2024 Volume 144 Issue 8 Pages 791-798
This review describes novel organocatalytic methods for the enantioselective construction of spiroindans and spirochromans and the application of the methods to the total synthesis of natural products. We developed an intramolecular Friedel–Craftstype 1,4-addition in which the substrates were a resorcinol derivative and 2-cyclohexenone linked by an alkyl chain. The reaction proceeded smoothly in the presence of a cinchonidine-based primary amine (30 mol%) with water and p-bromophenol as additives. A variety of spiroindanes were obtained with high enantioselectivity under these conditions. The reaction was applied in the first total synthesis of the unusual proaporphine alkaloid (−)-misramine, which included the key steps of enantioselective spirocyclization and double reductive amination of the keto–aldehyde to form a piperidine ring toward the end of the synthesis. The total synthesis of misrametine was achieved by selective demethylation of the methoxy group from the precursor to misramine. Next, a method for highly enantioselective organocatalytic construction of spirochromans containing a tetrasubstituted stereocenter was developed. An intramolecular oxy-Michael addition was catalyzed by a bifunctional cinchona alkaloid thiourea catalyst. A variety of spirochroman compounds containing a tetrasubstituted stereocenter were obtained with excellent enantioselectivity of up to 99% enantiomeric excess. The reaction was applied to the asymmetric formal synthesis of (−)-(R)-cordiachromene.
有機合成化学において環境調和やgreen sustainable chemistryという観点が望まれている昨今,目的とする化合物を効率的に構築する触媒的方法論の開発は,重要な研究課題の1つになっている.触媒反応の研究において用いられている触媒は,金属,酵素,有機分子の3つに大別される.その中で有機分子触媒は金属元素を含まず,炭素・水素・酸素・窒素等の元素から成る低分子化合物である.近年,金属を使わないことから,環境調和型の触媒として注目を浴び,多くの研究がなされている.その一方で金属触媒に比べ活性が低いものも多く,生物活性を有する天然物や医薬品合成を効率化できる反応は限られている.特に有機分子触媒を用いて立体的に構築の難しい全炭素不斉第4級炭素,4置換炭素の確実性のあるエナンチオ選択的構築法には開発の余地があり,更にそれらを天然物合成,医薬品合成へと応用した例はまだまだ少ない.以上のような背景下,筆者は,全炭素不斉第4級炭素や不斉4置換炭素を含むスピロ化合物の有機触媒的合成法の開発に取り組み,天然物の全合成へと応用したので本総説で紹介する.
キラルなスピ口環含有化合物は天然物,医薬品に数多く存在し,中にはハリコンドリンBのような強力な抗腫療活性を有し,医薬品のシードとなるような化合物が存在する.そのため,アセタール型スピロ環,ヘテロ環含有スピロ環,あるいは第4級炭素含有スピロ環構造の触媒的エナンチオ選択的構築法の開発が盛んに研究されてきた.1–5)しかしながら,全炭素不斉第4級炭素を含有するスピロ環の構築法は,ヘテロ原子を有するスピロ環構築と比較し,スピロ環を構築する炭素原子の活性化自体が困難なことから難易度が高く,不斉反応への展開も方法論が制限される.また,全炭素不斉第4級炭素を含有するスピロ環の構築法では,インドールやインドリノンを骨格に含む反応が数多く報告されている一方,そのほかの全炭素不斉第4級炭素を持つスピロ環の構築は報告例が極めて少ない.そこで筆者は,環状α,β-不飽和ケトンのβ位と芳香環がエチレン鎖でつながった1のような化合物に対してキラル触媒を作用させ,Friedel–Crafts型1,4-付加反応が進行すれば,全炭素不斉第4級炭素を持つスピロインダン骨格がエナンチオ選択的に構築できるのではないかと期待し,検討を行うこととした(Table 1).
