YAKUGAKU ZASSHI
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Symposium Reviews
Development of Antibody-polymer Conjugates for the Treatment of Intractable Cancers
Yuki Mochida
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2025 Volume 145 Issue 6 Pages 523-532

Details
Summary

Antibody therapeutics have become a major modality for cancer treatment. Particularly, immune checkpoint inhibitors have shown remarkable efficacy against various cancers. However, similar to other antibody therapeutics, they have not demonstrated clinical efficacy against malignant brain tumors. The primary reason for this is the presence of the blood–brain tumor barrier (BBTB) in the endothelial cells of malignant brain tumors, which prevents antibodies from entering the tumor parenchyma. Additionally, treatment with immune checkpoint inhibitors is clinically challenged by the occurrence of immune-related adverse events (irAEs) owing to non-specific and excess activation of the immune system. To address these issues, we integrated synthetic polymer-based drug delivery systems with immune checkpoint inhibitors. Specifically, we modified anti-PD-L1 antibodies with multiple glucosylated poly(ethylene glycol) (PEG) chains via disulfide bonds. This glucose–PEG-conjugated anti-PD-L1 antibody effectively accumulates in glioblastoma by penetrating the BBTB through the interaction of glucose ligands with glucose transporter-1, which is overexpressed in glioblastoma endothelial cells. Subsequently, the PEG chains detach from the antibodies in response to the reductive environment within the glioblastoma, thereby blocking PD-L1 expression. Conversely, the PEG chains remain conjugated to antibodies in the bloodstream and normal tissues, masking their functions. The glucose–PEG-conjugated anti-PD-L1 antibody demonstrated significant efficacy against glioblastoma, while reducing the risk of irAEs in normal tissues. This technology is applicable to various antibody therapeutics and can be adapted to target other organs or specific cell types by exchanging ligand molecules, offering broad potential therapeutic applications.

はじめに

抗体医薬は,がん治療薬の主要なモダリティであり,広範ながん種の治療で使用されている.抗体医薬として利用されるimmunoglobulin G(IgG)の分子量は約150 kDaと大きいため,腫瘍の種類によっては血管壁の透過性や組織浸透性に課題がある.13例えば,悪性脳腫瘍は血管内皮細胞に血液脳腫瘍関門(blood–brain tumor barrier: BBTB)が形成されており,抗体が腫瘍内に到達し難い.2また,膵臓がんは,毛細血管を囲むように高密度な間質が形成されており,がん細胞の存在する実質に抗体が到達し難い.4がん組織に対する集積性や浸透性の改善を狙って抗体の断片化によるダウンサイジングも試みられているが,例えばscFvやFab断片は分子量が約30 kDaと約50 kDaであり,血中投与後に速やかに腎排泄を受けてしまうため,標的組織への集積の持続性が課題となっている.1また,このようなダウンサイジングは,Fc領域を失うため,抗体依存細胞傷害(antibody-dependent cellular cytotoxicity: ADCC)活性や抗体依存細胞貪食(antibody-dependent cellular phagocytosis: ADCP)活性が見込めず,これらを作用機序とする応用は原理的に不可能である.

筆者らは合成高分子を基盤とする薬物送達システム(drug delivery system: DDS)の技術を応用することで,抗体医薬の課題を妥協なく解決することを目指している.最近,抗体に対して機能性ポリエチレングリコール[poly(ethylene glycol): PEG]を修飾することで,抗体の体内動態と活性を動的に制御する技術の開発に成功した.5本稿では,このPEG修飾技術を用いて悪性脳腫瘍の治療に有効な免疫チェックポイント阻害剤を創出する試みについて,悪性脳腫瘍の治療の現状や筆者らが取り組んできたDDSによる悪性脳腫瘍の治療戦略も交えて紹介する.

