気相合成ダイヤモンドは、開発された当初は画期的と注目を浴びたがその用途の広がりは、開発されて 40 年が経とうとしているが目だったものが見られない。ところが最近 Lab Grown Diamond として宝飾用に注目を集めるようになってきた。開発時には思いもしなかった用途である。ここでは無機材質研究所(現物質・材料研究機構)での初期の気相合成ダイヤモンド研究を中心に報告する。
1.無機材質研究所でのダイヤモンド研究の経緯
気相合成ダイヤモンド研究は 1974 年ダイヤモンド研究グループの発足とともに始まった。研究課題は、高温高圧法による単結晶合成と、衝撃圧縮法による合成、および気相からの合成であった。主となった課題はそれまでにダイヤモンド合成の成果を上げていた高温高圧法による単結晶合成で、衝撃圧縮法による合成や気相合成法は、どちらかというと探索的課題であった。
当時ダイヤモンドの気相合成の試みについては、ソ連と米国から報告されていた。ソ連のグループはダイヤモンド単結晶を基板とし、炭化水素の熱分解によって、針状や球状の析出物を得ていた。
一方米国では、Eversole と、その影響を受けダイヤモンドの気相合成研究を進めた Angus らによる基礎的な実験が行われていた。
気相法の提案はこのような研究の文献調査を行った上で行われていたが、必ずしも十分な成算があったものではなかった。著者も気相法メンバーの一人として参加したけれども、初期はどちらかというとダイヤモンド表面の反応性を調べることを中心に取り組んだ。
気相合成に関する初期の成果は炭素の同位体 13C を反応ガスとして使った実験である。これは我々が気相からのダイヤモンド析出の可能性を示した最初のデータである。
2.気相合成法の開発
このデータをもとに 1980 年にはダイヤモンド気相合成装置を設計試作し、本格的に気相合成に取り組むことになった。1981 年 B.Spitsyn らのダイヤモンド気相合成の結果が報告された。その中にあった原子状水素の記述に気相合成に関わっていた一人が注目し、水素を 2000℃以上に加熱することで原子状水素を発生させる、熱フィラメント法によるダイヤモンド合成に成功した。原子状水素の発生法としては、手っ取り早く既存のそれまでの装置を改造し、タングステンフィラメントを使ったものだった。この成果は, 産業界はもちろん、マスコミからも高い注目を集め、しばらくの間研究室への国内外からの来客が絶えなかった。気相法を研究していたけど遅れを取ったので、首になる前に一度装置を見せてほしいという人、新しい合成法で作られたダイヤモンドは装飾用としてどうなるのでしょうかと聞く宝石店など多様だった。
しかし我々の気相からのダイヤモンド合成の成功は、すんなりと学会に受け入れられたわけではなかった。1982 年春の学会では、無機材研が合成したといっているダイヤモンドはダイヤモンドではないという発言をした人がいたほどだった。
マイクロ波プラズマ法は、今ではダイヤモンド気相合成法の主流となっているが、はじめは暗中模索状態だった。高周波を用いた方法では既にダイヤモンド合成が試みられており、新規性がないと言うことでマイクロ波を用いることとした。ところがグループの誰もマイクロ波の発振器をどこで扱っているか知らず、発振器探しにまず一苦労し、やっと製造元を見つけ、年度末に残っていた研究費を集めて急拠整備した。前年度に整備していたダイヤモンド気相合成装置を改造してマイクロ波キャビティーを取り付け、試行錯誤をしながらプラズマの発生と位置の調整を行い、1982 年 5 月中旬にダイヤモンドの合成に成功した。
無機材研では、このように熱フィラメント法に引き続き、1982 年にはマイクロ波プラズマ法、高周波プラズマ法によってダイヤモンドの合成に成功した。このように異なる方法で合成に成功したことで、無機材研のダイヤモンド合成の信頼度は高まっていった
3.気相合成ダイヤモンドの現状
開発当初こそ製品化に取り組む企業が数多く見られたが目立った成果が上がらず、ほとんどの企業が撤退していった。
ところが最近宝飾用として注目を集めるようになってきた。それは合成技術の向上によるところが大きい。一つは合成装置の大型化であり、もう一つは合成速度の高速化と高品質化である。宝飾用として可能な品質のダイヤモンドが相応な価格で市場に提供できるようになってきた。開発者の一人として当初期待していた分野ではないが、開発して 40 年近くなり
やっとこ
の技術が日の目を見るように感じられ嬉しい限りである。
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