最近,1944年12月7日に発生した東南海地震の3日後に米軍が三重県尾鷲市を撮影した空中写真が米国国立公文書館で発見された。尾鷲市は東南海地震に伴う津波で大きな被害を受けているが,この空中写真から被災の状況が詳細に把握できることが明らかになった(小白井ほか,2006,2008)。発表者らは,GIS等を用いて,この空中写真と詳細な数値標高データ(DEM)などの地理情報を重ね合わせて空間解析を行い,津波被害と微地形の関係を考察した。
この空中写真は米軍が爆撃対象の偵察を目的に撮影したもので,画像が鮮明で歪みも小さく,津波により家屋がことごとく流出するなどの壊滅的な被害を受けた地域の範囲や,津波の遡上により打ち上げられた船,海岸の浸食などの被災状況をはっきり確認することができる。この空中写真を空中写真測量により正射化(オルソ化)し,GISを用いて,尾鷲市1/10,000地形図,航空レーザ測量によるDEM,国土地理院カラー空中写真,国土地理院作成土地条件図「尾鷲」等と重ね合わせた。その上で,判読した津波被害の状況とこれらの関係について考察を行った。その際,地震翌日に撮影された地上写真と判読結果をすり合わせ,被災状況をより具体的にイメージするよう努めた。その結果,次のようなことが明らかとなった。1)写真と当時から変化していないと思われる街路交差点等がよく一致しており,今回のオルソ画像の位置精度が高い。2)オルソ画像とDEMとの重ね合わせにより,津波で大きな被害を受けた地域が現在の海抜3m以下の範囲とほぼ一致している。3)特に,市街地南部では浅い谷状の地形を呈する地域が大きな被害を受けている。丘陵部に沿って侵入した海水の引き波が,浅い谷状の地形に集中したことによると考えられる。4)市街地北側を東西に流れる北川に沿った範囲にも被害が集中している。一方,北川の南の市街地は海抜3m以下であるが,壊滅的な被害を受けていない。ここでは地形の効果による引き波の集中がなく,比較的穏やかに海水が引いたものと考えられる。
沖縄では1960年のチリ地震津波で大きな被害を受けているが,被災状況を記録した空中写真は発見されておらず,上述のような詳細な分析は行われていない。1944年東南海地震の教訓を将来の沖縄の津波被害の軽減に生かすためには,沿岸の地形を詳細に把握することが重要と考えられる。特に,東南海地震では沿岸低地の微地形が被害の拡大に寄与したことが明らかになったことから,被害予測には標高だけでなく微地形を詳細に把握し,浸入した海水の引き波も考慮した防災計画を検討する必要があると考える。このためには,詳細な微地形分類と航空機レーザ測量によるDEMの作成が有効である。
抄録全体を表示