2024 Volume 144 Issue 6 Pages 675-683
Recently, feeding damage by the olive weevil Pimelocerus (Dyscerus) perforatus Roelofs, which utilizes olive trees (Olea europaea Linne) as a host plant, has become the biggest obstacle to olive cultivation in Japan. We previously identified several volatile plant-derived natural products that exhibit repellent activity against olive weevils. In this study, we conducted a pilot test of repellents in an olive orchard along with the use of insecticide. During three consecutive years from 2021 to 2023, the first year was the observation period, and the second and third years were set aside for a trial period for o-vanillin and geraniol as repellents, respectively. Using o-vanillin, the number of adult olive weevil outbreaks decreased to almost half a year in the experimental area, the use of geraniol then resulted in a drastic reduction of the number of individual olive weevils in the experimental area. In contrast, adults and larvae outbreaks increased in the control area without a repellent, despite the use of insecticide. These results indicate that the volatile repellents drove the olive weevils away and kept them at bay in the field. Based on the observations, we will be able to provide a new approach for the control of olive cultivation, including fruit and leaves used for commercial purposes, following integrated pest management (IPM) practices, such as reducing environmental poisoning from intense insecticides, and returning olive weevils to their original habitat outside of olive orchards.
オリーブアナアキゾウムシPimelocerus(Dyscerus)perforatus Roelofsは,20世紀初頭に欧米から日本に輸入・移植されたオリーブOlea europaea Linneに寄主することから認知され命名された,日本に古来より生息している甲虫である.1)近年,オリーブオイル市場の拡大に伴い,日本各地でオリーブ栽培が試みられるものの,2,3)オリーブアナアキゾウムシによる食害が,オリーブ栽培を阻む最も大きな障害となっている.4–8)オリーブアナアキゾウムシのメスの成虫は,1日に1個,生涯に数十から数百個の卵をオリーブの樹皮下に産卵し,孵化した幼虫は形成層に沿って樹幹の材部を食することで生長する.9)同じオリーブ樹に複数の幼虫が誕生すると成木でも枯死するほど壊滅的な被害をもたらすことから,1,4)オリーブ栽培者にとってオリーブアナアキゾウムシ対策は最も大きな課題となっている.
1950年代に,オリーブアナアキゾウムシによるオリーブ被害の実態調査,4)生態,9–12)防除方法1,4,13)に関する研究が精力的に行われ,有機塩素系殺虫剤により駆除し得るとの報告を受けて,オリーブ農園におけるオリーブアナアキゾウムシの防除に有機塩素系殺虫剤が使用されていた.しかしその後,有機塩素系化合物は,難分解性,高蓄積性かつ環境残留性であり,ヒトを始めとする高次捕食動物への長期毒性を有することから,「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」(化審法)の制定14)と相まって,オリーブ農園での有機塩素系殺虫剤の使用が規制されることとなった.その代用として,現在,フェニトロチオンを成分とする有機リン系殺虫剤が,オリーブアナアキゾウムシ駆除のためオリーブ樹に適用されている.15)オリーブ栽培者らは,フェニトロチオンの樹幹散布に,清耕栽培を含む耕種的防除,成虫・幼虫の捕獲・捕殺などを組み合わせて,オリーブアナアキゾウムシによる食害を最小限に食い止めようと努力している.13)しかしながら,フェニトロチオンの適正使用にもかかわらず,オリーブアナアキゾウムシによる被害を十分には防げていないのが実情である.5–8)フェニトロチオンは,殺虫剤として半世紀以上にわたり広く使用されている15)ものの,環境中の生物に対する悪影響16,17)や誤飲に伴う人体への有害性18)に加え,近年では,フェニトロチオン耐性となった昆虫の存在も報告されている.19,20)したがって,残留する殺虫剤から食の安全性を確保し,環境への負荷を低減し,耐性生物の発生を抑制するとともに,農作業者に対する有害事象を未然に防止するといった総合的病害虫管理(integrated pest management: IPM)の観点21–23)から,人体の安全性や環境影響に配慮した,オリーブアナアキゾウムシからオリーブ樹を護る方法の開発と確立が求められている.
