抄録
横光利一が小説『旅愁』において、映画「巴里の屋根の下」の主題歌を、フランス語の音のまま平仮名で書きつけた理由について、翻訳学、比較文化論的な見地から分析を行った。『旅愁』という小説が、作者による執筆上の戦略によって、小説の映画化ではなく、映画の小説化を企図していた可能性を検討することによって、小説内において読者の身体的感覚として音楽が流れる時間導入のための試みの意味を含んだ作品であることを提起した。そして、この読者の意識に喚起させられる音楽の持続のために、パリの街の姿を読者に彷彿とさせる「マロニエ」の表象が、音楽を反復させていくために、定期的に挿入されていることを関連言説から明らかにしていった。