2025 Volume 145 Issue 2 Pages 121-132
Many anticancer drugs, including anthracycline drugs, pose a risk of cardiovascular damage as an adverse reaction. This can detrimentally impact the prognosis and quality of life of patients, potentially leading to the interruption of cancer chemotherapy and compromising cancer treatment. Recently, onco-cardiology (or cardio-oncology) has developed as a new interdisciplinary field that focuses on the prevention and treatment of cardiovascular toxicity of anticancer drugs. In this review, we explore the mechanism underlying the cardiotoxicity of anthracyclines and examine pharmacological agents that safeguard the heart from anthracycline-induced damage. Anthracycline-induced cardiotoxicity primarily involves oxidative stress, characterized by radical production in mitochondria and subsequent apoptosis in cardiomyocytes. While various antioxidant agents, such as resveratrol, vitamin E, and melatonin have demonstrated efficacy in reducing anthracycline-induced cardiotoxicity in animal models, their clinical effectiveness remains inconclusive. Alternatively, dexrazoxane, an intracellular iron chelator, along with standard heart failure medications, such as β-blockers, angiotensin-converting enzyme inhibitors, and angiotensin II receptor blockers, reduce anthracycline cardiotoxicity and prevent subsequent heart failure in both animal and human studies. Additionally, statins [hydroxymethylglutaryl (HMG)-CoA reductase inhibitors] and ranolazine have emerged as potential candidates for attenuating anthracycline-induced cardiotoxicity in clinical settings. Notably, recent in vitro findings suggest that everolimus, an autophagy/mitophagy-inducing antitumor drug, may protect cardiomyocytes from anthracycline-induced toxicity without reducing the antitumor effects of anthracycline. Although promising, further clinical research is warranted to validate the potential of everolimus as a safer and more effective anthracycline chemotherapeutic strategy.
近年,がん治療の目覚ましい進歩によって,がんの寛解率と治癒率が向上し,がん治療を終えた患者やがん治療を継続しながら生活する患者,すなわちがんサバイバーが増加している.その一方で,抗がん薬による循環器系副作用が,がん治療に支障を来すとともに,がんサバイバーの生命予後を悪化させ,生活の質(QOL)を低下させることが大きな問題になっている.特に,高齢の患者やもともと心血管系疾患を有している患者では,がん治療に伴って心不全の発症・増悪リスクが高まることが懸念される.こうした状況を踏まえ,抗がん薬の循環器系副作用の予防や治療に重点を置く腫瘍循環器学(onco-cardiology又はcardio-oncology)という新たな学際領域が誕生した.腫瘍循環器学は欧米を中心に展開されてきたが,わが国においても,2017年に「日本腫瘍循環器学会」が設立され,2023年には初めての「Onco-cardiologyガイドライン」が発表された.この総説では,特に心不全リスクが高いアントラサイクリン系抗がん薬の心毒性及びその予防・治療に関して,最近得られた筆者らの知見を含めて基礎・臨床の両面から述べる.
抗がん薬は心臓血管系に障害を及ぼすものが多い(Table 1).なかでもドキソルビシンなどのアントラサイクリン系薬や抗ヒト上皮細胞増殖因子受容体2型(human epidermal growth factor receptor type 2: HER2)モノクローナル抗体製剤のトラスツズマブは,高頻度に心毒性を誘発することが知られている.1)また,ベバシズマブやスニチニブなどの血管新生阻害薬は,心筋障害の発生頻度は高くないが高血圧を起こし易い.2)このように心血管系副作用は,従来の抗がん薬だけでなく,近年の分子標的治療薬にも多く認められている.
