モンスターペーシェントの存在は, 医療従事者側に大きな負担となっているだけでなく, 医療従事者側の患者全体への不信感を招き, 萎縮医療を助長する原因の一つとなっています. 患者側の (誤った) 権利意識の高まりと, これに対する医療従事者側の (無条件の) 迎合が, モンスターペーシェントを登場させたと考えられます.
医療紛争, 医療裁判を回避するための目先の方策は, この流れを加速するものです. 医療紛争・医療裁判に至るものは診療のごく一部にすぎず, いわば枝葉の問題です. 枝葉の対応ばかりを重視して医療の幹を見ないとすれば, より多くの患者との信頼関係が崩れ, 医療崩壊は現実のものとなりかねません. 臭いものに蓋をするのではなく, 口うるさい患者にこそ, 是々非々の対応で臨むことが基本です. その結果, 裁判へと発展したとしても, 診療内容に自信があるのであれば裁判を恐れる必要はありません.
裁判の負担が「萎縮医療」に繋がるという見解は, 医療従事者側が, 法的責任について正確な理解を欠いたまま過敏に反応しすぎているようにも思われます. 「紛争」処理の専門家である法律家との連携を図りながら, 裁判により終局的解決を図るという姿勢を貫いて, いわゆるクレーマーを排除することこそ, 良質な医療を希望する多くの患者の利益になるのではないでしょうか.
また, 視点は異なりますが, 医療の本質を忘れた「個人情報」の偏重の弊害も少なくありません. 「個人情報の保護に関する法律」が施行された以降, 個人情報の取扱いにやや過敏になりすぎているきらいがあります. 以前より, 医療者は「守秘義務」を負っており, その信頼に応えておりました. 守秘義務の内容は「個人情報の保護に関する法律」の施行前後で異なりませんので, 従前どおりの対応をしていれば法的に問題となることは, まずありません.
医療は共有財産であり, 次の世代へと引き継がねばなりません. 良質な医療の実現, 医療者側・患者側の信頼関係の再構築のために, 表面的な法解釈ではなく, 医療の本質に根ざした議論を深める時期にきていると考えます.
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