2025 Volume 145 Issue 4 Pages 265-271
Fatty liver is defined as a condition in which fat accumulates excessively in the liver. It is characterized by either more than 30% of hepatocytes being fatty or over 5% of the total liver weight attributable to fat. The mechanisms behind hepatic fat accumulation are not fully understood, and no curative treatments have been established; thus, most treatments are symptomatic. Recent studies have focused on the mechanisms involving peroxisome proliferator-activated receptors (PPARs) α and γ, which are central to most research in lipid metabolism and inflammation. However, the development of drugs targeting PPARβ/δ, another isoform, has not progressed as much as for other PPARs. PPARβ/δ is known to play a critical role in maintaining homeostasis in lipid and glucose metabolism, differentiation, and inflammation, similar to other PPAR isoforms, making it a promising target for drug discovery. This review summarizes the potential of PPARβ/δ as a therapeutic target for fatty liver treatment, suggesting that it could be a valuable drug target given its roles in fundamental regulatory mechanisms.
脂肪肝症は肝臓に脂肪が過剰蓄積した病態とされており,全肝細胞の30%以上が脂肪化している状態,若しくは全肝臓重量の5%以上が脂肪によって占められる状態を指す.1)脂肪肝症は,食事,遺伝,環境要因など様々な要因によって引き起こされるが,大まかにアルコール摂取に伴うアルコール性脂肪肝疾患(alcohol-associated liver disease: ALD)と,糖質や脂質の過剰摂取などによる非アルコール性脂肪肝疾患(metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease: MASLD)に大別される.なお,MASLDは,旧来の呼称であるnon-alcoholic fatty liver disease(NAFLD)の定義が変更されたものである.2)一般に,肝臓での脂肪の蓄積は,脂肪酸やほかの脂質の合成と分解の両方によって調節されており,恒常性維持のメカニズムによってバランスが取られているとされている.脂肪肝症はなんらかのメカニズムによってこのバランスが崩壊することで生じると考えられているが,その誘因の除去により症状は軽減されることから,この脂肪蓄積は可逆的であると考えられている(Fig. 1).3–5)しかし,それぞれの誘因がいかにこのバランスを崩させているかなど,誘因による脂肪蓄積の詳細な機構は解明されているとは言い難く,更なる検討を要する.例えばアルコールを誘因とするALDにおいては,酸化ストレスによる脂質過酸化などが複合的に肝臓への脂肪の蓄積を促進すると考えられているが,その全容の解明には至っていない.6)また,いずれの誘因についても,この脂肪蓄積段階での有効な対処がなされなければ,脂肪蓄積症に留まらず,肝炎や線維化,肝硬変,更には肝細胞がんへと進展する.7,8)この段階に到達すると,誘因の回避や薬物療法などでは正常肝への復帰はほとんど期待できない(Fig. 1).そのため,初期段階の脂肪肝症に対する適切な早期診断と早期治療は極めて重要である.
Progression of fatty liver and its reversibility are critical aspects of liver health. Fatty liver disease occurs when lipids accumulate in the liver cells due to fat intake (lipid synthesis) that exceeds lipid metabolism (lipolysis). This can initially lead to simple fatty liver disease (steatosis) but may progress to more severe stages, such as steatohepatitis, wherein inflammation and damage to the liver occur. If left untreated, it may further lead to fibrosis, cirrhosis, and even liver cancer. Reversibility of fatty liver disease depends largely on the stage at which intervention is implemented. In the early stages, when inflammation is minimal, the condition is often reversible through lifestyle changes such as improved diet, increased physical activity, and management of underlying conditions including diabetes and obesity. However, once the disease progresses to more advanced stages such as fibrosis or cirrhosis, the damage may become irreversible.
わが国では,2014年に施行されたアルコール健康障害対策基本法の施行などにより,アルコール摂取量そのものは減少傾向にあるものの,ALDの患者数は増加しており,9)世界的に見てもALDは依然として肝疾患の要因の多くを占めている.10)そのため,ALDの初期症状の一つである脂肪蓄積の機構の解明や対処法の構築は,ALDの治療のみならず,そのほかの脂肪蓄積が関連する疾患への応用が期待でき,健康寿命の進展や医療費の削減などにつながると考えられるため,重要な研究課題と位置付けられる.
ペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(peroxisome proliferator-activated receptor: PPAR)は,核内受容体スーパーファミリー1Cに属するリガンド依存性の転写因子であり,PPARα(NR1C1),PPARβ/δ(NR1C2),PPARγ(NR1C3)の3つのサブタイプがある.11) PPARsは通常,内因性リガンドの存在やそれらの臓器内濃度の変動に応じて,細胞内で活性化や非活性化が厳密に制御されている.12)リガンドによって活性化されたPPARsはレチノイドX受容体(retinoic acid receptor: RXR)やほかの転写活性調節タンパク質と複合体を形成し,標的遺伝子のプロモーター領域にある特定の配列(PPAR responsive element: PPRE)に結合することで,脂質代謝を調節するタンパク質の発現を増加又は減少させる.13)この機構を介してPPARsは脂質代謝の中心的な調節因子として働くが,その臓器分布には差異があり,各々の臓器にてそれぞれが特有の働きを担っている.6)例えば,PPARαは,肝臓や腎臓などの脂肪酸代謝が活発な臓器で多く発現しており,特に肝臓における脂肪酸代謝とエネルギー代謝では中心的な役割を担っている.14,15)一方,PPARγは脂肪組織や免疫系の臓器に多く発現しており,脂肪の形成や炎症に重要な役割を果たしている.16,17) PPARβ/δもほかのPPARsと同様に多くの組織で発現しており,特に腸,肝臓,皮膚ケラチノサイトで多く発現しているが,ほかのPPARとの差別化には至っておらず,脂質代謝や脂肪の蓄積などにおけるPPARβ/δ特有の役割の解明には至っていない.18,19)そのため,ALDやMASLDなどによる脂肪肝症,更には脂質代謝異常に基づく疾患の予防や治療へのPPARsの寄与に関する研究は,主としてPPARα及びPPARγに着目して実施されている.13,20)実際,現在上市されている脂質代謝異常症治療薬にはPPARα標的薬であるフェノフィブラート(商品名:リピディルなど)やPPARγ標的薬であるピオグリタゾン(商品名:アクトスなど)などがあるが,PPARβ/δを標的とした医薬品は上市に至っていない.しかし,近年,PPARβ/δも脂肪肝症に寄与することが明らかにされてきており,創薬ターゲットとして注目されている.本稿では,脂肪肝症の中でも,ALDに焦点を当て,ALDの発症/進行機構におけるPPARβ/δの寄与について総説する.
ALDにおけるPPARβ/δの寄与を総説するまえに,本節では現在主として研究が実施されているPPARα及びPPARγとALDの関連について概略する.PPARαは肝細胞で比較的高く発現しているため,ALDに関連する主要なPPARサブタイプと考えられている.21,22)過度のアルコール摂取は酸化ストレスと炎症を引き起こし脂肪酸代謝をかく乱するとされているが,23) PPARαのリガンドによる活性化は,酸化ストレスと炎症を抑制し,脂肪酸の異化作用を促進することで脂肪肝を抑制するとされている.24,25)また,アルコール摂取はPPARαの発現と転写活性を損なうことも示されている.21,22)これらの示唆より,PPARαは脂肪肝症に対して抑制的に働き,PPARαのや減少はALDを悪化させ,逆にPPARαのリガンド活性化がALDを予防すると考えられている.26,27)
一方,PPARγは肝臓では脂肪組織と比べ比較的低いレベルで発現しているため,肝臓における役割は脂肪組織における役割ほど主たるものではないと考えられているものの,栄養の多寡に基づく肝疾患には重要な役割を果たすと考えられている.28)例えば,PPARγの活性化はインスリン感受性の調節を通じて,脂肪の生成と肝臓での脂肪の蓄積を著しく増加させることが報告されている.16,29)また,脂肪肝症モデルマウスにおいて肝臓のPPARγの発現は増加することも明らかにされている.30,31)一方,PPARγの発現や転写活性の抑制は,アルコールによる肝障害と脂肪の蓄積を抑制することも報告されている.32)そのため,PPARγはALDを促進すると考えられている.