Anticancer drug | Adverse cardiovascular effect | |
---|---|---|
Anthracyclines | Doxorubicin, Daunorubicin, Idarubicin, Epirubicin | HF, Arrhythmia |
Alkylating agents | Cyclophosphamide, Ifosfamide | HF, Arrhythmia |
Antimetabolites | Fluorouracil, Capecitabine | HF, IHD, Arrhythmia |
Fludarabine | HF, Arrhythmia | |
Microtubule inhibitors | Paclitaxel, Docetaxel | HF, IHD, Arrhythmia, TE |
Vincristine, Vinblastine | IHD | |
Platinum-based drugs | Cisplatin, Carboplatin | HF, IHD, Arrhythmia, TE |
Topoisomerase inhibitors | Irinotecan | IHD, Arrhythmia, TE |
Immunomodulatory drugs | Thalidomide | HF, IHD, Arrhythmia, Hypotension, TE |
EGFR inhibitors | Cetuximab | HF, TE |
HER2 inhibitors | Trastuzumab, Pertuzumab, Lapatinib | HF, Arrhythmia |
Angiogenic inhibitors | Bevacizumab, Sunitinib, Ramucirumab, Pazopanib, Axitinib | HF, HT, TE |
Sorafenib | HF, IHD, HT | |
Tyrosine kinase inhibitors | Imatinib | HF, TE |
Nilotinib, Dasatinib | HF, IHD, Arrhythmia, TE | |
Crizotinib | HF, Arrhythmia, TE | |
Proteasome inhibitors | Bortezomib | HF, Arrhythmia, Hypotension |
HF: Heart failure, IHD: ischemic heart disease, HT: hypertension, TE: thromboembolism. *Adverse effects were based on the drug package inserts in Japan.
抗がん薬による心毒性は,1型と2型の2種類に大別される.1型は持続的で不可逆的な心筋障害であり,心筋細胞の壊死・脱落といった器質的変化が生じる.2型は組織異常を認めない可逆的な心機能障害である.1型は主にアントラサイクリン系薬によって引き起こされ,2型は主に抗HER2モノクローナル抗体製剤(トラスツズマブ,ペルツスマブ)によって生じるとされてきた.しかしながら,実際にはアントラサイクリン系薬による心筋障害が可逆的な場合があれば,抗HER2モノクローナル抗体製剤による心筋障害が不可逆的な場合もあるなど一部例外も存在する.3)
アントラサイクリン系薬は,真菌(Streptococcus peucetius var. caesius)に由来する抗生物質であり,その代表には天然のドキソルビシンとダウノルビシンのほか,誘導体のイダルビシンやエピルビシンなどがある.ドキソルビシンとエピルビシンは,乳がんや胃がんなどの固形腫瘍のほか,悪性リンパ腫などの治療に古くから幅広く使用され,ダウノルビシンとイダルビシンは急性白血病に用いられる.これらアントラサイクリン系薬は優れた有効性を示すことから,様々な分子標的薬が登場した現在でも化学療法に欠かすことできない主要治療薬である.
アントラサイクリン系薬の抗腫瘍作用には,DNAの複製に関与するトポイソメラーゼ2(topoisomerase 2: Top2)の阻害が関与する.Top2には2つのアイソザイムがあり,その一つが腫瘍細胞などの細胞分裂が盛んな細胞に発現しているTop2αであり,もう一つは心筋細胞を含む全身の細胞に発現しているTop2βである.4)DNA二重らせん構造は通常ねじれた状態にあるが,DNA複製の際にはTop2がDNAの二重鎖を一度切断してねじれをほどいた後,その切断部分を再結合する.アントラサイクリン系薬は,がん細胞のTop2α及びDNAと複合体を形成して,このDNA再結合を抑制することによりDNA合成を阻害し,がん細胞を死滅させる(Fig. 1).5,6)
There are two isozymes of Top2: Top2α, primarily expressed in tumor cells, and Top2β, expressed in cells throughout the body, including cardiomyocytes. Anthracyclines (ACs) bind to both Top2α and Top2β as well as DNA, forming a Top2–ACs–DNA complex. This complex leads to the suppression of recombination after DNA double-strand breaks in cardiomyocytes, ultimately resulting in cell apoptosis and death. Moreover, inhibition of DNA synthesis by anthracyclines reduces the expression of antioxidant enzymes responsible for scavenging reactive oxygen species. This reduction further increases oxidative stress and causes mitochondrial dysfunction, ultimately leading to cardiomyocyte apoptosis and cell death.5–7)
