YAKUGAKU ZASSHI
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Symposium Reviews
Setting of Maximum Residue Limits (MRLs) for Pesticides in Foods
Rie Tanaka
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2025 Volume 145 Issue 2 Pages 95-99

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Summary

Under the Food Sanitation Law, standards for the production and specifications of food ingredients for distribution may be established. Food that does not meet these standards is prohibited from being distributed. For pesticide residues in food, maximum residue limits (MRLs) are set for each pesticide and food type. Even pesticides without specific MRLs must comply with a uniform limit of 0.01 ppm. Thus, the positive list system controls pesticide residues in food in Japan. The MRLs for the pesticides were established based on current international agreements and concepts, and are calculated from crop residue trials for registered usage methods where maximum residue concentrations are expected. MRLs are determined if the dietary intake, when draft MRLs are adopted, does not exceed the acceptable daily intake (ADI) and acute reference dose (ARfD) as evaluated by the Food Safety Commission. The residue definition for MRL setting may be selected from the pesticide components themselves but also their metabolites and degradates, determined by considering the feasibility of analytical methods. Exposure to pesticides via food is estimated using monitoring data from quarantine stations and local governments, as well as market basket surveys. Currently, this exposure level is considered tolerable.

1. はじめに

食品の安全を確保する主要な法律の一つである食品衛生法では,公衆衛生の見地から,国内で販売される食品等の製造,加工,使用,調理若しくは保存の方法の基準又は成分の規格を定めることができるとされている.この規格基準が定められた場合,それらに適合しない食品等は流通が禁止される仕組みである.食品中に残留する農薬等に関しても,原則として,農薬等の種類・食品毎に含まれることが許される限度量(残留基準)を設け,残留基準が設定されていない場合も一律基準への適合を求めている.これらにより,すべての農薬等が規制の対象となっている.

残留基準は,現時点での国際的な合意や考え方に基づいて算出し,食品を介した農薬の推定摂取量が人健康影響に問題を生じないことを確認し,定めることとしている.本稿では,食品中の残留農薬等の基準値設定の概要と関係する最新の事象について紹介する.

2. 残留農薬のリスク管理

現在の食品安全行政は,2003年に制定された食品安全基本法に基づき,リスク分析の考え方により行われる.2000年代初めに相ついで起きたBSE 問題や偽装表示問題などにより,食品の安全に対する国民の不安や不信が高まったことから,2003年に食品安全基本法が制定され,国際的にも認められた「リスク分析」という考え方を基本とする新しい食の安全への仕組みが構築された.リスク分析は,国民の健康の保護を目的として,国民やある集団が危害にさらされる可能性がある場合に,事故の後始末ではなく,可能な範囲で事故を未然に防ぎ,リスクを最小限にするためのプロセスであり,リスク評価,リスク管理,リスクコミュニケーションの三つの要素からなる(Fig. 1).内閣府食品安全委員会がリスク評価を,厚生労働省,農林水産省,消費者庁等のリスク管理機関がリスク管理を実施している.また,リスクコミュニケーションは,消費者や事業者を含むステークホルダーが相互に意見交換等を行うものであり,関係府省が連携して対応している.厚生労働省においては,食品安全委員会によるリスク評価結果を基に,食品中の農薬等について規格基準を設定し,規格基準が守られるよう監視をするリスク管理を担っている.

Fig. 1. Risk Analysis for Food Safety

食品の摂取を介した農薬による人の健康への悪影響を防ぐためには,農薬毎の毒性に応じて,食品を通じた摂取量を一定以下に抑えることが必要である.現在の農薬の残留基準は,2003年の食品衛生法改正により導入されたポジティブリスト制度による.ポジティブリスト制度においては,使用による残留等で認められるものについて残留基準を設定し,それ以外のものについて一律基準[食品1 kgに農薬等が0.01 mg含まれる濃度(0.01 ppm)]を適用し,原則として基準を超えて食品に残留する場合,その食品の販売等を禁止するものである.残留基準については,原則として「使用による残留」を念頭に決定しようとする考え方,つまり,各農薬が適用作物に対して決められた使用方法を守って使用した場合に残留する量を念頭に残留基準を定めるため,農薬A,農薬B及び農薬Cなどの農薬がある場合,それぞれの農薬毎に食品の種類毎の基準が設定される.現在,700を超える農薬等に対して残留基準を設けており,農薬残留基準は食品衛生法の規格基準の中でも特に膨大な規格基準となっている.なお,農産物の生産時に使用される物質は様々あるため,使用されたものが食品に残留した場合であっても,その食品を摂取することによって人の健康を損なうおそれがないことが明らかなものについては,ポジティブリスト制度の対象としないとの規定を設けている(対象外物質).