このようにPPARαとPPARγは脂肪肝に対してそれぞれ異なった役割を担うと考えられており,それぞれを標的とした治療戦略の創成に向けた研究が実施されている.6,33)
PPARβ/δの発現やリガンドによる活性化は,複数のメカニズムを通じて化学的に誘発される肝障害から保護することから,PPARβ/δは様々な誘因による肝障害に対して抑制的に働くと考えられている.6)例えば,PPARβ/δ欠損マウスでは肝毒性物質への曝露によるnuclear factor-kappa B(NF-κB)依存性の炎症促進シグナルが増強されることや,逆に,PPARβ/δのリガンド活性化は肝臓における炎症促進シグナルを抑制することが報告されている.34,35)さらに,PPARβ/δのリガンド活性化がNAFLDを抑制することも示されている.36)このように,PPARβ/δは様々な誘因による肝毒性に対して抑制的に働くことから,同様にALDに対しても抑制的な役割を果たすと考えられている.6)本節では,PPARβ/δがALDにどのように寄与するかについて述べる.
3-1. PPARβ/δが肝臓の脂肪の蓄積に与える影響脂肪肝症は,過剰な脂肪の摂取,脂肪組織からの脂肪酸の放出増加,脂肪酸合成の促進,脂肪酸異化反応の抑制,あるいは肝臓からの脂質輸送の阻害などの要因によって引き起こされる.したがって,脂肪酸合成の抑制や脂肪酸異化反応の促進は,アルコールに起因する肝脂肪症の予防及び治療においても重要なターゲットである.10)アルコールの摂取は,ALDの初期段階において,アシルCoAカルボキシラーゼなどの脂肪酸合成酵素の発現や活性を増加させ,肝脂肪酸やトリグリセリド及びリン脂質の合成を促進する.21,37)これらの脂質合成タンパク質の発現は,sterol regulatory element-binding protein(SREBPs)によって制御されている.SREBPsは主として脂肪酸代謝関連遺伝子の発現を制御するSREBP-1と,主としてコレステロール代謝関連遺伝子の発現を制御するSREBP-2に大別される.38)リガンドによるPPARβ/δの活性化は,SREBP-1の活性抑制因子の一種であるinsulin-induced gene 1(Insig-1)タンパク質の発現誘導を介して,このSREBP-1の活性を抑制する.39)一方,PPARβ/δの欠損はSREBP-1の活性を亢進することが見い出されているが,このPPARβ/δ欠損によるInsig-1発現抑制は観察されていない.40)そのため,PPARβ/δのInsig-1の発現調節の有無に関しては今後の更なる検討を要するものの,これらの結果は少なくともPPARβ/δはSREBP-1の活性の調節を通じて,肝臓における脂質合成を調節することを示していると考えられる.これらの結果と符合して,PPARβ/δのリガンド活性化はアルコールによる肝臓への脂肪蓄積を抑制することも確認されている.41)さらに,PPARβ/δの欠損はアルコール摂取による肝臓への中性脂肪の蓄積を増加させることも報告されている.40)これらの研究結果は,PPARβ/δが過剰なアルコール摂取に起因する肝脂肪を抑制する役割を果たす可能性があることを強く示唆している.
3-2. PPARβ/δが脂肪酸異化に与える影響PPARβ/δは肝臓での脂肪酸異化反応の調節においてPPARαと重複する役割を持つことが知られており,PPARα同様,脂肪蓄積抑制の分子標的となり得ることが示唆されている.6)例えば,PPARαのリガンド活性化は,内因性脂肪酸の放出や肝臓への脂肪酸輸送,及びミトコンドリアやペルオキシソームでの脂肪酸の酸化分解を調節する多くのタンパク質の発現を調節することにより肝臓の脂肪蓄積を減少させることは広く知られている.15,42)同様に,PPARβ/δのリガンド活性化も脂肪酸異化を促進することが報告されている.43,44)一方,アルコール摂取は脂肪酸異化反応を抑制することも報告されており,33)脂肪酸異化反応が作用点として重複することから,PPARα同様,PPARβ/δもアルコールによる脂肪肝の抑制に寄与することが推察できる.また,PPARαは,脂肪酸のミトコンドリア外膜の通過に与するカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1(carnitine palmitoyltransferase 1: CPT-1)やミトコンドリア内膜通過に関与するカルニチン-アシルカルニチントランスロカーゼ(carnitine-acylcarnitine translocase: CACT)の発現を調節する.15)これらはカルニチンサイクルの構成要素として脂肪酸の細胞質からミトコンドリアへの輸送に寄与することから,脂肪酸代謝において重要な役割を果たすとされている.一方,PPARβ/δのリガンドの活性化は,PPARαと同様にCPT-1及びCACTの発現を誘導することも報告されている.45)これらより,PPARβ/δが肝臓での脂肪酸分解の調節においてPPARαと重複する役割を持つことを示しており,PPARβ/δは,PPARαと同様に,脂肪蓄積抑制の分子標的として非常に有用であることが考えられる.