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Entry | Catalyst | Additive | Time | Yield of 2a) | ee of 2b) |
1c) | 3 | TFA (40 mol%) | 7 d | 60% | 60% ee |
2c) | 4 | TFA (40 mol%) | 7 d | 34% | –51% ee |
3c) | 5 | TFA (40 mol%) | 7 d | 40% | 51% ee |
4c) | 6 | TFA (40 mol%) | 7 d | 18% | –26% ee |
5d) | 3 | none | 7 d | 47% | 94% ee |
6d) | 3 | H2O (100 mol%) | 14 d | 73% | 94% ee |
7d) | 3 | p-bromophenol (100 mol%) | 5 d | 67% | 94% ee |
8d) | 3 | p-nitrophenol (100 mol%)+H2O (100 mol%) | 5 d | 83% | 83% ee |
9d) | 3 | p-bromophenol (100 mol%)+H2O (100 mol%) | 5 d | 86% | 94% ee |
This table was modified from Yoshida K. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 55, 6734–6738 (2016). a)Isolated yield. b)Determined by chiral HPLC analysis. c)20 mol% catalyst was used. d)30 mol% catalyst was used.
化合物1に対し,様々なキラル有機分子触媒を検討した結果,ベンゼン溶媒中,触媒量のシンコナアルカロイド由来のアミンを作用させると環化反応が進行し,その中でもepi-シンコニジンアミン3とTFAを触媒量作用させると,スピロインダン2が中程度のエナンチオ選択性で得られてきた(Table 1, entry 1).また,entry 1の条件からTFAを除くとエナンチオ選択性は飛躍的に向上したが,反応速度は極端に低下した(entry 5).本反応は触媒の第1級アミン部分が基質のケトン部位とのイミン形成を経て反応が進行することを予想している.しかしながら触媒が再生する際のイミンの加水分解過程が遅く,反応に長時間を要するのではないかと考えた.そこでイミンの加水分解を促進させる目的で水とp-bromophenolを添加剤として加えるとエナンチオ選択性に影響を与えることなく反応時間を大幅に短縮できることを見い出した(entry 9).添加したp-bromophenolはFig. 1の予想反応機構に示した1,4-付加反応段階(A),あるいは触媒再生段階(B)のイミンのプロトン化に寄与し,反応を促進したと考察している.
This figure was modified from Yoshida K. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 55, 6734–6738 (2016).
本反応の予想反応機構を示す.本反応では,最初に基質のケトン部位と触媒の第1級アミン部分がイミン形成した後,触媒のキヌクリジン環の第3級アミン部分が紙面手前側に配置されるとともに,基質のフェノール性水酸基が脱プロトン化されることによってエノン環部分とベンゼン環部分が2重に活性化され,Friedel–Crafts型の1,4-付加反応が進行する.その後,イミンの加水分解に伴う触媒の脱離が起こることで,生成物が得られ,触媒が再生されると考えている.
本条件を用いて基質一般性を検討した.その結果,エノン環部位の環のサイズが異なっていても反応は良好な収率及び高いエナンチオ選択性が発現した(Table 2, entry 2).また,エノン環やベンゼン環に置換基を有している様々な基質に対しても,良好なエナンチオ選択性が発現することも明らかにすることができた(entries 3–6).6)
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次に筆者らは,先述の反応を天然物プロアポルフィンアルカロイド類の全合成に利用することを計画した.プロアポルフィンアルカロイドは,スピロインダン–シクロヘキサジエノン構造を有する4環性骨格を基本とする(Fig. 2).これまでに,(−)-メカンブリンをはじめとして多くの類似化合物がケシ科植物から単離されている.7)これらの化合物は,抗HSV-1活性,乳がんや肝がん細胞への細胞毒性の報告などいくつかの生物活性が報告されている.8,9)プロアポルフィンアルカロイド類は,医薬品としても用いられるアポモルヒネの生合成中間体として知られ,中にはモルヒネに類似する構造を有するものが存在する.そのため,強力な疼痛薬のリード化合物になれる潜在的能力を秘めており,計算化学においてもその可能性が示唆されている.10)今回ターゲットとした(−)-ミスラミン(7)は1985年にShammaらによって,エジプトのケシ科植物であるRoemeria hybrida及びR. dodecandraより単離,構造決定されたプロアポルフィンアルカロイドである.11)その構造は,プロアポルフィンアルカロイドの中で初めて単離されたスピロ環を含む特異な5環性骨格であり,極めて興味深い.