YAKUGAKU ZASSHI
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Chasing New Cancer Treatments: Current Status and Future Development of Boron Neutron Capture Therapy
Makoto Shirakawa
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2024 Volume 144 Issue 9 Pages 871-876

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Summary

Boron neutron capture therapy (BNCT) is expected to be a promising next-generation cancer treatment. In 2020, Japan, which has led the research on this treatment modality, was the first country in the world to approve BNCT. The boron agents that have been clinically applied in BNCT include a caged boron compound (mercaptoundecahydrododecaborate: BSH) and a boron-containing amino acid (p-boronophenylalanine: BPA). In particular, the BPA preparation Steboronine® is the only approved drug for BNCT. However, the problem with BPA is that it is poorly retained in the tumor and has very low solubility in water. This cannot be overlooked for BNCT, which requires large amounts of boron in the tumor. The high dosage volume, together with low tumor retention, leads to reduced therapeutic efficacy and increased physical burden on the patient. In the case of BSH, its insufficient penetration into the tumor is problematic. Based on drug delivery system (DDS) technology, we have developed a next-generation boron pharmaceutical superior to Steboronine®. Our approach involves the redevelopment of BPA using innovative ionic liquid formulation technology. Here, we describe previous boron agents and introduce our recent efforts in the development of boron compounds.

1. はじめに

従来のがん治療法は,正常組織及び免疫細胞や幹細胞等の正常細胞にも障害を与えてしまうため,がんの再発や回復の遅延につながり,患者の生活の質QOLに大きな影響を与えることが知られている.そこで近年では,より低侵襲な治療法が求められており,そのひとつが2020年に認可されたホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy: BNCT)である.2007年に筑波大学医学医療系脳神経外科学研究室(松村 明教授)に入学した筆者はBNCTの臨床症例(Fig. 11を見て,その治療効果とQOLの高さに心惹かれ,研究をスタートさせた.当時は,p-boronophenylalanine(BPA)又はmercaptoundecahydrododecaborate(BSH)を用いて臨床症例を重ねていたものの,再発例も多く新たなホウ素薬剤が求められていた.そこで筆者はこれまでにドラッグデリバリーシステム(drug delivery system: DDS)技術を基盤として,様々な新規ホウ素薬剤を開発してきた.本稿では,BNCTとホウ素薬剤について,過去の報告とともに筆者の研究成果を紹介する.

Fig. 1. BNCT for Recurrent and Advanced Cases of Mucoepidermoid Carcinoma of the Parotid Region

A: Before BNCT. It produced large amounts of viscous mucus. B: One month after BNCT. Tumor thickness decreased (63% of original volume), but the intra-ulcer surface area had a mixture of necrotic dark red papillary tumors and viable tumors. C: Ten months after the second BNCT. The size was reduced to 18% of the original tumor volume. The ulcer disappeared and was covered with normal skin. The postauricular to subauricular mass remained. D: Five months after the third BNCT. The tumor in the posterior auricle to the inferior auricle had shrunk (6% of its original volume). The ulcer disappeared and the tumor remained almost unchanged at this size for more than 2.5 years. Reproduced with permission from Kato I., IYOUGENSHIRYOKUDAYORI, 6, 8 (2007).1) Copyright 2007 Association for Nuclear Technology in Medicine.

2. ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)

BNCTとは,患者にホウ素薬剤を全身投与した後,がん部位に限定して熱中性子線を当てることで組織内のがん細胞のみを死滅させる治療法である.ホウ素薬剤及び熱中性子線の両方が生体にとって非常に低毒性であるため,患者への負担が少ないがんの低侵襲治療法のひとつとして注目されている.その治療効果は熱中性子とホウ素元素10Bとの中性子捕獲反応により生じるlitium(Li)核及びα粒子の粒子線のエネルギー(約2.4 MeV)によって得られる.また,その飛程が4–9 µmであり,平均的な細胞1個分の大きさに相当する約10 µmの範囲におさまることから,がん細胞選択的な治療法が可能となり,高いQOLが得られる(Fig. 2).2よって,脳腫瘍のような浸潤性が高く,腫瘍組織と正常組織との境界が不明瞭ながんへの応用が期待されている.

Fig. 2. Boron Neutron Capture Reaction and Concept of BNCT

BNCTを成功させるためには,「いかに10Bをがん細胞へ選択的に集積させるか」が重要である.BNCTに求められる薬剤の性質として,①がん細胞選択的かつ腫瘍組織内のホウ素濃度が20 µg 10B/g(ppm)以上であること(1細胞あたりホウ素原子が109個以上),3 ②「腫瘍組織/正常組織」及び「腫瘍/血液」の濃度比が3–4以上であること,③中性子線照射時までの血液中や正常組織からの速い除去率と腫瘍組織への高い貯留性があることが挙げられる.