また,PPARβ/δはオートファジーの促進を介して脂肪の蓄積を抑制することも示唆されている.オートファジーは栄養欠乏やほかの細胞内ストレスに応答して活性化され細胞の生存を促進するが,46,47)アルコール摂取は肝臓におけるオートファジーを抑制し,アポトーシスを促進する.48,49)一方,PPARβ/δの活性化は,AMP活性化プロテインキナーゼ(AMP-activated protein kinase: AMPK)のリン酸化やラパマイシン標的タンパク質(mammalian target of rapamycin: mTOR)の抑制を介してオートファジー・リソソーム経路を活性化させ,脂肪酸の代謝を促進する.50)すなわち,PPARβ/δはアルコール摂取によるオートファジー抑制の解除を通じて脂肪の蓄積を抑制すると考えられる.
3-3. PPARβ/δが異物代謝酵素に与える影響そもそも,肝臓はアルコール代謝の主要な部位であり,そのためアルコール乱用による影響を最も受け易い臓器でもある.51)肝臓で,アルコールはアルコールデヒドロゲナーゼやシトクロムP450(CYP)2E1によってアセトアルデヒドに代謝される.51)その過程で生じた活性酸素種(reactive oxygen species: ROS)は細胞成分との反応などにより酸化ストレスや細胞損傷を増加させ,細胞機能に影響を与える.52,53)したがって,ROSの生成はALDの病因の重要な要素の一つであるとされている.前述の通り,CYP2E1はALDの発症メカニズムに関与する酵素であるが,アルコールはCYP2E1の発現を誘導し,ROSの生成と酸化的損傷を促進する.51)また,CYP2E1欠損はアルコールによる脂肪の蓄積や肝障害を抑制することからも,CYP2E1はALDにおける脂肪蓄積に一定の寄与を果たすと考えられている.54)一方,PPARβ/δの欠損はアルコールによるCYP2E1の発現誘導を促進させることから,PPARβ/δはアルコールによるCYP2E1発現誘導抑制を介して肝臓内でのROS生成を抑えることでALDを抑制すると考えられている.40)しかし,このPPARβ/δによるCYP2E1誘導抑制の詳細な機構の解明には至っておらず,更なる検討を要する.現在,この誘導抑制機構について,PPARβ/δ–PPARα相互作用によるCYP2E1誘導調節機構の存在が疑われている.PPARαの欠損はCYP2E1の発現を抑制する,すなわちPPARαはCYP2E1の発現促進に寄与する可能性が示唆されている.55)一方,PPARβ/δはPPARαの転写活性を阻害することも報告されている.56)これらより,PPARβ/δはPPARαの転写活性の阻害を通じてCYP2E1の発現を間接的に抑制することが推察される(Fig. 2A).すなわち,PPARβ/δの欠損で観察されたCYP2E1の発現誘導40)は,PPARβ/δの欠損によりPPARβ/δ–PPARαの抑制的相互作用が解除され,その結果PPARαによるCYP2E1発現誘導が促進した結果であると推察できるが,残念ながらその詳細の解明には至っていない.
(A) In response to alcohol-induced expression of Cyp2e1, PPARβ/δ inhibits this induction through suppression of PPARα or oxidative stress. (B) In hepatocytes, PPARβ/δ promotes the induction of expression of Cyp2b10 caused by alcohol. However, paracrine signal received from PPARβ/δ in Kupffer cells suppresses the induction of Cyp2b10 in hepatocytes. Thus, PPARβ/δ exerts its effects in concert with other proteins and cells; in other words, its efficacy may not be fully assessable in single cell systems or similar environments due to these complex interactions.