アントラサイクリン系薬はTop2アイソザイムに対する選択性に乏しく,がん細胞のTop2αのみならず心筋細胞のTop2βにも結合する.この非選択的な薬理学的性質が,心毒性を招く要因の一つである.つまり,アントラサイクリン系薬とTop2β, DNAとの複合体が,DNA二本鎖切断という不可逆的なダメージを心筋細胞に起こす.6,7)また,ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体-γコアクチベーター1α(peroxisome proliferator-activated receptor γ coactivator-1: PGC-1α)はミトコンドリアの生合成や機能を制御する重要な転写補因子であるが,DNA二本鎖が切断されるとPGC-1α発現が低下することになり,結果としてミトコンドリアは機能不全に陥る.こうしたTop2βを介した一連の機序により,心筋組織にアポトーシスによる細胞死が生じる(Fig. 1).7)
アントラサイクリン心毒性のもう一つの主要メカニズムとして,活性酸素種(reactive oxygen species: ROS)の過剰産生に伴って増大する酸化ストレスが挙げられる.ROSの主たる発生源は,心筋細胞に豊富に存在するミトコンドリア(心臓の細胞体積の約40%を占める)と考えられている.8)心筋ミトコンドリアの内膜には,リン脂質の一種であるカルジオリピンが存在し,ミトコンドリアの構造や機能,心臓のエネルギー代謝などを制御している.9)アントラサイクリン系薬は,カルジオリピンとの親和性が高くミトコンドリアに集積する.例えば,ドキソルビシン投与後のミトコンドリア内のその濃度は,血漿中の濃度よりも100倍高くなると報告されている.ミトコンドリアにおいて,アントラサイクリン分子内のキノン基は多数の酸化還元酵素によってセミキノン基に還元されるが,それは極めて不安定であり酸素の存在下で自動酸化されて元のキノン基に変換される.この過程で,酸素からスーパーオキシドが産生され,更にスーパーオキシドは過酸化水素を経て,鉄が関与するフェントン反応によって細胞傷害性の強いヒドロキシラジカルに変換される.それにより,タンパク質,脂質や核酸の過酸化が生じ,機能が損なわれた細胞はアポトーシスへと誘導される(Fig. 2).10,11)
DOX contains a quinone group in its chemical structure and is reduced to a semiquinone group by a reductase. Because the semiquinone is extremely unstable, it reacts with oxygen (O2) and reverts to its original quinone group. During this process, the superoxide radical (O2−) is produced from oxygen, and the enzyme superoxide dismutase (SOD) acts on O2− to convert it into hydrogen peroxide (H2O2). Furthermore, H2O2 becomes a highly cytotoxic hydroxyl radical (·OH) through the Fenton reaction involving iron. Here, DOX induces downregulation of ABCB8 (ATP-binding cassette subfamily B member 8), a transporter involved in iron export from mitochondria to the cytoplasm, causing iron accumulation in mitochondria and hence OH generation. Consequently, proteins, nucleic acids, and lipids in cardiomyocytes undergo peroxidation, resulting in cell damage and death.10–12)
ミトコンドリアにおける酸化ストレスの増大には,アントラサイクリン系薬が持つ更なる作用が関与する.それは,ミトコンドリアから鉄を排出する輸送体タンパクABCB8の発現を低下させ,ミトコンドリア内に鉄を集積させるために,フェントン反応が亢進するということである(Fig. 2).12)さらに,Top2β阻害によるDNA障害は,抗酸化酵素の遺伝子発現を低下させる原因にもなる.ミトコンドリアは絶えず多くの活性酸素に曝露されているが,通常はスーパーオキシドディスムターゼ(superoxide dismutase: SOD)などの抗酸化酵素によってROSが消去されている.しかしながら,アントラサイクリン系薬によって抗酸化酵素が不足した状態では,酸化ストレスからの防御機能が減弱する.7)
アントラサイクリン心毒性の発生機序は複雑であり不明な点も多いが,Top2βを介したアポトーシス誘導及び心筋ミトコンドリアにおける酸化ストレス増大という2つのメカニズムが主に関与すると考えられる(Fig. 1).