また1990年,同植物から類縁体であるミスラメチン(8)も,El-MasryとGözlerによって単離,構造決定されている.12,13)プロアポルフィンアルカロイドはいくつかの全合成例が報告されているが,すべてラセミ全合成であり,われわれの全合成報告まで不斉全合成は皆無であった.14,15)そこで筆者らは,当研究室で開発したエナンチオ選択的分子内Friedel–Crafts型1,4-付加反応を用いることで,7の初の不斉全合成に取り組んだ.2,4,6-トリブロモアニソールを出発原料とし,数工程の誘導を経て環化前駆体9とした.9に対して当研究室で開発した,有機分子触媒による分子内Friedel–Crafts型1,4-付加反応を行うことで,全炭素不斉第4級炭素を有するスピロインダン化合物10を得た.なお,(−)-ミスラミン合成では,S体の全炭素不斉第4級炭素部位を構築するために,先述の環化反応で最良な結果を与えた触媒のエナンチオマーを必要とした.しかしながらepi-シンコニジンアミンのエナンチオマーを入手することは困難なため,pseudo-エナンチオマーであるepi-シンコニンアミンを用いる必要があった.実際に反応を行ったところ最適な触媒を用いたときと比較するとeeは73%に低下した(最適条件では86% ee).このeeの低下に関する理由については明らかではないものの,pseudo-エナンチオマーの触媒を用いたため,わずかな立体化学の差異によってFig. 1のAに示すような最適な遷移状態をとれなかった可能性が考えられる.得られた環化体11より,Rubottom酸化,分子内アセタール化を含む変換を行い,4環性化合物12を合成した.続いてベンジル位の酸化を行ったところで再結晶を行うことができ,光学純度を94% eeに高めることができた.12のベンゾイル基を除去した後,Claisen転位反応によるベンゼン環へのアリル基の導入とオゾン分解を含む数工程にてケトアルデヒド15を合成した.15に対してメチルアミンを用いて連続的還元的アミノ化を行ったところ,ピペリジン環が形成された化合物を単一のジアステレオマーとして得ることができ,最後にTBS基の脱保護を経て,(−)-ミスラミン(7)の不斉全合成を達成した(Scheme 1).16)
次に筆者らは,7の類縁体であるミスラメチン8の全合成へ展開した.紙面の関係上詳細については割愛するが,筆者らは先述のエナンチオ選択的なスピロインダン構築法で得られた化合物のラセミ体を,効率的かつグラムスケールで合成可能な方法論についても報告している.16)そのため,ここでは本方法で大量に供給可能なラセミ体のスピロインダン10を用いてミスラメチン8の全合成ルートの確立を目指した.ミスラメチン8は,生合成過程でミスラミン7のベンゼン環に置換するメトキシ基が脱メチル化されることが提唱されている.11)そこで生合成仮説に従い7,又はそのTBS保護体16に対し,位置選択的な脱メチル化条件を種々検討したが,ミスラメチンへと導くことはできなかった(Scheme 2).そこでミスラミン合成のラセミ体の中間体14に対して脱メチル化を検討したところ,KCN, DMSO条件で脱メチル化に成功した.これは,14のメトキシ基のp位に存在するカルボニル基によって脱メチル化後のアニオンが安定化されることに起因したと推察している.得られた17を用いてミスラメチンの合成を目指したが,フェノール性ヒドロキシ基存在下では,18の還元的アミノ化反応が進行しなかった.そこで,フェノール性ヒドロキシ基をベンジル基で保護した後,ミスラメチン合成と同様のルートにてテトラヒドロイソキノリン構造をジアステレオ選択的に構築した後,Pd(OH)2/H2条件で脱ベンジル化することでミスラメチン8の全合成にも成功した(Scheme 3).16)本合成ルートは,ラセミ体を用いて検討を行ったが,(−)-ミスラミンの全合成と同様,エナンチオ選択的な分子内Friedel–Crafts型1,4-付加反応を利用することで光学活性なミスラメチンが合成可能であると考えている.
This scheme was modified from Yoshida K. et al., Chem. Eur. J., 28, e202202188 (2022).
ここまでエナンチオ選択的Friedel–Crafts型1,4-付加反応の反応開発を基にした天然物の全合成を紹介した.次に筆者らはFriedel–Crafts型1,4-付加反応で利用した基質のフェノール性ヒドロキシ基をエチレン鎖のオルト位に配置した23のような化合物に着目した.ここで筆者は,本基質に対しキラル触媒を用いた分子内オキシマイケル反応が進行すれば4置換炭素中心を有するクロマン骨格がエナンチオ選択的に構築できると期待した.天然資源から単離されるクロマン骨格を含む多数の化合物に強力な生物活性が見い出されている.18)そのため,クロマン骨格は医薬品候補化合物の母骨格として選択されることも多く,その構造活性相関研究は現在でも活発に行われている.19)これまでにもいくつかのグループがキラルクロマン化合物を合成する反応を報告しているが,20–24)われわれの研究開始時には,スピロクロマン化合物の高エナンチオ選択的構築例については報告例がなかったため,本課題に着手した.
