2024 年 144 巻 7 号 p. 715-732
An aqueous solution of 2,3-cis gallate type catechin (−)-epigallocatechin-3-O-gallate (EGCg) and caffeine afforded a precipitate of Creaming-down Phenomenon, which crystallized slowly for about three months to give a colorless block crystal. By X-ray crystallographic analysis, the crystal was determined to be a 2 : 2 complex of EGCg and caffeine, in which caffeine molecules were captured in a hydrophobic space formed with three aromatic A, B, and B′ rings of EGCg. It was considered that the solubility of the 2 : 2 complex in water rapidly decreased and the 2 : 2 complex precipitated from aqueous solution. The hydrophobic spaces of EGCg captured a variety of heterocyclic compounds, and the molecular capture abilities of heterocyclic compounds using EGCg from the aqueous solutions were evaluated. Since the C ring of EGCg has two chiral carbon atoms, C2 and C3, the hydrophobic space of EGCg was a chiral space. EGCg captured diketopiperazine cyclo(Pro-Xxx) (Xxx=Phe, Tyr) and pharmaceuticals with a xanthine skeleton, proxyphylline and diprophylline, in the hydrophobic space, and recognized their chirality.
茶はその味や香りのために世界中で飲まれてきた.特に,近年は健康のために飲まれることも多い.1)茶は通常,茶の木(Camellia sinensis, Theaceae)の葉に熱湯又は沸騰した水を注ぐことによってつくられるのが一般的である.その茶には各種のカテキン,ビタミン,カフェイン,そのほかの多くの成分が含まれている.2)主要な8種類の茶カテキンはC3位酸素原子へのガロイル基の結合の有無,またC2位とC3位の間がシスかトランスにより,2,3-トランス ガレート型,2,3-シス ガレート型,2,3-トランス 非ガレート型,及び2,3-シス 非ガレート型の4つに分類される(Fig. 1).3)一般にガレート型カテキンは非ガレート型カテキンに比べて高い生理活性を示す.4–7)特に,2,3-シス ガレート型カテキンである(−)-エピガロカテキン-3-O-ガレート[(−)-epigallocatechin-3-O-gallate: EGCg]は茶に最も多く含まれ,種々の生理活性が最も強いカテキンである.
熱い茶が冷めると茶白色の濁りや沈殿が生じる.これをクリーミングダウン現象といい,茶本来の味や風味を損なう要因となるため茶をつくるうえで最も深刻な問題の一つとなっている.カフェインがカテキン,テアフラビン,テアルビジンなどポリフェノール類とともにクリーミングダウン現象の沈殿を形成することが考えられていた.8)稲らはクリーミングダウン現象により生じた沈殿の熱水溶液の13C-NMRスペクトルから,2,3-シス ガレート型 カテキンEGCg,(−)-エピカテキン-3-O-ガレート[(−)-epigcatechin-3-O-gallate: ECg],及びカフェインがその沈殿に多く含まれることを報告している.また,EGCg水溶液にカフェイン水溶液を注ぐと実際にクリーミングダウン現象による沈殿が生じることも報告している.9)しかし,このクリーミングダウン現象のメカニズムについては,十分に解明されていない.そこで,EGCgとカフェインの水溶液,及びECgとカフェインの水溶液から得られるクリーミングダウン現象による沈殿の結晶化を試み,X線結晶構造解析により得られた結晶構造を基に,クリーミングダウン現象のメカニズムを調べることにした.さらに,解明されたクリーミングダウン現象のメカニズムを基にして,EGCgによる分子捕捉や不斉認識などの高次機能の開発をすることにした.そこで,水溶液から様々な複素環化合物のEGCgによる分子捕捉について検討し,その分子捕捉能を評価することにした.また,カフェインと同様に,五員環と六員環から成るプロリン(proline: Pro)残基を含むジケトピペラジン(環状ジペプイド)Cyclo(Pro-Aaa)(Aaa=アミノ酸残基)や,キサンチン骨格を有する気管支喘息治療薬のEGCgによる不斉認識についても検討することにした.
EGCgとカフェインを水に加熱して溶解し,その水溶液を室温に放置すると上澄み液とクリーミングダウン現象により生じた粘着性の沈殿に分かれた.その後,10°Cで約3ヵ月放置することにより,この粘着性の沈殿物がゆっくりと結晶化し,無色ブロック状結晶が得られた(Fig. 2).10,11)
この無色ブロック状結晶の単結晶は,X線結晶構造解析によるORTEP図[Fig. 3(a)]からEGCgとカフェインの2 : 2錯体であることが判明した.10,11)この2 : 2錯体は異なる2つのEGCg(EGCg A及びB)及び2つのカフェイン(カフェインA及びB)から構成され,カフェインA, BはEGCg A, BのそれぞれのB′環に面していた.単位格子には,EGCgとカフェインの2 : 2錯体が4つと,結晶溶媒として60の水分子が含まれていた[Fig. 3(b)].
(a) ORTEP drawing with thermal ellipsoids at 30% probability level, (b) one unit cell crystal solvent and hydrogen atoms are omitted for clarity.
その2 : 2 EGCg・カフェイン錯体のEGCg部分のねじれ角は,EGCg A, BのB環が両方ともC環に対してエカトリアル位であるのに対して,EGCg A, BのB′環は両方ともアキシャル位であった[Table 1(a)].EGCgの2 : 2 EGCg・カフェイン錯体におけるカフェインA, Bはいずれもほぼ平面であった[Table 1(b)].
