【はじめに、目的】脳卒中患者は手足の麻痺を呈するが、集中的なリハビリテーションにより運動機能が改善し、生活の質も向上する。これらリハビリテーションの効果は運動学習効果に依存し、脳卒中後にリハビリテーション課題を反復練習することにより、脳内神経回路が再構築され、麻痺した上肢の運動機能が改善する。近年の脳機能イメージング研究によると、運動学習中には運動関連領野だけでなく前頭前野が賦活化されることが報告されているが、前頭前野の最前部に位置する
前頭極
の役割については異論も多い。一方、脳機能イメージング研究で使用される近赤外分光法(NIRS)は、他のイメージング技術と異なり被験者を拘束せずに実際の状況下で脳機能画像を撮像できる利点があるが、脳血行動態に頭皮の血行動態が混入するという欠点もある。そこで、本研究では、全頭型NIRSヘッドキャップを用いて運動学習中の頭部血行動態を測定するとともに、複数のプローブ間距離で前頭部血行動態を測定し、
前頭極
の脳内血行成分を分離して測定することを試みた。さらに、
前頭極
を経頭蓋直流電気刺激(tDCS)を用いて刺激することにより、運動学習における
前頭極
の役割について検討した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に従った研究企画書を本学の倫理委員会に提出し、承認を得た上で行い(臨認23-98)、被験者には十分な説明と同意のもと実施された。【方法】被験者には、簡易上肢機能検査(STEF)にて手前に置いた小さな金属棒を右母指と示指で摘み、前方の小さな穴に入れるペグ課題を行わせ、課題時間20 秒におけるペグの移動本数をペグスコアとした。実験スケジュールは、ペグ課題20 秒間とその前後の休息30 秒間を1 ブロックとして合計8 ブロック行わせた。また対照課題として、ペグを摘まないことを除きペグ課題と全く同じ動作を行なうリーチング課題を行わせた。近赤外分光法(NIRS)を用い、同課題中の脳血行動態(Oxy-Hb, Deoxy-Hb, Total-Hb)を記録した。実験1 では、12 名の被験者を用い、送光および受光プローブを30mm間隔で配置した全頭型NIRSキャップで頭部血行動態を測定した。ついで運動関連領野8 領域を関心領域とし、各領域における8 ブロックのOxy-Hb反応曲線から、反応潜時および反応曲線の立ち上がりの傾きを計測した。また、8 ブロックにわたるOxy-Hb反応増加率およびペグスコア増加率を求めた。実験2 では、15 名の被験者を用いた。送光プローブ1 個に対し受光プローブ5 個を6mm間隔で配置した小型NIRSキャップを用いてプローブ間距離を5 段階(Ch1 〜5)に設定し、
前頭極
上の頭皮から血行動態を計測した。解析では、Oxy-Hb反応曲線を独立成分解析(ICA)法にて解析し、5 個の独立成分に分離した。ついで独立成分を求める混合行列式から、各チャンネルの信号に占めるCh1 の成分(頭皮由来成分)を算出し、頭皮成分を補正した反応量(脳由来反応量)を算出した。実験3 では、14 名の被験者を用い、tDCS群と偽刺激群の2 群に分けた。いずれの群でも
前頭極
には陽極を、後頭部には陰極を設置し、tDCS群では課題前に1000 μAで900 秒間通電した。【結果】実験1 の全頭部記録では、
前頭極
のOxy-Hbの反応潜時が最も早く、また8 回の反復遂行におけるOxy-Hb反応の増加率は、
前頭極
と他の関心領域間で有意な正相関が認められた。さらに、
前頭極
においてOxy-Hb 反応の増加率とペグスコアの増加率の間に、有意な正相関が認められた。実験2では、非補正および補正反応量のいずれにおいてもリーチング課題と比較してペグ課題で大きかった。また、Ch1 と比較してCh5 では、Oxy-Hbの反応潜時が最も早く、反応スロープも有意に大きかった。さらに、脳由来反応量の増加率とペグスコアの増加率との間に正相関が認められた。実験3では、tDCS群は偽刺激群よりもペグスコアが有意に大きかった。【考察】本研究では、1)
前頭極
の反応潜時が最も短い、2)
前頭極
におけるOxy-Hb反応が他領域と相関する、3)
前頭極
におけるOxy-Hb反応増加率がペグスコア増加率と相関することなどから、
前頭極
が反復運動学習の課題遂行性の改善に重要な役割を果たしていることが判明した。さらに、本実験では
前頭極
へのtDCSが運動学習を促進することが明らかになったが、脳卒中後の患者に対しても同様の効果が期待され、今後の新しい神経リハビリテーションの戦略として期待される。【理学療法学研究としての意義】科学的根拠に基づいた神経リハビリテーション治療の可能性を広げる。
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