上記背景の下,われわれは,人体や環境に極力悪影響を及ぼすことなくオリーブ樹を護るためには,オリーブアナアキゾウムシをオリーブ樹から離散させて元々生息していた森林に還し,殺虫剤の使用を最小限に留める方法があるのではないかと考え,被験物質を避けてオリーブアナアキゾウムシが移動する距離を可視的に測定可能な嗜好性判定装置を開発した.当該装置を用いて,人体や環境へ悪影響をもたらさない各種天然物由来成分の作用を検証し,植物由来の数種類の芳香性化学物質がオリーブアナアキゾウムシに対する忌避作用を示すことを見い出した.24)今回,われわれは,実験室レベルで忌避作用を有することが確認された化学物質が,オリーブ農園でもオリーブアナアキゾウムシに対する忌避作用を発揮できるかどうか確認するための試験を行った.本研究では,植物由来の芳香性化学物質としてo-バニリンとゲラニオールを使用し,殺虫剤であるフェニトロチオンの樹幹散布や清耕栽培による耕種的防除など通常の防除作業と組み合わせることにより,オリーブアナアキゾウムシの発生をかなり抑制することができたので,以下に報告する.
o-バニリン(2-hydroxy-3-methoxybenzaldehyde: o-vanillin, Fig. 1a)及びゲラニオール(3,7-dimethyl-2,6-octadien-1-ol: geraniol, Fig. 1b)は,東京化成工業株式会社(東京)から購入した.o-バニリンとゲラニオールを,それぞれエタノールに溶解して5%溶液(w/v)及び50%溶液(v/v)として調製し,o-バニリン溶液及びゲラニオール溶液とした.芳香性物質の担持のため,保冷剤に用いられている高吸収性ポリマーを再利用した.プラスティック製の鉢(プラ鉢,9 cmϕ),排水溝用ネット,麻ひもなどは,市中の量販店で入手した.フェニトロチオン[O,O-dimethyl O-(4-nitro-m-tolyl)phosphorothioate: MEP]は,オリーブ農園の管理者が従来,代替可能品として定常的に購入していたMEP乳剤[MEP; 50%含有,住友化学株式会社(東京)又は日本農薬株式会社(東京)]を使用した.
a: o-Vanillin, b: geraniol.
オリーブアナアキゾウムシ忌避剤の実証試験は,われわれが所属する研究機関近隣の商業施設に付設されたオリーブ農園で実施した.このオリーブ農園の面積は約480 m2であり,オリーブアナアキゾウムシによる食害がひどい区画をR区(約240 m2)とし,食害がみられない区画を,R区に近い順にM区(約120 m2)とL区(約120 m2)とした(Fig. 2).R区,M区及びL区に植えられたオリーブ樹26本を,区画と番号で識別した(R1–R12, M1–M6, L1–L8).これらオリーブ樹の品種は,R1–R12, M1–M6, L1, L2, L7, L8の22本がミッション(Mission),L3とL4がルッカ(Lucca),L6はレッチーノ(Leccino),L5は不明であった.ミッション22本のうちL1とL2を除く20本は,1.2 m×1.2 mの木枠で60–80 cmほど地面をかさ上げして植えられており,それ以外は地植えされていた.樹高は2 mから4 mで,樹間距離は4 mから20 mほどであった.R9は施設内の設備設置の影響から2021年の途中で移動されたため,以降欠番とし,全体で25本のオリーブ樹を対象として試験を行った.Table 1にこのオリーブ農園の概要情報をまとめ,Fig. 2にオリーブ樹の概略地図を表示し,ゾーンと識別番号を示した.
Identification numbers of the olive trees are sequentially displayed in each zone of the orchard. Some numbers are omitted from the display. Olive trees at the “experimental” zone were applied with repellents.