(a) | ||
---|---|---|
Torsion angle of EGCg A | Torsion angle of EGCg B | |
∠C1′–C2–C3–O | 69.2(8)° | 67.1(8)° |
∠H2–C2–C3–H3 | −72.2° | −68.4° |
∠H2–C2–C3–O | 166.9° | 171.1° |
(b) | ||
Torsion angle of caffeine A | Torsion angle of caffeine B | |
∠N7–C5–C6–O13 | 0.5(13)° | 3.4(13)° |
∠O13–C6–N1–C10 | −1.8(10)° | 2.3(10)° |
∠O11–C2–N3–C12 | −5.1(10)° | 1.0(11)° |
∠C14–N7–C8–N9 | −179.6(7)° | 178.1(7)° |
∠C10–N1–C2–O11 | −0.4(10)° | −4.3(10)° |
∠C12–N3–C4–N9 | 6.2(11)° | −0.1(12)° |
2 : 2 EGCg・カフェイン錯体におけるEGCgとカフェイン分子間に形成される相互作用についても解明された[Fig. 4(b)].カフェインA, BはそれぞれEGCg A, Bの2つのB′環のほぼ中央に位置していて,カフェインの6員環とEGCgのB′環の間にはオフセットπ–πスタッキング相互作用が形成されていた.さらに,EGCg A, BのA環同士の間にもオフセットπ–πスタッキング相互作用が形成されていた.また,カフェインのN1–CH3とEGCg A, BのA環の間,及びN7–CH3とEGCg A, BのB環の間に分子間CH–π相互作用が形成されていて,EGCgとカフェインの間には2つのO–H…Nと2つのO–H…Oの分子間水素結合も形成されていた.
Gray dotted and black arrows and gray and black dotted lines indicate offset π–π stacking and CH–π interactions and O–H…O and O–H…N hydrogen bonds, respectively.
ECgとカフェインを水に加熱して溶解し,水溶液を室温で放置すると,上澄み液とクリーミングダウン現象により生成した粘着性の沈殿に分かれた.その後,室温で約3日間放置すると,ゆっくりと結晶化して無色結晶になった.これを水から再結晶すると無色のブロック状結晶が得られ,X線結晶構造解析によりECgとカフェインの2 : 4錯体であることが判明した.12,13) Figure 5に示すようにその層状構造では,ECgのB′環とカフェイン分子が交互に出現し,カフェイン分子はECgの2つのB′環のほぼ中央に位置していた.さらに,ECgのA環とB環もそれぞれカフェイン分子が面していた.すなわち2 : 4 ECg・カフェイン錯体では,ECgのB′環とカフェイン分子の間にface-to-face及びオフセットπ–πスタッキング相互作用が形成されていて,ECgのA環とカフェイン分子間,及びECgのB環とカフェイン分子間にも,face-to-face π–πスタッキング相互作用が形成されていた.さらに,ECgのA環とカフェイン分子のN1–CH3のメチル基の間,及びECgのB環とカフェインのN7–CH3のメチル基の間には分子間CH– π相互作用が形成されていた.
Gray, gray dotted, and black arrows and gray dotted lines indicate face-to-face π–π stacking, offset π–π stacking, CH–π interactions, and hydrogen bonds, respectively.
2,3-シス ガレート型 カテキンEGCg, ECgとカフェインの2 : 2錯体,2 : 4錯体の結晶構造と比較するために,2,3-シス 非ガレート型 カテキン(−)-エピカテキン[(−)-epigcatechin: EC]とカフェインの錯体の結晶構造を調べた.ECとカフェインを水に加熱して溶解し,その水溶液を室温に放置したが沈殿は生じなかった.そこで,この混合物の水溶液を凍結乾燥して無色粉末を得,これをメタノールから再結晶して無色ブロック状結晶を得た.この結晶はX線結晶解析によりECとカフェインの1 : 1錯体であることがわかった.12,13) Figure 6に示す層状構造では,カフェイン分子の六員環とECのA環が交互に現れ,カフェインの六員環は2つのECのA環の間のほぼ中央に位置していて,カフェインの6員環とECのA環の間にface-to-face π–πスタッキング相互作用が形成されていた.さらに,ECのB環のC–Hと他分子のECのB環との間に分子間CH–π相互作用が形成されていた(Fig. 6).
Gray and black arrows and gray dotted lines indicate face-to-face π–π stacking interactions, CH–π interactions, and O–H…O hydrogen bonds, respectively.
Figure 7(a)に示すように,2 : 2錯体EGCg・カフェインのカフェイン分子は,EGCg部分のB′環の上下のベンゼン環による壁とEGCgのA環とB環の左右のベンゼン環による壁に囲まれた空間の中に位置していた.すなわち,2 : 2錯体ではEGCgの3つの芳香環のA, B, B′環が形成する疎水性空間にカフェインの1分子が疎水性相互作用により捕捉されていた.Figure 7(b)では結晶溶媒としての水分子が表示されているが,EGCgの3つの芳香環A, B, B′環が形成する空間内には水分子は存在せず,その外側に水分子が存在していた.したがって,この空間は疎水性が高いことが示唆された.11) 2,3-シス ガレート型 カテキンEGCgとECgのただ1つの構造上の違いは,5′位の水酸基の有無であるが(Fig. 1),Fig. 7(a)及び7(c)に示すように,カフェインとの錯体形成において顕著な違いが生じた.すなわち,EGCgとカフェインは2 : 2錯体を形成したが,ECgはカフェインでは2 : 4錯体を形成した.さらに,2 : 2 EGCg・カフェイン錯体では,カフェインとEGCgのB′環の間,及びEGCgのA環同士の間でπ–πスタッキング相互作用が形成されていたが,2 : 4 ECg・カフェイン錯体では,ECgのすべての芳香環A, B, B′環とカフェインの間でπ–πスタッキング相互作用が形成されていた.2 : 2 EGCg・カフェイン錯体と2 : 4 ECg・カフェイン錯体の構造上の共通点としては3つの芳香族A, B, B′環によって形成された疎水性空間が存在し,そこにカフェイン1分子を捕捉していることである.したがって,これらの錯体は疎水性が高くなり,EGCg,ECg,カフェイン単独に比べて水に対する溶解度が急激に低下して,水溶液から沈殿として析出したものと考えられる.11)これが,クリーミングダウン現象のメカニズムの1つとして考えている.