悪性脳腫瘍に対する免疫チェックポイント阻害剤の開発状況

わが国における脳腫瘍の罹患数は増加傾向にあり,2020年のデータによると10万人あたりの年間罹患数は男性が5.0例,女性で4.1例であった.6グレードII以上の悪性の所見を持つ原発性脳腫瘍はそのうち35%を占め,大部分が神経膠腫(グリオーマ)である.グレードIVで最も悪性度が高い膠芽腫(グリオブラストーマ)は神経膠腫の42%を占める.7通常,悪性脳腫瘍の治療は外科的切除が第一に検討されるものの,膠芽腫は正常組織への浸潤の程度が大きく,完全な切除は難しい.標準治療としては,外科的切除後に放射線療法,アルキル化剤のテモゾロミド,腫瘍治療電場法の併用が選択されるが,全生存期間の中央値は20.9ヵ月と短い.8抗がん剤として有効性を示しているものがテモゾロミドしかない現状は,悪性脳腫瘍の治療薬の開発の難しさを物語っている.また,抗体医薬では唯一血管新生阻害剤のベバシズマブが浮腫の緩和の目的で使用されるものの,生存期間を延長するものではない.9,10このように,悪性脳腫瘍は創薬標的として非常にタフな疾患であるが,悪性脳腫瘍に罹患した患者を救うために,延命を目的とした治療薬の開発だけでなく,完全奏功が見込める治療薬を開発していくことが強く求められる.

免疫チェックポイント阻害剤は,T細胞による免疫を抑制する分子機構である免疫チェックポイントを阻害することでがんを抑制することを狙った薬剤であり,多発転移を伴う末期がんのように,従来は治癒が期待できなかった症例でも完全奏功例が多く報告されていることから,11悪性脳腫瘍の治療薬としても潜在的な期待がある.現在,免疫チェックポイント阻害剤は抗CTLA-4抗体,抗PD-L1抗体,抗PD-1抗体,抗LAG-3抗体の4種類が臨床で使用されており,わが国では抗LAG-3抗体を除く3種類8剤が広範ながん種に対して承認されている.しかし,残念ながら,悪性脳腫瘍に対してはいずれの免疫チェックポイント阻害剤も臨床試験で有効性を示せていない.12この原因としては,悪性脳腫瘍が形成する多様な治療抵抗性が関係すると考えられる.13特に,免疫チェックポイント阻害剤のような抗体医薬の場合は,高分子量のため脳腫瘍の毛細血管壁が形成するBBTBを効果的に透過できず,これが有効性を制限する主な要因となっていると考えられる.14,15

悪性脳腫瘍に対するDDSの開発

筆者らの研究グループでは,悪性脳腫瘍に薬物を送達するためのDDSの開発に取り組んできた.親水性と疎水性の直鎖状の合成高分子が連結した両親媒性ブロック共重合体は,水溶液中で疎水鎖同士の凝集により会合して高分子ミセルを形成する.高分子ミセルは,疎水性のコアに様々な薬物を封入できるほか,親水性のシェルを構成するPEGなどの親水性高分子鎖に特定の生体分子と結合するリガンド分子(抗体やペプチドなど)を導入することで抗体のような標的特異性を付与できるため,DDSとして利用できる.16,17これまでの研究を踏まえると,悪性脳腫瘍に対して効果的に薬物を送達するためには,脳腫瘍の血管内皮細胞に対して親和性のあるリガンド分子を高分子ミセルの表面に修飾する戦略が有効と思われる.例えば,がん組織の新生血管の内皮細胞で過剰発現することが知られるαvβ3及びαvβ5インテグリンに対して特異的に結合する環状RGDペプチド(cRGD)を高分子ミセルの表面に修飾することで,高分子ミセルが血管内から脳腫瘍の実質内に移行することを明らかにした.そして,この高分子ミセルに低分子抗がん剤のオキサリプラチン誘導体やエピルビシンを封入することで,膠芽腫の成長を顕著に抑制できることを示した.18,19

悪性脳腫瘍を標的とするリガンド分子としては,グルコースも有効であった.一般的に,がん細胞はエネルギー代謝を解糖系に依存しており(Warburg効果),血管からの酸素供給が不十分な低酸素環境でも生存し,増殖できる.しかし,解糖系によるATP産生量はグルコース1分子からわずか2分子であり,酸化的リン酸化も利用する好気呼吸でグルコース1分子から38分子のATPを産生するのと比べて効率が悪い.20そのため,がん細胞はグルコースを大量に消費してATP産生効率の低さを補っている.がん細胞が細胞外からグルコースを取り込むのに利用しているのがグルコーストランスポーター1(glucose transporter 1: GLUT1)であり,多くの場合,がん細胞ではGLUT1の過剰発現が認められる.21この現象を利用したがん診断技術として,グルコース類縁体の[18F]2-fluoro-2-deoxy-D-glucose(18F-FDG)を利用するpositron emission tomography(PET)診断がある.18F-FDGはグルコースと同じようにGLUT1を介して細胞内に輸送されるため,GLUT1を過剰発現しているがん細胞に大量に取り込まれる.18F-FDGは放射性壊変により陽電子を放出するため,人体からの陽電子の放出量をスキャンすることで全身のがん病巣を高感度に検出することができる.22この例からもわかるように,がん細胞におけるGLUT1の過剰発現は臨床的なエビデンスのあるがんの共通の特徴ともいえ,GLUT1はがんを標的とするDDSの格好の標的になり得る.

