2024 Volume 144 Issue 8 Pages 781-790
Radicals are chemical species bearing an isolated single electron. They have developed in a complementary manner to the two-electron species such as anions and cations. Radical species are classified into different groups according to their electronic states, such as cation radicals, neutral radicals, anion radicals, and biradicals, each of which has high reactivity and induces specific reactions. The authors have been developing studies on radical species to establish the generation methods and to control their reactivity. The author has found that heavy atom-containing compounds can undergo photochemical reactions that generate radical species through direct S0→Tn transitions. The S0→Tn absorption band exists in a longer wavelength region than the corresponding S0→Sn band, and thus light in the near-visible light region can be used for the reactions. Although the absorption efficiency of the S0→Tn transition is not high, it is possible to selectively excite heavy atom-containing molecules by irradiation of near-visible light, thus making it possible to control the generation and reactivity of radical species. The author also succeeded in developing a ligand that is activated by visible light irradiation to generate the monovalent palladium radical species. By using this ligand, it was possible to efficiently generate radical species of transition metals. Furthermore, depending on the valence of the palladium used, radical species with opposite properties could be generated.
ラジカルは孤立した一電子を有する化学種である.これまでアニオンやカチオンなどの二電子が関与する化学種と相補的に発展してきた.ラジカル化学種は,その電子状態によってカチオンラジカル,中性ラジカル,アニオンラジカル,ビラジカルなどに分類され,それぞれが高い反応性を有し特異な反応を引き起こす.筆者は,ラジカル化学種の発生方法の確立や反応性のコントロールを目的として,分光的,計算的,実験的な手法を用いてラジカル化学種に関する研究を展開してきた.本総説では,「重原子含有分子のS0→Tn遷移による光反応の開発」,「可視光活性型配位子の開発」研究に関して概説する.
ラジカル反応を誘発させる手法の1つとして,古くより光反応が用いられてきた.光を吸収し励起した分子は擬似的にビラジカル状態とみなすことができる.古くは紫外光が用いられてきたが,21世紀に入って発光ダイオード(light emitting diode: LED)の開発が進み,有機化学における光反応のエネルギー源として,紫外光に代わって可視光が使われるようになった.3中心4電子結合を有する超原子価ヨウ素の紫外線照射下での光反応の研究は1980年代に始まったが,1–3)前述の通り近年では可視光を用いる手法が報告されてきた(Fig. 1A).丸岡らは,紫色光(400 nm)照射下で超原子価ヨウ素2eを用いたカフェイン1等のヘテロ芳香族化合物のジフルオロメチル化を報告している.4)また,Wangらは,青色LED(450 nm)照射下,超原子価ヨウ素5を用いたラジカル環化反応によるクマリン誘導体6の合成を報告している.5)光反応を開始させるためには,光が分子に吸収される必要がある(Grotthuss–Draperの法則).しかし,これらの超原子価ヨウ素化合物(2e及び5)を合成し吸収スペクトルを測定すると,一般的な希釈条件ではこの波長領域に明らかな吸収帯がみられないという謎が存在していた(Fig. 1B).
Reproduced in part with permission from Nakajima M. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 59, 6847–6852 (2020). A: Photoreactions using hypervalent iodine. B: UV-Vis spectra of hypervalent iodines. C: Hypothesis of S0→Tn transition.
有機合成化学における三重項励起状態を活用する光反応は,S0→Sn→S1→T1遷移に基づいて開発されてきた(Fig. 1C).一方で,基底状態(S0)から三重項励起状態(Tn)への直接的な励起は,1960年代にS0→Tn吸収遷移の分光学的検出が報告されたにもかかわらずほとんど用いられてこなかった.6–8)これは,S0→Tn遷移はS0→Sn→S1→T1遷移よりも効率が悪いためであると考えられる.しかし,三重項励起状態のエネルギーは,対応する一重項励起状態のエネルギーよりも低いため,S0→Tn吸収帯は,S0→Sn遷移帯よりも長波長領域で観測される.このことから,筆者は,上記の超原子価ヨウ素化合物の可視光反応ではS0→Tn遷移が関与していると仮説を立てた.
