルターの下部であり,ここで二価カチオンとの新たな相互作用を引き起こすと考えた.

3. L176QNK及びL176GNK変異体の構造

電気生理実験で明らかとなった二価カチオンによる阻害が生じる変異体で,その分子メカニズムを解明するために,これらの変異体の構造解析を行った(Figs. 2B–D).野生型に加えL176QとL176G変異体でカルシウムイオンの存在下での結晶構造を決定し選択性フィルター周辺の構造を解析した.変異体の電子密度は,L176Q及びL176G変異体の176番目の残基周辺の電子密度の変化は変異導入した側鎖の形状によく一致していた(Figs. 2C, D).変異導入した残基周辺の選択性フィルター内の電子密度に注目すると,L176QとL176G変異体のイオン透過経路での電子密度の増加がみられた(Figs. 2C, D:破線枠).これらの密度の増加は,電流阻害を引き起こすカルシウムイオンによるものであると考えられる.変異したL176Q側鎖のアミノ基は,チャネルのポアヘリックスと水素結合を形成するため,L176Q側鎖のカルボニル基はイオン経路の中心を向く(Fig. 2C).このカルボニル基の酸素原子が,イオン経路中でのカチオンの滞留に関与すると考えられた.L176G変異体では,側鎖が小さいグリシン残基への変異によって選択的フィルターとチャネル内腔との境界面に新たな空間が生じる.この空間には,水分子が観察された(Fig. 2D).この水分子によって,カルシウムイオンが選択的フィルターとチャネル内腔との境界面に滞留し,これによりナトリウムイオンによる電流を阻害していると考えた.

4. カルシウムによる電流阻害の分子動力学シミュレーション

親水性アミノ酸か側鎖の小さいアミノ酸への変異といった一見効果が異なる変異で,同様の阻害効果が生じるためどのような影響で電流の阻害が起きるかは興味深い点であった.構造解析の結果,これらの変異は最終的にはイオン透過経路内でのカルシウムイオンの滞留をもたらすことが示唆された.しかしながら,選択フィルターにいくつのカルシウムイオンが滞留するかを決定することは困難であった.そこで,カルシウムイオンと選択性フィルターの詳細な相互作用を解析するために分子動力学シミュレーションを行った.まず,electronic continuum correctionと呼ばれる水和状態のイオンの電荷を見積もる手法8,9を用いて,イオン電荷の最適化を行い−300 mVの電位を付加した状態で野生型チャネルでナトリウムイオンの連続的な透過を再現した.この条件ではカルシウムイオン存在下でも,低頻度でのカルシウムイオンの透過が再現された(Fig. 3).

Fig. 3. The Sodium and Calcium Ion Trajectories in Calcium Condition in NavAb Wild-type and Mutant Channels

MD simulations generate the trajectories of each ion. The trajectories indicate the repeated ion permeation across the pore along the z-axis as a function of time (ns). Z-axis values correspond to that in Figs. 2B–D. This figure is reproduced with permission under a Creative Commons Attribution 4.0 International License from figure 5c of Nat. Commun., 14, 4236 (2023).4)

カルシウムイオンによって阻害を受ける変異体でも,カルシウムイオン非存在下ではナトリウムイオンの連続的な透過が生じた.これらの変異体において,カルシウムイオン存在下ではナトリウムイオンの透過が有意に減少した.阻害を受ける変異体では,選択性フィルターの下部(z=−5 Åから0 Å)にカルシウムイオンの滞留が観察された.このとき,複数のカルシウムイオンが同時に滞留することはなかった.したがって,カルシウムイオン存在下での結晶構造で観察された選択性フィルターとチャネル内腔の境界面での電子密度の増加は,一つのカルシウムイオンによるものだと考えられた.そして,カルシウムイオンが滞留するときは,ナトリウムイオンはイオンポアを透過できないことが示された.