3. ホウ素薬剤開発の歴史

現在,臨床研究で使用されているホウ素薬剤はBSHとBPAである(Fig. 3).BSHは1960年代に畠中とSolowayらによって開発された.4,5 BSHを用いて1968年に日本で初めて脳腫瘍に対するBNCTを行って以来,現在まで脳腫瘍の治療実績は400症例を超える.BSHを脳腫瘍に用いたのは,高水溶性であることから血液脳関門(blood brain barrier: BBB)を突破できず,正常な脳組織には取り込まれないが,BBBの破綻している腫瘍組織には取り込まれると考えられたからである.しかし,BBBの破綻は腫瘍に分布する毛細血管内皮の断裂に依存しており,その段階は同一腫瘍内でも均一な状態ではない.6また,BSHの腫瘍への浸透機序は拡散によるものとされているが,明らかにはなっていない.7,8

Fig. 3. Boron Drugs Currently Used in BNCT Clinical Practice

一方,アミノ酸誘導体であるBPAはBSHよりも更に古くに開発された化合物である.9しかし,BPAはBBBを通過して正常脳へ蓄積するなどの問題があったため,長らくBNCT用薬剤として臨床応用されることはなかった.1987年に三嶋らがBPAを用いて悪性黒色腫(メラノーマ)のBNCTに成功したことが,ボロファラン(10B)(慣用名:BPA)の研究開発の契機となった.10現在までメラノーマの治療実績は30症例以上かつ5年生存率が60%を超えていることから,BNCTの治療効果は非常に高い.さらに,1994年に今堀らが18F-BPA(Fig. 3)を用いたpositron emission tomography(PET)診断法を開発したことで,あらかじめ腫瘍部位のホウ素蓄積量を見積もることができるようになった.11

BPAは必須アミノ酸であるフェニルアラニンの誘導体であり,分裂の盛んな細胞に多く取り込まれる.12当初はラセミ体のBPAが用いられていたが,L体のBPAがアミノ酸トランスポーター(LAT-1)を介して,より集積することが明らかになった.その結果,LAT-1が活性化されているがんへの適応拡大が検討されるようになり,2001年に小野,加藤らが世界で初めて頭頸部がんのBNCTに成功した.132020年にはL-BPAのソルビール製剤はステボロニン®点滴静注バッグ9000 mg/300 mL(以下,「ステボロニン®」)として製造販売承認を取得し,頭頸部がんを対象としたBNCTの保険適応が開始された.

しかし,L-BPAは正常組織に対しても腫瘍の約3分の1が集積するため,照射線量が正常組織の耐容線量を超えないように制限を受ける.また,腫瘍でも静止期の細胞には取り込まれ難いという報告があり,それらの点が問題とされている.14

4. ホウ素リポソームの開発

腫瘍ターゲティングの方法として,リポソームを用いたホウ素デリバリーは昔から注目されてきた.1991年にBSHを封入したイムノリポソームによるBNCTが柳衛らによって報告されたのを皮切りに,polyethylene glycol(PEG)修飾リポソーム,15,16葉酸修飾リポソーム,17 epidermal growth factor(EGF)修飾リポソーム,18 Transferrin修飾リポソーム,19抗体修飾リポソーム20など,BSHを封入した様々なリガンド結合型リポソームによるBNCTが試みられた.どのBSH内封リポソームも動物実験レベルでは優れた抗腫瘍効果が得られたが,実際に臨床応用するためには,さらなるリポソームの高ホウ素濃度化が必要とされた.

そこで,筆者は腫瘍ターゲティングに加えて,さらなる高ホウ素濃度化のために細胞膜透過ペプチド(cell-penetrating peptide: CPP)とL-BPAを結合させたホウ素脂質(boron-TAT lipopeptide)を開発した(Fig. 4).21 Boron-TAT lipopeptideを用いて作製したリポソームは優れた細胞内導入及び中性子線照射による殺細胞効果を示したものの,L-BPAの鎖長を更に伸ばすことが合成・精製の面から難しく,これ以上の高ホウ素濃度化が期待できなかった.

Fig. 4. Structure of the Boron-TAT-ipopeptide Conjugated to the TAT Peptide, p-Boronophenylalanine (BPA) and Phospholipid Analog

また,筆者はBSHを高濃度かつ高効率でリポソームに封入させるために,調製法や脂質濃度,BSH水溶液の濃度に関して最適化を行った(Fig. 5).22リポソームの脂質組成として一般的なdistearoylphosphatidylcholine(DSPC)とコレステロールを用いて,封入効率23.5%でホウ素封入量1237 µgのBSH内封リポソームを得ることに成功した.

Fig. 5. Optimization of Preparation Methods of BSH into Liposomes

A: Relationship of boron content and encapsulation efficiency with the lipid concentrations of the liposomes. Data are expressed as the mean±S.D. (n=3). Encapsulation efficiency of BSH (□), and boron content of the liposomal inner aqueous phase (■). B: Relationship of boron content and encapsulation efficiency with the boron concentration of the BSH solution. Data are expressed as the mean±S.D. (n=3). Encapsulation efficiency of BSH (□), and boron content of the liposomal inner aqueous phase (■).