(a) Caffeine molecules are displayed. (b) Water molecules as a crystal solvent are displayed but caffeine molecules are not.
一方,1 : 1 EC・カフェイン錯体にはそのような疎水性空間が存在しないため,水溶液からはクリーミングダウン現象による沈殿が生じなかったと考えられる[Fig. 7(d)].
4. EGCgを用いた分子捕捉このようにして見い出したクリーミングダウン現象のメカニズムから,EGCgがその3つの芳香族A, B, B′環でつくる疎水性空間(Fig. 8)にはカフェイン以外の複素環化合物も捕捉して,2 : 2EGCg錯体として沈殿するのではないと考えた.そこで,水溶液からのEGCgによる複素環化合物の分子捕捉について調べた.
カフェイン以外の複素環化合物でも2 : 2 EGC・カフェイン錯体と同様の2 : 2EGCg・複素環化合物錯体を形成し,水溶液から沈殿するかということについて2-クロロピリミジン(Fig. 9)を用いて調べた.EGCgと2-クロロピリミジンを水に加熱溶解し,放置すると無色ブロック状結晶が析出した.14)1H-NMRスペクトルのプロトンシグナルの積分値より,この結晶中にはEGCgと2-クロロピリミジンが1 : 1のモル比で含まれていることがわかった.
Hydrogen atoms and the crystal solvent are omitted for clarity.
さらにこの結晶のX線結晶構造解析により,14) 2-クロロピリミジンとEGCgの2 : 2錯体であることがわかった(Fig. 9).形成されていた分子間相互作用としては,2-クロロピリミジンのピリミジン環とEGCgのB′環の間,及び,EGCgのA環同士の間にそれぞれface-to-face π–πスタッキング相互作用が形成されていた.また,2-クロロピリミジンのC–HとEGCgのB環との間,及びEGCgのB環同士にそれぞれ分子間CH–π相互作用を形成していた(Fig. 10).すなわち,2 : 2 EGCg・カフェイン錯体と同じ形式[Fig. 7(a)]で,2-クロロピリミジン1分子がEGCgの3つの芳香環A, B, B′環でつくる疎水性空間に取り込まれ,2 : 2 EGCg・2-クロロピリミジン錯体を形成していた(Fig. 9).そのため,その高い疎水性のため急激に水に対する溶解度が低下し,水溶液からの2 : 2 EGCg・2-クロロピリミジン錯体として沈殿したと考えられる.
(a) Side view, hydrogen atoms of EGCg are omitted for clarity; (b) top view, red and black both arrows indicate π–π stacking interactions and CH–π interactions, respectively. Gray dotted lines indicate O–H…N hydrogen bonds.
2-クロロピリミジン以外の様々な複素環化合物(Table 2)の水溶液を等モル量EGCgの水溶液に加えると粘着状の沈殿が得られた.この沈殿を乾燥して1H-NMRを測定すると,プロトンシグナルの積分値より複素環化合物とEGCgが1 : 1のモル比で含まれていて,この沈殿がカフェインや2-クロロピリミジンの2 : 2 EGCg錯体と同じ形式の2 : 2 EGCg・複素環化合物錯体であると考えられる.すなわち,用いた複素環化合物はEGCgの3つの芳香族A, B, B′環から成る疎水性空間に取り込まれ,2 : 2 EGCg錯体として沈殿したと考えられる.そこで,沈殿した2 : 2EGCg・複素環化合物に含まれる複素環化合物の量を定量(quantitative: q)NMRのプロトンシグナルの積分値から調べ,使用した複素環化合物の量に対する割合(%)をEGCgによる複素環化合物の分子捕捉能として評価した(Table 2).14) qNNRの測定溶媒としてdeuterated dimethyl sulfoxide(DMSO-d6)を用い,内部基準物質(0 ppm)としてSodium trimethylsilyl-1-propane- 1,1,2,2,3,3-d6-sulfonate(DSS-d6)を用いた.さらに,DSS-d6は内部標準物質(トリメチルシリル基9H)としても用いた.Table 2において,複素環式化合物の分子捕捉能が0%というのは,EGCgと複素環化合物の水溶液から沈殿が生じなかったことを意味する.分子捕捉能は複素環化合物の構造だけでなく,EGCgと複素環化合物の2 : 2錯体の重合度,エントロピー,溶解度などの物理的要因にも依存すると考えられる.特に,置換基に親水性である水酸基を有する複素環化合物のEGCgによる分子捕捉能は低かった.得られた沈殿は様々な有機溶媒に溶解すると容易にその構成成分であるEGCgと複素環式化合物に分解し,カラムクロマトグラフィーで分離することができることから,この分子捕捉能力は,水溶液から複素環化合物をEGCgを使って単離できる量についての有用な指標になると考えられる.