仮説を検証するため,まず超原子価ヨウ素の光学特性を分光実験によって明らかとすることとした.基質としてWangらが用いている超原子価ヨウ素5を用い,その吸収,発光,燐光スペクトルを測定した(Fig. 2).240 nmの励起光による発光スペクトルと,その遅延発光スペクトルから,260–350 nmに観測される発光は蛍光成分であり,350 nmより長波長に観測される発光は燐光成分であることがわかった(Fig. 2A).希釈条件では320 nmより長波長域では吸収帯がほとんど観察されなかったにもかかわらず,550 nmの燐光励起波長は230–410 nmに観測された.したがって,320–410 nmの領域にはS0→Tn吸収帯が存在することが示唆された.そこで,S0→Tn吸収帯を観測するために,濃度を100倍(1 mM)とし,更に光路長が10倍長いセル(100 mm)を用いてあらためて5の吸収スペクトルを測定した(Fig. 2B).その結果,410 nmまで広がるモル吸光係数(ϵ)が20程度の吸収スペクトルを観測することに成功した.この吸収帯が550 nmの燐光励起スペクトルと一致することから,S0→Tn吸収帯であると強く示唆された.なお,同濃度(1 mM)にて1 mmのセル中で測定した吸収スペクトルと,低濃度(0.01 mM)にて100 mmセル中で測定した吸収スペクトルがほぼ一致した.このことから,1 mMの溶液を100 mmのセル中で測定したスペクトルは分子間の凝集体等によるものではなく,単分子の吸収スペクトルであると考えられる.
Hypothesis of S0→Tn transition. Reproduced in part with permission from Nakajima M. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 59, 6847–6852 (2020).
超原子価ヨウ素化合物が直接S0→Tn遷移によって励起三重項状態へといたった後,結合解離によりラジカル種を生成していることを確認するため,ラジカル捕獲実験を行った(Scheme 1A).化合物7a, 7b, 2a–fに2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシルフリーラジカル(2,2,6,6-tetramethylpiperidine 1-oxyl free radical: TEMPO)の存在下,S0→Tn吸収帯にある365 nm又は385 nmの光を照射したところ,対応するO-アルキル化生成物9a–fが7–87%の収率で得られた.遮光条件下では本反応は起こらなかったことから,励起種が関与していることが示唆された.そこで,超原子価ヨウ素化合物の直接S0→Tn遷移を利用した様々な反応を試みることとした.11を用いたスチレン10の塩素化は,400 nmの光照射により室温で進行し,収率61%で化合物12を得た(Scheme 1B).11と13を用いたラジカルクロック実験では閉環体14が収率36%で得られたことから,直接S0→Tn遷移に起因する塩素–ヨウ素結合のフォトリシスが進行し,塩素ラジカルが生成していることが示唆された.さらに,16を用いた15のC–Hアジ化反応9)や(Scheme 1C),ヨージルベンゼン20を用いる18と19の酸化反応が400 nmの光照射下でスムーズに進行した(Scheme 1D).ヨージルベンゼン20は一般的にアルコールの酸化反応を起こさないことから,直接S0→Tn遷移によって本酸化反応が実現できたことは興味深い.また,超原子価ヨウ素以外にも,ヨードナフタレン23aやブロモナフタレン23bの水素化反応や(Scheme 1E),トリフェニルビスマス25のフォトリシスに伴うボリル化反応が,直接S0→Tn遷移によって進行することが明らかとなった(Scheme 1F).
Hypothesis of S0→Tn transition. Reproduced in part with permission from Nakajima M. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 59, 6847–6852 (2020).
以上のように,重原子含有分子が直接S0→Tn遷移によって光反応を引き起こすことを証明することに成功した.10) S0→Tn吸収帯は対応するS0→Sn吸収帯よりも長波長な領域に存在するため,可視光付近の光を用いることができる.S0→Tn遷移の吸収効率は決して高くはないものの,可視光付近の光照射によって重原子含有分子を選択的に励起することができるため,ラジカル化学種の発生や反応性をコントロールすることが可能である.
2010年にノーベル化学賞を受賞したpalladium(Pd)触媒を用いたクロスカップリング反応は,医薬品,生理活性分子,農薬,機能性分子などを作るうえで産学に欠かせない最重要技術の一つである.そのため,穏和で効率的な触媒系の開発や,基質適用範囲の拡大のための研究が行われてきており,その戦略の一つに,新しいリガンドの開発が挙げられる.リガンドの電子状態や立体環境を調整することで,活性なPd触媒の発生を可能としてきた.Pd触媒反応は多くが熱反応であるが,近年ではPd触媒光反応が発展している.Pd触媒と光触媒の二つを使う方法論とPd錯体を直接励起させる方法論が報告されている.11–19)しかしながら,Pd触媒を直接励起させる光反応で用いられるリガンドはいずれも既存のホスフィンリガンドであった(Fig. 3A).17–19)トリフェニルホスフィンやXantphos, BINAPなどの一般的なリガンドは熱反応のために用いられてきたものであり,可視光領域には吸収帯を有さない(Fig. 3B).すなわち,これまで「光反応のため」という観点からのリガンド開発はほとんどされてこなかった.したがって,光反応を志向したリガンド開発は,遷移金属触媒光反応に革新をもたらす可能性を有する.そこで,筆者は可視光により活性化される新しいタイプのリガンド開発を目指し,可視光により励起し一電子酸化還元を可能とするPhotoredoxユニットとしてアントラセンを含有するリガンドDPAphos 29′に着想した.本リガンドは配位した遷移金属との間で「擬」分子内の効率的な電子遷移を可能とすることが期待できる.ホスフィンリガンドの酸化に対する不安定性を考慮し,アントラセンを含有する二級ホスフィンオキシドDPAsphox 29をプレリガンドとしてデザインした(Fig. 3C).デザインした29′は,可視光照射によってリガンド内のアントラセン部位のπ→π*遷移による励起が進行し,配位しているパラジウム等の遷移金属との擬分子内の電子遷移によって,遷移金属の一電子酸化や還元が可能であると期待できる.