臨床におけるアントラサイクリン心毒性は,発現時期によって急性,亜急性及び慢性に分けられる.急性心毒性は投与中若しくは投与後短期間に出現するものであり,亜急性心毒性は投与後2–3週に出現する.慢性心毒性は蓄積によって心筋障害が生じるもので,投与終了後1年以上,場合によっては10年以上を経過して出現する.いずれの心毒性も心機能障害,心筋症や心不全を起こし最終的には死に至るが,急性・亜急性心毒性の頻度は極めて少ない.問題になるのは慢性の心毒性であり,反復投与により累積投与量に依存して生じ,一度発症すると多くは不可逆的な経過をたどる.13)最近の報告によると,アントラサイクリン系薬による心機能障害の多くは,投与終了から1年以内に生じるという.14)
ドキソルビシンの累積投与量と心不全発症率との関係をTable 2に示した.一般に心不全の発症率は400 mg/m2で3–5%であるが,高用量では指数関数的に増加する.15)わが国では,抗腫瘍効果と心毒性発症リスクとのバランスを考慮し,ドキソルビシンの最大累積投与量は500 mg/m2に制限されている.しかしながら,アントラサイクリン心毒性の程度は個人差が大きいことに注意が必要であり,1000 mg/m2以上の高用量を投与しても心毒性を認めない例がある一方で,400 mg/m2以下の低用量で発現する例もある.10,14,16)
Cumulative dose | Heart failure incidence |
---|---|
400 mg/m2 | 3–5% |
550 mg/m2 | 7–26% |
700 mg/m2 | 18–48% |
心毒性のリスク因子として,総投与量のほかに性別や年齢がある.心機能障害は男性よりも女性で著しく,その差は累積投与量が多いほど著明になる.17)また65歳を超える患者では,それ以下の患者よりも2倍以上発症率が高いとされている.18)ほかにも,心疾患,高血圧や腎不全などの基礎疾患,併用抗がん薬や胸部への放射線照射といったがん治療,更に遺伝因子が発症リスクとして挙げられる.19)したがって,アントラサイクリン系薬には安全用量がないと言っても過言ではなく,基礎疾患のある高齢者への投与においては一層の注意を要する.
心機能障害には,収縮機能障害と拡張機能障害がある.アントラサイクリン心毒性は一般に拡張機能障害から始まるが,早期は心拍出量がほとんど低下しないため症状に乏しいことが多い.20,21)しかし,心筋障害は不可逆的に進み,やがて収縮機能も障害され様々な心不全症状を招く.したがって,症状が現れた段階では心筋障害はかなり進行していると考えられ,いかに心筋障害を早期に発見・治療するかが極めて重要である.22)最近,早期診断として心筋ストレイン法の有用性が注目されている.これは,心エコーにおいて心筋の変形を定量評価する方法であり,左室機能障害を鋭敏に検出する.また,心筋特異性が高く鋭敏に心筋障害を反映する血中のトロポニンI,脳性ナトリウム利尿ペプチド(brain natriuretic peptide: BNP)やN末端プロBNP(N-terminal pro-BNP: NT-proBNP)を定期的に測定することが推奨されている.22)
アントラサイクリン系薬投与後にどの程度の心筋障害が生じるかは,個人差が大きいために予測が難しい.とは言え,心筋障害に対しては早期に治療を開始することが,予後を良好に維持するうえで極めて重要である.23,24)もし,アントラサイクリン系薬の投与開始前に心毒性発現の可能性を予測できれば,より有効で安全なアントラサイクリン療法につながることが期待できる.そこで筆者らは,ドキソルビシン心毒性の予測因子を探索する基礎研究に着手した.その予測因子として,アポトーシスや酸化ストレスなどアントラサイクリン心毒性に係わる様々な遺伝子を候補とした.ドキソルビシン慢性投与前の候補遺伝子の血中発現レベルと投与後の心筋障害(逸脱酵素の血中レベル)との相関性を解析したところ,インターロイキン6(interleukin 6: Il6)遺伝子とプログラム細胞死タンパク質1(programmed cell death protein 1: Pdcd1)遺伝子に有意な正の相関が認められた.25)そこで次に,これらの遺伝子のドキソルビシン心毒性に果たす役割を検討した.Small interfering RNA(siRNA)を用いてIl6遺伝子又はPdcd1遺伝子をノックダウンしたラット心筋細胞(H9c2細胞)では,いずれもドキソルビシンによるアポトーシスが著しく増大した.これらの結果は,Il6遺伝子とPdcd1遺伝子がドキソルビシン心毒性に対する保護因子だけでなく,予測因子として有用である可能性を意味する.25)
アントラサイクリン系薬による心毒性は,その慢性投与によって生じることが多いため,投与患者に対しては心毒性を最小又は阻止するための長期的な管理が必要である.26)そこで,アントラサイクリン系薬の心毒性を軽減し,その後の心不全を予防する薬理学的アプローチが動物実験や臨床研究から提唱されてきた.
