2025 Volume 145 Issue 3 Pages 183-188
Neonatal malnutrition has been suggested as a factor contributing to neurological and other disorders. However, the details of this mechanism remain unclear. We focused on fibroblast growth factor 21 (FGF21), an endocrine factor produced in the liver during lactation—the main source of nutrition during the neonatal period— and analyzed its role in the brain. From the RNA-seq analysis of mouse brains, we analyzed the genes whose expression was regulated by FGF21 and their respective functions. We found that FGF21 has two functions in the neonatal brain; FGF21 induces the production of growth hormone-releasing hormone (GHRH) in the hypothalamus and is involved in isoform determination of Kalirin, a Ras homologous guanine nucleotide exchange factor, and promotes neurite outgrowth in the brain. Furthermore, the above mechanism is regulated by SH2-containing tyrosine phosphatase (SHP2) activity downstream of the FGF receptor. Additionally, the conserved intron of the SHP2 gene, Ptpn11, shows altered activity in malnourished mouse brains. In summary, FGF21 functions in neurite outgrowth and GHRH production in the neonatal mouse brain, with the mechanism being regulated by SHP2. However, SHP2 activity depends on nutritional status. Our goal was to elucidate the mechanisms by which FGF21 is involved in the maintenance of the central nervous system during the neonatal period. This study provides new insights into the role of FGF21 in diseases caused by dysfunction due to malnutrition.
Fibroblast growth factor 21(FGF21)はfibroblast growth factor(FGF)ファミリーに属する内分泌因子であり,主に肝臓で産生される線維芽細胞増殖因子である.これまでに,FGF21はエネルギー代謝を制御する生理活性を持つことが示されており,肥満や糖尿病治療への応用が検討されてきた.1–3) FGF21は脂肪細胞などにおいて,グルコースの取り込み誘導や脂肪分解の調節,ミトコンドリアの酸化能増強などの活性を示し,代謝機構の調整に働く.一方で,FGF21は交感神経を活性化して褐色脂肪細胞活性化を促進し,エネルギー消費を促す.4)またFGF21は脳において,視床下部のグルタミン酸作動性ニューロンに直接作用して糖摂取を抑制することや,側坐核のドーパミンレベル低下に働き甘味嗜好を低下させることにより摂食行動を制御することが報告されている.5,6)このようにFGF21によるエネルギー代謝制御機構は,脂肪組織及び中枢神経系に対する作用により発揮されることが示されている.7)
一方で,中枢神経系におけるFGF21の役割は代謝制御機構のみならず,ホルモン分泌制御機構に関与することも報告されている.ホルモン分泌機構の機能不全を伴う疾患である先天性低ゴナドトロピン性性腺機能低下症(congenital hypogonadotropic hypogonadism: CHH)患者ではFGF21受容体の変異が報告されている.CHHは視床下部から産生されるゴナドトロピン放出ホルモン(gonadotropin releasing hormone: GnRH)の不足により思春期の遅延や不妊を示す.FGF21はGnRHニューロンからのGnRH分泌量を調節することがマウスを用いた研究から示された.8,9)これらの結果から,FGF21とCHHの症状との関連が示唆されている.
FGF21の受容体は,チロシンキナーゼ型受容体の線維芽細胞増殖因子受容体(fibroblast growth factor receptors: FGFR)である.FGFRはFGFR1, 2, 3, 4の4つのFGFR遺伝子にコードされており,FGFR1, 2, 3にはスプライシングバリアントが存在する.10) FGF21は,トランス–膜タンパク質β–クロト–(klotho beta: KLB)の存在下で,FGFR1cと高い親和性で相互作用する.FGFR1cは,脂肪組織,骨格筋,脳を含む様々な組織に発現している一方でKLBの発現は制限されており,FGF21のシグナルを制御していると考えられている.11,12)実際に中枢神経系におけるKLBの発現は視床下部などで特異的に発現している.13)また,KLBの発現は脳の発達過程で変動し,ヒトの脳では成人よりも乳幼児で高く,マウスでは出生後に増加する.14)これらの知見から,FGF21の中枢神経系におけるシグナルは発達段階や局所において厳密に制御されていると考えられるが,その制御メカニズムはいまだ不明点が多く残されている.
私たちは,新生児期中枢神経系におけるFGF21の役割解明を目指し,新生児期マウス脳においてFGF21シグナル関連遺伝子群及びFGF21により発現が制御される遺伝子群を絞り込みそれらの機能を解析した.