Reproduced in part with permission from Kuribara T. et al., Nat. Commun., 13, 4052 (2022). A: Reported example for Pd-catalyzed photoreaction. B: UV-Vis spectra of various ligands. C: Our design for the photo-active ligand. Hypothesis of S0→Tn transition.
デザインしたリガンドの合成に先立ち,理論計算によってパラジウム錯体としたときの物性の予測を行った(Fig. 4).まず,時間依存密度汎関数法を用いてPd(II)-DPAphos錯体30の吸収波長の計算を行った(Fig. 4A).その結果,Pd(II)錯体30のS0→S1吸収は,ジフェニルアントラセン(9,10-diphenyl anthracene: DPA)部位のπ→π*遷移であると計算され,本錯体は可視光照射によってDPA部位を選択的に励起できることが予想された.DPA部位が励起された金属錯体のその後の挙動を予想するため,DPAとPd(II)の還元電位を個別に比較した.励起したDPAの還元電位は−1.68 V[vs. saturated calomel electrode(SCE)]であり,πアリルPd(II)錯体の還元電位は−1.35 V(vs. SCE)20)である.したがって錯体30の励起状態からはligand to metal charge transfer(LMCT)が進行し,Pd(I)とDPA·+が得られることが示唆された(Fig. 4B).
Hypothesis of S0→Tn transition. Reproduced in part with permission from Kuribara T. et al., Nat. Commun., 13, 4052 (2022).
次にPd(0)錯体31の吸収波長を計算したところ,DPA上の配位子中心のπ→π*遷移は383.7 nmのS0→S2遷移であり,S0→S1遷移は395.6 nmに計算された金属中心のd→p遷移とmetal to ligand charge transfer(MLCT)に起因するd→π*遷移であった(Fig. 4C).これらの金属中心及びMLCTによるS0→S1遷移は配位子中心のS0→S2遷移よりも若干長波長の吸収であったが,S0→S1遷移の振動子強度はS0→S2遷移の振動子強度よりも32倍小さかった.すなわち,400 nm近傍の光照射によって金属錯体31を励起させると,配位子中心のS0→S2遷移が優先的に進行すると予想できる.その後,S2からMLCTによって無放射遷移が進行しS1,すなわPd(I)とDPA·−へ至ると考えられる(Fig. 4D).このMLCT経路は,励起状態におけるDPAの酸化ポテンシャル+0.93 V(vs. SCE)とテトラキストリフェニルホスフィン[Pd(PPh3)4]酸化ポテンシャル−0.03 V(vs. SCE)からも支持される.
以上のようにデザインしたリガンドDPAphos 29′は,錯体形成するパラジウムの価数に応じて全く逆のラジカル化学種を可視光照射によって発生させることが期待できる.