6-1. 抗酸化剤とデクスラゾキサン前述したように,アントラサイクリン心毒性の発現機構に酸化ストレスが深く関与する.それゆえ,様々な抗酸化剤がアントラサイクリン心毒性を抑制することが動物実験で確認されてきた(Table 3).一方,臨床における抗酸化剤の保護効果はほとんど認められていない39)が,鉄キレート剤の一種であるデクスラゾキサンは,動物40)とヒト41)の両方において心筋保護効果を発揮する.Harakeらは,ドキソルビシン投与開始61日以降に血中トロポニンT上昇を認める心筋障害患者が増加したが,デクスラゾキサンを併用した患者では心筋障害がほとんど認められなかったことを報告している.41)こうしたアントラサイクリン心毒性を抑制するデクスラゾキサンの効果は,メタ解析の結果からも明らかにされている.42)なお,デクスラゾキサンはアントラサイクリン系薬に対する解毒薬(心筋保護薬)として欧米で認可されているが,その使用は骨髄抑制などの副作用により制限されている.43)わが国では,現在のところアントラサイクリン系薬の血管外漏出に伴う組織障害に対してのみ,デクスラゾキサンの適応が認められているに過ぎない.
Antioxidant | Author (year) |
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Resveratrol | Shoukry et al. (2017)27) |
Baicalein | Sahu et al. (2016)28) |
Mangiferin | Arozal et al. (2015)29) |
Vitamin C | Akolkar et al. (2017)30) |
Vitamin E | Hadi et al. (2012)31) |
Silymarin | Rašković et al. (2011)32) |
Amifostine | Nazeyrollas et al. (1999)33) |
Melatonin | Govender et al. (2014)34) |
Coenzyme Q10 | Shabaan et al. (2023)35) |
N-Acetylcysteine | Arica et al. (2013)36) |
α-Linolenic acid | Yu et al. (2013)37) |
Probucol | Walker et al. (2011)38) |
デクスラゾキサンは,投与後速やかに心筋細胞に取り込まれ鉄とキレートを形成することにより,フェントン反応に伴うヒドロキシラジカルの産生を抑制する.12)ところが,デフェロキサミン12)やデフェラシロクス44)などの鉄キレート剤には,アントラサイクリン系薬に対する心筋保護効果が認められていない.これはデクスラゾキサンがほかの鉄キレート剤とは異なり,細胞膜透過性に優れており心筋細胞内に到達できることに加えて,Top2をアントラサイクリン系薬と競合するためと説明されている.Top2がその機能を維持するには,ATPの存在が必要であるが,デクスラゾキサンはTop2βのATP結合部位に結合する.それにより,Top2βの形態を変化させ,アントラサイクリン系薬がTop2βに結合するのを阻止し,心筋細胞のDNA二本鎖切断を防ぐ.7,45)
6-2. β受容体遮断薬及びレニン–アンジオテンシン–アルドステロン系抑制薬アントラサイクリン心毒性の予防・治療については,現在,国内外とも一般的な慢性心不全治療に準じた薬物療法が主体である.46)すなわち,β受容体遮断薬やアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme: ACE)阻害薬/アンジオテンシン受容体拮抗薬(angiotensin receptor blocker: ARB)などの標準的な慢性心不全治療薬が,アントラサイクリン系薬による心不全の予防・治療に臨床応用されている.47)すなわち,一般的な心不全と同様,アントラサイクリン投与患者においても交感神経系やレニン–アンジオテンシン–アルドステロン系の活性を抑制することが,心負荷を軽減し予後改善につながると考えられる.実際,ランダム比較試験のメタ解析の結果の多くは,β受容体遮断薬,ACE阻害薬やARBがアントラサイクリン系薬による左室駆出率の低下を抑制し,心不全リスクを軽減すると結論づけている(Tables 4 and 5).46–55) β受容体遮断薬では,カルベジロール56)やメトプロロール57)などに心筋保護作用が認められているが,なかでもカルベジロールが効果的とする見解が多い(Table 4).ACE阻害薬ではエナラプリル57)やリシノプリル58)などに,ARBではカンデサルタン59)やテルミサルタン60)などに,アントラサイクリン系薬による心機能障害を軽減することが認められている.