Zone | R | M | L | Total |
---|---|---|---|---|
Area (m2) | 240 | 120 | 120 | 480 |
Number of olive trees | 11 (12) | 6 | 8 | 25 (26) |
Numbering | R1–R12 | M1–M6 | L1–L8 | — |
Variety (Number) | Mission (12) | Mission (6) | Mission (4), Lucca (2), Leccino (1), Unknown (1) | Mission (22), Lucca (2), Leccino (1), Unknown (1) |
Test category | Experimental | Control | Control | |
Others | R9 (Mission); missing. |
試験は2021年4月から2023年11月までの3年間にわたり行った.1年目は化学物質を適用せず,観察期間としてオリーブアナアキゾウムシの発生頻度を計測した.2年目はo-バニリンの試験期間,3年目はゲラニオールの試験期間とし,芳香性化学物質を試験区(R区)に適用して,オリーブアナアキゾウムシの発生を観測した.R区に植えられた11本のオリーブ樹に対し,o-バニリン溶液はスプレー剤として,2022年4月から11月の間,月に2–4回,噴霧器を用いて2 mL/回/樹で樹幹散布した.o-バニリンのスプレー剤を使用した後,ほかのオリーブ農園で行った予備試験をふまえ,芳香性化学物質としてゲラニオールを,徐放性や香りの持続性が期待されるゲル剤として用いることとした.ゲラニオール溶液は,高吸収性ポリマー約40 gに対し2 mLの割合で添加し,混合してゲル剤とし,下穴をテープでふさいだプラ鉢に入れて上部を折り畳み,ホチキスで2–3ヵ所留めたものをネットに入れ,2023年3月末に地面から約20 cmのところに麻ひもで幹に吊り下げるようにして樹幹の近くに設置した.設置後,散逸又は極度に乾燥したゲル剤5個は,試験期間中に新しいものと交換した.2023年4月から11月の間,月に2回,ゲラニオール溶液2 mLをゲル剤に追加した.一方,対照区となるM区とL区に植えられた14本のオリーブ樹に対しては,いずれも無処置とした.Table 2に,忌避剤実証試験の年次計画の概要をまとめた.
Period | Purpose | Repellent | Frequency (times/month) |
---|---|---|---|
1st, Apr–Nov, 2021 | Baseline | None | 1–4 |
2nd, Apr–Nov, 2022 | Trial I | o-Vanillin spray | 1–4 |
3rd, Apr–Nov, 2023 | Trial II | Geraniol gel | 1–2 |
試験期間の3年間にわたり月に1–4度,目視によりオリーブ樹に発生するオリーブアナアキゾウムシを観察し,成虫は捕獲,幼虫は捕殺した.1年目は成虫の個体数のみ,2年目3年目は成虫及び幼虫の個体数をオリーブ樹毎に記録し,月毎,区画毎に集計した.
4. 殺虫剤フェニトロチオンの適用本研究を実施したオリーブ農園では,清耕栽培による耕種的防除のほか,オリーブアナアキゾウムシの成虫又は幼虫の繁殖が確認されたタイミングで,年1回,フェニトロチオン(MEP乳剤の50倍希釈溶液)を25本すべてのオリーブ樹に5 L(1本あたり平均0.2 L),刷毛を用いて樹幹散布した.試験期間の3年間では,2021年9月7日,2022年7月8日,2023年6月23日に樹幹散布を実施した.なお,2021年以前には,オリーブアナアキゾウムシの発生が確認されたタイミングで,年2回の頻度で同様に樹幹散布していた.
オリーブ農園全体のオリーブアナアキゾウムシ成虫個体数について,Fig. 3には月別推移を,Table 3にはオリーブ樹毎の発生個体数を示した.5月から10月にかけてR区を中心にオリーブアナアキゾウムシの成虫が観察され,7月から8月にM区の1本(M3)に成虫が多数発生した.これを受けて,9月7日に全オリーブ樹にフェニトロチオンを樹幹散布した後,M3には成虫が全く見られなくなったものの,R区のオリーブ樹には,多数の成虫が確認された.この1年間,L区ではオリーブアナアキゾウムシの発生はみられなかった.
Black; zone R, dark gray; zone M, light gray; zone L.