また,アルコール摂取に伴い,CYP2E1と同様に,CYP2Bの発現も増加することが報告されている.57)マウスでは5つのCyp2b isoform(Cyp2b9, Cyp2b10, Cyp2b13, Cyp2b19, Cyp2b23)が発現するが,ヒトでは1つのisoformであるCYP2B6のみが発現する.58)これらのCyp2b isoformの中でも,Cyp2b9, Cyp2b10, Cyp2b13は主に肝臓で発現することが確認されており,肝臓における主要なCyp2bとされている.59) CYP2Bの発現は,核内受容体であるconstitutive androstane receptor(CAR)及びpregnane X receptor(PXR)によって主として調節され,CAR及びPXRのリガンド活性化はCYP2Bの発現を誘導する.60) CYP2Bは,薬物代謝酵素としての異物代謝の働きのほかに,不飽和脂肪酸代謝にも関連し,肥満及び脂肪肝症においても重要な役割を果たすことが示唆されている.61)実際,Cyp2bの遺伝子欠損は肥満への感受性を高め,脂肪肝症の重症化を促進することが示されている.62)そのため,前述のアルコールによるCYP2Bの発現誘導は,脂肪酸代謝の亢進による過剰な脂肪の蓄積の抑制といった生体の防御応答であることが想像される.一方,PPARβ/δの欠損によりアルコールによるCyp2b10の発現誘導は抑制されることから,PPARβ/δはCARと同様にCyp2bの発現調節に寄与することが示唆されている.63)しかし,PPARβ/δの欠損は,Cyp2b10の基礎発現量には影響を及ぼさないことやCARの活性化には影響を及ぼさないことも示されており,PPARβ/δの欠損によるCyp2b10発現誘導抑制はCARとは独立した機構で行われると推察されているが,その詳細は解明されていない.63)
さらに,PPARβ/δによるCyp2b10発現制御作用は用いる実験系によって異なることも示唆されている.上述のPPARβ/δの欠損によるCyp2b10の発現誘導の抑制現象はマウス(in vivo)レベルでも,マウスより単離した初代肝細胞Hepatocyte(in vitro)単独でも確認されている.63)一方,PPARβ/δのリガンドによる活性化は,マウス(in vivo)レベルではアルコールによるCyp2b10の発現誘導を抑制することが示されているが,Hepatocyte(in vitro)単独ではCyp2b10発現誘導の抑制は観察されず,in vivoとin vitroではPPARβ/δのリガンド活性化によるCyp2b10発現誘導抑制作用に差異が見い出されている.63)この差異について,マウス(in vivo)レベルで観察されるPPARβ/δ活性化によるCyp2b10発現誘導抑制作用をHepatocyte(in vitro)レベルで再現するには,近傍のkuppfer細胞からのパラクリンシグナルが必須であることが見い出されている.63)さらに,そのパラクリンシグナルそのものも,そのシグナルを放出する近傍細胞のPPARβ/δに依存することも見い出されており,近傍細胞のPPARβ/δが欠損している場合,標的となるHepatocyteのPPARβ/δの有無にかかわらず,Cyp2b10発現誘導抑制作用は観察されないことが見い出されている.63)これらは,PPARβ/δによる標的遺伝子の発現制御は,単一の細胞系では十分に発揮することができず,周辺の環境(この場合ではHepatocyteに対するkupffer細胞のタンパク発現プロファイルなど)が大きく影響することを示唆すると考えられる.
PPARβ/δは,脂質及びグルコース代謝,分化,炎症の基本的な調節において重要な恒常性維持の役割を果たすことが知られている.6,64,65)また,PPARβ/δはアルコールを誘因としない脂肪肝(MASLD)を抑制するとことも報告されている.66)そのため,アルコールによる脂肪肝の予防及び治療の標的として,ほかのPPARと同様にPPARβ/δを利用することは現実的な戦略であると言える.6)しかし,前述したように,PPARβ/δを標的とした医薬品の上市には至っていない.その要因の一つとして,単一細胞系や単一標的ではその作用を十分に発揮できていない可能性も考えられる.すなわち,前述のPPARβ/δ活性化によるCyp2b10発現誘導の抑制作用は近傍のKupffer細胞が必須であったように,63) PPARβ/δの活性化による抑制作用は単一細胞系を用いたスクリーニングでは十分に発揮できず見落とされている可能性も考えられる.また,PPARβ/δによるCYP2E1発現誘導抑制はPPARβ/δ単独作用ではなくPPARαとの相互作用に起因すること可能性が示唆されていることから,40,55,56) PPARβ/δの作用発現には,ほかのタンパク質との相互作用が必要とされる可能性も十分に考えられる.そのため,スクリーニングや薬効評価に用いる細胞自身のタンパク質発現プロファイルによってはPPARβ/δの作用を十分発揮できていない可能性も考えられる.このように,PPARβ/δを創薬ターゲットとして十分に活用するためにも,その特徴の十分な理解とそれに応じた評価系の構築が望まれる.
開示すべき利益相反はない.
本総説は,2023年度日本薬学会九州山口支部学術奨励賞の受賞を記念して記述したものである.