そこで,ヒトの舌がん(OSC-19),大腸がん(HT-29),乳がん(MDA-MB-231)の異種移植モデルの腫瘍の組織切片を作成し,GLUT1の発現分布を確認したところ,GLUT1の過剰発現は,がん細胞のみならず,がん組織の血管内皮細胞にもみられることがわかった.23さらに,膠芽腫については,ヒト膠芽腫(U87MG)の異種同所移植モデル,マウス膠芽腫(GL261, CT2A)の同種同所移植モデル(Fig. 1),ヒト臨床検体のいずれにおいても,膠芽腫細胞よりむしろ血管内皮細胞にGLUT1の過剰発現が認められた.5,23これらの結果は,GLUT1を適切にターゲティングすることで,膠芽腫を含む様々ながん種においてがん組織の血管を標的化できることを示唆する.抗体や高分子ミセル型DDSは,高分子量のため血管外遊走に時間がかかることが課題であるが,GLUT1のターゲティングにより血管外遊走を促進することで,腫瘍組織に対する集積効率を高められると期待される.実際に,グルコースを表面に修飾した高分子ミセルは,ヒト膠芽腫やヒト舌がんの異種移植モデルに組織に対して効率的に白金抗がん剤のシスプラチンを送達でき,優れた腫瘍抑制効果を示した.ただし,高分子ミセルの表面のグルコース修飾量が多すぎる場合には,肝臓に対する集積量の増大により血中滞留性が低下し,腫瘍に対する集積量が低下した.23このことからグルコースの修飾量には最適値が存在することがわかる.また,高分子ミセルの表面にはPEGを介してグルコースを結合しているが,その結合に使用するグルコースの水酸基の位置は,GLUT1との相互作用を阻害しないように選択する必要がある.24事実,グルコースの1, 3, 5位の炭素の水酸基がGLUT1との水素結合を安定化している一方で,25,26 2, 4, 6位の炭素の水酸基はグルコースとGLUT1の相互作用にあまり関与していないと考えられる.実際にPEGとの結合に使用するグルコースの水酸基の位置と高分子ミセルの腫瘍集積性の関係を調べたところ,GLUT1との相互作用に関与しない6位の水酸基を使う方法が,GLUT1との相互作用に関与する3位の水酸基を使う方法よりも好ましいことがわかった.以上の結果より,グルコースは膠芽腫標的に適したリガンド分子であることが示されたほか,PEGを表面に有するDDSにグルコースを導入する際には,適切な様式で,適切な量だけ結合することが極めて重要であることが示された.23

Fig. 1. Fluorescence Imaging of GLUT1 and CD31 (Endothelial Cells) Expression in Mouse and Human Glioblastoma Tissue Sections

悪性脳腫瘍に有効な免疫チェックポイント阻害剤の設計

上記のように,免疫チェックポイント阻害剤は様々ながん種に対して顕著な有効性を示しながらも悪性脳腫瘍に対しては臨床的有効性を示せていない.この要因としては,悪性脳腫瘍の血管内皮細胞におけるBBTBの形成,高度に免疫抑制的な環境の形成,構成細胞の高度な不均一性など様々なものが考えられるが,筆者らは,これまでに培ってきたDDS技術を基盤に,BBTBを突破して悪性脳腫瘍に直接作用できる免疫チェックポイント阻害剤の開発に挑戦した.また,DDSのメリットを最大限に活かし,正常組織では抗体の機能を抑えることで有害事象の発生リスクを低減しながら,悪性脳腫瘍に集積した後に免疫チェックポイント阻害剤としての機能を発揮するようなプロドラッグ化も施すことにした.