Author (year) | Study design | No. of subjects (lntervention/Control) | Anthracycline drug | β-Blocker | Follow up period | Key findings on effects of β-blocker |
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Atter et al. (2022)47) | RCT (n=17) | 671/620 | Doxorubicin Epirubicin | Carvedilol Metoprolol Nebivolol | 6–12 months | ·Prevention of LVEF reduction and LV diastolic dysfunction |
·No significant reduction in incidence of cardiac dysfunction and prevention of hospitalization for HF or cardiac death | ||||||
Xu et al. (2020)48) | RCT (n=11) | 423/421 | Doxorubicin | Carvedilol Metoprolol Nebivolol | 100 d–6 months | ·Prevention of LVEF reduction induced by moderate accumulative doses of doxorubicin |
Zhan et al. (2020)49) | RCT (n=9) | 323/310 | Doxorubicin Epirubicin | Carvedilol | 4–6 chemotherapy circles or 6 months | ·Prevention of LVEF reduction |
·Improvement of LV end-diastolic diameter | ||||||
Huang et al. (2019)50) | RCT (n=7) | 278/277 | Doxorubicin Epirubicin | Carvedilol | 10–61 weeks | ·Attenuation of the frequency of cardiotoxicity |
·Prevention of ventricular remodeling | ||||||
·No improvement of early asymptomatic LVEF decrease | ||||||
Ma et al. (2019)51) | RCT (n=11) | 475/465 | Doxorubicin Epirubicin | Carvedilol Metoprolol Nebivolol | 6–31 months | ·Reduction of HF risk and cardiomyocyte injury |
·Improvement of LV diameter and LV systolic function | ||||||
Shah et al. (2019)52) | RCT (n=9) | 396/375 | Doxorubicin | Carvedilol Metoprolol Nebivolol | Mean: 5.5±0.92 months | ·Prevention of LVEF reduction |
·Improvement of LV end-diastolic diameter | ||||||
Kheiri et al. (2018)53) | RCT (n=8) | 323/310 | Doxorubicin Epirubicin | Carvedilol | 0.25–6 months | ·Reduction of the early onset of LV dysfunction |
RCT: Randomized control trial, LVEF: left ventricular ejection fraction, LV: left ventricle, HF: heart failure.
Author (year) | Study design | No. of subjects (lntervention/Control) | Chemotherapy drug | ACEI/ARB | Follow up period | Key findings on effects of ACEI/ARB |
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Fang et al. (2021)54) | RCT (n=9) | 554/551 | Anthracycline Trastuzumab | Enalapril Lisinopril Perindopril Candesartan Telmisartan | 6–36 months | ·Prevention of LVEF reduction |
·No reduction of the risk of cardiotoxicity events | ||||||
·Increases in hypotension risk | ||||||
Lin et al. (2021)55) | RCT (n=7) | 308/297 | Doxorubicin Epirubicin | Enalapril Ramipril Candesartan | 12 months–EOCT | ·Prevention of LVEF reduction |
·No increase in hypotensive events | ||||||
Totzeck et al. (2019)46) | RCT (n=6) | 291/290 | Doxorubicin Epirubicin Trastuzumab Others | Enalapril Perindopril Candesartan Telmisartan | 18 months–EOCT | ·Moderate prevention of LVEF reduction |
ACEI: Angiotensin-converting enzyme inhibitor, ARB: angiotensin II receptor blocker, RCT: randomized control trial, LVEF: left ventricular ejection fraction, EOCT: end of chemotherapy.
Cardinaleらの臨床研究によると,ドキソルビシンによる心筋障害に対して薬物療法(エナラプリル単独投与又はエナラプリルとカルベジロールとの併用療法)を早期に開始した症例では,左室駆出率の完全回復例が多くみられたが,治療開始まで6ヵ月以上経過した場合の完全回復例は一例も認められなかったという.アントラサイクリン系薬により心筋障害が発現した場合には,できるだけ早期にACE阻害薬やβ受容体遮断薬の投与を開始する必要がある.23)なお,これらの薬物によるアントラサイクリン系薬の抗腫瘍効果の減弱はみられていない.61)
ほかにミネラルコルチコイド受容体拮抗薬のスピロノラクトンも,アントラサイクリン系薬による心筋障害を抑制することが臨床試験で認められている.62)ただし,スピロノラクトンは男性ホルモン(アンドロゲン)受容体をも遮断することから,乳がん患者への投与は避けるべきという考えがある.63)アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(angiotensin receptor neprilysin inhibitor: ARNI)であるサクビトリルバルサルタン64)とナトリウム–グルコース共輸送体2(sodium glucose co-transporter 2: SGLT2)阻害薬であるダパグリフロジン65)は,アントラサイクリン心毒性を抑制することが動物実験で認められているが,ヒトにおいては現在臨床研究が進行中の段階である.