2021 | ||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Zone | Tree | Apr | May | Jun | Jul | Aug | Sep | Oct | Nov | Total |
R | R2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 5 | 0 | 0 | 8 |
R3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 9 | 0 | 18 | |
R4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 5 | 0 | 7 | |
R5 | 0 | 1 | 1 | 6 | 2 | 2 | 0 | 0 | 12 | |
R10 | 0 | 0 | 0 | 5 | 3 | 0 | 1 | 0 | 9 | |
M | M3 | 0 | 0 | 0 | 11 | 2 | 0 | 0 | 0 | 13 |
Total | 0 | 2 | 1 | 22 | 11 | 16 | 15 | 0 | 67 | |
2022 | ||||||||||
Zone | Tree | Apr | May | Jun | Jul | Aug | Sep | Oct | Nov | Total |
R | R3 | 2 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 |
R4 | 0 | 0 | 1 | 9 | 1 | 0 | 0 | 0 | 11 | |
R8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | |
R10 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | |
R11 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | |
R12 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | |
M | M1 | 0 | 0 | 0 | 15 | 0 | 0 | 0 | 0 | 15 |
M3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | |
M5 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | |
L | L1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
L5 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | |
L6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | |
L7 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | |
Total | 4 | 1 | 2 | 35 | 2 | 1 | 0 | 2 | 47 | |
2023 | ||||||||||
Zone | Tree | Apr | May | Jun | Jul | Aug | Sep | Oct | Nov | Total |
L | L1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 |
L2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | |
L3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | |
Total | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 5 |
Table 3に示す通り,4月から6月にかけて発見された成虫個体数はまばらではあったが,オリーブアナアキゾウムシ幼虫の個体数も計測したところ,Table 4に示す通り,5月から6月にかけて大量の幼虫が観察された.7月頭にはR4に加え,これまでにオリーブアナアキゾウムシが発見されたことのないM1とM5,L5とL7にも成虫の発生が観察された(Table 3).そのため,7月8日に全オリーブ樹にフェニトロチオンの樹幹散布を行ったところ,M区ではその後,オリーブアナアキゾウムシ個体が全く確認されなくなり,R区では8月に成虫が2頭発見されたものの,9月以降は1匹も発見されなかった.フェニトロチオンの散布後,すべての区画で幼虫はほとんど観察されなくなったものの,L区では9月と11月に成虫が3頭発見された(Tables 3 and 4).o-バニリンを散布したR区のオリーブ樹が,対照区であるM区やL区のオリーブ樹に比べて,「葉色が悪い」「新芽が出ない」「枯れる」などといったダメージを負っている事実は,目視による観察の範囲では確認されなかった.
2022 | ||||||||||
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Zone | Tree | Apr | May | Jun | Jul | Aug | Sep | Oct | Nov | Total |
R | R3 | 0 | 13 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 20 |
R4 | 0 | 17 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 17 | |
R10 | 0 | 6 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | |
M | M3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
L | L1 | 0 | 0 | 0 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 |
Total | 1 | 36 | 8 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 55 | |
2023 | ||||||||||
Zone | Tree | Apr | May | Jun | Jul | Aug | Sep | Oct | Nov | Total |
R | R3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 |
L | L1 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 |
L3 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | |
L6 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | |
L8 | 0 | 0 | 5 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 | |
Total | 0 | 0 | 15 | 3 | 0 | 0 | 1 | 0 | 19 |
Table 3に示す通り,1年間を通してR区及びM区に成虫を発見することはなかった.Table 4に示すように,6月にL区で幼虫15頭が観察されたことから,6月23日にフェニトロチオンの樹幹散布を行った.その後,L区においては死骸3頭を含む成虫5頭が発見されたものの,オリーブ農園全体でオリーブアナアキゾウムシの個体は成虫幼虫含めてほとんどみられなかった(Tables 3 and 4).ゲラニオールを散布したR区のオリーブ樹が,対照区であるM区やL区のオリーブ樹に比べて,「葉色が悪い」「新芽が出ない」「枯れる」などといったダメージを負っている事実は,目視による観察の範囲では確認されなかった.
3年間のオリーブアナアキゾウムシ個体数の推移R区の結果Figure 4には3年間にわたるオリーブアナアキゾウムシ成虫の月別個体数の年次推移を,Fig. 5には同じく成虫の区画別年間総数の年次推移を示した.オリーブアナアキゾウムシ成虫の年間総数は,R区では1年目の観察期間には54頭だったものが,2年目のo-バニリン試験期間には20頭に,そして3年目のゲラニオール試験期間には0頭になった.成虫個体数の発生区画分布割合の年次推移から,1年目の2021年には成虫の80%以上がR区で発見されたのに対し,2年目の2022年にはR区での成虫発生は数,割合ともにおよそ半減し,3年目の2023年にはゼロになった.オリーブアナアキゾウムシ幼虫の発生個体数に関する月別推移及び区画分布割合を示したFig. 6とTable 4をみると,2年目の2022年に観察された個体の約8割にあたる46頭がR区に発生していたのに対し,3年目の2023年にR区に観察された幼虫個体は1頭のみであった.Table 5には,オリーブアナアキゾウムシの成虫及び幼虫が観察されたオリーブ樹の本数を区画別年次推移としてまとめ,併せて,各年の区画分布割合をFig. 7に示した.その結果,1年目の2021年には確認された個体の8割以上がR区のオリーブ樹に発生していたのに対し,2年目の2022年にはR区のオリーブ樹に発生した割合が約50%となり,3年目の2023年にはR区のオリーブ樹1本に幼虫1頭が発生しただけだった.
Black; 2021, dark gray; 2022, light gray; 2023.
