【目的】近年、ニューロイメージング研究の発展とともにニューロリハビリテーションや運動学習において中枢神経系の可塑性が基盤的な役割を果たしていることが示されている。経頭蓋直流電気刺激(transcranial Direct Current Stimulation;tDCS)は、電極依存的に大脳皮質に興奮性の変化を生じさせ、可塑的変化の機会を与える非侵襲的な皮質刺激法として注目されている。tDCSによる運動機能への影響では、健常者の運動パフォーマンス(Boggio PS., 2006)、運動学習(Nitsche MA., 2003; Antal A., 2004)を向上させる効果が示されている。しかしながら、これらの報告は、パフォーマンスにおける指標の変化であり、運動学習時における神経生理学的な指標は示されていない。今回、我々はtDCSが運動学習に与える効果について近赤外線分光法装置(Near infaraed spectroscopy;NIRS)を用い、皮質血流動態を神経生理学的な指標として測定し、検討することを目的とした。
【方法】研究デザインは、クロスオーバーデザインを用いた。健常者10名(平均年齢30.7±4.1歳)を対象として、tDCSにより陽極刺激を行う介入群(5名)と偽刺激(sham刺激)を行うコントロール群(5名)をランダムに選出した。運動学習課題は、簡易式上肢機能検査(Simple Test for Evaluation hand Function;STEF)のペグボードを使用し、小さな金属製円筒を母指と示指にて掴み、素早く孔に差し込む課題(ペグ課題)を行わせた。20秒間のペグ課題とその後の60秒間の安静を1サイクルとして10サイクル実施した。tDCS(neuroConn社製DC-stimulator)は右感覚運動野(C4;国際10-20法)を刺激部位として、ペグ課題の開始前に15分間施行した(介入群;1mAの陽極刺激、コントロール群;sham刺激)。測定項目は、パフォーマンスの指標を20秒間におけるペグ課題の達成度(成功数)、神経生理学的な指標をNIRSにより測定される皮質血流動態とした。皮質血流動態は、NIRS(日立メディコ製ETG-4000)を使用し、C4周囲4チャネルを関連領域として酸素化ヘモグロビンを対象に測定した。ペグ課題の達成度の統計学的分析は、反復測定二元配置分散分析、事後検定を用い有意水準5%にて行った。皮質血流動態の分析は、ペグ課題の最初の3サイクル(Phase 1)及び最後の3サイクル(Phase 2)を測定時期として比較検討した。更に、3ヵ月間のwash out期間を措いて介入群とコントロール群を入れ替え、同様のプロトコルを実施した。
【説明と同意】当院倫理委員会の承認を得て、被験者に説明書を用いて研究内容を説明し、同意書に記名して頂いた。
【結果】ペグ課題の達成度は、1サイクル時点においてtDCS介入群、コントロール群の間に有意差は認められなかった。反復測定分散分析の結果、両群ともに課題達成度は有意な増加が認められた。また、サイクル要因との交互作用が認められ、tDCS介入群は、コントロール群に比べて有意な増加を示した。皮質血流動態は、Phase 1では両群間に差は見られず、Phase 2ではPhase 1に比べ両群ともに低下する傾向を示した。また、tDCS介入群は、コントロール群に対して更に皮質血流量が低下する傾向を示した。
【考察】tDCS介入群は、コントロール群に比べて学習課題の達成度は増加し、tDCSによりパフォーマンスが向上するという先行研究と同様の結果を示した。更に、tDCS介入群の皮質血流量は、Phase 2においてコントロール群に比べて低下する傾向を示し、tDCSが運動学習を促進する神経生理学的な効果が示された。運動学習に伴う感覚運動野の皮質血流量の低下は、運動の効率性向上による運動入力の変化(Ikegami T., 2008)、感覚フィードバックの減少(Floyer-Lea A., 2004)などが要因とされている。tDCSは、電極下の皮質介在ニューロンの静止膜電位やNMDA受容体の活性を調節し、シナプスの伝達効率を高めることにより長期増強や長期抑制様の働きを促進することが示唆されている(Hummel FC., 2006)。このような作用機序から、tDCSが学習前の感覚運動野の活性化を変調させて、学習時の神経活動の効率化を促進させたことが推察された。
【理学療法学研究としての意義】運動療法の重要な目的の1つは、障害の特性とその程度に応じた運動学習によって、目的とする動作を遂行するための中枢神経制御の機構を再構築することである。今回の結果から、tDCSが運動パフォーマンスを向上させるとともに、運動学習における皮質神経活動の可塑性を促進させることが推測され、運動療法の効果に寄与する可能性が示された。
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