2018 年 69 巻 1 号 p. 2-20
医療訴訟は, 原告にとって厳しい裁判である. ところが, インタビュー調査に協力した原告は, 勝訴しても裁判に満足していない. 共通する不満は, 被告である医師から直接謝罪がなかったという点である. 原告は, 医師が誤った診療を行い想定外の悪い結果を生じさせたのだから, 謝罪するのは当然と考えている. 法の素人である原告にとっては, 医師には真摯に治療する責任 (義務) があり, その責任を果たさずに悪い結果を生じさせたのだから, 謝罪するのも当然の責任 (義務) と理解していると推測できる. そうであれば, 原告の問おうとした責任が, 過失責任を超過しているのではないかと考えられる. そこで, 本稿では, 原告が医師に対して問おうとした責任について検討した.
医師の債務は「最善を尽くし, 合理的な注意を払うこと」であり, 債務不履行 (民法第415条) が「過失責任」をベースとしていることを示した. インタビューから原告が医師に問おうとした責任が, 亡くなった子どもが個人として医師に大切にされず, 真摯に治療されなかったことによって, 誕生から死に至るまでの子どもの生活の過程を中断させた「過程責任」であることを示した.
「過程責任」は, 医師にだけではなく, 原告自身にも向けられた諸刃の責任であった. 自らに向けた「過程責任」に対する贖罪の過程は, 同時に原告の生活の再生の過程でもあった.