このようなコンセプトの免疫チェックポイント阻害剤を得るために開発したのが,Fig. 2に示すグルコースPEG修飾試薬(Gluc–PEG–SS–NPC)である.このグルコースPEG修飾試薬は,グルコースの6位の炭素の水酸基からエチレンオキシドを重合した後に,ジスルフィド結合を介してアミノ基反応性の4-ニトロフェニルカーボネートを結合することにより合成した.この試薬と任意の抗体を弱アルカリ性緩衝液中で反応させると,抗体のリシン残基のアミノ基にグルコースPEGが共有結合で修飾され,グルコースPEG修飾抗体が得られる(Fig. 2).通常,抗体の持つアミノ基の3当量のPEG修飾試薬を反応させるが,この条件ではPEG鎖の排除体積が許す範囲で最大限のリシン残基にPEGが結合する.分子量5 kDaのPEGを用いると,抗体1分子あたり20–25本のPEGが修飾され,極めて単分散性のよいPEG修飾抗体が得られる.また,上述のように,DDSの表面のグルコース密度は最適化する必要があるため,PEGの修飾数に影響を与えずにグルコースの結合数を調節できるように,グルコースをメトキシ基に置換したPEG修飾試薬も用意し,グルコースPEG修飾試薬と任意の割合で混ぜて抗体と反応させた.また,本研究では,免疫チェックポイント阻害剤として抗PD-L1抗体の承認薬であるアベルマブ(avelumab: AVE)を用いた.AVEはヒトとマウスのPD-L1に対して交差反応性を示すため,マウスを用いたin vivo機能評価が容易に実施できるというメリットがある.以下では,AVEとグルコースPEG修飾試薬を反応させることで得られるグルコースPEG修飾AVEをGlucX–S–AVE[X:グルコース末端のPEGの割合(%)]と表記する.

Fig. 2. Schematic of the Design and Activation Mechanism of Glucose–PEG-conjugated Avelumab (GlucX–S–AVE), Where X Represents the Percentage of Glucose-conjugated PEG Chains among the Total PEG Chains

GlucX–S–AVEは,表面に修飾したグルコースの働きにより悪性脳腫瘍をターゲティングできると期待される.また,修飾されたPEG鎖は水溶液中で大きく広がり,排除体積効果により抗体と抗原の結合を阻害する.ゆえに,還元剤濃度の低い血液中や正常組織ではPD-L1を阻害せずに,脳腫瘍内の還元環境でジスルフィド結合が開裂することでPEG鎖が脱離し,PD-L1に対する阻害活性が回復すると期待される.ジスルフィド結合の開裂と同時にPEG修飾試薬に由来する構造がすべて脱離するように分子設計を行っているため,脳腫瘍内移行後に元の抗PD-L1抗体の構造と活性が完全に回復し,PD-L1阻害を実行すると考えられる.実際に,Gluc25–S–AVEに対して還元剤のグルタチオンを作用させると,PEG鎖の脱離が進み,PD-L1に対する親和性が完全に回復することを確認している.5

悪性脳腫瘍に対する標的性能

マウス膠芽腫(GL261)の同種同所移植モデルを用いてGluc25–S–AVEの脳腫瘍標的性能を評価したところ,静脈内投与から4時間後に脳腫瘍に対する集積量が最大化し,その量はPEG未修飾のAVEの18倍,グルコースを持たないPEG修飾抗体(Gluc0–S–AVE)の6倍多かった.また,グルコース結合量の多いPEG修飾抗体(Gluc50–及びGluc100–S–AVE)は,肝臓への集積量が増大した影響で血中滞留性が低下し,結果的にGluc25–S–AVEと比べて脳腫瘍に対する集積性が低かった(Fig. 3a).これらの結果より,PEG修飾抗体のリガンドとしてグルコースを25%の割合で修飾することで,膠芽腫に対する抗体の集積性を最大化できることがわかった.また,Gluc25–S–AVEは,脳腫瘍の組織内に満遍なく浸透していたため(Fig. 3b),膠芽腫組織の構造不均一性の克服にも寄与している可能性がある.これはPEG修飾によりAVEのPD-L1に対する親和性が大きく低下している影響で,毛細血管近傍の細胞のPD-L1による捕捉を回避し,腫瘍組織内を広く分布できたと考えれば不思議でない.さらに,Gluc25–S–AVEは正常脳組織にはほとんど集積しなかったため,脳腫瘍と正常脳組織に対する集積量の比は33倍にも達した.5過去に筆者らのグループは,空腹状態のマウスに対してグルコースを修飾した高分子ミセルを投与し,そのうえでグルコースを投与すると,高分子ミセルが血液脳関門(blood–brain barrier: BBB)を超えて正常な脳内に取り込まれることを報告している.27この現象は,血管内皮細胞の細胞膜上のGLUT1が血糖値の上昇に伴って細胞内に取り込まれ,その際にグルコースを修飾した高分子ミセルも取り込まれて生じると考察している.これらの研究から導かれる結論としては,グルコースを表面に有するDDSやPEG修飾抗体は,血糖値操作を行わない限り正常脳組織の血管内皮細胞に形成されるBBBを透過しないが,悪性脳腫瘍の血管内皮細胞に形成されるBBTBは血糖値操作に係わらず集積するということである.悪性脳腫瘍の血管内皮細胞におけるGLUT1の動的挙動は不明であるが,正常脳組織の血管内皮細胞とは異なる機構が働いているとみられ,大変興味深い.

