Ⅰ はじめに
日本における鉄道の新設・延伸事業は,近年多くの計画がありながら事業化される事例は少ない.これは,都市部では建て詰まった既成市街地が増えてきたことで,沿線開発による需要創出が難しくなったことが主要な要因と考えられる.その中で2019年に事業化決定された「
横浜市営地下鉄
ブルーラインの延伸計画」では,周辺地域は建て詰まった郊外戸建住宅地であり,大規模な沿線開発の見込みは少ない.本研究では,鉄道の延伸による周辺地域の住宅状況,特に既成の戸建住宅地域の残存・更新・用途転換の変化を駅からの歩行距離をもとに推定する.
なお,郊外戸建住宅地における住宅更新に関する研究は,吉川ほか(2013)など現在の居住者の住み替え意向をアンケート調査したものが多く,実際に起きた住宅更新の傾向を調べた研究は少ない.また鉄道の新設や延伸の影響に関する研究は岩倉・屋井(1990)のように地価などの経済的効果を分析したものが多く,住宅更新との関連は調べられていない.本研究では,大佛・鎌田(2006)による除却・残存数の推定方法に則って,全ての建物の築年数が不明な場合の推定方法を用いる.
Ⅱ 仮説と目的
本研究では「最寄り駅までの徒歩時間の短縮」に着目する.第一に「住宅の残存・更新・転換の傾向は最寄り駅までの徒歩時間により異なるのではないか」という仮説に基づき,過去の土地建物の残存・更新・転換の実績を調査し,駅圏別や地区別にその傾向を見る.第二に「鉄道の延伸により周辺地域における住宅の総数や残存数,更新数が変化するのではないか」という仮説のもと,将来の住宅数等を予測し,延伸の有無により比較する.
Ⅲ 調査と分析の方法
調査は1995〜2020年版のゼンリン住宅地図を5年おきに用い,全ての土地建物を「個人の家屋」,「共同住宅」,「その他の建物」,「空き区画」の4用途に分類して過去25年間の残存・更新・転換実績を調べた.分析は大佛・鎌田(2006)の方法に基づき,過去の傾向が将来も続くと仮定して各土地建物の残存数等を推定した.ただし延伸路線が開業する2030年以降最寄り駅までの徒歩時間が短縮される土地建物に対しては,短縮後に属する駅圏の残存率等を適用した.
Ⅳ 結果と考察
最寄り駅までの徒歩時間に基づく駅圏別の分析では,個人の家屋の残存率は駅から遠くなると約60〜80%の幅で高くなることが分かり,交通利便性が低いためにより便利な地域へ転出意向を持ちやすいと推測される駅から離れた地域で残存率が低くなるといった傾向は見られなかった.また個人の家屋の更新率は駅から遠くなると約30〜10%の幅で低くなり,他用途から個人の家屋への転換率はいずれも駅から遠くなると高くなることが示された.これらは,駅から近い地域では利便性重視の共同住宅や商業施設,ビル等が、駅から遠い地域では住環境重視の個人の家屋が建ちやすいこと,さらに個人の家屋の広がる地域では駅に近い方が家屋に更新時期が早い傾向を示している.
次に,より詳細な空間的傾向を把握するため駅圏別かつ地区別の分析を行った結果,同一地区内ではやはり駅から遠くなると個人の家屋の残存率が高くなる傾向が見られた.また過去の開発経緯を端的に表すと考えられる個人の家屋の増加率を求めたが,それ自体の空間的分布に駅からの距離による特別な傾向はなく、残存率との相関も見られなかった.しかし,増加率と残存率の大小によって地区を分類でき,それは開発の時期や過程と関係があって空間的分布に特徴が見られることが分かった.
将来予測では,鉄道延伸の有無によらず,過去25年間で約80%であった個人の家屋の増加率が今後25年間で約5%と頭打ちになることが予測された.延伸の有無による比較では,延伸が行われる場合の方が個人の家屋の総数および残存数が少なくなる一方,更新数は多くなることが示された.したがって新たに大規模な住宅地開発を行わずとも,延伸により最寄り駅までの徒歩時間を短縮させることで,個人の家屋の更新を増加させ,周辺住宅地の新陳代謝を促すことができると結論づけられた.
参考文献
岩倉成志・屋井鉄雄 1990.面的開発を伴った鉄道新駅設置手法に関する考察.都市計画論文集25 : 109-114.
大佛俊泰・鎌田詩織 2006.残存確率関数モデルを用いた除却・残存建物数の推計方法について.日本建築学会計画系論文集 71(609) : 41-46.
吉川重和・有田智一・藤井さやか 2013.郊外戸建住宅地における高齢期の住み替えの課題と民間事業者による促進策の可能性に関する研究—多摩田園都市を対象として—.日本建築学会計画系論文集 48(3) : 963-968.
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