抄録
本論は夏目漱石『夢十夜』の「第一夜」について、精神分析、ユング心理学等の観点から、その意味について臨床心理学的に考察したものである。「第一夜」は女性が死ぬところから始まるが、『夢十夜』と前後する漱石の初期作品に「死んでいく女性」のイメージが繰り返し現れることから、それらの像を収集し、それらを踏まえて「第一夜」に考察を加えた。考察は、①漱石の母子関係と内的母親像のあり方、②本居宣長との比較から「第一夜」の女性像を漱石のアニマ像として検討すること、③「第一夜」において人間的次元の母親像、元型的次元の母親像、アニマ像がどのように現れ、それぞれがどのような意味を持っているか、という観点によった。漱石の人間的次元の母親像が鏡子婦人との関係の中でかなり修復され、元型的次元での肯定的な母親像の体験につながり、漱石に安定感を与えているが、より人間的・個人的次元の実現が課題として残されている可能性があることを論じた。