2025 Volume 145 Issue 1 Pages 49-52
The placenta, which acts as an interface between fetal and maternal circulations, is an indispensable organ for fetal growth in mammalian pregnancy. It mediates the transportation of nutrients, the exchange of gases such as oxygen and carbon dioxide, and the excretion of waste products between the fetus and mother. The surface of placental villi is covered by two layers of mononuclear undifferentiated cytotrophoblasts (CT) and multinucleated syncytiotrophoblasts (ST). The formation of the multinucleated ST layer via fusion of CT is referred to as syncytialization, which is a well-characterized morphological sign of terminal differentiation. STs function not only as the placental barrier to separate maternal blood from fetal tissue but also as the main source of human chorionic gonadotropin (hCG) and progesterone (P4) during pregnancy. The significance of appropriate differentiation and fusion of CTs to form STs is demonstrated by the finding that disturbance of these processes is linked to the pathogenesis of pregnancy-associated complications such as hypertensive disorders of pregnancy (HDP) and fetal growth restriction (FGR). In this review, we focused on trophoblast differentiation, cell fusion and microvilli formation, and showed the role of short-chain fatty acid butyrate and progesterone receptor membrane component 1 (PGRMC1) in these processes. Furthermore, we described the evaluation of placental function and its prospects utilizing a quantitative trophoblast cell fusion system and microfluidic device.
妊娠時に形成される胎盤は,子宮内での胎児発育に不可欠な器官である.胎児は,母体血で満たされた絨毛管腔に存在する絨毛を介して母体からの栄養供給,ガス交換,老廃物の排泄を行うとともに胎児への異物の移行を制御する血液–胎盤関門としての役割も担う.また,妊娠維持に必要な絨毛性ゴナドトロピン(human chorionic gonadotropin: hCG)やプロゲステロン(progesterone: P4)などのホルモンを産生する内分泌器官でもある(Fig. 1).胎盤絨毛は,細胞性栄養膜細胞(cytotrophoblast: CT)とそれが分化・融合(シンシチウム化)した多核の合胞体栄養膜細胞(syncytiotrophoblast: ST)からなる2層で構成され,内側に存在するCTがSTへと分化・融合することで絨毛が維持・機能する(Fig. 1).絨毛におけるhCGやP4の産生は,主にSTが担う.このCTからSTへの分化・融合には,細胞内cAMP濃度の上昇が重要である.初代培養栄養膜細胞や絨毛がん細胞株などにcAMP誘導体やアデニル酸シクラーゼ活性化薬フォルスコリンを処置すると,hCGやP4産生,細胞融合因子であるsyncytin発現の上昇による細胞融合の亢進を再現することができる.
栄養膜細胞の分化・融合異常による胎盤形成不全は,胎児発育不全(fetal growth restriction: FGR)や妊娠高血圧症候群(hypertensive disorders of pregnancy: HDP)などの妊娠関連疾患の原因となる.1,2)特に,妊娠時に高血圧を発症する妊娠高血圧症候群は,全妊娠の5–10%の割合で起こり,重症になると血圧上昇とタンパク尿に加えてけいれん発作(子癇),脳出血,肝臓・腎臓の機能障害,胎児発育・機能不全などを引き起こし,母体死亡や周産期死亡,母児合併症の原因となる重要疾患である.このように栄養膜細胞の分化・融合機構を理解することは,胎盤形成に加えてこれら妊娠関連疾患の病態解明とその予防・治療法の開発につながる重要な課題である.
われわれは,簡便かつ定量的に栄養膜細胞の融合過程をモニタリング・測定することが可能なアッセイ系としてプロメガ社のNanoLuc®ルシフェラーゼ断片(LgBiT)とそれに結合するペプチドタグ(HiBiT)による発光システム(HiBiTシステム)を活用した細胞融合アッセイ系を作製した(Fig. 2).本システムは,名古屋大学 亀高教授らが作製した筋芽細胞の融合アッセイ3)を基に栄養膜細胞の融合用にモディファイしたものである.NanoLucは,不活性型のNanoLucルシフェラーゼ断片(LgBiT)とそれに結合してルシフェラーゼを活性化するペプチドタグ(HiBiT)の2つのサブユニットからなるスプリットエンザイムである(Fig. 2A).緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein: GFP)で標識したLgBITと赤色蛍光タンパク質mCherryを結合させたHiBitをそれぞれ安定発現する絨毛がん細胞株BeWo細胞を混合培養後,フォルスコリンやcAMP誘導体などの融合刺激を加えることで細胞融合が起こるとLgBiTとHiBiTが会合し,ルシフェラーゼの活性化による発光にて細胞融合を評価することができる(Fig. 2B).実際にフォルスコリンやcAMP誘導体[dibutyryl(db)-cAMP]の処置により細胞融合を示すルシフェラーゼ活性の上昇を確認した(Fig. 2B).4)本アッセイ系は,同時に多検体の融合評価が可能であるため,われわれは,わが国で使用されている食品添加物の細胞融合への影響をスクリーニング評価した.データには示していないが,フォルスコリンとともに各食品添加物(10 µM)を処置したところ,栄養強化剤のピリドキシン,DL-α-アラニン,トレオニン,葉酸,また,pH調整剤・酸味料のグルコン酸,酸化防止剤のイソアスコルビン酸やアスコルビン酸,発色剤の亜硝酸ナトリウムは,細胞融合を抑制した.その一方,香料である短鎖脂肪酸の酪酸は細胞融合を促進した.