Heterocyclic compounds | A (%) | B | Heterocyclic compounds | A (%) | B |
---|---|---|---|---|---|
Pyridine | 48.73 | 1.00 | 2-Cyanopyridine | 20.19 | 0.43 |
2-Aminopyridine | 73.34 | 1.51 | 3-Cyanopyridine | 44.90 | 0.92 |
3-Aminopyridine | 66.96 | 1.37 | 4-Cyanopyridine | 51.14 | 1.05 |
4-Aminopyridine | 87.81 | 1.80 | 2-Nitropyridine | 49.70 | 1.02 |
2-Methylpyridine | 71.69 | 1.47 | 3-Nitropyridine | 45.56 | 0.93 |
3-Methylpyridine | 83.00 | 1.70 | 4-Nitropyridine | 76.67 | 1.57 |
4-Methylpyridine | 77.50 | 1.59 | 2-Pyridinecarboxamide | 0.00 | 0.00 |
2-Ethylpyridine | 46.13 | 0.95 | 3-Pyridinecarboxamide | 44.41 | 0.91 |
4-Ethylpyridine | 43.15 | 0.89 | 4-Pyridinecarboxamide | 82.65 | 1.70 |
3-Methoxypyridine | 78.67 | 1.61 | 2-Pyridinecarboxylic acid | 52.76 | 1.08 |
4-Methoxypyridine | 92.63 | 1.90 | 3-Pyridinecarboxylic acid | 73.24 | 1.50 |
2-Hydroxypyridine | 0.00 | 0.00 | Isoniazid | 66.23 | 1.36 |
3-Hydroxypyridine | 34.73 | 0.71 | Nicotinohydrazide | 57.47 | 1.18 |
4-Hydroxypyridine | 0.00 | 0.00 | 2-Methylpyrazine | 67.07 | 1.38 |
3-Pyridineacetonitrile | 85.44 | 1.75 | Chloropyrazine | 84.07 | 1.73 |
3-Pyridinemethanol | 27.19 | 0.56 | 3-Amino-4-hydroxypyridine | 5.28 | 0.10 |
3-Picolylamine | 82.59 | 1.69 |
A: Mole number of each heterocyclic compound in a crude precipitate/total mole number used. B: Relative ratio when pyridine is set to 1.00.
EGCgのC環には2つの不斉炭素原子のC2とC3があるため,EGCgの3つの芳香族A, B, B′環によって形成される疎水性空間は不斉空間でもある(Fig. 11).したがって,EGCgがつくるこの特殊な空間は,そこに捕捉された化合物の不斉を認識できると考えられる.そこで,EGCgの基質となる不斉を持つ化合物として,カフェインと同様に五員環と六員環から成るPro残基を含むジケトピペラジン(環状ジペプチド)Cylo(Pro-Aaa)(Aaa=アミノ酸残基)15)やキサンチン骨格を有する気管支喘息薬プロキシフィリン,ジプロフィリンを選んだ.
互いにエナンチオマーであるジケトピペラジンCyclo(L-Pro-Gly)とCyclo(D-Pro-Gly)のEGCgによる不斉認識について調べた(Fig. 12).
Cyclo(L-Pro-Gly)の水溶液をEGCgの水溶液に添加すると無色ブロック状結晶が得られた.X線結晶構造解析により2 : 2EGCg·Cyclo(L-Pro-Gly)であることがわかった.同様にして,Cyclo(D-Pro-Gly)とEGCgの水溶液から得られた無色ブロック状結晶は2 : 2EGCg·Cyclo(D-Pro-Gly)であった(Figs. 13, 14).16,17) Cyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)の2 : 2EGCg錯体では,カフェインや2-クロロピリミジンの2 : 2EGCg錯体と同様の形式で,EGCgの3つの芳香環A, B, B′で形成された疎水性空間にCyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)が1分子捕捉されていた.さらに,Cyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)はEGCgの2つのB′環のほぼ中央に位置していた(Fig. 13).これらの2 : 2 EGCg錯体では,Cyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)のメチンC–H9とEGCgのB′環の間,及びメチレンC–H7とEGCgのB環の間で分子間CH–π相互作用が形成されていた(Fig. 14).それに加えて,2 : 2 EGCg·Cyclo(D-Pro-Gly)錯体では,Cyclo(D-Pro-Gly)のメチレンC–H3とEGCgのA環との間に分子間CH–π相互作用が観察された[Fig. 14(b)].
Black arrows and dotted lines indicate CH–πinteractions and hydrogen bonds, respectively.
カフェインや2-クロロピリミジンの2 : 2 EGCg錯体では,EGCgのB′環と六員環の間でπ–πスタッキング相互作用が形成されていたが,Cyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)の2 : 2 EGCg錯体では,ジケトピペラジン骨格のメチンC–H9とEGCgのB′環との間に分子間CH–π相互作用が形成されていた.
次に,等モル量のCyclo(L-Pro-Gly)とEGCgのD2O溶液,及びCyclo(D-Pro-Gly)とEGCgのD2O溶液の1H-NMRスペクトルを測定したところ,Cyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)に由来するすべてのプロトンシグナルが,対応する遊離のCyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)のそれらと比較してブロードなシグナルとして現れた.16,17)これはCyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)が2 : 2錯体のEGCgのA, B, B′環で形成される疎水性空間に取り込まれることにより,それらのプロトンの動きが制限されるためであると考えられる.Table 3には,等モル量のCyclo(L-Pro-Gly)とEGCgを含むD2O溶液,及びCyclo(D-Pro-Gly)とEGCgを含むD2O溶液のプロトンシグナルの化学シフト値(ppm),更にCyclo(L-Pro-Gly),Cyclo(D-Pro-Gly)単独のD2O溶液のプロトンシグナルの化学シフト値,及びそれらの差(ppm)を示している.16,17) Cyclo(L-Pro-Gly)やCyclo(D-Pro-Gly)のPro残基のアノマー炭素に結合したH9のプロトンシグナルがEGCgとの2 : 2錯体形成により顕著に高磁場シフトして観測された.これはC–H9とEGCgのB′環との間で分子間CH–π相互作用が形成されていて,B′環からの環電流による遮蔽効果のためである.