一方,リポソームの高ホウ素濃度化の方法として,構成脂質に着目した研究も行われている.中村らはリン脂質の水溶性部位にBSHを導入したホウ素脂質(distearoyl boron lipid: DSBL)及びホウ素コレステロールを開発し,23,24担がんモデルマウスに対して,50 mgB/kgの尾静脈投与により腫瘍内ホウ素濃度170 ppm以上を達成している.加えて,そのマウスに熱中性子線を照射した結果,照射後2週間の時点で5匹中3匹の腫瘍消失が確認されている.25

さらに筆者はこれまでの先行研究を活かすために,リポソームの内水相及び脂質膜へ影響を与えない形でのホウ素導入方法を模索した.リポソームの外水相へのホウ素導入方法として,PEG末端へのBSH導入を考案し,マイケル付加によりPEG脂質とBSHを結合させたホウ素脂質(polyethylene glycol boron lipid: PBL)の開発に成功した(Fig. 6).26 PEG脂質と同様に5 mol%での修飾が可能なPBL修飾リポソームは,リポソームの高ホウ素濃度化を達成するとともにPEGと同等の血中滞留性が期待される.

Fig. 6. Chemical Structure of PBL

5. BPA製剤の開発

BPAは腫瘍貯留性及び水への溶解度が極めて低いため,投与容量が多大となり,患者への身体的負担が大きいことが課題となっている.中性条件下においてBPAの溶解度は0.6–0.7 g/Lと極めて低い.1989年に吉野らがフルクトースを用いた糖錯体形成による溶解法で顕著な溶解度向上に成功したが,それでもその溶解度は26 g/L程度である.27ステボロニン®はフルクトースをソルビトールに変更したL-BPA製剤であるが,その溶解度に大きな差はない.28

臨床において,L-BPAは照射直前の500 mg/kgという高用量でのボーラス投与に加えて,照射中は2時間持続投与という治療計画が採用されている.つまり,現在のBPA製剤であるステボロニン®の用法・用量を成人男性の平均体重64 kgに当てはめると,約1.2 Lの静脈点滴投与かつ投与完了まで約3時間を要することになる.つまり,投与容量が多大であるため,投与初期のL-BPAは中性子線を照射中に既に腫瘍細胞外(更には腫瘍組織外)へと排出され始めていることが容易に推測される.しかしながら,BPAの溶解度改善による投与容量の減量を目的とした研究は,30年以上ほとんど報告されていなかった.

そこで,筆者は第3の溶媒といわれるイオン液体に着目し,BPA/イオン液体製剤を考案した.イオン液体とは有機カチオン物質と有機アニオン物質からなり,常温・常圧で塩として存在する液体の物質である.その化学的・熱的安定性や構成物質の組み合わせで様々な性質に変化するデザイン性などの利点から医学,薬学,工学など多くの分野で研究が行われている.29筆者は網羅的にこれまでに報告されている生体適合性の高いイオン液体及び新規に合成したイオン液体にBPAを溶解させた結果,一部のイオン液体はステボロニン®のBPA含有量(3 w/v%)と比較して10倍以上の溶解度向上に成功した.さらに,L-BPA/イオン液体溶液を担がんマウスにL-BPA/フルクトース溶液の半分の液量かつ同一の用量で尾静脈投与し,中性子線照射を行った結果,6例全例での腫瘍の消失が確認された.30筆者はこのBPA/イオン液体溶液を第2世代のBPA製剤として,早期の臨床応用を目指している.

6. おわりに

本総説では,BNCTとホウ素薬剤に関する研究開発について紹介した.BNCTが認可されるまでには,基礎研究及び臨床研究の多くの経験・知見の積み重ねがあったことは言うまでもない.特にわが国の研究者の貢献は多大であり,諸先輩方の努力には尊敬の念を抱くばかりである.今後はBNCTの適応が拡大されていくとともにBPAで対応できないがん腫が明らかになっていくことが予想される.その際には次世代のホウ素薬剤開発が必要になると確信している.筆者も微力ではあるが,わが国がリードするBNCTを更に発展させる研究開発に貢献していきたい.

謝辞

筆者にBNCT研究に携わるきっかけと素晴らしい研究環境,更に現在に至るまで数多くの指導と激励を賜りました筑波大学 松村 明名誉教授に心から御礼申し上げます.また,本研究の遂行にあたり,多大なる御支援を頂きました京都大学 鈴木 実教授,徳島大学 堀  均名誉教授,福山大学 冨田久夫名誉教授,佐藤雄己教授,そして研究室の学生の皆様に心から感謝申し上げます.なお,本研究の成果はJSPS科研費(25893226, 15K21327, 19K18409, 22K09246)及び公益財団法人放射線影響協会などの支援に基づくものであり,この場を借りて感謝申し上げます.そのほか,本研究の一部は京都大学複合原子力科学研究所の研究用原子炉を利用して実施しました.

利益相反

本研究の一部は,森田薬品工業株式会社との間で共同研究契約を締結し,同社より研究資金の提供を受けて実施しました.

Notes

本総説は,2022年度日本薬学会中国四国支部奨励賞の受賞を記念して記述したものである.

REFERENCES
 
© 2024 The Pharmaceutical Society of Japan
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