FGF21は,出生後母乳摂取により主に肝臓から産生される.母乳摂取が不十分なマウスは肝臓のFgf21遺伝子レベル及び血清中のFGF21濃度が著しく低下する.私たちは栄養不良によるFGF21レベル低下が中枢神経系に影響を及ぼす可能性を検討するため,母乳摂取不足によりFGF21レベルが低下した新生児期マウスの脳組織を用いてRNA-seq法による遺伝子発現解析を行った.RNA-seqデータを用いたエンリッチメント解析から,母乳不足マウス脳では成長ホルモン分泌関連遺伝子群の発現が正常マウスに比べて優位に増加することがわかった.さらに,母乳不足マウス脳では,成長ホルモン分泌関連遺伝子群に含まれる遺伝子である,Protein-tyrosine phosphatase non-receptor type 11(Ptpn11)遺伝子にオルタナティブスプライシングが起き,mRNAにイントロンが保存される現象を見い出した.Ptpn11にコードされるSH2-含有チロシンホスファターゼ(SH2-containing tyrosine phosphatase: SHP2)は,非受容体タンパク質チロシンホスファターゼであり,受容体チロシンキナーゼ(receptor tyrosine kinase: RTK)の下流で機能し,PI3K-AKT及びRAS-MEK-ERKの活性化を促進する足場タンパク質である.マウス神経芽腫細胞を用いた実験結果から,FGF21は,Erk依存的にGhrhの発現を誘導することがわかった.一方SHP2は,FGF21によるGhrh発現の抑制作用を示したが,イントロンが保存されたSHP2は,その抑制作用を示さなかった(Fig. 1).15)
Schematic representation of the role of SHP2 and SHP2 intron retention in GHRH secretion by FGF21 in the neonatal mouse brain. SHP2 is located downstream of FGFR and regulates the FGFR signaling cascade in an ERK-dependent manner. Intron retention of SHP2 increases FGF21-induced GHRH secretion in the mouse hypothalamus. Modified from Yoshida Y., et al., BBRC, 676, 121–131 (2023).15) Copyright Elsevier.
新生児期中枢神経系において,FGF21はErk依存的にGHRH分泌に働き,そのシグナルはSHP2により制御されていることが示された.栄養不良時は,FGF21レベル低下及び,SHP2遺伝子のイントロン保存によりGHRHの分泌が変動することが考えられる.
FGF21は,FGFRを介したシグナル伝達によりPI3K/AKT, RAS/RAF/MAPK, PLCγ, STATなどの活性化を促進する.これら経路の活性化は,細胞の増殖,分化,生存に関与することが知られている.16) FGF21シグナルを介して発現が制御される遺伝子には,脂肪細胞の発熱関連遺伝子などが報告されている.17)一方で,FGF21による中枢神経系における遺伝子発現制御機構はいまだ不明な点が多い.
哺乳類の中枢神経系の遺伝子発現は,その発達段階において厳密に制御されている.18)例えばDNAメチル化を含む遺伝子発現メカニズムは,中枢神経系発達過程において重要な役割を果たす.DNAのメチル化レベル及びDNAメチルトランスフェラーゼ(DNA methyltransferase: DNMT)のmRNA発現は,生後数日で最大となり,その後徐々に減少する.19)ヒストン修飾,ユビキチン化,SUMO化などの翻訳後修飾も,脳の発達に関与する遺伝子の発現に関連している.20–22)またイントロンの保存を含むスプライシングの変動は脳でも報告されており,脳内遺伝子の発現を制御する役割を担っている.23,24)このようなDNAの塩基配列の変動を伴わない遺伝子発現制御機構は,栄養状態,ストレス,感染などの環境因子の影響を受けることにより変化し,遺伝子発現を変動させ神経疾患や代謝系疾患の一因となる.25–27)
私たちは,FGF21による新生児期脳における発現遺伝子の変動を調べるため,抗FGF21抗体を接種した新生児期マウス脳組織を用いてRNA-seq解析を行った.その結果,FGF21は新生児期脳においてRasグアニンヌクレオチド交換因子であるKalirinをコードする遺伝子であるKalrnの発現を制御することを見い出した.Kalirinは脳特異的に発現するグアニン–ヌクレオチド交換因子である.Kalirinは複数の異なるプロモーターの利用とスプライシングにより,複数のアイソフォームを持つことが知られている.ヒトやマウスでは,主にKalirin-7, Kalirin-9, Kalirin-12が同定されており,それぞれのアイソフォームは細胞の骨格形成の過程などにおいて発現が制御されており,異なる機能を持つことが知られている.28) FGF21がKalirinのアイソフォーム決定に関与する可能性を調べるため,マウス神経細胞を用いて実験を行った.その結果,FGF21はKalirinの転写産物のひとつであるKalrn-201の発現を抑制し,Kalirin-7の発現を増強することがわかった.Kalirinは神経発達に重要な役割を果たし,その機能不全は統合失調症を含む神経疾患に関連することが知られており,特にKalirin-7はシナプス可塑性などの神経突起スパインの形成に関与している.29,30)また統合失調症患者の脳ではKalirin-9の過剰発現と一塩基変異が濃縮されていることが報告され,樹状突起の長さや数の減少,スパイン数の減少など,統合失調症に関連した樹状突起の表現型への関連が示唆されている.31)抗FGF21抗体接種マウスの脳組織のKalrn発現を調べるため,主要アイソフォームの3′末端エクソンに特異的なquantitative PCR(qPCR)プライマーを用いて解析した.その結果,抗FGF21抗体接種脳では,Kalirin-7特異的な3′末端エクソン配列を含むmRNA発現が減少し,Kalirin-9特異的な3′末端エクソン配列を含むmRNA発現が増加することがわかった.また,マウス神経芽腫細胞を用いた培養実験から,FGF21はKalrn-201の発現抑制によりKalirin-7の発現誘導と神経突起伸長を誘導することが示された.Kalrn-201によるKalirin-7発現誘導機構の詳細についてはさらなる解析が必要である.またKalirin-7発現はSHP2活性化により誘導されSHP2のイントロン保存は,Kalirin-7発現を低下させることがわかった(Fig. 2).
