夜空が暗いというのは我々にとっては当たり前の事実である(都会では街明かりのためにそうはいかないのだが).この当たり前の事実に19世紀の天文学者オルバースは疑問を抱き,「なぜ夜空は暗いのか」と考えた.宇宙が無限に広がっていれば,どこを見ても星の表面が見え,夜空全体は太陽面のように明るく輝くはずである,と.これは有名な「オルバースのパラドックス」と言われるものである.宇宙が無限ではないことから,このパラドックスは解決されている.たしかに,夜空は暗いが,実は真っ暗ではない.微弱ながらも空一面に光っている放射が存在し,「宇宙背景放射」と呼ばれている.この空全体で輝く宇宙背景放射とはなんであろうか?宇宙背景放射の中でもビッグバンの名残である宇宙マイクロ波背景放射は特に有名である.しかし,宇宙はマイクロ波だけでなく,電波,赤外線,可視光,X線そしてガンマ線で満たされている.これらの宇宙背景放射は宇宙に存在する全ての天体からの光の重ね合わせであると考えられている.宇宙背景放射の起源を解明できれば,各波長で宇宙の支配的な種族天体の歴史を紐解ける.例えば,可視・赤外線の宇宙背景放射は,星や銀河の形成史を,X線では
活動銀河
核すなわち超巨大ブラックホールの形成史を振り返れる.電磁波の最も高いエネルギー領域であり,宇宙観測のエネルギーフロンティアでもあるガンマ線領域での宇宙背景放射に関する研究は2000年代後半に入るまで,ガンマ線衛星の感度不足のため宇宙ガンマ線背景放射の起源は
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核であろうと推測されるにとどまっていた.そんな中,2008年にフェルミガンマ線衛星が打ち上げられ,その圧倒的な感度によりこれまでの10倍以上となる3,000を超えるガンマ線源を発見し,宇宙ガンマ線背景放射の詳細な観測が可能となった.フェルミ衛星により0.1-820GeVの広帯域にわたる宇宙ガンマ線背景放射スペクトルが詳細に計測され,宇宙ガンマ線背景放射研究はここ数年で大きく進展している.特にフェルミ衛星の観測結果に基づいた研究によって,宇宙ガンマ線背景放射がブレーザー・電波銀河・星形成銀河という三種族の天体からなることがわかってきた.一方で,フェルミ衛星が観測していないエネルギー帯域であるMeV・TeV帯域における宇宙ガンマ線背景放射の起源は謎に包まれたままである.これらについては,フェルミ衛星だけでなく,次世代X線衛星であるASTRO-Hや次世代ガンマ線望遠鏡Cherenkov Telescope Array(CTA),そして近年TeV-PeVニュートリノイベントを発見したIceCubeとの連携によって今後,解き明かされていくであろう.また,宇宙ガンマ線背景放射には暗黒物質に起因するガンマ線が埋もれている可能性が長年議論されてきたが,暗黒物質の兆候は未だに見えていない.可視光域での暗黒物質分布の大規模サーベイ観測と宇宙ガンマ線背景放射の空間分布を用いることで,暗黒物質の物理量に対し強い制限が今後課されると期待されている.様々な観測を組み合わせていくことで,宇宙ガンマ線背景放射の謎は着実に解き明かされつつあり,その理解までもう一歩のところまで我々は迫っている.
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