抄録
【目的】
人工股関節全置換術(以下THA)後の爪切り動作は、脱臼肢位回避のため動作方法が限定される。爪切りが可能な股関節可動域(以下股ROM)についての先行研究はあるが、患者が快適に爪切り動作を行うために必要な股ROMに関する研究はない。本研究の目的は、爪切り動作を快適に行うことができる股ROMの臨床基準を作成することである。
【方法】
2010年3月から2011年5月までに当院で初回THAを施行した88名(93股)を対象とした。除外基準は、両側例、中枢神経疾患、認知症、他関節に整形外科的手術の既往がある患者とした。基本属性は、年齢、性別、BMI、測定項目は、股ROM、爪切り動作能力とした。股ROMはゴニオメーターを使用し他動的に5度刻みで屈曲、外転、外旋を計測した。爪切り動作能力は、5段階(1:困難なし 2:少し困難 3:中程度困難 4:困難 5:かなり困難)のリッカートスケールを用い自己記入させた。快適群を1および2、不快群を3から5と定義して2群に分け、性別、年齢、BMI、診断名でマッチングした。統計解析は、快適群・不快群を従属変数、股ROM(屈曲、外転、外旋、それぞれの組み合わせの合計角度)を独立変数とした総当たり法によるロジスティック回帰分析を行った。その後、Receiver Operating Characteristic曲線(以下ROC曲線)によりカットオフ値を算出した。対象者には研究の目的を説明し、同意を得た。
【結果】
対象者のマッチングの結果、快適群19名(男性3名 女性15名、平均年齢±標準偏差65.6±2.0歳、BMI25.4±0.7、変形性股関節症19名)、不快群19名(男性3名 女性15名、65.7±1.8歳、BMI23.7±0.9、変形性股関節症19名)が抽出された。ロジスティック回帰分析の結果、最も影響のある因子は股関節屈曲+外旋の合計角度であった。ROC曲線による曲線下面積(以下AUC)は0.859でカットオフ値は122.5°であった。
【考察】
先行研究では、爪切り動作に必要な股ROMとして股関節屈曲と外旋の合計角度の重要性が述べられており、本研究でも同様の結果となった。爪切り動作を快適に行うためには、股関節屈曲と外旋の合計角度増大が特に重要になると考えられる。多軸関節である股関節は、屈曲、外転、外旋各々のROM不足を相互に代償する特性があるが、今回の結果では快適な爪切り動作に必要な股ROMは股関節屈曲と外旋角度の計測で判断することができると考えられる。
【まとめ】
THA後の爪切り動作を快適に行うことのできる因子として、股関節屈曲+外旋の合計角度の影響が強いことが示された。ROC曲線から算出したカットオフ値は122.5°であり、快適に爪切り動作を行うために必要な股ROMの一指標になりうると考えられる。