Fig. 3. In vivo Performance of GlucX–S–AVE in Syngeneic Orthotopic GL261 Glioblastoma Model

a: Accumulation of antibodies in glioblastoma. Data are shown as means±S.D. (n=4). b: Distribution of fluorescently labeled Gluc25–S–AVE in the sections of mouse brain with glioblastoma in one hemisphere, 24 h post-intravenous administration. c: Survival curves of glioblastoma-bearing mice after a single intravenous injection of the indicated drugs (dose: 1.5 mg/kg) (n=5). d: Survival curves of untreated and Gluc25–S–AVE-treated mice after rechallenge with GL261 cells (n=5). Statistical significance was evaluated using one-way ANOVA with Tukey’s post–hoc test for (a) and the log–rank test for (c) and (d).

悪性脳腫瘍に対する治療効果

脳腫瘍に集積した後のGluc25–S–AVEの挙動と機能を評価した.まず,Alexa Fluor 647で標識したGluc25–S–AVEを投与した後に脳腫瘍の組織切片を作成した.そして,AVEに対するAlexa Fluor 488標識二次抗体でPEG鎖の脱離した状態のAVEを検出した.このような実験系を用いることで,脳腫瘍内でGluc25–S–AVEがPEG鎖を失い,抗体の機能を回復させていることを確認した.一方で,血液中ではPEG鎖により抗体の機能が十分にマスキングされていたため,PEG鎖の脱離は脳腫瘍に集積した後に進行したと考えられる.その結果,Gluc25–S–AVEは,マウス膠芽腫の同種移植モデルに対して著効し,60%のマウスで腫瘍が完全に消失するという良好な抗腫瘍効果を確認した(Fig. 3c).5また,このときのGluc25–S–AVEの投与量は,臨床におけるAVEの標準投与量のわずか15%と少なく,投与回数も1回のみであったことを考えると,非常に治療効率のよい薬剤が得られたと言える.一方で,グルコースを持たないPEG修飾抗体(Gluc0–S–AVE)を投与した場合やPEG鎖と抗体を連結するジスルフィド結合を非開裂性の炭素–炭素の単結合に置換した抗体(Gluc25–PEG–C–AVE)を投与した場合では抗腫瘍活性が完全に消失したため,Gluc25–S–AVEが治療効果を発揮するためには,グルコースリガンドによるBBTBの標的化と脳腫瘍組織内でPEG鎖が脱離する機能の両方が不可欠であることが実証された.

Gluc25–S–AVEにより膠芽腫内にAVEが大量に送達された結果,膠芽腫内の免疫環境が比較的Hotな状態に変化した.5具体的には,がん細胞を直接殺傷する機能を持つCD8陽性T細胞やナチュラルキラー(natural killer: NK)細胞の膠芽腫内への浸潤数が増加し,これらの細胞によって分泌され抗腫瘍免疫を活性化する作用のあるinterferon γの濃度が上昇していた.また,膠芽腫内のマクロファージは,免疫抑制性のM2型より免疫亢進性のM1型が優勢となっていた.一方で,免疫抑制性の細胞である制御性T細胞(Treg)や単球性・顆粒球性の骨髄由来抑制細胞(myeloid-derived suppressor cell: MDSC)の浸潤数は減少しており,総じて膠芽腫内に抗腫瘍免疫が働き易い環境が形成されていた.これは紛れもなく,膠芽腫内に効果的に送達されたAVEが膠芽腫内でPD-1/PD-L1経路を阻害したために得られた結果である.

