茨城県南西部の水辺林では, マルバヤナギ(
Salix chaenomeloides),
ジャヤナギ
(
S. eriocarpa)が存在する.これらのヤナギには,中間宿主としてムラサキケマン(
Corydalis incisa)を利用する異種寄生種さび病菌
M. chelidonii-pierotiiが寄生する.
M. chelidonii-pierotiiにはマルバヤナギと
ジャヤナギ
をそれぞれ宿主とする寄生性の異なる2系統が存在する(中村ら1998).これら2系統の野外での発生生態には不明な点が多い.そこで演者らは,茨城県南西部水辺林内での
M. chelidonii-pierotiiの発生生態を明らかにすることを目的とし,2005年の2月より菅生沼の3ヶ所ならびに小貝川流域の5ヶ所の水辺林計8ヶ所で調査を行った.それぞれの調査地で,冬胞子の休眠解除の時期,宿主植物のフェノロジーと本菌のヤナギ類上での胞子堆発生,中間宿主であるムラサキケマンの水辺林周辺の分布と胞子堆発生を記録した.加えて4~5月にムラサキケマン上のさび胞子を,リーフカルチャー法を用いてマルバヤナギ,
ジャヤナギ
に接種し寄生性を確認した.その結果,2系統間において,冬胞子休眠解除,夏胞子形成,冬胞子形成の時期に違いが見られ2系統に生理的な差があることが明らかになった.また,ムラサキケマンは調査地8ヶ所中3ヵ所で観察されたが,いずれもヤナギ林の林床ではなく,ヤナギ林に隣接した植分(クヌギ・エノキ疎林,畑跡地)に出現し,その80~100%の個体が本菌の感染を受けていた.これにより水辺林におけるヤナギ類とムラサキケマンの生息位置も本菌が宿主交代を行う上で適していると考えられる.さび胞子の寄生性に関しては,21胞子堆中11胞子堆がマルバヤナギに7胞子堆が
ジャヤナギ
に寄生性を示し,中村らの結果と一致した.また,同一植分内で異なる時期にムラサキケマン上のさび胞子堆を採集したが,時期による寄生性の差は無かった.茨城県南西部の水辺林において本菌2系統は、宿主植物のフェノロジーおよび分布によく適応していると考えられる.
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