化合物23を基質とし,触媒スクリーニングを行った(Table 3).Friedel–Crafts反応のときと同様にシンコナアルカロイド由来のアミンを検討したが,目的の化合物24は定量的に得られるものの,エナンチオ選択性は全く発現しなかった(entries 1–4).これは,触媒の第3級アミンがフェノール部分の脱プロトン化にのみ寄与したためと推察した.次に,キラルな2官能基性チオ尿素触媒を用いたところ,竹本触媒25が,88%と良好なエナンチオ選択性で24を与えることを見い出した(entry 5).さらに検討を続けると2官能性シンコナアルカロイドチオ尿素触媒が有効に作用し,特に26は目的のスピロクロマン化合物を96%の優れたエナンチオ選択性で与えた(entry 6).本反応は,Fig. 3に示すように触媒26のチオウレア部分と第3級アミン部位が,基質のケトンとフェノール性ヒドロキシ部分を二重に活性化することによりエナンチオ選択性を発現させているものと推察している.
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This table was modified from Yoshida K. et al., J. Org. Chem., 85, 10189–10197 (2020).
This figure was modified from Yoshida K. et al., J. Org. Chem., 85, 10189–10197 (2020).
本反応では,基質のエノン環のサイズや置換基が収率とエナンチオ選択性に与える影響は極めて小さく,更にベンゼン環上に電子求引基を配置しても反応は円滑に進行し,高い光学純度でスピロクロマン化合物を与えたことから,本反応条件の高い基質一般性を確認することができた(Table 4).
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最後に本不斉オキシマイケル付加を,アメリカ産のCordia alliodoraから単離された(−)-(R)-コルジアクロメンの形式全合成に適用した(Scheme 4).25)合成は1グラムスケールで合成した24からスタートし,ケトン部分を位置選択的にシリルエノールエーテル化したのち,オゾン分解を行い,生成したアルデヒドをアセタール化することでカルボン酸30を得た.得られたカルボン酸をLiAlH4による還元と続くDess–Martin酸化により酸化したのち,Pd(OAc)2による脱ホルミル化によってメチル基へと変換した.この段階でレトロオキシマイケル付加反応が起こり,エナンチオ選択性が低下することを確認している.続いて,32の位置選択的臭素化,宮浦-石山のホウ素化,続く酸化反応によってベンゼン環にフェノール性ヒドロキシ基を導入した.フェノール33のメチルエーテル化により34とした後,DDQを用いた酸化によってクロメン骨格へと誘導した.この条件下で,化合物のジエチルアセタール部位が同時に加水分解されたため,生成したアルデヒドのWittig反応により,文献既知化合物35へと導いた.26)合成ルートの中盤でeeが低下してしまう課題が残されたもののコルジアクロメンの形式全合成を達成することができた.27)
This scheme was modified from Yoshida K. et al., J. Org. Chem., 85, 10189–10197 (2020).
今回筆者は,エノン環とフェノール誘導体をリンカーで結合した基質に対し,キラルな有機分子触媒を作用させることによって,スピロインダン化合物やスピロクロマン構造をエナンチオ選択的に構築する方法の開発に成功した.さらにこれらの反応をプロアポルフィンアルカロイドやクロメン化合物といった天然物の不斉全合成に応用することができた.現在,これらの知見を発展させ医薬品のシード化合物探索研究への展開を目指している.
本稿で紹介した研究は,慶應義塾大学理工学部応用科学科髙尾賢一教授の下で達成した成果を基に,名城大学薬学部北垣伸治教授の指導の下発展させたものです.御指導・御鞭撻を賜りました先生方に厚く御礼申し上げます.また,本研究に携わった多くの卒業生に心より感謝申し上げます.なお本研究は,日本学術振興会の科学研究補助金・若手研究(B)16K17903,基盤研究(C)20K06952の支援を受けて行われました.この場を借りて,御礼申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度日本薬学会東海支部学術奨励賞の受賞を記念して記述したものである.