Chemical shift (ppm) of cyclo(L-Pro-Gly) | ||||
---|---|---|---|---|
Proton | δ (ppm) | δ (ppm) in the presence of EGCg | Shift value (ppm) | |
9 | 4.319 | 4.108 | −0.211 | ![]() |
3β | 4.170 | 4.215 | +0.045 | |
3α | 3.881 | 3.989 | +0.108 | |
6α, β | 3.549 | 3.497 | −0.052 | |
8β | 2.332 | 2.325 | −0.007 | |
7α | 2.064 | 1.977 | −0.087 | |
7β, 8α | 1.947 | 1.882 | −0.065 | |
Chemical shift (ppm) of cyclo(D-Pro-Gly) | ||||
Proton | δ (ppm) | δ (ppm) in the presence of EGCg | Shift value (ppm) | |
9 | 4.320 | 4.100 | −0.220 | ![]() |
3β | 4.170 | 4.207 | +0.037 | |
3α | 3.880 | 4.001 | +0.121 | |
6α, β | 3.548 | 3.480 | −0.068 | |
8β | 2.333 | 2.319 | −0.014 | |
7α | 2.065 | 1.947 | −0.118 | |
7β, 8α | 1.947 | 1.834 | −0.113 |
Amount of cyclo(L-Pro-Gly), cyclo(D-Pro-Gly), and EGCg is 155.8 mM.
2 : 2EGCg錯体形成時におけるCyclo(L-Pro-Gly)とCyclo(D-Pro-Gly)の各プロトンシグナルの化学シフト値の差は,Pro残基のメチレンH7α,H7β, 8αにおいてわずかに観察されるのみで,この差をもってEGCgがCyclo(L-Pro-Gly)とCyclo(D-Pro-Gly)の不斉を認識したとはいえない.
5-2. EGCgを用いたCyclo(Pro-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)の不斉認識ジケトピペラジンCyclo(Pro-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)は側鎖に芳香環を有し,水中では分子内CH–π相互作用を形成しているため重なり型コンホーマーをとっていて,18,19)嵩高い分子となっている.Figure 15において,Cyclo(Pro-Xxx)のメチレン水素原子のαとβの表記は,Hαがベンゼン環と向き合う側に位置する水素原子,Hβはその反対側に位置する水素原子であることを示している.そこで,EGCgによるCyclo(Pro-Xxx)の不斉認識について調べた.
Cyclo(Pro-Xxx)には2つの不斉炭素原子があるために,4つの立体化学異性体:Cyclo(L-Pro-L-Xxx) LL体,Cyclo(D-Pro-D-Xxx) DD体,Cyclo(L-Pro-D-Xxx) LD体,及びCyclo(D-Pro-L-Xxx) DL体が存在し,LL体とDD体,及びLDとDL体は互いにエナンチオマーである(Fig. 16).Figure 17にCyclo(Pro-Phe)のLL体,DD体及び,LD体,DL体の1H-NMRスペクトルを示す.
Concentration of cyclo(Pro-Phe) is 10 mmol/L.
水中では,LL体とDD体は,H8αとそのベンゼン環との間で分子内CH–π相互作用を形成し,LD体とDL体は,H9とそのベンゼン環との間で分子内CH–π相互作用を形成している[Figs. 18(a), (c)].18,19)また結晶状態では,Cyclo(L-Pro-L-Phe)[Fig. 18(b)]とCyclo(L-Pro-L-Tyr)はそれぞれ伸長型コンホーマーと重なり型コンホーマーをとっていることがわかっている.18)さらに,メタノール,アセトン,ジメチルスルホキシドなどの有機溶媒中では,Cyclo(Pro-Xxx)は重なり型と伸張型コンホーマーの平衡状態にある[Fig. 18(d)].
Cyclo(Pro-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)の水溶液を等モル量のEGCg水溶液に注ぐと,EGCgとCyclo(Pro-Xxx)の錯体の沈殿が得られた.これらの錯体のストイキオメトリー及び沈殿の収率はqNMRによるプロトンシグナルの積分値を用いて解析した.20)
Table 4に示すように,EGCgとCyclo(Pro-Phe)のLL体,DD体,LD体,及びDL体との錯体形成におけるストイキオメトリーは1 : 1であることが判明した.また,EGCgとCyclo(Pro-Tyr)のLL体,DD体,LD体,及びDL体との錯体形成におけるストイキオメトリーについても1 : 1であることがわかっている.20)したがって,カフェインやCyclo(Pro-Gly)の2 : 2EGCg錯体と同じ形式,すなわち,EGCgのA, B, B′環の3つの芳香環でつくられた疎水性空間にCyclo(Pro-Xxx)1分子を取り込んで2 : 2EGCg·Cyclo(Pro-Xxx)錯体を形成していることが推測される.