以上の計算的な予測のもと,実際にデザインしたリガンドの合成を行い,安定性や分光学的,電気化学的特性,及びパラジウムへの配位能等を評価することとした.次亜リン酸アニリニウム存在下,2-ブロモ-9,10-ジフェニルアントラセン32をPd触媒によりC–Pクロスカップリング21)させた後エステル化することで,収率79%でホスフィン酸エチル33を得た(Fig. 5A).続いて臭化フェニルマグネシウムを作用させると,収率86%でDPAsphox 29を得ることに成功した.合成したDPAsphox 29は冷暗所にて安定に保存が可能であった.合成したDPAsphox 29の吸収・発光スペクトルを測定したところ,S0→S1の吸収が405 nmに,S1→S0の発光が435 nm(2.85 eV)に観測された(Fig. 5B).また,サイクリックボルタンメトリー測定により,DPAsphox 29の酸化電位は+1.33 V(vs. SCE)であった(Fig. 5C).したがって,励起したDPAsphox 29*の還元電位は,Rehm–Wellerの式22)から,−1.52 V(vs. SCE)と見積もることができる.次に,DPAsphox 29のPd(II)及びPd(0)への配位による錯体形成を試み,31P NMR測定を行った(Fig. 5D).DPAsphox 29と塩化アリルパラジウムダイマー{[PdCl(allyl)]2}及びトリフェニルホスフィン(PPh3)を重ジメチルホルムアミド(N,N-dimethylformamide-d7: DMF-d7)中で1時間撹拌すると,DPAsphox 29の18.5 ppmのダブレットピークが消失し,79.1 ppmと92.8 ppmの間に新しいピークが出現したことから,DPAsphox 29由来のDPAphos 29′がパラジウムに配位していることが示唆された.また,Pd(PPh3)4を加えて撹拌すると,79.1–79.8 ppmの間にピークがシフトした.上記の結果より,DPAsphox 29は互変異性の後にパラジウムと錯体形成する安定なプレ配位子であることが示唆された.
Reproduced in part with permission from Kuribara T. et al., Nat. Commun., 13, 4052 (2022). A: Synthesis of DPAsphox 29. B: Absorption and emission spectra of 29. C: Cyclic voltammetry of 29. D: 31P NMR spectra of 29 and its Pd complex.
続いて,DPAphos 29からPd(II)へのLMCTの進行を調べるため蛍光消光試験を行った(Fig. 6A).DPAsphox 29,[PdCl(allyl)]2,及びPPh3の混合物の吸収スペクトルとDPAsphox 29単体の吸収スペクトルを比較すると,400 nm付近ではほとんど同じ強度を示しており,計算による予測通り,DPAphos 29′のDPA部分が光を吸収していることが示唆された.一方,蛍光スペクトルを比較すると,DPAphos–パラジウム錯体の発光強度は著しく弱くなった.本消光は励起されたDPA部位からPd(II)部位へのLMCTが進行したことを示唆している.なお,DPAsphox 29の代わりにPPh3を添加した場合は,吸収帯は420 nm程度まで観測されたものの,発光は一切観測されなかった.一方,DPAsphox 29の代わりにDPAを用いて同様に蛍光測定を行ったところ,消光は観察されなかった(Fig. 6B).これらの結果から,DPAphos 29′がPd(II)に配位することで,励起したDPA部分からの擬分子内電子遷移による高効率のLMCTが進行し,Pd(I)とDPA·+が生じていることが示唆された.また,Pd(0)とDPAsphox 29を用いた吸収及び蛍光測定を同様に行った(Figs. 6C and D).その結果,Pd(II)の場合と同じ結果が観測された.Pd(0)との錯体の場合はDPAphos-パラジウム錯体のDPA部分が励起した後,擬分子内電子遷移によってMLCTが進行し,Pd(I)とDPA·−が生じることが示唆された.
このように,用いるパラジウムの価数を変更することで,真逆の性質を有するラジカル化学種を生じさせることが期待できる.すなわち,どちらの場合もパラジウムのラジカル化学種であるPd(I)が発生するのは共通するが,Pd(II)からはDPA·+が,Pd(0)からはDPA·−が生じる.
分光学的にラジカル化学種の発生が示唆されたため,それらの特性を活かした反応開発に着手した.まず,πアリルPd(II)-DPAphos錯体を用いる反応を試みた(Fig. 7).N-フェニル-1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリン34aとアリルメチルカーボネート35aを用いると,青色LED光(450 nm)照射下でC-アリル化生成物36aが97%の収率で得られた.なお,PPh3, DPEphos, Xantphosなど,それ自身では可視光を吸収できない配位子を用いた場合,36aは一切得られなかった.一方でDPAsphox 29の代わりにDPAを用いた場合には36aが収率25%で得られた.以上の結果より,DPAphos 29は筆者のデザイン通り,可視光を吸収し擬分子内電子移動により効率的に反応を進行させていることが実験的にも明らかとなった.続いて本反応の基質一般性を調査した.まずアニリンのパラ位の置換基効果を調べたところ,電子供与基では収率が中程度ではあったものの,アセチル基,ハロゲン,メチル基,メトキシ基が本反応に適応可能であった.パラジウム触媒を用いているにもかかわらずブロモ基が共存可能であったのは,室温下という温和な反応条件に起因するものであると考えられる.
a)2,4,6-collidine (1 equiv.) was added. Reproduced in part with permission from Kuribara T. et al., Nat. Commun., 13, 4052 (2022).
