【はじめに、目的】 日常診療において,人工股関節全置換術(以下,THA)後に靴下着脱動作や足趾の
爪切り
動作に困難さを訴える症例をしばしば経験する.米沢らはTHA施行後の患者に対して行った日常生活動作(以下,ADL)に関するアンケート調査で42%の患者が足趾の
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が出来なかったと報告しており,McGroryらはTHA施行患者における術後の靴下着脱動作や足趾の
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動作には術後の股関節可動域が影響すると報告している.しかし,術前可動域と術後可動域との間に相関を認めるという吉本らの報告にも関わらず,術前の股関節可動域が術後ADLに与える影響を調査した報告は,われわれが渉猟した範囲ではなかった.そこで今回,われわれは,術前の股関節可動域が術後の靴下着脱動作や足趾の
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動作に影響するのかを明らかにする目的で調査を行ったので報告する.【方法】 対象は2008年5月~2010年9月の間に当院にてTHAを施行した症例のうち,他の整形外科疾患や神経疾患の既往のない52例に対してアンケート調査を実施して回答を得られた39例47股であった.さらに症例をアンケート結果に基づいて,靴下着脱動作と足趾の
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動作が容易にできる群(以下,容易群)と困難な群(以下,困難群)の2群に分類した. 2群間で手術時年齢,性別,初めて疼痛を感じてから手術に至るまでの期間(以下,罹病期間),理学療法実施期間,術前と術後1年の股関節可動域(屈曲,伸展,外転,内転,外旋および内旋)および術前と術後1年の股関節機能判定基準(以下,JOA score)の6項目を後方視的に比較検討した.なお,統計学的検定は性別に関してはχ2検定,その他の項目に関してはMann-Whitney’s U検定を用いて行い,危険率0.05未満を有意差ありとした.【倫理的配慮、説明と同意】 対象者には本研究の趣旨を十分に説明し,同意を得た.【結果】 手術時年齢,性別,罹病期間および理学療法実施期間では2群間で有意差を認めなかった. 術前の股関節可動域に関して,屈曲は容易群が平均77.5°,困難群が平均66.7°,外転は容易群が平均19.7°,困難群が平均11.3°であり,屈曲と外転で困難群は容易群より有意に制限されていた(p<0.05).その他の方向では2群間で有意差を認めなかった. 術後1年の股関節可動域に関して,屈曲は容易群が平均86.9°,困難群が平均79.2°,外転は容易群が平均29.8°,困難群が平均24.6°であり,屈曲と外転で困難群は容易群より有意に制限されていた(p<0.05).その他の方向では2群間で有意差を認めなかった. 術前JOA scoreは可動域の項目において容易群が平均12.0 点,困難群が平均8.5点であり,困難群は容易群より有意に低得点であった(p<0.05).その他の項目では2群間で有意差を認めなかった. 術後1年のJOA scoreはいずれの項目においても2群間で有意差を認めなかった.【考察】 今回の調査結果から,困難群は容易群より,術前後の股関節屈曲と外転の角度および術前JOA scoreの可動域の項目が有意に制限されており,術後の股関節可動域だけでなく,術前の股関節可動域も靴下着脱動作や足趾の
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動作に影響していることが分かった.「下肢遠位部へリーチする靴下着脱動作と足趾の
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動作には術後股関節屈曲,外転および外旋可動域が重要である」という浅村らの報告と「THA施行患者における術前と術後の股関節屈曲と外転の角度はそれぞれ相関関係にある」という神囿らの報告を考え合わせると,文献的にも術前の股関節可動域制限は術後の靴下着脱動作と足趾の
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動作にも影響を与えている可能性があると思われた. したがって,術後の靴下着脱動作と足趾の
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動作を改善するためには,術前に股関節可動域制限を著明に認める症例に対して,股関節可動域の拡大を図るような理学療法が必要ではないかと考えられた.【理学療法学研究としての意義】 今回の報告は,THA術後に高頻度に残存する靴下着脱動作や足趾の
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動作の困難さは術前の股関節可動域制限からも影響を受けていることを示した初めての報告と思われる.今回の結果から,術前に股関節可動域制限が著明な症例に対して術前理学療法を施行し,股関節可動域の拡大を図ることで,術後獲得困難と言われている靴下着脱動作や足趾の
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動作を獲得できる可能性があるのではないかと考えられた.
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