(a) | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
Compound | EGCg | Cyclo(L-Pro-L-Phe) | |||||
Proton | H2″6″ (2H) | H2′6′ (2H) | H8 (1H) | H6 (1H) | H3 (1H) | H9 (1H) | H8α (1H) |
Chemical Shift (ppm) | 6.842 | 6.432 | 5.856 | 5.960 | 4.380 | 4.103 | 1.443 |
Integrated Value | 5.667 | 5.373 | 2.677 | 2.700 | 3.000 | 3.010 | 2.857 |
Concentration (mmol/L) | 14.167 | 13.433 | 13.383 | 13.500 | 15.000 | 15.050 | 14.283 |
Yield (%) | 70.183 | 66.550 | 66.303 | 66.881 | 74.312 | 74.560 | 70.761 |
Ratioa) | 1.054 | 1.000 | 0.996 | 1.003 | 1.120 | 1.123 | 1.066 |
(b) | |||||||
Compound | EGCg | Cyclo(D-Pro-D-Phe) | |||||
Proton | H2″6″ (2H) | H2′6′ (2H) | H8 (1H) | H6 (1H) | H3 (1H) | H9 (1H) | H8α (1H) |
Chemical Shift (ppm) | 6.842 | 6.431 | 5.858 | 5.959 | 4.380 | 4.102 | 1.442 |
Integrated Value | 5.003 | 4.767 | 2.427 | 2.417 | 2.747 | 2.727 | 2.583 |
Concentration (mmol/L) | 12.508 | 11.917 | 12.133 | 12.083 | 13.733 | 13.633 | 12.917 |
Yield (%) | 61.968 | 59.037 | 60.110 | 59.862 | 68.037 | 67.541 | 63.991 |
Ratioa) | 1.050 | 1.000 | 1.018 | 1.014 | 1.154 | 1.146 | 1.077 |
(c) | |||||||
Compound | EGCg | Cyclo(L-Pro-D-Phe) | |||||
Proton | H2″6″ (2H) | H2′6′ (2H) | H8 (1H) | H6 (1H) | H3 (1H) | H8β (1H) | H7α (1H) |
Chemical Shift (ppm) | 6.842 | 6.431 | 5.857 | 5.958 | 4.020 | 1.978 | 1.822 |
Integrated Value | 5.503 | 5.280 | 2.717 | 2.693 | 3.237 | 3.037 | 2.830 |
Concentration (mmol/L) | 13.758 | 13.200 | 13.583 | 13.467 | 16.183 | 15.183 | 14.150 |
Yield (%) | 68.161 | 65.394 | 67.294 | 66.716 | 80.174 | 75.220 | 70.101 |
Ratioa) | 1.042 | 1.000 | 1.029 | 1.020 | 1.226 | 1.150 | 1.072 |
(d) | |||||||
Compound | EGCg | Cyclo(D-Pro-L-Phe) | |||||
Proton | H2″6″ (2H) | H2′6′ (2H) | H8 (1H) | H6 (1H) | H3 (1H) | H8β (1H) | H7α (1H) |
Chemical Shift (ppm) | 6.841 | 6.432 | 5.858 | 5.956 | 4.022 | 1.976 | 1.819 |
Integrated Value | 4.333 | 4.167 | 2.073 | 2.033 | 2.803 | 2.183 | 2.270 |
Concentration (mmol/L) | 10.833 | 10.417 | 10.367 | 10.167 | 14.017 | 10.917 | 11.350 |
Yield (%) | 53.670 | 51.606 | 51.358 | 50.367 | 69.440 | 54.083 | 56.229 |
Ratioa) | 1.040 | 1.000 | 0.995 | 0.976 | 1.345 | 1.049 | 1.090 |
a)Ratio is when the integrated value of the H2′, 6′ proton signal of EGCg is 1.000.
Cyclo(L-Pro-L-Phe)とCyclo(D-Pro-D-Phe)の水溶液にEGCg(0–54 mmol/L)を添加していったときの1H-NMRスペクトルにおける各プロトンシグナルの化学シフト値の変化(ppm)をFig. 19に示した.EGCg 54 mmol/LにおけるCyclo(L-Pro-L-Phe)とCyclo(D-Pro-D-Phe)の各プロトンシグナルの化学シフト値の差(ppm)で,標準偏差を考慮して0.020 ppm以上の差を有意差とした場合,H8α,H7αβ,H8β,H10,H9,及びH3の化学シフト値の差が有意差として観測された.また,Cyclo(L-Pro-L-Tyr)とCyclo(D-Pro-D-Tyr)ではH8α,H7αβ,H8β,H10,H9,H3,及びH13の化学シフト値の差が有意差として観測された.その結果,それらの不斉はEGCgによって明確に認識された.20) Cyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)の化学シフト値の差の中で,最も大きな差を示したのはH8αであり,それぞれ0.050 ppmと0.064 ppmであった.Cyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)のH8αのプロトンシグナルの化学シフト値は,分子内CH–π相互作用によるベンゼン環の環電流による遮蔽効果のため高磁場に現れ,それぞれ0.764 ppmと0.721 ppmに観測された.これがEGCgの添加により低磁場にシフトしていったことから,重なり型から伸張型コンホーマーへと移行していったと考えられる.Cyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)がすべて伸張型コンホーマーをとった場合,H8αのプロトンシグナルの化学シフト値はそれぞれ1.637及び1.644 ppmであると推測される.この値は,分子内CH–π相互作用が形成されていないCyclo(D-Pro-L-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)のH8βのプロトンシグナルの化学シフト値を用いた[Fig. 18(c)].したがって,Cyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)はEGCgの存在により重なり型と伸張型コンホーマーの平衡状態[Fig. 18(d)]にあると考えられ,その際の伸張型コンホーマーの比率(%)はEqs.(1)及び(2)によってそれぞれ求められる.また,EGCgの濃度に対するCyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)の伸張型コンホーマーの比率(%)の変化をFig. 20に示す.
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Measuring solvent is D2O, and concentration of cyclo(L-Pro-L-Phe) and cyclo(D-Pro-D-Phe) is 10 mmol/L, and that of EGCg is 0–54 mmol/L.
Measuring solvent is D2O, concentration of cyclo(L-Pro-L-Xxx) (Xxx=Phe, Tyr) and cyclo(D-Pro-D-Xxx) is 10 mmol/L and that of EGCg is 0–54 mmol/L.
