理学療法学Supplement
Vol.40 Suppl. No.2 (第48回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: A-O-08
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一般口述発表
口唇閉鎖運動が口輪筋の運動機能ならびに前頭前野の活動性に及ぼす影響
中田 健史浦川 将高本 考一石黒 幸治福田 紗恵子堀 悦郎石川 亮宏小西 秀男小野 武年西条 寿夫
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抄録

【はじめに、目的】咀嚼および口腔機能の低下は認知症の危険因子であり、逆に咀嚼運動を行うことは高次脳機能を賦活することが示唆されている。本研究は、継続的な口唇閉鎖運動が口輪筋の機能ならびに前頭前野の脳活動に及ぼす影響を検討した。【方法】健常女性19 名(22.1 ± 2.9 歳)を対象に、無作為に口腔リハビリ器具を用いて1 回3 分の口唇閉鎖運動を1 日3 回、4 週間続けて行う口唇運動群と、行わない対照群に分け、4 週間前後で最大口唇閉鎖力と口唇巧緻性動作課題ならびに口唇閉鎖運動課題遂行中の前頭前野Oxy-Hb濃度変化を、全頭型NIRS(近赤外分光法)測定装置を用いて記録した。また、老人保健施設に入所中の高齢者5 名(82.6 ± 2.7 歳)に同様の口唇閉鎖運動を行わせ、脳覚醒度(前頭部脳波:BIS値)、口腔機能、睡眠・覚醒パターン(日周リズム)、および食事動作に対する効果を解析した。【倫理的配慮、説明と同意】本研究では、事前にヘルシンキ宣言に基づいた実験計画書を富山大学倫理委員会に提出し承認を得た上で、全被験者に実験内容やリスクの説明を十分に行い、同意書に署名して頂いた方を対象に研究を実施した。【結果】4 週間口唇閉鎖運動を行った健常者口唇運動群は、対照群に比べ、最大口唇閉鎖力と口唇巧緻性動作課題における口唇運動の調節能力が有意に向上した。脳活動では、口唇閉鎖運動時に前頭極、左右外側前頭前野、補足運動野、および前補足運動野でOxy-Hb濃度変化が増大した。また4 週間の口唇閉鎖運動介入により、対照群の前頭極では、4 週間後にOxy-Hb濃度変化が低下したが、口唇運動群では介入4 週間後でもOxy-Hb濃度変化増加が維持されていた。ガム咀嚼との比較では、口唇閉鎖運動時の前頭前野Oxy-Hb濃度変化はガム咀嚼時に比べ口唇運動群はより有意に増大した。高齢者実験では、全被験者において、BIS値の上昇や最大口唇閉鎖力と反復唾液飲み込み回数の向上が認められ、24 時間周期の日周リズムのパワー値が増大した。また、特定の被験者においては、唾液反応性の向上、食事動作時の食べこぼし回数の減少、日中活動期間中の覚醒度の向上、睡眠効率の向上などが認められた。【考察】先行研究によると、口唇閉鎖力は、男女とも18 歳から20 歳まで増大し、そのまま推移するが、60 歳を過ぎた頃から急速に低下する。本研究では対象者の平均年齢は22.1 歳であり、筋肉の成長発育が完成した後であっても、くり返しの口唇運動によって口唇閉鎖力が増大することを示している。反復唾液飲み込み回数の唾液反応性の向上に関して、唾液分泌に関与する中枢については、唾液腺を支配する交感および副交感神経の節前ニューロンは延髄と脊髄に存在している。しかし、上位中枢のみを除去した除脳動物(ラット)では、痛み刺激に近い強度で口腔内刺激を行わないと唾液分泌が誘発されず、その分泌量も摂食時に比べ極めて少ないとの報告があり、唾液分泌は下位脳幹・脊髄の反射による分泌よりも、むしろ摂食行動の調節に関与する上位中枢、とくに大脳皮質(咀嚼運動野近傍)、扁桃体、および視床下部の制御を強く受けていることが示唆されている。これらのことから口唇閉鎖運動による唾液分泌量増加は、運動により上位中枢が賦活された可能性が示唆される。一方、今回関心領域とした前頭前野は、意図的な思考過程に用いられる短期的記憶に中心的な役割を担っている。さらにその前部に位置する前頭極は、複数の認知的処理過程の結果やルールを統合し、高次の行動目標を導く過程に重要な役割を果たし、それより後方に位置する前頭前野の機能(作動記憶)を統合・調節していることが示唆されている。一方、口輪筋を含む表情筋からの求心性線維、歯根膜受容器、ならびに咀嚼筋の固有知覚受容器や口腔表在知覚受容器からの入力を受ける三叉神経中脳路核や主知覚核および脊髄路核は上丘に投射している。この上丘は、前頭極を含む大脳皮質に直接ならびに間接的に投射しており、注意覚醒反応に関与していることが報告されている。これらの結果は、持続的な口唇閉鎖運動が上丘を介して前頭極を含む大脳皮質を持続的に賦活することを示唆する。さらに、口唇閉鎖運動が前頭極を介して前頭前野全体を賦活している可能性も示唆され、口唇閉鎖運動は口腔機能のみならず認知機能の観点からも有用性が示唆された。【理学療法学研究としての意義】口唇閉鎖運動は口輪筋の運動機能の向上のみならず、前頭極を持続的に賦活させ、認知機能の観点からも有用性が示唆された。さらに同運動は、誤嚥リスクが少なく、特に高齢者に有用であると考えられる。

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© 2013 日本理学療法士協会
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