FGF21 induces Kalirin-7 and neurite outgrowth by repressing Kalrn-201 expression via SHP2 activation. Intron retention of SHP2 downregulates the repression of Kalrn-201 expression by FGF21 and reduces Kalirin-7 expression and neurite outgrowth. Modified from Yoshida Y., et al., BBRC, 676, 121–131 (2023).15) Copyright Elsevier.
新生児期脳においてFGF21はSHP2依存的にKalirin-7発現誘導と神経突起伸長を促進することが示唆された.
私たちは,新生児マウス中枢神経系におけるFGF21の役割について,次の2点を見い出した.1. FGF21は視床下部に作用しGHRH分泌に関与する.2. FGF21はKalrn-201発現制御を介してKalirin-7の発現を誘導する.また,FGF21によるこれらの作用はSHP2に制御されることが示された.SHP2の活性はイントロン保存により変動することから,FGF21による中枢経系における作用は,FGF21レベルの変動による調節のみならずFGF21シグナル伝達経路の制御因子の活性変動により調節されていることが示唆される.新生児期の栄養不良は,神経疾患や代謝疾患のリスク要因のひとつである.32,33)新生児期の栄養状態はFGF21シグナルによる作用を変動させ中枢神経系に影響を与える可能性が考えられる.FGF21が関与する新生児期中枢神経系の機能維持メカニズムの解明は,新生児期の栄養不足に伴う中枢神経系を介した疾患発症メカニズムに関連する新たな知見となる可能性が考えられる.
FGF21の産生は核内受容体であるperoxisome proliferator-activated receptor α(PPARα)の活性化により誘導される.PPARαは脂肪酸代謝が行われる肝臓,心臓,腎臓,小腸,褐色脂肪細胞組織に高発現することが知られている.34) PPARαはリガンドである脂質などにより活性化され,ターゲット遺伝子の発現制御を介して肝臓における脂肪酸の取り込みや脂肪酸の酸化,褐色脂肪組織における脂肪酸の酸化と熱発生増加などの作用を示す.Fgf21はPPARαのターゲット遺伝子のひとつであり,空腹時などに脂肪細胞から産生される脂肪酸がPPARαを活性化しFGF21産生が誘導されることが知られている.35,36)またPPARαのリガンドであるパルミチン酸,オレイン酸,リノール酸は哺乳類の母乳中の主要な脂質成分であるため,母乳摂取によりPPARαは活性化されFGF21産生が誘導される.マウスを用いた実験から,新生児期マウス肝臓において,PPARαの活性化はFgf21遺伝子の発現のみならずFgf21遺伝子の脱DNAメチル化を誘導することが示された.さらに,新生児期に確立されたFgf21遺伝子の脱DNAメチル化は成熟期まで維持されFGF21発現を増加させた.37)また,授乳期間の長いラットは成長後FGF21産生量が増加し,高脂肪食を摂取時の体重増加を抑制することも報告されている.38)これらの報告から新生児期において,PPARαの活性化 はFGF21産生誘導及びFGF21産生機構の確立に関与することが示唆される.
PPARαによる転写制御活性は,核内受容体のひとつであるRXRとの相互作用により発揮することが知られているが,RXRを必要としない転写制御経路の存在も報告されている.39) PPARαはリガンドとの結合やほかの活性化補助因子などとの相互作用により,ターゲット遺伝子群の転写を促進あるいは抑制し,発現を制御すると考えられる.40) FGF21は,ほかのPPARαターゲット遺伝子と共同して多岐にわたる生体内の機能維持機構に関与している可能性が考えられる.
新生児期中枢神経系において,FGF21はGHRH分泌機構及びKalirinの発現機構に関与し神経突起伸長に働く.新生児期の栄養摂取状況は,FGF21産生を制御し,またFGF21のシグナル伝達経路制御因子であるSHP2の活性変動に関与することが示唆される.
以上の結果は,肝臓により産生されるFGF21が中枢神経系の発達に重要な役割を果たしていることが明らかにされ,新生時期から肝–中枢系という重要な臓器間相互作用が分子レベルで働いていることを示している.
本研究遂行にあたり,御協力頂きました武蔵野大学薬学部免疫生化学研究室の皆さまに感謝申し上げます.また本総説の執筆の機会を与えて頂きましたオーガナイザーの大阪大学薬学部の清水かほり先生,植山由希子先生に感謝申し上げます.また本研究の一部はJSPS科研費23K10836,令和5年度武蔵野大学学院特別研究費の助成を受けて実施いたしました.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,日本薬学会第144年会シンポジウムS05で発表した内容を中心に記述したものである.