EGCgの濃度の増加とともにCyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)の伸張型コンホーマーの比率(%)が大きくなっていることから,Cyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)が,EGCgの3つの芳香環A, B, B′環でつくる疎水性空間に取り込まれて,2 : 2錯体を形成する際,重なり型から伸張型コンホーマーへとコンホメーション変化を起こしていることが考えられる(Fig. 21).
Cyclo(L-Pro-D-Xxx)とCyclo(D-Pro-L-Xxx)の水溶液にEGCg(0–54 mmol/L)を添加していったときの1H-NMRスペクトルにおける各プロトンシグナルの化学シフト値の変化(ppm)をFig. 22に示す.
Measuring solvent is D2O, concentration of cyclo(L-Pro-L-Phe) and cyclo(D-Pro-D-Phe) is 10 mmol/L, and that of EGCg is 0–54 mmol/L.
Cyclo(L-Pro-D-Xxx)とCyclo(D-Pro-L-Xxx)の化学シフト値の変化は,Cyclo(L-Pro-L-Xxx)とCyclo(D-Pro-D-Xxx)のそれに比べて小さかった(Fig. 19).これは,Cyclo(L-Pro-D-Xxx)やCyclo(D-Pro-L-Xxx)のH9とそのベンゼン環との間に形成されている分子内CH–π相互作用が,Cyclo(L-Pro-L-Xxx)やCyclo(D-Pro-D-Xxx)のH8αとそのベンゼン環との間に形成されている分子内CH–π相互作用よりも強固であるためである.18,19)したがって,EGCgの濃度が増加しても,重なり型から伸張型コンホーマーへのコンホメーション変化が少なかったと考えられる.EGCg 54 mmol/LにおけるCyclo(L-Pro-D-Xxx)とCyclo(D-Pro-L-Xxx)の各プロトンシグナルの化学シフト値の差(ppm)で0.020 ppm以上の有意差を示すものはなかった.したがって,EGCgはCyclo(L-Pro-D-Xxx)とCyclo(D-Pro-L-Xxx)の不斉を明確には認識しなかった.
5-3. EGCgを用いたキサンチン骨格を有する医薬品の不斉認識現在,多くの医薬品がラセミ体のままで使用されているが,効能や副作用の観点から,期待される作用がよりの高い単一のエナンチオマーを使用することが望ましい.EGCgやその誘導体は,水中で様々な複素環化合物と容易に錯体を形成して沈殿するため,医薬品や天然物のための新しい光学分割剤となる可能性がある.その一環として,気管支喘息治療薬 プロキシフィリン及びジプロフィリンのEGCgを用いた不斉認識について調べた.21)プロキシフィリンとジプロフィリンは,カフェインと同様にキサンチン骨格をもっていている.さらに,2つのメチル基を有するため,1H-NMRスペクトルにおいてこれらが鋭い2つのシングレットとして観察されることから,そのプロトンシグナルに分裂が生じた場合には容易に観察されることが期待される.
プロキシフィリン又はジプロフィリンの水溶液を等モル量のEGCgの水溶液に注ぐと,上澄み液と粘着性沈殿物に分離した.この粘着性沈殿物の乾燥後の1H-NMRスペクトルよるプロトンシグナルの積分値からプロキシフィリンとEGCg,及びジプロフィリンとEGCgのモル比がそれぞれ1 : 1であることがわかった.したがって,カフェインやCyclo(Pro-Gly)の2 : 2 EGCg錯体と同じ形式,すなわち,EGCgのA, B, B′環の3つの芳香環でつくられた疎水性空間にプロキシフィリンやジプロフィリンの1分子を取り込んだ2 : 2EGCg錯体を形成していることが推測される(Figs. 4, 13, 14).
一定量ずつのEGCgを添加したときの1H-NMRスペクトルにおける(R)-及び(S)-プロキシフィリンと(R)-及び(S)-ジプロフィリンのプロトンシグナルの化学シフトの変化を,それぞれFigs. 23(a), (b)とFigs. 24(a), (b)に示す.(R)-及び(S)-プロキシフィリンのキサンチン骨格のN1–CH3,N3–CH3,H8及びその側鎖のH10α, βのプロトンシグナルで高磁場シフトが観察された.それに対して,側鎖のH11及びH12のプロトンシグナルでは低磁場シフトが観察された.そのため,(R)-及び(S)-プロキシフィリンのキサンチン骨格と側鎖C10は,2 : 2錯体におけるEGCgの3つの芳香族A,B,及びB′環で形成される疎水性空間内にあって,B′環の環電流による遮蔽効果を受ける位置にあることが考えられ,また,側鎖のC11とC12は疎水性空間の外側に存在し,反遮蔽効果を受ける位置にあることが考えられる[Fig. 25(a)].(R)-及び(S)-ジプロフィリンのキサンチン骨格のN1–CH3,N3–CH3,H8とその側鎖のH12α, βのプロトンシグナルで高磁場シフトが観察されたのに対して,その側鎖のH10α, βとH11のプロトンシグナルでは低磁場シフトが観察された.そのため(R)-及び(S)-ジプロフィリンのキサンチン骨格と側鎖にC12部は,2 : 2錯体中のEGCgの3つの芳香族A, B, B′環で形成される疎水性空間内に存在し,B′環の環電流による遮蔽効果を受ける位置にあることが考えられ,またC10とC11は疎水性空間の外側に存在し,反遮蔽効果を受ける位置にあることが考えられる[Fig. 25(b)].(R)-及び(S)-ジプロフィリンの2 : 2EGCg錯体形成時において,(R)-及び(S)-ジプロフィリンのH8とH12の間の分子内NOEが観察されたのに対して,(R)-及び(S)-プロキシフィリンの2 : 2EGCg錯体形成時には,(R)-及び(S)-プロキシフィリンのH8とH12の間の分子内NOEは観察されなかった.これは,(R)-及び(S)-ジプロフィリンのH8はH12の近くにあるのに対して,(R)-及び(S)-プロキシフィリンのH8はH12の近くにはないことを示唆している.以上の知見から,2 : 2EGCg錯体形成時にプロキシフィリンとジプロフィリンはそれぞれFig. 25の灰色で示す部分がEGCgの3つの芳香族A, B, B′環で形成される疎水性空間内に存在すると考えられる.