3. 残留農薬の基準設定

規格基準は,食品衛生法に基づき審議会の意見を聴くこと,及び食品安全基本法に基づき食品安全委員会の意見を聴いて定めることが求められている.農薬の残留基準については,国内で使用される農薬等に係わる残留基準であれば農林水産省から,国外で使用される農薬等に係わる残留基準であればインポートトレランス申請としてその関係事業者等から,厚生労働省に残留基準設定が要請される.厚生労働省は,食品安全委員会にリスク評価を依頼し,食品安全委員会が許容一日摂取量(acceptable daily intake: ADI)等のHealth Based Guidance Value(HBGV)の評価結果を厚生労働省に通知する.厚生労働省においては,国際的な残留基準や要請者から提供されている農薬物等の残留試験結果等を踏まえて,残留基準値の案を作成し,暴露評価を実施したうえで,薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会農薬・動物用医薬品部会(以下,農薬・動物用医薬品部会という)の意見を聴き,残留基準として公示するという流れで進む.

健康への悪影響に対してのリスクは,毒性の強さと人への暴露量の大きさにより決まり,同じ濃度で食品に含まれていても毒性の強い成分の方がリスクが高く,毒性が低い成分でも摂取量の多い食品に相当量が含まれていれば,結果的にリスクが高くなると考えられ,安全性を確認するためには,食品を通じた農薬等の摂取量について科学的な推計が必要となる.

従来,食品中の農薬の残留基準については,「食品中の農薬の残留基準値の設定について」(平成22年1月27日農薬・動物用医薬品部会)の考え方に基づき設定をしてきたが,2019年7月にその時点での国際的な合意や考え方を踏まえ,改めて農薬・動物用医薬品部会において,食品中の農薬の残留基準を新たに設定又は改正するに当たり基本的な原則が示された[「食品中の農薬の残留基準値設定の基本原則について」(令和元年7月30日農薬・動物用医薬品部会,Fig. 2)].これに沿って厚生労働省においては残留基準設定を行っており,設定の手順を以下に抜粋する.

Fig. 2. Basic Principles for Setting MRLs for Pesticides in Food in Japan

  • ①   基準値設定及び基準値への適合検査のために,コーデックス委員会(国際貿易機関の衛生植物検疫措置の適用に関する協定で示された食品安全に関する国際基準策定機関)が策定した食品の規格基準(コーデックス基準)等を参考にしつつ,適切な残留物の定義(規制対象物質)を決定する.
  • ②   コーデックス基準や作物残留試験成績に基づき基準値案を作成する.
  • ③   当該基準値案を採用した場合に予想される長期及び短期の経口暴露量を試算し,これが食品安全委員会による食品健康影響評価の結果設定されたADI及び急性参照用量(acute reference dose: ARfD)に基づく許容量を超えないことを確認して,残留基準を決定する.

4. 基本原則の主な考え方

4-1. 適正使用を前提とした設定

作物残留試験結果から残留基準を設定する際には,試験の実測値からある程度の許容幅をおいて基準値を設定する.これは,同じ使用方法で農薬を使用しても,品種,気候や栽培条件により実際の残留濃度にはばらつきが生じるためである.実際には,単位面積当たりの最大の処理量,最大の処理濃度や回数,最小の収穫前期間など定められた方法に従い適切に農薬を使用した場合には基準値を超えることがないように,その場合の最大残留濃度を推定して残留基準を設定する.Food and Agriculture Organization of the United Nations(FAO)とWHOが合同で運営する専門家会議(FAO/WHO Joint Meeting on Pesticide Residues: JMPR)や複数の国・地域の規制当局では,最大残留濃度の推定において,統計学に基づく計算方法として,作物残留試験のデータセットから統計学的な計算を行うOrganisation for Economic Co-operation and Development(OECD)MRL Calculatorが用いられており,国際的整合性を図る観点から,わが国でも原則としてOECD MRL Calculatorを用いて基準設定を行うこととしている.

4-2. 国際整合性

国内における使用に加え,輸入される食品を考慮して,残留基準においても国際整合性を考慮して設定することとしており,コーデックス基準が設定されている場合は,その基準を下回らないよう設定する.インポートトレランス申請の場合,当該国における作物残留試験データを評価し,その国の基準値が適切であった場合には,その国の残留基準を参照して設定する.作物残留試験データを評価した結果,現行の残留基準を下回る厳しい値とする場合もあり,この場合には,World Trade Organization(WTO)/SPS協定に基づき諸外国からの意見提出の機会を確保している.当然ながら,このように国際整合性を考慮して設定しようとする際も,摂取量(暴露)の評価を行い,結論する.このように,食品を介した人健康に対する安全性を確保しつつ,貿易の円滑化に配慮をしている.

4-3. 暴露評価

残留基準は4-1, 4-2節に述べた考え方等に基づき検討するが,最終的には食品を介した人の経口暴露評価結果を踏まえて決定する.作物残留試験結果やコーデックス基準等を基に設定した残留基準案が人の健康への悪影響がないことを確認するため,経口摂取量とHBGVを比較することにより,長期又は短期の人への暴露評価(摂取量評価)を実施する.

暴露評価に際しては,まず,食品中の残留物の毒性を考慮した暴露評価対象物質を決定する.暴露評価対象物質には,当該農薬(親化合物)だけではなく,代謝分解で生じる化合物のうち,毒性学上の懸念のある代謝物等を含めることとしている.残留試験での検出量が少ない毒性的な懸念が小さいと考えられるものは除外し,親化合物と懸念のある代謝物の合計値(換算濃度)をHBGVと比較し,暴露評価を行う.なお,代謝物に親化合物と異なるHBGVが設定された場合には,代謝物も単独で暴露評価を行う.