Black; zone R, dark gray; zone M, light gray; zone L. The number beside bars; captured adult olive weevils per zone, the number above bars; captured adult olive weevils per year.
a and b; 2022, c and d; 2023. a and c; monthly trends, b and d; distribution percentages, the values are indicated beside pie charts. Black; zone R, dark gray; zone M, light gray; zone L.
Zone | Planted trees | Trees infested with olive weevils | |||
---|---|---|---|---|---|
2021 | 2022 | 2023 | All | ||
L | 8 | 0 | 4 | 5 | 7 |
M | 6 | 1 | 3 | 0 | 3 |
R | 11 | 5 | 6 | 1 | 8 |
Total | 25 | 6 | 13 | 5 | 18 |
a; 2021, b; 2022, c; 2023. Black; zone R, dark gray; zone M, light gray; zone L. The values are indicated beside pie charts.
オリーブアナアキゾウムシ成虫の年間総数は,1年目の67頭から,2年目の47頭,3年目の5頭となり,3年間で10%未満に低減した(Fig. 5 and Table 3).オリーブアナアキゾウムシ幼虫の年間総数は2年目の2022年の55頭から3年目の2023年の19頭へと6割以上減少した(Fig. 6 and Table 4).2022年の殺虫剤を散布した後には,オリーブ農園全体で幼虫は全く観察されなくなった.
1年目の2021年に観察された成虫は,20%未満がM区に発生し,L区には成虫が全くみられなかったが,2年目の2022年には成虫も幼虫もL区に発生するようになり,3年目の2023年には成虫幼虫併せて24頭のうち23頭がL区から確認された(Tables 3 and 4).試験前にはオリーブアナアキゾウムシが全く観察されなかったL区に発生するようになり,3年目の2023年における区画別の発生割合は,ほぼL区が占めるようになった(Figs. 5 and 6).
試験期間終了時の2023年11月末に観察したところ,L区のオリーブ樹6本に,蛹から羽化して成虫になる際に形成される「脱出孔」が併せて22ヵ所見つかり,その位置はフェニトロチオンを散布した樹幹部より高い分岐部に多数観察された.
Matsuzawaらがオリーブアナアキゾウムシの生態を研究した報告9,11)によれば,成虫の多くは1年以内に死滅するものの,一部は2年から4年の寿命を有する一方,成虫により樹皮下に産み付けられた卵は,10日から20日で孵化して幼虫となり,木部を食しながら成虫になるまで生長する期間は気温に依存して30日から200日ほどの幅がある.したがって,本研究で確認された幼虫は,確認された日の約40日前から約220日前の間に,当該樹木に成虫がいて,卵を産み付けたことを表すものと理解できる.本研究の試験区では,忌避作用を有する芳香性化学物質の適用開始直後の4月から7月に46匹確認された幼虫が,その後ほとんど確認されなくなったことは,天然由来芳香性化学物質である,o-バニリンやゲラニオールが,オリーブ農園でもオリーブアナアキゾウムシ忌避作用を発揮し,オリーブ樹に寄主していたオリーブアナアキゾウムシの成虫を離散させ,新たな成虫の近接を抑止し,産卵機会を著しく制限した結果と推察される.
忌避剤を適用せずに殺虫剤フェニトロチオンの樹幹散布のみを行ったL区では,オリーブアナアキゾウムシの繁殖がみられるようになったことも,忌避作用を有する芳香性化学物質がオリーブアナアキゾウムシの防除において有用であることを支持するものである.以前行った実験室レベルの研究では,エタノール自身がオリーブアナアキゾウムシに対して忌避作用を発揮することがなかった24)ため,本研究のo-バニリン及びゲラニオールの溶媒であるエタノールを散布した対照試験は行わなかった.本研究で忌避剤を使用したR区(試験区)ではオリーブアナアキゾウムシ個体数が減少したものの,試験期間内において同じオリーブ農園内で対照区としていたM区には一過的な発生がみられ,試験期間終了時にはほぼL区のみに発生する状況になった.このことは,オリーブアナアキゾウムシが試験区から対照区に移動した可能性も示唆しており,今後,対照区のオリーブ樹にも忌避剤を設置することで,オリーブ農園全体でのオリーブアナアキゾウムシの防除に取組むことが大切と考えている.