Initial condition: Solution of (R)- and (S)-proxyphylline (10 mM) in D2O at 35°C.
Initial condition: solution of (R)- and (S)-diprophylline (10 mM) in D2O at 35°C.
Gray zones show moieties of the pharmaceuticals with a xanthine skeleton taken into the hydrophobic space formed by the aromatic A, B, and B′ rings of EGCg.
等モル量のラセミ(R,S)-プロキシフィリンとEGCgのD2O溶液の1H-NMRスペクトルでは,ラセミ(R,S)-プロキシフィリンのN3–CH3シグナルが2つのシングレットとして明確に分離して観察された[Fig. 26(a)].その際の3.234及び3.223 ppmのシングレットは,それぞれ(R)-及び(S)-プロキシフィリンのN3–CH3プロトンシグナルに帰属される.同様に,等モル量のラセミ(R,S)-ジプロフィリンとEGCgのD2O溶液の1H-NMRスペクトルでは,ラセミ(R,S)-ジプロフィリンのN3–CH3シグナルが2つのシングレットとして明確に観察された[Fig. 27(a)].その際の3.225及び3.238 ppmのシングレットは,それぞれ(R)-及び(S)-ジプロフィリンのN3–CH3プロトンシグナルに帰属される.しかし,ラセミ体(R,S)-プロキシフィリンやラセミ体(R,S)-ジプロフィリンのN1–CH3プロトンシグナルのシングレットの分離は観察されなかった[Figs. 26(a),27(a)].さらに,一部重複しているが,不斉炭素に結合した(R)-及び(S)-プロキシフィリンのメチンプロトンシグナルH11が部分的に分離して観測され[Fig. 26(a)],またラセミ体(R,S)-ジプロフィリンのメチレンプロトンシグナルH12が部分的に分離して観察された[Fig. 27(b)].
Measurement conditions for 1H-NMR spectra: The concentration of (R)- and (S)- proxyphylline was 10 mM in all spectra, and those of EGCg were (a) 40 mM, (b) 20 mM, (c) 10 mM, and (d) 0 mM, respectively.
Measurement conditions for 1H-NMR spectra: the concentration of (R)- and (S)-diprophylline was 10 mM in all spectra, and those of EGCg were (a) 40 mM, (b) 20 mM, (c) 10 mM, and (d) 0 mM, respectively.
これらの知見は,(R)-及び(S)-プロキシフィリン,及び(R)-及び(S)-ジプロフィリンがそれぞれEGCgと2 : 2錯体を形成し,それらが互いのジアステレオマーになることを示唆している.したがって,プロキシフィリンとジプロフィリンの不斉はEGCgによって明確に認識された.
EGCgとカフェインの水溶液から生じるクリーミングダウン現象による沈殿を結晶化してX線結晶構造解析を行ったところ,その沈殿がEGCgとカフェインの2 : 2錯体であることが判明した(Figs. 3, 4).その2 : 2錯体においてカフェイン分子は,EGCgの3つの芳香族A, B, B′環でつくる疎水性空間によって捕捉されていた[Fig. 7(a)].この2 : 2EGCg・カフェイン錯体はEGCgやカフェイン単独に比べて疎水性が高くなるため,水への溶解度が急激に低下し,水溶液から沈殿として生じたものと考えられ,これがクリーミングダウン現象のメカニズムの1つであると考えている.水中でEGCgがつくる疎水性空間はカフェイン以外にも,様々な複素環化合物を取り込み,沈殿することがわかった.そこで,複素環化合物のEGCgによる分子捕捉能を,用いた複素環化合物の量に対する沈殿中の複素環化合物の量で評価した(Table 2).EGCgのC環には2つの不斉炭素原子C2とC3があるため,EGCgの3つの芳香族A, B, B′環でつくられる疎水性空間は不斉空間でもある.EGCgはその疎水性でかつ不斉空間にジケトピペラジンCyclo(L-Pro-L-Xxx),Cyclo(D-Pro-D-Xxx)(Xxx=Phe, Tyr)や,キサンチン骨格を有する気管支喘息治療薬 プロキシフィリンやジプロフィリンを取り込み,それらの不斉を明確に認識した.
以上のように,温かい茶が冷めると沈殿や濁りを生じるクリーミングダウン現象のメカニズムをEGCgとカフェインを用いて解明し,そのメカニズムを用いて,EGCgによる分子捕捉や不斉認識などの高次機能を開発した.
九州大学大学院薬学研究科修士課程,博士課程において,御指導を賜り筆者の研究の基礎を築いて頂きました故 兼松 顯先生にまずは心からの感謝の念を表します.その後,福山大学薬学部に助手として赴任し,今日に至るまでの41年間,研究と教育に携わってきましたが,その間,御支援,御鞭撻を頂きましたすべての教職員,卒業生,並びに在校生の皆様方に感謝申し上げます.特に後半の20年間は,教授として生体機能解析学研究室を主宰しました.本総説の研究成果はその際,産み出されたものであり,井上(平田)千賀子助手,現福岡大学薬学部 堤 広之准教授,福田靖葉助手を始めとして院生,卒論生諸氏の弛まぬ努力に深甚の謝意を表します.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度退職にあたり在職中の業績を中心に記述されたものである.