上述のように,Gluc25–S–AVEによる治療ではGL261膠芽腫担持マウスの60%において完全奏功が認められた.完全奏功を示した個体について,治療から54日後に脾臓内におけるメモリーT細胞の表現型を解析したところ,エフェクターメモリーT細胞(TEM)が顕著に増えていることが確認された.また,治療から84日後にGL261膠芽腫細胞を再度同所移植したところ,80%のマウスで腫瘍の生着が拒絶された(Fig. 3d).5これらの結果は,Gluc25–S–AVEによる治療後に抗腫瘍免疫の記憶が長期間にわたって維持されることで,膠芽腫の再発リスクの低減が期待できることを示唆する.

免疫療法抵抗性の悪性脳腫瘍に対する治療効果

ヒトの膠芽腫は,一般的に遺伝子変異量が少ないため免疫原性が低く,高度に免疫抑制性の微小環境を形成している.28一方で,上記の実験で使用したマウスの膠芽腫細胞であるGL261は比較的遺伝子変異量が多く,免疫原性を示すため,29 AVEが奏功し易かったと思われる.マウスを用いた実験結果をより正確にヒトに外挿するためには,免疫学的特性がヒト膠芽腫とできるだけ近いマウス膠芽腫のモデルを用いることが求められる.筆者らは,そのようなマウス膠芽腫のモデルとして,CT2A細胞の同種同所移植モデルも用いてGluc25–S–AVEの機能評価を行った.CT2A細胞は遺伝子変異量が比較的少ないため免疫原性が低く,ヒト膠芽腫におけるレスポンスを推察するためにより適したモデルとして知られている.29

結果としては,CT2A膠芽腫に対してもGluc25–S–AVEがAVEより多く集積することが示され,グルコースリガンドの有効性が確認された.5また,CT2A膠芽腫に対してAVEが全く治療効果を示さなかったのに対し,Gluc25–S–AVEはマウスの生存期間を約2倍延長することがわかった.治療後の膠芽腫内の免疫細胞を解析したところ,Gluc25–S–AVEを投与したマウスでは抗腫瘍免疫を担うCD8陽性T細胞やNK細胞の浸潤数が有意に増えていた一方で,MDSCやM2型マクロファージといった免疫抑制性の細胞の浸潤数は減少していた.このことから,遺伝子変異量が少ないCT2A膠芽腫であってもGluc25–S–AVEによりPD-1/PD-L1経路が効果的に阻害され,免疫微小環境が改善されることが示唆された.しかし,GL261モデルと異なりCT2Aモデルにおいては,Gluc25–S–AVEであっても完全奏功例が認められなかったため,免疫原性の低い膠芽腫では治療効果が減弱するようである.ただし,これらの実験で採用した薬剤の投与量は,臨床におけるAVEの標準投与量のわずか15%であることを踏まえると,投与量を標準的な量まで増やすことで薬効の改善が期待できる.また,放射線療法や殺細胞性抗がん剤との併用によりCT2A膠芽腫の免疫原性を高めたうえでGluc25–S–AVEを投与するといった工夫でも,より優れた治療効果が期待できる.現在,免疫チェックポイント阻害剤の臨床試験はほかの治療モダリティとの併用が中心に検証されている.30膠芽腫の治療においても,免疫チェックポイント阻害剤とほかのモダリティの組み合わせによる複合的なアプローチで臨むべきであろう.

免疫関連有害事象(immune-related adverse events: irAEs)のリスクの低減

免疫チェックポイント阻害剤は免疫系の活性化を作用機序とするため,従来の殺細胞性抗がん剤とは異なる機序で有害事象を生じさせる.このようなirAEsは,皮膚,肝臓,肺,消化器系,内分泌系など様々な臓器や組織に現れるため分野横断的なフォローアップが必要であるほか,発症の時期も治療後直後から数ヵ月後まで幅広く,臨床的にマネージメントが難しい.31,32免疫チェックポイント阻害剤が承認されてから10年が経過し,臨床におけるirAEsのデータが蓄積されてきた今であっても,irAEsの発生メカニズムや治療法については不明な点が多く,irAEsのリスクを低減するために有効な薬剤設計の指針は定まっていない.33これまでの創薬においては,免疫チェックポイント阻害剤として用いるIgGのサブクラスに着目し,IgG4の利用やIgG1のFc領域の改変によりFc領域を介した余計なエフェクター機能を除去することで過剰な免疫活性化を防ぐ工夫がされてきたが,34,35免疫チェックポイントの阻害に伴う免疫活性化を直接に制御するようなアプローチはほとんど見当たらない.