2022年夏以降,対照区であるM区にはオリーブアナアキゾウムシの発生がみられなかった(Figs. 5–6 and Tables 3–4).R区とL区は,人通りが少ないことに加え,道路沿いの草むらなどオリーブ樹周辺にオリーブアナアキゾウムシが隠れ易い場所が多いのに対し,M区は商業施設に面したところにあるため人通りが多く,オリーブ樹周辺の耕種的防除が比較的行き届いており,隠れ易い場所も少ない環境となっていた.昆虫類全般に共通した性質と思われるが,近接や交尾,産卵や越冬に適さない環境を整備することがオリーブアナアキゾウムシ防除の適切な方策といえる.なお,オリーブアナアキゾウムシは,オリーブ樹以外ではイボタノキやネズミモチなどのモクセイ科植物に寄主するが,オリーブ樹以外の植物を食害する報告はなく,また今回実証試験を行ったオリーブ農園の外でオリーブアナアキゾウムシが大量発生したなど,悪影響をもたらしたという事実は,認識していない.
今回使用した2種の化学物質は,天然植物由来の精油成分に比較的多く含まれる芳香性化学物質であり,既にアロマ製品として人々の生活に浸透している.特にゲラニオールは香料として,食品や化粧品にも使用されており,哺乳動物に対する急性毒性が比較的低いことが知られている.25,26)また,忌避剤は殺虫剤に比べて一般に抵抗性の獲得や残留性の懸念が少ないことから,天然物由来の忌避剤は,実用化のハードルが低いと考えられている.22)本研究では,o-バニリンはスプレー剤として霧吹きで樹幹散布,ゲラニオールはゲル剤として樹幹に設置する方法を採用し,両方とも効果がみられた.オリーブアナアキゾウムシは,オリーブ農園だけでなく,生垣や鉢植えなどのオリーブ樹にも処かまわず産卵・繁殖するため,家屋や住宅などの庭先・ベランダなどで栽培するオリーブ樹から,オリーブ農園のように広い場所で密度高く育成するオリーブ樹に至るまで,忌避剤の適用範囲は広いと考えられる.スプレー剤は家屋等で栽培されるオリーブ樹への適用が簡便である一方,ゲル剤を構成する高吸収性ポリマーには忌避剤の持続的な効果が期待できることから,剤形を更に工夫・改良することで,状況や用途に応じた使い方がデザイン可能となる.
有機リン系殺虫剤であるフェニトロチオンは,環境中の生物に対する影響16,17)や誤飲に伴う人体への有害性,18)耐性昆虫の出現19,20)などの懸念事項があり,pollutant release and transfer register(PRTR)制度において,ヒトや生態系への有害性があり,環境中に継続して広く存在すると認められる「第一種指定化学物質」に指定されている.27)それゆえ,IPMの観点から,使用量の抑制やオリーブアナアキゾウムシに対する適切な防除方法の開発が期待されている.21–23)本研究において,忌避作用を有する芳香性化学物質の適用により,本研究開始前の約半量のフェニトロチオンの使用でもオリーブアナアキゾウムシを防除できることが実証された.このようにフェニトロチオンの使用量を抑えることができたのは,芳香性化学物質を適用する中で,オリーブアナアキゾウムシの発生について時期と場所を把握・監視し,フェニトロチオンを樹幹散布するタイミングを適切に判断できたためと考えられる.今後,耕種的防除や幼虫・成虫の捕獲・捕殺,忌避剤の適用を最適化することにより,フェニトロチオンの使用量を更に抑えた状況で,オリーブ樹の栽培管理が実践できるようになることが期待される.
本研究では,実験室レベルでオリーブアナアキゾウムシに対する忌避作用を示した植物由来芳香性化学物質の,o-バニリンとゲラニオールが,オリーブ農園においても忌避作用を発揮し得ることを明らかにした.両物質のオリーブアナアキゾウムシに対する作用機構やフェニトロチオンとの関係性は不明であるが,これらの芳香性化学物質の剤形を工夫することにより,忌避剤としての実用化が期待できる.また,忌避剤を適用することにより,殺虫剤の使用量を低減し,安全なオリーブ関連商品を提供するとともに,生産者の健康を守り,環境中の農薬残留性を抑制し,耐性生物の発生を食い止めるなど,ヒトにも環境にもやさしいオリーブ栽培の実現が期待される.
本研究を遂行するにあたり,道の駅みのりの郷東金,東金市オリーブ組合及び東金市経済環境部農政課の皆さまにご協力を頂きました.また本研究の一部は,研究助成金「東金市産オリーブのブランド確立プロジェクト」を用いて実施されました.ここに深く感謝申し上げます.
開示すべき利益相反はない.