6-3. スタチン系薬近年,スタチン系薬[hydroxymethylglutaryl(HMG)-CoA還元酵素阻害薬]の心筋保護作用が注目されている.スタチン系薬は脂質異常症治療薬の一種であるが,脂質低下効果とは別の機序で虚血による心筋障害を抑制することが数多く報告されてきた.66,67)アントラサイクリン心毒性に対しても,同様の心筋保護作用を示すことが動物実験で認められている.68)
臨床試験のメタ解析においても,アトルバスタチンやロスバスタチンなどは,アントラサイクリン系薬による心不全リスクを軽減する結果が得られている.69–71)これらの心筋保護作用の詳細なメカニズムは明らかでないが,抗炎症作用,抗酸化作用や抗アポトーシス作用などのいわゆる多面的作用(pleiotropic effects)が関与すると考えられている.68,72)
6-4. ラノラジンアントラサイクリン系薬に対して心筋保護効果を示すもう一つの興味深い薬物にラノラジンがある.ラノラジンは従来の抗狭心症薬(硝酸薬,Ca2+チャネル遮断薬,β受容体遮断薬)とは異なり,心血行動態に著しい影響を及ぼすことなく狭心症に有効な治療薬として開発され,73)欧米で臨床使用されている.その抗狭心症作用のメカニズムとして,脂肪酸酸化を抑制し心臓の酸素バランスを改善すること73)や,心筋障害に関与する遅延Na+電流を抑制すること74)が提唱されている.筆者らもかつて,ラノラジンが抗酸化作用とは異なった機序で,酸化ストレスによって誘発される心筋障害を抑制することを認めた.75)したがって,酸化ストレスが関与するアントラサイクリン心毒性に対してもラノラジンの有効性が期待できるが,それを動物実験で確かめたのがCappettaらの研究グループである.彼らはドキソルビシンによって産生されたROSが,心筋の遅延Na+電流を増加させ,それによって細胞内のNa+とCa2+の過負荷を招き,心筋の拡張機能障害を惹起すること,更にラノラジンは遅延Na+電流を抑制することによって,ドキソルビシンによる早期の拡張機能障害を抑制し,心不全への移行を阻止することを報告した.21)臨床研究においても,β受容体遮断薬やACE阻害薬/ARBに比較して,ラノラジンはアントラサイクリン系薬による心筋拡張機能障害を効果的に抑制したとの報告がなされている.76)
6-5. エベロリムス前述したように,筆者らはPdcd1遺伝子がドキソルビシン心毒性を抑制する保護因子の一つであることを明らかにした.25)その後の研究で,タンパク分子であるPdcd1はドキソルビシンによる心筋細胞アポトーシスを抑制すること,この作用に細胞内浄化機構であるオートファジーの誘導が関与することを認めた.実際,同様の心筋保護作用は,mammalian target of rapamycin(mTOR)を阻害することでオートファジーを促進するラパマイシンの投与によっても得られている.77)
ラパマイシン誘導体の一つにエベロリムスがある.エベロリムスはmTORを阻害しオートファジーを促進するだけでなく,抗腫瘍作用(腎細胞がんや乳がんなどの進行がんに適用されている)を有している.したがって,ドキソルビシンをエベロリムスと併用することで抗腫瘍効果が高まる一方,心毒性リスクの軽減も期待できる.そこで筆者らは,H9c2心筋細胞とヒト乳がん細胞株MCF-7を用いて,エベロリムスのドキソルビシン誘発細胞毒性に及ぼす影響について検討した.78)その結果,ドキソルビシンによる心筋細胞のミトコンドリア障害とアポトーシスの増加は,エベロリムスの前処理により抑制されることが認められ(Fig. 3),このエベロリムスの保護作用にオートファジーが関与することが明らかになった.
