2025 Volume 145 Issue 7 Pages 581-582
ヒトゲノムが完全に解読され,またゲノム編集技術の飛躍的な進展によって,ゲノム配列を自在に改変することができるようになってきた.一方で,疾患や生命現象を理解し,遺伝子発現を制御するためには,これらのゲノムの一次配列情報のみでは不十分であり,遺伝子発現情報すなわちトランスクリプトームや,クロマチンのメチル化・リン酸化・アセチル化などの化学修飾による質的情報すなわち「エピゲノム」が重要な役割を果たす.さらに近年,DNAだけではなくRNAも様々な化学修飾を受けており,RNAが機能するうえでこれらの修飾が見過ごす訳にはいかない重要な質的情報であることがわかってきた.このRNA修飾による質的情報は「エピトランスクリプトーム」という言葉で表され,RNA修飾の異常が疾患と関連することも示されている.また,DNAやRNAは,ワトソンークリック型の塩基対形成に基づく二重らせん構造のみならず,様々な高次構造を形成することが物理化学的には証明されており,これらの構造が細胞内でも形成されていることが明らかにされつつある.中でも,グアニンに富む核酸配列では,4つのグアニン同士がフーグスティン型の水素結合によってG-テトラッドと呼ばれる平面構造を形成し,これらの平面同士がスタッキングすることにより,G-quadruplex(G4)と呼ばれる非標準な4重らせん構造を形成する.特に,神経変性疾患においてみとめられる遺伝子変異では,グアニンに富むリピート配列の数の異常な伸長がみられ,この領域で形成されるDNAやRNAの核酸構造の異常が病態に関係することが示唆されている.
このような背景から,薬学研究においては,RNA疾患のメカニズムの全容解明とRNAを操作する技術開発の両輪が急務となっている.本誌上シンポジウムでは,これらに関して様々な角度から研究を進めている研究者から,RNA疾患のメカニズムと創薬に向けたRNA操作に関しての最新の情報を提供頂いた.まずオーガナイザーである築地仁美(愛知学院大学薬学部)は,神経変性疾患におけるRNA顆粒形成異常と,病因となるリピート核酸伸長に依存した非典型翻訳をCRISPR/dCas13により制御する新技術について紹介した.また塩田倫史博士(熊本大学発生医学研究所)からは,DNA・RNA高次構造を標的にした神経変性疾患の治療薬開発を紹介頂いた.また,Josephine Galipon博士(山形大学大学院理工学研究科)より,神経変性疾患のin vitro病理モデルの開発に向けて,超反復配列RNAのin vitro合成法に関して紹介頂いた.またオーガナイザーである今西未来(京都大学化学研究所)は,RNAの塩基修飾を人為的に制御する方法論に関して紹介した.
RNAの高次構造や化学修飾といった高次な情報を理解し,そして自在にコントロールすることが,神経変性疾患を始めとするいまだ有効な治療法が存在しない病気の理解や創薬にとって重要である.その実現に向けては,異分野の融合が必須であると言える.年会シンポジウムにおいて活発な議論を頂いた方々へ,この場を借りて御礼申し上げると同時に,本誌上シンポジウムが,異分野融合によるRNA疾患創薬を目指した研究の更なる進展を促進することを期待する.
日本薬学会第144年会シンポジウムS58序文