【目的】 我々は高齢者に対して心身機能の向上や転倒予防を目的としたリハビリテーションへの応用として,運動ビデオ・ゲームを用いたバランス訓練に注目している. 最近,市販のみならず自作の運動ビデオ・ゲームを用いた介入の効果が研究されるようになり,Gil - Gomezらの研究ではBerg Balance Scaleにおいて平均4点増加し,TUGテストにおいて計測時間が平均2秒短縮するなど,運動ビデオ・ゲームが静的,動的バランス能力の改善をもたらすと報告されているが,運動ビデオ・ゲームのどのような要素がそれらのバランス能力の改善に寄与しているかは不明なままである.これを解明できれば,より効果的なバランス訓練を始めとする運動ビデオ・ゲームを設計できるはずである.そこで,今回,ゲーム中の運動の理解の第一歩として足圧分布計を用いて足圧中心位置の移動速度や移動範囲からゲーム運動の定量化を試みた.印象の異なる2種の運動ビデオ・ゲームについて,確かに運動方向および速度に実際に定量的差異を見出すことができたので報告する.【方法】 健常成人6名(平均年齢25.2 ± 4.7歳)を被験者とし,足圧分布計(シロク社製)をサンプリング時間94 msで使用し,2種の運動ビデオゲーム(任天堂Wii Fit,ヘディング(ゲーム1),コロコロ玉入れ(ゲーム2))の足圧分布を測定した.その後,足圧中心位置
r(
xi,
yi)より足圧中心の移動速度
v,および
vの二乗平均平方根より算出した実効速度
vrms,(1/N)[Σ{v
i, x2/(v
i, x2+v
i, y2)}]
1/2で定義する速度の向きの指標である速度異方性を算出した.両ゲーム試行群間は対応のある
t検定(有意水準5%未満)で比較した.【倫理的配慮、説明と同意】 あらかじめ説明や同意に関する方法を含む本研究計画について鹿児島大学医学部疫学・臨床研究等倫理委員会の審議を受け承認(第187号)を得た.その上で,被験者に説明文書を用いて書面および口頭で,研究の目的他,参加が強制ではないことなどを説明した.被験者に同意が得られた場合のみ,同意書に署名を得て研究に参加していただいた.【結果】 実効速度
vrmsはゲーム1の場合が0.33 (m/s)と,ゲーム2の場合0.20 (m/s)より有意に大きい.速度異方性についても,ゲーム1が0.92とゲーム2の0.77より有意に大きかった.【考察】 実効速度
vrmsは運動ビデオ・ゲーム時の足圧中心の移動速度を示しており,ゲーム1がゲーム2よりも約7割大きくなった.ゲーム1は主にフィードバック制御を必要とする運動で構成されており,瞬時に判断をすることが求められ,そのことが
vrmsの増加の原因であると考える.対してゲーム2は比較的ゆっくりとした動作で運動を随時修正することができ,フィードフォワード制御となることが考えられる.このことから,
vrmsを 考慮することにより各ゲームの運動の速度,および関与する運動制御の違いを見出すことができる.速度異方性は0から1の範囲で与えられ,その値が0に近づくと前後方向へ,1に近づくと左右方向へ,そして0.71となるときに全方位へ運動していることがわかるという特徴がある.ゲーム1では0.92 となり,左右への運動が主に行われていることがわかる.一方ゲーム2は0.77となり,左右方向のみならず前後方向への運動が行われることがわかり,各ゲーム間の運動の方向に関しての違いが定量的に理解できる.今回の研究ではバランス能力の改善に寄与している運動ビデオ・ゲームの要素を具体的に解明することはできなかったが,2種のゲームの差を見出すことができた.今後は運動の定量的理解に基づいた,バランス訓練に適した運動ビデオ・ゲームの設計を行っていきたい.【理学療法学研究としての意義】 このような基礎研究を継続していくことで,運動ビデオ・ゲームを応用したバランス訓練に必要となる映像等刺激の要件を明確にすることができれば,ゲーム本来の娯楽性を保持しながら運動ビデオ・ゲームを科学的に設計することができ、患者自身が仮想環境の中で状況を判断し能動的に反応して運動できるという,従来の訓練とは質的に異なるバランス訓練を患者に提供することができるだろう.
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