筆者らが開発したGluc25–S–AVEは,還元剤濃度の低い血液中や正常組織中ではPEG修飾された状態を保つことが期待されるため,血液中や正常組織における非特異的な免疫活性化を防げる可能性がある.実際に,Gluc25–S–AVEは血液中でPEG被覆により抗体の機能が抑えられていた.5また,脳腫瘍内でPEG鎖の脱離状態を検出した際と同様の手法により,正常臓器における抗体のPEG修飾の状態と活性を評価したところ,膠芽腫内の状況とは対照的に,肺,肝臓,腎臓においてGluc25–S–AVEのPEG修飾が維持され,抗体の機能がマスキングされていた(Fig. 4a).その結果,AVEを投与したマウスではこれらの臓器に対する免疫細胞の浸潤数や炎症誘発性サイトカインの濃度が増大したのに対し,Gluc25–S–AVEを投与したマウスではそのような現象はみられなかった(Fig. 4b).以上の結果を踏まえると,Gluc25–S–AVEは悪性脳腫瘍内に侵入してからPEG鎖の脱離が進行するというプロドラッグとしての機能を持つことで,効果的にirAEsの発生リスクを低減できると期待される.

Fig. 4. Immune-related Adverse Events of GlucX–S–AVE in Normal Tissues

a: Distribution of total avelumab (AVE) and PEG-detached AVE in the lung, liver, and kidney sections 24 h after intravenous AVE and Gluc25–S–AVE administration. b: Heatmap of proinflammatory cytokine levels in the lungs, liver, and kidneys 5 d after three weekly injections of 10 mg/kg AVE and Gluc25–S–AVE.

おわりに

従来の抗体医薬の開発は,主にタンパク質工学のアプローチで推進されてきた.それに対して,本稿では高分子化学と薬物送達学のアプローチにより抗体の機能を向上させる試みを紹介した.今回紹介した抗体のPEG修飾技術はあらゆる抗体,ひいてはあらゆるタンパク質・ペプチドに対して適用できる.また,PEGをほかの生体適合性ポリマーに置換すれば,異なる表面物性のポリマー修飾抗体が得られ,体内動態を大幅に変化させることも可能である.さらには,本稿では悪性脳腫瘍に対するターゲティングの例としてグルコースをリガンド分子として用いたPEG修飾抗体を紹介したが,リガンド分子は標的分子に合わせて任意の分子が選択できる.合成高分子の設計自由度は極めて大きく,ほかにも様々な機能の搭載が可能である.抗体はそれ自体が20種類の天然アミノ酸からなり,アミノ酸配列の設計次第で多様な機能を持たせることができるが,その抗体に別次元の機能付与が可能な合成ポリマーを融合すれば,多様な臨床ニーズにより細やかに応えられるスーパー抗体医薬が妥協なく設計できるようになるだろう.学問の垣根を超えた技術の融合により,様々な疾患に対する強力かつ安全な治療用抗体を開発していきたい.

謝辞

本シンポジウムを企画頂いた京都大学大学院薬学研究科・秋葉宏樹先生,金尾英佑先生に厚く御礼申し上げます.

本総説で紹介したグルコースPEG修飾抗体に関する研究は,川崎市産業振興財団ナノ医療イノベーションセンター(Innovation Center of NanoMedicine: iCONM)と東京医科歯科大学難治疾患研究所(現 東京科学大学総合研究院難治疾患研究所)にて,iCONMの片岡一則先生,喜納宏昭先生,Yang Tao先生,Liu Xueying先生,角田 潮氏,中塚 萌氏を始めとする共同研究者の皆様の助言及び協力により実施されたものです.東京大学大学院工学系研究科のCabral Horacio先生にも多大な助言を頂きました.関係するすべての皆様に感謝申し上げます.また,この研究は日本学術振興会・科学研究費助成事業(JP18H04170, JP22H03967),日本医療研究開発機構・次世代がん医療加速化研究事業(P-PROMOTE)(23ama221221h0001, 24ama221221h0002, 24ama221234h0001), 文部科学省・革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)の支援を受けて実施されました.

利益相反

開示すべき利益相反はない.

Notes

本総説は,日本薬学会第144年会シンポジウムS28で発表した内容を中心に記述したものである.

REFERENCES
 
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