(a) After incubation for 1–24 h with DOX (1 µM), changes in apoptosis induction were determined using a luciferase assay with annexin V as an apoptosis-specific marker. Each value is given as a percentage relative to that observed in DOX-naive control cells. (b) After incubation for 18 h with 0 or 0.1–1 µM DOX, apoptotic cells were quantified through detection of nuclear chromatin condensation under a fluorescence microscope. (c) After incubation for 18 h with 0 or 1 µM DOX, cell viability was determined via a luminescence assay based on ATP quantification (CellTiter-Glo 2.0 assay). Each value is expressed as a percentage relative to that observed in control cells and is presented as the mean±S.E.M. of three samples. * p<0.05, ** p<0.01 vs. DOX-naive control cells. # p<0.05, ## p<0.01 vs. cells treated with DOX alone. Reproduced in part with permission from Kanno S. I., et al., Toxicol. In Vitro 93, 105698 (2023).78)
一方,興味深いことにがん細胞においては,エベロリムスはオートファジーを誘導せず,更にドキソルビシンによるアポトーシス発現と生存率低下に影響を及ぼさなかった.すなわち,エベロリムスはドキソルビシンの抗腫瘍効果を低下させることなく,心毒性を抑制すると考えられる.ただし,これらはin vitro実験系で得られた見解であり,実際の生体においても同様の効果が得られるかは更なる検討が必要である.78)
抗がん薬の循環器系副作用を回避することは,患者のがん治療継続において,またQOL低下の防止において極めて重要である.そのための腫瘍循環器学研究の一端を本総説で述べてきた.一方,実際の医療機関ではがん専門医や循環器専門医だけでなく,薬剤師や看護師などを含めた円滑かつ適切なチーム医療が求められる.その具体的な薬剤師の役割については,筆者は専門外なので本総説で触れなかったが,様々な薬物療法に精通している薬剤師は,腫瘍循環器学領域にうってつけの存在と思われる.実際,当該領域に関する薬剤師や薬学部からの学会・論文発表も最近多く目にするようになった.がん治療がなお一層有効かつ安全なものになるよう薬剤師の貢献を大いに期待したい.
筆者は,東北薬科大学(現東北医科薬科大学)卒業後,同大学大学院に入学,薬理学教室で初めて研究に触れる機会を得ました.当時は研究の右も左もわからない大学院生でしたが,教授であられた木皿憲佐先生(故人)を始め諸先生方に熱心に御指導頂き,薬理学研究の面白さを知ることができました.ここに厚く御礼申し上げます.大学院修了後は,病院薬剤師を経て旭川医科大学医学部,国際医療福祉大学薬学部,東北医科薬科大学薬学部の3大学において教育活動と研究活動に携わり,この間一貫して「心筋保護」をテーマとした薬理学研究に力を注ぎました.その先駆けとなった旭川医科大学薬理学講座では,初代教授の安孫子保先生に研究生として迎えて頂き,その後助手に採用して頂きました.当講座のテーマであった「虚血心筋保護」に関して,自由な雰囲気のなかで研究を進め多くの論文を発表することができたと思います.また,2代目教授として京都大学より赴任された牛首文隆先生の下では,「心筋保護におけるプロスタグランジンの役割」を主たるテーマに,プロスタノイド受容体欠損マウスを用いた画期的な研究を行わせて頂きました.安孫子先生と牛首先生に心より感謝申し上げますとともに,当時の旭川医科大学薬理学講座の諸先生方,及び日本薬理学会北部会の諸先生方とはセミナーや学会などを通じてdiscussionをし,ときに激論を繰り広げ,ときにはお酒を酌み交わすよい時間を過ごさせて頂きました.どうもありがとうございました.教授として赴任した国際医療福祉大学薬学部では,多くの学部学生が積極的に卒業研究に臨み,日本薬学会年会などで発表してくれました.また,論文発表もすることができました.当時の学生諸君に御礼申し上げます.その後の東北医科薬科大学薬物治療学教室では,准教授(現教授)の菅野秀一先生と共同して「抗がん薬の心毒性に対する心筋保護」をテーマとした研究に着手しました.菅野先生には,本総説で紹介した興味深い研究成果を出して頂きましたことに感謝申し上げます.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度退職にあたり在職中の業績を中心に記述されたものである.