本書は, 鎌田とし子氏の長年にわたる調査研究と福祉裁判での実践 (証言) の記録の集大成である。都市の底辺に沈殿する人々への, 鎌田氏の研究者としての視点 (こだわり) と人間としての実践 (裁判へのかかわり) が見事にまとめあげられ, 読者の関心を奮い立たせている。本裁判は, 「朝日訴訟」「
堀木訴訟
」とならび, 住宅権保障をかけた「ひとり暮らし裁判」 (1975年, 福岡市) とよばれている。戦後の住宅難時代につくられた「公営住宅法」では, 家族のいないひとり暮らし者には入居資格がなく, 入居を拒否されてきた。しかし独居老人等が増加するにつれ, 民間借家から締め出された人々 (高齢者のみならず, 障害者や生活保護者) は, 「住宅法」改正を求め立ち上がった。裁判の途中で住宅法は改正され, 単身者であっても入居できるようになった。そのために, この裁判は, 実質的な勝利を得て「勝訴的な訴えの取下」をしたため判例集には登載されず, 意外に知られていないが, 前述の有名な訴訟と並ぶ画期的な福祉裁判の1つであった。鎌田氏とその学生たちは, この裁判への証言を得るために, 当時の都市底辺に沈む人々と生活を共にしながら, 彼らの生活史を丹念に拾い集め, 家族崩壊の実態を見事に明らかにしている。よほど両者の信頼関係がなければ, これほどまでの証言を得ることはできなかったであろう。本書は, 明確な学術研究の方法論と実証研究の技法を備えたものであるだけでなく, こうした「階層的条件」をもった人々の犠牲の上に, 戦後の「高度経済成長」が存在せしめたという歴史的事実を明らかにしているところに, 他の研究著作にない価値が存在している。また, 家族社会学を研究する者にとっても, 貧困階層にみる三世代家族の特徴をここまで整理した研究業績は他に類がない。ここに収録されたケース・スタディは, 1970年後半を生きた都市下層社会の人々のおそらく最後になるであろう “生活の記録” でもある。鎌田氏の人間としての “ねがい” とそれを受け止めた真摯な学生たちの努力がなければ, この著作は生まれなかったものと考えられる。わが国の家族や親族研究の資料として, また現代日本史の資料として, 本書の価値はきわめて高いものと判断する。恒例として, 本書の構成を記しておく。
第1章 「ひとり暮らし裁判」の全容と本書の構成, 第2章 証言の証拠書類となった「調査結果」, 第3章 低所得階層における三世代家族, 第4章 法廷での証言内容-「ひとり暮らし増加の社会的背景」となっている。本書は, 家族社会学を専攻する者だけでなく, 住宅問題, 福祉政策, とくに住宅政策等, 社会福祉を専攻する者や, 法律学を学ぶ次世代を担う人々にぜひ一読の価値を有するものである。
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