(A) Scheme of HiBit system (left) and Nano-Luc-based cell fusion assay (right). (B) GFP-LgBit and mCherry-HiBit BeWo cells were cocultured or monocultured and then stimulated with or without Db-cAMP (0.25 or 0.5 mM) for 2 d. Cell fusion was evaluated by measuring the luciferase activity. Data from three independent experiments are shown as mean±S.E.M. * p<0.05, *** p<0.001.
上記の通り,酪酸が細胞融合を促進したことから,栄養膜細胞の分化・融合に対する短鎖脂肪酸の効果について検証した.腸内では,食物繊維やオリゴ糖を基に短鎖脂肪酸と呼ばれる炭素数が6個以下の脂肪酸(酢酸,プロピオン酸,酢酸など)が一部の細菌によって生成される.この腸内細菌叢由来の代謝産物は,エネルギー源として利用されるほか,血流を介して全身に移行し,肝臓や腎臓などの様々な組織に作用する.また,短鎖脂肪酸は,上記作用に加え腸管蠕動運動や抗炎症作用,免疫反応の制御など多彩な機能が報告されている.妊娠高血圧症候群のうち妊娠高血圧腎症(妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し,かつタンパク尿を伴う)の妊婦では,腸内の酪酸産生菌の細菌量が少ないこと,また,血中や胎盤内における酪酸を含む短鎖脂肪酸の濃度が低いことが報告されており,妊娠高血圧腎症と細菌由来の短鎖脂肪酸との関連性が示唆されている.5,6)しかしながら,胎盤を構成する栄養膜細胞の分化・融合における酪酸の効果については不明である.そこで,BeWo細胞に酢酸,プロピオン酸,酪酸(0.01–0.5 mM)と分化・融合刺激としてcAMP誘導体を処置し,2日間培養し,分化の指標であるhCGの産生を評価したところ,プロピオン酸と酪酸の処置により増加した.さらに,酪酸は,分化刺激下におけるP4分泌も促進した.これらの結果から,短鎖脂肪酸のうち特に酪酸は,栄養膜細胞の分化を促進することが明らかとした.また,酪酸は,フォルスコリン刺激による融合促進因子(Syncytin2)の発現を上昇させ,細胞融合を促進した.なお,酪酸は,BeWo細胞においてヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase: HDAC)の阻害作用を示すことも確認している.以上の結果から,短鎖脂肪酸のうち特に酪酸は栄養膜細胞の分化・融合を促進する重要な因子であることが示唆された.
胎盤内において絨毛は,母体血で満たされた絨毛管腔内で浮遊した状態で存在することを考慮すると,より生体内環境に近い条件下で胎盤形成を評価するためには胎盤形成における母体血による流速ストレスの影響についても考慮する必要がある.近年微細な流路を樹脂などで形成し,マイクロスケールで母体血流を模した流速シェアストレスを負荷すると絨毛がん細胞株の細胞膜表面に胎盤絨毛と同様に栄養吸収に係わるグルコーストランスポーターを発現する微絨毛が形成されることが報告された.7)この報告以降,栄養膜幹細胞や初代培養栄養膜細胞をマイクロ流体デバイスに導入した培養モデルの利用が活発化し,流速負荷による微絨毛形成だけでなく分化や融合が促進される知見も得られてきつつある.
当教室では,P4に親和性を示すが典型的なP4受容体とは異なるP4受容体膜構成因子1(progesterone receptor membrane component 1: PGRMC1)の子宮・胎盤機能について研究を行っている.PGRMC1は,ヘム結合タンパク質として上皮成長因子受容体と会合することでがん細胞の増殖や薬剤耐性,またステロイド合成にも係わることが報告されている.8,9)われわれは,子宮内膜において月経周期の進行とともにPGRMC1発現が減少し,この減少が着床に不可欠な子宮内膜間質細胞の分化(脱落膜化)を促進することを明らかにしている.10,11)さらに,胎盤絨毛においてCTからSTへの分化・融合過程で発現が低下すること,また,small interfering(si)RNA処置によるPGRMC1発現の抑制や阻害薬の処置によりhCG産生を指標とした分化と細胞融合を促進することを確認している.4)そこで,マイクロ流体デバイスを用いたシェアストレス負荷による微絨毛形成に対するPGRMC1の役割を調べたところ,PGRMC1発現の低下により,微絨毛形成に係わるAKTシグナルの減弱とともに微絨毛形成が抑制された(未発表データ).これらの知見から,栄養膜細胞の分化・融合過程にはPGRMC1発現の低下が重要である一方,ある一定レベルの発現が栄養吸収などに係わる微絨毛の形成には必要であることが示唆された.
近年,ヒト栄養膜幹細胞が作製されたことにより従来の初代培養細胞や細胞株を用いた実験よりも倫理的なメリットに加えてより生体現象に近い状況下で栄養膜細胞の分化・融合を評価することが可能になりつつある.今後,胎盤形成やその不全によって起こる妊娠高血圧症候群などの治療探索において,上記の栄養膜幹細胞や胎盤(絨毛)マイクロ流体デバイスを統合的に活用した栄養膜細胞の分化・融合,微絨毛形成評価が更に普及していくと思われる.
細胞融合アッセイ系の作製にあたり多大な御協力を賜りました名古屋大学大学院 亀高 諭教授に厚く御礼申し上げます.また,本研究の一部は,公益財団法人日本食品化学研究振興財団及びJSPS科研費23K08877の助成を受けたものです.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会第144年会シンポジウムS33で発表した内容を中心に記述したものである.