暴露評価においてはその趣旨からして毒性学上の懸念のある代謝物や分解物を含める必要性が高いが,規制対象物質としては,適合検査を容易・迅速かつ妥当なコストで可能にするために,食品中の残留物から,単一の化合物,可能であればすべての食品で同一とするなど簡潔化を考慮して決定する.そのため,規制対象物質よりも暴露評価対象は多くなる傾向がある.

長期暴露評価を行う農薬摂取量については,長期間の摂取量を評価するため,平均一日摂取量を用いる.また,毎日様々な食品を通じて農薬を摂取しているため,個々の食品毎ではなく,様々な食品を通じた合計の摂取量を推計し,ADIと比較する.

合計の摂取量(一日平均)としては,食品毎にその食品中の残留濃度と食品の平均的な摂取量を掛け合わせ,当該農薬の摂取量を算出し,その値を積み上げることにより推定する.

ADIは長期的な影響を推定するための指標であるが,一方で,短期間(24時間又はそれ以下)の農薬の摂取による影響を推定するための指標としてARfDがあり,ARfDが設定された場合,短期間の農薬の摂取による影響を推定するため,食品毎に農薬摂取量とARfDを比較する.このときの農薬摂取量については,多く摂取する人での食品の摂取量(摂食者の97.5%タイル値)を用い,各食品の残留濃度としても最大残留濃度を用いるなどにより推定する.

農薬の推定摂取量が許容量を超える場合,農薬の適用・使用方法を変更したうえで,再度,残留基準を設定して摂取量評価を行い,人の健康に悪影響が生じないことを確認する.

また,厚生労働省では農薬等の残留基準を設定するとともに,日常の食事を通じた実際の農薬の摂取量を推定するためマーケット・バスケット方式による調査を実施しているが,現在,調査結果における推定摂取量はADIより十分に低く,残留基準によるリスク管理が有効であると考えられる.また,厚生労働省や自治体が行う残留検査においては,基準超過は全体の0.01%未満である.

5. 食品基準行政の消費者庁への移管

2024年4月1日に,生活衛生等関係行政の機能強化のための関係法律の整備に関する法律(令和5年5月26日公布法律第36号)の施行により,食品衛生法等が改正され,食品等の規格基準の策定等の業務が消費者庁に移管されることとなった.1主な改正内容は以下の通りである.

①厚生労働大臣の権限に属する事項のうち,

・食品衛生基準行政に係るものを,内閣総理大臣の権限とする.

・食品衛生監視行政については,不衛生食品等の販売等の取締りや営業施設の衛生管理等の規制・監視指導,食中毒発生時の原因究明・更なる健康被害の発生の防止等を担うものであり,引き続き,感染症対策や健康危機管理対策を所掌する厚生労働省において,これらと一体的に対応する.

②薬事・食品衛生審議会(厚生労働省)への意見聴取事項のうち,

・食品衛生基準行政に係るものは,消費者庁に設置する食品衛生基準審議会の意見聴取事項とし,移管後も引き続き科学的知見に裏打ちされた規格基準の設定等の担保を図る.

・食品衛生監視行政に係るものは,厚生科学審議会に移管し,健康危機管理対策との一体的な対応をより一層推進する.

これに伴い,残留農薬基準を含め食品,食品添加物,食品用器具・容器包装等の規格基準設定については消費者庁が担うこととなる(Fig. 3).例えば,残留農薬等にかかるインポートトレランス制度に基づく基準設定の要請は消費者庁が受け付け,残留基準の設定に関しては消費者庁に設置される食品衛生基準審議会において審議され,残留基準は内閣総理大臣が定めることとなる.政府内の組織としては,食品衛生基準行政に関する事務を担当する当課(厚生労働省健康・生活衛生局食品基準審査課)が廃止され,消費者庁に食品衛生基準審査課が新設され,当該事務を担当する.

Fig. 3. Administration Transfer on Settings of Food Safety Standards from MHLW to CAA

6. おわりに

食の安全確保のための政府の体制において,食品衛生基準行政が厚生労働省から消費者庁へ移管される組織変更はあるが,食の安全確保の基本的な仕組みは変わらない.農薬の残留基準設定に関しても,これまでに蓄積した知見,国際動向や科学技術の進展等を踏まえて,適時的確な手法により設定し,残留農薬による人の健康に悪影響が生じないよう努めていく.消費者庁は,食品に関するリスクコミュニケーションの推進のとりまとめや食品安全行政の総合調整機能を有しており,消費者庁が規格基準策定等の業務も担うことで,科学的知見に裏打ちされた食品安全に関する啓発等が強化されることが期待される.引き続き,関係省庁が連携し,科学的な知見に基づき着実に食品の安全性確保を行っていく.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,日本薬学会第144年会シンポジウムS16で発表した内容を中心に記述したものである.

REFERENCE
 
© 2025 The Pharmaceutical Society of Japan
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