5. イオンポア内におけるカチオンの自由エネルギーの解析

各イオンの軌跡から自由エネルギーを計算し,イオンポア内でのカルシウムイオンとナトリウムイオンの挙動を解析した(Fig. 4).イオンの透過経路となるz軸上の1次元の自由エネルギープロファイルを計算して,イオンチャネルの透過経路中でのイオンの安定点を明らかにした(Figs. 4B–F).L176Q及びL176N変異体では,カルシウムイオンの自由エネルギーは176番目のカルボニル酸素原子(z=0 Å)付近で著しく減少する,すなわちこの位置でカルシウムイオンは安定して存在する(Figs. 4B–F).この自由エネルギーの極小値を示す位置は,L176Q変異体の結晶構造で観測された選択性フィルターとチャネル内腔の境界面での電子密度の増加と一致する(Fig. 2C).カルシウムイオンの存在にともない,ナトリウムイオンの自由エネルギーは,L176Q変異体の細胞内(z<−15 Å)からチャネル内腔全体(z=0 Åから−10 Å)で増加する(Figs. 4C, D).このカルシウムイオンの自由エネルギーの極小値とナトリウムイオンの自由エネルギーの増大は,細胞外液のカルシウムイオンの増加が電流を減少させる電気生理実験の結果とよく一致する(Fig. 2A).この現象はL176N変異体でも同様であった.L176Q及びL176N変異体のカルシウムの自由エネルギーと同様に,L176GやL176A変異体でもカルシウムの自由エネルギーがチャネル内腔で減少するが,自由エネルギーが極小値となるz軸の値は異なっていた(z=−5 Å)(Figs. 4E, F).この位置のずれは,L176G変異体が作りだす新たな空洞の位置に一致した(Fig. 2D).分子動力学シミュレーションの計算においても,L176GやL176A変異体では余分な空洞が生じその部分に水分子が存在することを示唆しており,これはL176G変異体の結晶構造での選択性フィルターとチャネル内腔の境界面での電子密度の増加とも一致する(Fig. 2D).この結果は,小さい側鎖への変異体でも選択性フィルターとチャネル内腔の境界面でカルシウムイオンが安定に存在し,それによってナトリウムイオンの透過を阻害することが示された.

Fig. 4. The One-dimensional Free Energy Landscape

A: Selectivity filter and inner vestibule of NavAb. The transmembrane and pore helices of NavAb (grey cylinder) form the inner vestibule. The ball-and-stick model indicates water molecules. The right-grey and grey spheres indicate sodium and calcium ions, respectively. The dashed circle indicate the main-chain carbonyl oxygen atoms of the 176th residue. B–F: Sodium ions’ z-axis free energy landscape in the inner vestibule of the wild-type, L176N, L176Q, L176A, and L176G channel, respectively. Black and dashed black lines indicated the free energy of sodium ions in calcium-free conditions and calcium conditions, respectively. The dashed grey line indicates the free energy of calcium ions. This figure is reproduced with permission under a Creative Commons Attribution 4.0 International License from figure 6b–g of Nat. Commun., 14, 4236 (2023).4)

6. 二価カチオン阻害の分子機構

変異体の電気生理学実験により,二価カチオンブロックが親水性アミノ酸や小さな側鎖のアミノ酸への変異という二種類の変異によって引き起こされることを示し,明らかに性質が異なるアミノ酸で,同じ阻害効果が現れたことは驚くべきことであった.そして,これらの変異体の結晶構造解析により,変異の種類が異なるものの変異によって生じる影響が選択性フィルターとチャネル内腔の境界面にカルシウムイオンの滞留を引き起こすことが明らかになった(Figs. 2B–D).さらに,分子動力学シミュレーションにより,イオンポア内には1つのみのカルシウムイオンが存在できることを明らかにし,これによりナトリウムイオンのイオンチャネルの入り口での自由エネルギーが増加するすなわちイオン透過が阻害されることが示された(Fig. 5).このモデルでは,親水性側鎖変異は,変異側鎖が二価カチオンへの水素結合を提供し,イオン透過経路の中心にカルシウムイオンを滞留させる(Fig. 5, center).小さい側鎖への変異は,元のロイシン側鎖があった場所に新たな空洞を作り出し,ここに水分子が入り込むことで,この水分子が親水性アミノ酸への変異と同様に,二価カチオンと相互作用し,イオンポアへの入り口を塞ぐのである(Fig. 5, right).

Fig. 5. The Proposed Molecular Model of Divalent Cation Block Mechanism of Hydrophilic and Small-side-chain Mutants, Respectively

The front and rear subunits were removed for clarity. Grey cylinders indicate the helices of the NavAb pore domain. Black and white spheres indicate calcium and sodium ions, respectively. This figure is reproduced with permission under a Creative Commons Attribution 4.0 International License from figure 8 of Nat. Commun., 14, 4236 (2023).4)

7. 最後に

NavAb変異体においてNMDA受容体でのマグネシウムイオンによる阻害を完全に再現することは依然として困難であるが,NavAbのような原核生物のチャネルは構造解析などの生物物理学的手法や分子動力学シミュレーションなどの計算機による解析がいずれも進んだチャネルグループである.したがって,今回,明らかにした分子メカニズムや実験手法は,二価カチオンによる阻害機構の詳細な解析にも大きな役割を果たすことが期待される.

謝辞

本研究は,科学研究費補助金(17K17795, 20K09193),公益財団法人住友電工グループ社会貢献基金,武田科学振興財団薬学系研究助成,公益財団法人発酵研究所一般研究助成の支援を受けて行われました.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,日本薬学会第143年会シンポジウムS42で発表した内容を中心に記述したものである.

REFERENCES
 
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