観光乗数モデル ( tourism multiplier model ) は, これまでに何人かの研究者によって定式化されてきたが, とくにケインジアン・タイプの観光乗数モデルは, 次のような欠点をもっているといえよう。すなわち, 1 ) 所得および観光支出の変化によってもたらされる投資の変化が考慮されていないこと, 2 ) 投入産出乗数を除いて, 当該研究観光地域における産業問の連関ないし結び付きがうまく捉えられていないことの2点である。本稿の目的は, 以上の2点を考慮した所得タイプの観光乗数モデルを定式化することである。
この目的のために, われわれは, 投資水準の変化は観光地における所得と観光客による観光支出の誘発的変化に依存すると想定した。とくにわれわれは, 当該観光地における投資水準がその観光地の所得と当該観光地でなされる観光支出の変化と同方向へ変化すると仮定した。
以上の仮定にもとづき, われわれがモデル化した観光乗数モデルから得られた結論は, 次のようである。すなわち, 当該観光地域における産業部門の他の地域への依存度が大きければ大きいほど, 当該観光地における産業部門間の結び付きは弱くなり, かつ当該観光地の移入性向が高ければ高いほど, その観光地の乗数の値はますます小さくな るということである。
以上の観光乗数モデルから, われわれは, さらに, 次のような政策的インプリケーションを指摘することができる。すなわち, 上に述べたような特性をもつ観光地-すなわち, 移入性向が高く, 当該観光地における産業間の相互依存関係が希薄な観光地-において, 当該観光地を発展させるために講じられる観光客誘致政策は, 当該地域の所得水準の増加には必ずしもつながらないということである。したがって, このような観光地においては, むしろ当該観光地における産業間の結び 付きを強めるような政策がまず取られるべきであるということである。そうでなければ, たとえ観光客の増加によって観光支出が増加したとしても, そのような観光支出の増加は当該観光地の人々の所得水準の増加にはつながらないからである。これは, 今後, 観光開発に当たってわれわれが考慮しなければならない重要な点であると思われる。
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