6,7-ジメトキシテトラヒドロイソキノリン誘導体36hや,インドール誘導体36i及びチオフェン縮合ピペリジン誘導体36jはそれぞれ76%, 84%, 69%の収率で得られた.アミノ酸のC-アリル化も進行し,36k(46%)と36l(25%)をそれぞれ得た.次に,アリルメチルカーボネート35の基質範囲を調べた.β-メチル基,ベンジル基,n-ブチル基,イソプロピル基を持つアリルメチルカーボネート35m–pは,それぞれ93%, 62%, 55%, 70%で対応する生成物を与えた.さらに,γ-置換アリルメチルカーボネート35qや35rを用いると,直鎖選択的にアリル化が進行し,36q又は36rが得られた.
次に,青色光照射下でのDPAphos-Pd(0)錯体の反応性と分光学的特性を評価すべく,光誘起Heck反応を試みることとした(Fig. 8).スチレン37a,臭化t-ブチル(tert-butyl bromide: tBuBr),炭酸カリウム及び水存在下,Pd(PPh3)4, DPAsphox 29及びPPh3のジメチルアセトアミド(N,N-dimethylacetamide: DMA)溶液に対し5 Wの青色LEDを36時間照射することで,収率93%でt-ブチルスチレン39aを得ることに成功した.DPAsphox 29を用いない条件やDPAsphox 29の代わりにDPAを用いた条件下では低収率にとどまったことから,DPAsphox 29が可視光活性化配位子として重要な役割を果たしていることが示された.この種の光誘起Heck反応はXantphosを用いる手法が報告されている(Fig. 3A).17–19)しかし,Xantphosが可視光を吸収しないため,36 Wの青色LED光のような強い光を必要とした.実際に筆者の5 Wの青色LEDの条件でXantphosを用いて反応を試みると57%の収率で生成物を与え,DPAsphox 29の方が同条件では光反応の効率がよいことが示された.続いて光誘起Heck反応の基質適応範囲を調べた.パラ置換スチレンを調べたところ,アセトキシ基,t-ブチル基,フルオロ基を持つスチレンから対応するアルキルスチレン39b–dが得られた.アルデヒドやシアノといった電子吸引性基によって収率は低下したが,亜リン酸トリフェニルを加えると収率は向上し,39e及び39fが得られた.1,1-ジフェニルエチレン37gとピペロナール誘導体37hも本反応に適用できた.臭化アルキル38の一般性について調査した結果,1-アダマンチルや2-メチルブチルのような3級アルキル臭化物は,84%(39i)及び94%(39j)の収率で生成物を与えた.2級アルキル臭化物も良好な収率で反応が進行し,2-ブチル基及び環状アルキル基が髙収率でスチレンに導入された.さらに,1級アルキル臭化物においても中程度の収率で生成物を与えた(39o–q).ブロモメチルシクロプロパン38rを用いたラジカルクロック実験では,開環した生成物39rが得られ,本反応がラジカルプロセスを伴うことが示された.
a)P(OPh)3 (5 mol%) was added. Reproduced in part with permission from Kuribara T. et al., Nat. Commun., 13, 4052 (2022).
以上のように,筆者は可視光により活性化されるリガンド,DPAsphos 29をデザイン,合成した.23)本配位子を用いることで,遷移金属のラジカル化学種を効率的に発生させることが可能であった.更に用いる遷移金属の価数によって,真逆の性質を有するラジカル化学種の発生も可能であり,今後更なる発展が期待できる.
ここまで紹介したように,筆者は可視光照射によって様々なラジカル化学種を発生させる手法の開発を行ってきた.これまで可視光を吸収することができない,あるいはできないと思われていた分子が可視光を吸収することができるようになりラジカル化学種に関する新しい研究展開が可能となった.
今後も様々な分子や反応系において可視光を有効活用できるような分子設計を行い,ラジカル化学種の発展に努めていきたい.
本研究を遂行するに当たり,御助言を賜りました根本哲宏教授(千葉大学大学院薬学研究院)に深く御礼を申し上げます.また,共同研究者であった内山真伸教授(東京大学大学院薬学系研究科),村中厚哉博士(理化学研究所)に厚く御礼申し上げます.研究室で様々な御支援を頂いた原田慎吾講師(千葉大学大学院薬学研究院)に深く感謝いたします.本受賞対象となった研究において実際に手を動かして実験を執り行って頂いた千葉大学の学生皆さんに深く感謝いたします.本研究は文部科学省科学研究費補助金「若手研究」及び「基盤研究(C)」,「笹川科学研究助成」,「ヨウ素研究助成」の御支援により遂行されました.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度日本薬学会奨励賞の受賞を記念して記述したものである.