YAKUGAKU ZASSHI
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誌上シンポジウム
中分子創薬が直面する課題とその克服に向けて
宮地 弘幸 前仲 勝実
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2024 年 144 巻 5 号 p. 527-528

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近年分子量500から2000程度の中分子化合物が新たな創薬モダリティーとして注目されている.しかし,服薬アドヒアランスの良好な経口剤としての開発成功性は極めて限定的である.In vivoで適切な薬効を示す中分子化合物を創製するには,中分子化合物固有の課題(水溶性の低さ,膜透過速度の遅さ,トランスポーターの基質性等)を理解し,解決策を練る必要がある.

これらの課題解決に向けてJapan Agency for Medical Research and Development(AMED)は2018年度から3年間にわたる,次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(革新的中分子創薬技術の開発)を実施した.第143年会シンポジウムの講演者は,前仲(北海道大学)を研究代表者とする,AMED中分子事業の前仲研究班員である.本班の最終目標は中分子化合物の受動拡散を精密にシミュレーションできる技術開発であった.本班としては,既存の中分子化合物の膜透過性に関する報告は,構造の多様性も乏しく,また不統一な実験条件を基にした解析からは,中分子化合物の膜透過の精密シミュレーションの実現は不可能と考えた.そこで,ゼロベースでの膜透過に関するWET実験とDRY実験の協業,すなわち基盤研究としての中分子化合物の収集や中分子化合物合成,物性解析,構造解析,データベース構築の各要素技術が必要であり,その個別基盤のうえに,中分子化合物の精密膜透過シミュレーションが達成されると考えた.第143年会シンポジウムでは,各講演者による3年にわたる研究成果を発表頂いた.

講演1では廣瀬友靖博士(北里大学)より,大村天然物を基盤とした中分子創薬研究における合成展開に関する講演を頂いた.大村天然物ライブラリーには,低分子化合物のみならず構造多様性に富んだ中分子化合物が含まれている.これら中分子天然化合物は膜透過・薬物動態(ADME)のシミュレーション技術確立において,その構造基盤に基づく実験とシミュレーション評価のソースとして有用なサンプルである.また,その構造と膜透過性の相関を解明するには,天然物の部分的な誘導化だけでなく,抜本的な構造改変可能な合成法開発も不可欠であり,物性評価やライブラリー化を視野に入れた合成アプローチについて紹介頂いた.

講演2では市川 聡博士,勝山 彬博士(北海道大学)より,生物活性を有する中分子天然物と環状ペプチドの合成と膜透過性に関する講演を頂いた.市川研究室で合成された,細胞レベルで強力な生物活性を有する種々の生物活性中分子天然物,及び周東(智)研究室の渡邉瑞貴博士(北海道大学)により合成されたシクロプロパン含有光学活性中分子環状ペプチドをモデルとしての,各種誘導体ライブラリーの合成,膜透過速度・ADME評価等の検討結果,及び構造の相関について紹介頂いた.

講演3では金光佳世子博士(東京大学)より,中分子化合物の溶解度及び人工膜・生細胞を用いた膜透過性評価に関する講演を頂いた.中分子化合物においても,経口投与後循環血中に到達するまでの初期段階では,薬物の溶解度・膜透過性が重要な因子となり,細胞内標的へ到達する際にも細胞膜を透過する必要がある.そこで北海道大学・北里大学・東京大学の中分子化合物ライブラリー約1000化合物について実施した,(1)溶解度・膜透過性の評価,(2)排泄トランスポーターの関与が疑われる中分子化合物の選抜とトランスポーター阻害剤を添加した方向性の輸送評価,並びに(3)中分子化合物の薬効評価に用いる細胞への取り込みについての評価に関して詳細な報告を頂いた.

講演4では山田一作博士(北里大学)より,実験及びシミュレーションのための統合データベースの開発に関する講演を頂いた.複数領域の研究グループから産出される実験データの管理と共有化の観点から,中分子化合物の構造,溶解性や膜透過性,ADME・物性や膜透過性分子シミュレーション,分子ライブラリーなどのデータを統合したデータベースを開発した.登録データは,化合物の構造の一覧表示や,任意のデータを選択して散布図や棒グラフとして可視化することができ,また部分構造や類似構造検索を行うこともできる.さらに膜透過性分子シミュレーションの結果も,使用した分子のIDなどの情報,分子構造,動画などのファイルを登録できる.これらの結果はユーザーが相互に情報を閲覧することもできる等のユーザーフレンドリーなデータベースとなっていることが紹介された.

講演5では喜多俊介博士(北海道大学)より,中分子創薬へのクライオ電子顕微鏡の応用に関する講演を頂いた.中分子化合物創薬におけるクライオ電子顕微鏡の利活用は長足の進歩を遂げている.クライオ電子顕微鏡解析は,中分子化合物と標的タンパク質との複合体が決定できることから,静的相互作用解析と組み合わせて化合物の構造展開が可能である.更に標的タンパク質の動的な構造変化と中分子化合物の結合に関する一斉解析も可能である.またクライオ電子顕微鏡を用いた電子線回折実験(electron diffraction: ED)は,中分子化合物自身の構造解析にも利用され[マイクロ結晶電子線回析(microcrystal electron diffraction: microED)],X線結晶構造解析には不向きな微小結晶も回折像が得られるため,構造解析が可能となることなど中分子創薬への応用におけるクライオ電子顕微鏡の可能性と課題に関して紹介頂いた.

講演6では重田育照博士(筑波大学)より,新規分子シミュレーションに基づく膜透過性評価法の開発に関する講演を頂いた.中分子化合物の膜透過性評価をシミュレーションすることは重要であるが,通常の分子動力学計算(molecular dynamics: MD)により現実的な計算コストで膜透過を抽出することは,膜透過に要する時間スケールと比較してMDが追跡可能な時間スケールが極めて短いために困難である.そこで到達時間スケールの限界による探索不足を打破するために重田博士により開発が進められている構造サンプリング法から,parallel cascade selectionMD(PaCS-MD)とoutlier flooding method(OFLOOD)を併用したハイブリッドサンプリング法に基づき,膜透過プロセスを抽出し,得られるトラジェクトリを用いて膜透過に伴う自由エネルギープロファイルと膜透過係数を見積もった研究例の紹介を頂いた.併せて自由エネルギー反応ネットワーク法の中分子化合物への適用例も併せて紹介頂いた.

本誌上シンポジウムでは,これらの講演のうち,金光佳世子博士,山田一作博士,重田育照博士に,第143年会シンポジウムでの講演内容を中心に,最近の研究成果に関しても焦点を当てた執筆を頂いた.本誌上シンポジウムが,中分子化合物創薬を指向されている研究者の方々の一助になれば幸甚である.

Notes

日本薬学会第143年会シンポジウムS15序文

 
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